眷属と鬼
23:55
土御門 椎菜はこれから起きることに対して準備をおこなっていた。
「ようやく、終わった…」
呟く彼女の視線はどこか寂しそうで、憂鬱そうに見える。
しかし、彼女は何も言わない。
これから起きる悲劇に彼女の心は受け入れつつあった。
いや、違う。
「あのバカ、昔から変わらない。人を信じて…羨ましい」
ポツリと溢れる声は大きな声ではない。
故に響くこともなく、自分の中で反芻される。
もしも、自分が人を信じられたのならば…
希望を持てていたのなら…
きっと、未来は…変わらなかった。
誰に助けを求めても彼女を救うことはできない。
彼女はそう考えていた。
ならば、自分一人の犠牲で…誰かを…たった一人の親友を救えるのなら安い買い物だと彼女は考えていた。
「さて、そろそろ時間…」
声を出す。
(言葉にしなければ足がすくんでしまいそうになる)
ゆっくりとした動作ながらも確かな動作としてこれから始まることへの覚悟が決まった様相だった。
(少しでも心を甘やかせば、屈してしまいそうになる)
23:58
この部屋から出るまで殘り2分。
彼女にとってそのたった2分がとても長く感じた。
永遠に続くような2分。
23:59
だから、少しだけ…
ほんの少しだけ
「生きたいな」
弱音を吐く。
00:00
ドォンンン!!
天井が崩れる。
大きな音の影響が部屋が揺れて椎菜はバランスを崩す。
そして、目の前の天井が崩れていき…
(あぁ、ここで…死ぬのも悪くないかも)
目を閉じる。
しかし、想像する衝撃は彼女に訪れることはない。
その代わり
「助けに来たぞ親友」
よく知る幼馴染の唯一の親友の姿だった。
彼女はその声に目を見開いて…
「チェンジで」
「はぁ!?」
交代を要求するのだった。
奥底で期待していた絵のはずなのに彼女は何かが噛み合わずにいるのに心の中で首を傾げるのだった。
「それで、折角助けに来た親友にチェンジとはどういうことだ?」
「そのまま、今から来るのはあなたの父、日下部 裕一…勝てるの?」
「なるほど、確かに部の悪い戦いだ」
だから逃げろと忠告しようとした時、椎菜は言葉に詰まる。
苦笑いする裕太の表情に焦りはなかったのだ。
(…なんで余裕そう?)
疑問に思う。
故に見てみたいと思ってしまったのだ。
そう思ってると裕太の背後に人影が現れる。
裕太はそれに気付き後ろを振り向く。
「我が息子に攻撃をしなくてはいけない親の気持ちを考えて欲しいものだ」
「…親父」
「裕太、この騒ぎはお前の手引きか?」
「俺…というよりかはもっとヤベェ奴の手のひらの上と言った感じかな」
頭を掻きながら答える裕太。
余裕の現れに見えるその姿。
裕一が動く。
だが、その動きは裕太の中で想定していたことであり、すぐに動く。
頭を掻いていた手を前に出してもう片方の手で一本の線を作る。
それは弓を射るように。
「一子相伝『霊弓』」
距離を詰めようとしてくる裕一に放たれる光の一矢は真っ直ぐ飛び、避ける間もない速度で直撃する。
だが、
「舐められたものだな、同じ技を持つ父親にそんな洗練も無い矢を放つなんてな」
「今ので決まると思ってないさ」
裕太は椎菜の手を取ると走り出す。
「一子相伝『霊弓』」
裕一は先ほどの裕太と同じように構える。
逃げ出そうとする裕太を確実に捉え放つ。
だが、その一矢が当たることはない。
それは裕太が上へと跳び射線から逃れていた。
「だが、弓士相手に的でしか無い空に逃げるというのは愚策だな」
放たれる矢。
だが、再びそれが当たることはない。
それは…
「浮いている?」
そう、彼は空中を立っていた。
「はっ、親父俺は魔法を使う学校の生徒だぜ。霊力だけで戦うわけないだろ?」
笑う裕太。
しかし、彼は余裕そうにしてるのとは裏腹に内心では冷や汗を掻いていた。
(ぶっつけ本番の本来は使えないはずの魔法…怖いなコレ)
自分の右足にある紋様をチラリと見る裕太。
コレが今自分の使っている空中浮遊の魔法を扱えるようにしているもの。
まだ、手にしたばかりの力に彼はまだ不慣れで本当にできるのか怯えながら使っていた。
(だが、お陰で自分の一子相伝の仕組みについて理解できた)
彼は地上に降り立ち、椎菜を下ろす。
そして、再び弓を構える。
実際は弓を持っているわけではないが彼にとっては構えがしっくりとくるものだった。
一子相伝
その力の秘密は霊力と魔法の融合にあった。
一子相伝と呼ばれる所以は霊力の技にも関わらず、基本的に親兄弟くらいしかその技術を会得できないことからそう呼ばれ、家ごと…いや、家族ごとに一子相伝の技を持っていた。
霊力は基本的にはエネルギー総量が有れば練習が必要ではあるものの誰でも使える力である。
反対に魔法は初めからその人が持つ魔力回路によって決まる。
要するに霊力で基礎を作り魔法で技へと変えたのが一子相伝の仕組み。
それを理解した裕太は笑う。
「なるほどだから右足か」
ポツリと呟き、裕一を見る。
「いくぜ親父」
右足の紋様が輝く。
その瞬間、裕太がその場から消える。
距離を取り、正面に構える。
その姿は先ほどのような弓ではない。
指銃を作り構える。
「『霊銃』」
音はない。
しかし、確かな破壊力を裕太は感じる。
反動で腕が跳ね上がる。
そして、後ろへ跳ね飛ばされそうな感覚を抑え込む。
しかし、その反動はデカく体が跳ね上がり吹き飛ぶ。
「っく、やっぱり俺に足りないものはこれか」
はずだった。
右足の紋様を輝かせ、地に足を付けて踏ん張る。
本来吹き飛ぶはずだった体は耐えきり立っていた。
それも一瞬の出来事。
しかし、その一瞬のうちに事態は動いていた。
裕太の放った霊銃の弾丸は裕一に飛んで行く。
裕一はそれを霊弓で対処しようとする…が
べぇぇぎっっ!!
放たれた矢を砕き、裕一の頬を掠める。
「…」
裕一は何が起きたか理解が追いつかなかった。
しかし、それを見ただけで椎菜と裕太は理解した。
(俺達の
(裕太の
勝ちだ))と
「行くぞ椎菜」
「…ん、どこまで逃げるの?」
「逃げる?違うな。俺たちは封印をしに行くんだよ。誰も犠牲にならない方法で」
裕太はそう言って手を差し出してくる。
「裕太!まだ俺は…
止めようとしてくる裕一に再び弾丸が頬を掠める。
「見苦しいぞ親父。俺は…家族を殺したくはない」
「…っっ!行け」
裕一はこれ以上何も言わずに立ち去る。
悔しそうに歯噛みする姿をチラリと裕太は見たが何も言わない。
父親として弱音を見せないように立ち去ろうとする裕一の意図を汲んだのかはたまたそれとも別の理由か裕太は目を逸らして封印の場所まで急ぐ。
**楼 side
「おいおい、どうしたさっきから逃げたばかりでよ!」
俺は現在、逃げていた。
その相手、霧島は剣を一度払うだけで天変地異かとツッコミを入れたくなるくらいの衝撃が走る。
流石は勇者様と言いたいが…
「んーいや、比較対象がなぁ」
どうしても自分の知る存在と比較してしまう。
確かに霧島という男は強い。
しかし、戦いが始まってから5分。
他の場所の戦闘が終わりベータ0以外はこちらの方に向かってきている。
他の場所では戦いは終わってるわけだし、こっちもそろそろ仕留めれる。
「おいおい、急な止まったらつまんねぇな!」
剣が振るわれる。
しかし、その剣が届くわけがない。
剣が砕ける。
「なっ!?」
驚く霧島を他所に俺は踏み込む。
そして、
「ぐえっ」
「くふっぅ!」
容赦なく素手でボコボコにする。
「くそっな、何で」
「本当にガッカリだ」
俺は大きくため息を吐く。
膝を着く霧島に俺は期待はずれと思っていた。
「テメェ!俺が本調子なら」
「魔法が急に使えなくなって相手ではなく、自分の調子と考えるとはおめでたいな」
「っっな!」
俺が優勢になった理由は彼の魔法を封じたから。
霧島の武器等は全部魔法で作られたものだと判断した俺は最初に魔法を封じるように動いた。
そして、いざ封じてみるとサンドバックかと言いたくなるほどに無防備な相手となってしまったわけだ。
「馬鹿な!魔法を封じる手段など」
「はいはい、時間稼ぎはいいから」
容赦なく俺は霧島を殴る。
腹を中心的に狙ってるが、抵抗されて腕や関節、顔などをうっかり当ててしまう。
半分はわざとだが、勇者がその程度で死ぬようなタマではない筈だ。
「お、お前…うぐっ、な、何をし…ぐっ」
「何をって意識が刈ろうと」
「ちがっ…なん…霊力が…えない」
「さぁな」
そうして最後の一撃を放つ。
意識を奪えたかは分からないが、確実に数日は動けないはずだ。
腕と足の骨は折れて、腹…というか内臓が多分傷ついてると思われるくらいに腹が凹んでおり、口から血が出ている。
「やりすぎたか?」
ちょっと自分でも引くくらいにボロボロの姿を見て俺は頭を掻く。
決して後悔はしてないが流石に殺しかけな気がするから後々が大変な気がすると憂鬱に思っていると…
霧島の体が光っているのを見つける。
よく見てみると頬に何かある。
「これって…紋様…っっ!」
それに気づいた時には遅かった。
拳が飛んでくる。
それを、ぎりぎりで防いで一歩下がる。
「意外だったな。まさか」
俺は霧島の頬にある紋様を見る。
「自尊心の塊の勇者が誰かの下に着くとはな」
「てことはあんたもこれを知ってるのか。そりゃぁ強いわけだ。だが、俺の紋様は勇者の中でも上位に存在する方の紋様だ!」
動き出す。
防ぐには霧島の動きが速い。
俺は霧島の様子を観察してその力を確認する。
霧島そのもの魔法をしっかりと確認しないことには勝てる勝てないはわからない。
まず、今の霧島は自分の魔法を使えない状態というのは変わらない筈だ。
あくまで上位の存在の魔法回路しか使用できてないわけだ。
「はぁ、現実が見えてないな」
俺がそう言ったその時、霧島の頬が燃え上がる。
「がぁぁぁぁ!!!」
苦しみもがく、霧島の前に俺は立つ。
「魔法封じができた時点で気付けただろ?あんたと俺との差、そんな小細工で埋まるものじゃない」
「あぁぁぁ!ば、バカな!勇者でもない愚図が…」
「愚図ねぇ、まぁあんたと対等に戦える証明が欲しいならこれでもいいか?」
俺がそう言うと俺の背中が光出す、そして、俺は身体を裸させて、背中を見せる。
「さ、桜の紋様…ま、まさか桜木の眷属か!?」
「さぁな、お前の物差しでしか測れない人間がこれの答えを分かるとは思っていないさ。だから、眠ってろ」
バチンッ
と、弾ける音と共に霧島の意識は消える。
戦闘が始まってから作戦開始から戦闘開始まで15分、戦闘時間が10分、計25分、想像以上に時間をかけてしまった。
しかし、儀式にはまだ間に合いそうだな。
「もう出てきて良いぞ」
「お、おう、アルファ4、人物B…を連れてきました」
「言いにくいなら普通に言っていいぞ、通信じゃないしさ」
「お、おう。それでそいつは?」
「あぁ、大丈夫だ。紋様を強制的に破壊したことによる衝撃で気を失ってるだけだ」
「それって俺の右足の?」
「それより、始まるぞ。『お前も隠れてないで来い』」
俺は命令を行う。
その言葉の強制力は高く、後ろに隠れていた椎菜が自分の足で俺の前に出てくる。
真っ赤な顔で…
「…え、あ、…あの」
「結構、深くまで共鳴してるのか…」
「きょ、共鳴?」
椎菜は混乱してる。
それもそうだ、彼女は今俺の言葉一言一句を聞き逃せない、そして俺の言葉を真摯に受け止めようとしてしまうのだ。
ゆえに理解できないことがあると彼女は不安になってしまう。
「一先ず、気持ちの整理とはそう言ったものはこの一件が終わってからだ」
それでも、今はそれどころではない為に俺は彼女を自分の元に引き寄せる。
「楼、本当に誰も犠牲にならないのか?」
「裕太、何度も確認しただろ?この方法なら確実だと」
「…今色々と複雑…」
「椎菜は一先ず俺を見ておけ」
そう言って俺は封印の祭壇の中心まで椎菜を連れてくる。
俺は少し中心からズレて彼女をあくまでも封印の中核として据える。
…
待つ。
本来であれば現状は儀式の禊などとゆっくりと時間を過ごしていく準備段階である。
しかし、現状その時間は要らない為に自然と待ち時間が長くなる。
禊の場まで行けば連れて帰るのが大変になる為、当初立てていた作戦を変更して禊前に椎菜の奪還を行うことにしていたりしている。
「あの…共鳴って…」
「そうだな、時間もあるしそこら辺も説明するか」
俺は軽く椎菜に巫女について説明していく。
曰く、上位的な存在に仕える存在。
曰く、上位的な存在に共感し、交信ができる。
「などなどだな」
「…だから、私のことをあなたは見えた?と」
それは教室でのことを言ってるのだろう。
その通りと首を縦に振る。
実際彼女の小さい声も共鳴によって俺には誰よりも聞き取れてしまう。
そうして、俺は彼女との仲…否、共鳴の深度を深くしていく。
……
02:00
「時間だ」
丑三つ時と呼ばれるこの時間は最も霊的に高まると呼ばられる時間に儀式は始まる。
実際に丑三つ時に高まると言われれば嘘と言いたいが嘘も信じられ続けられればその思念が自然と外界のエネルギーに影響して真実となる。
故に異世界でならともかくこの世界に置いての丑三つ時は儀式にぴったりな時間である。
「さて、椎菜」
「…はい」
緊張した面持ちで俺を見つめる。
そんな彼女に俺は手を差し出す。
「俺のものになってくれないか?」
真っ赤になる彼女を見て少し罪悪感を抱くが、これは必要な工程だ。
特定の言葉、特定の合図。
それらに本来意味を持つことはない。
しかし、上位者がそれを意味あるものとして認め、それを遵守し続ける限りそれは強力なトリガーとなる。
難しい言い回しだが、要するに俺はこの言葉に特別な意味を宿すことを認めているのだ。
「何度も言うが断ってもらっても構わない。その場合はこちらで全て片付ける。しかし、もしも君の手でどうにかしたいと言うのならこの手を取ってくれ」
封印を行う。
その行為をするには必要なこと。
しかし、同じく巫女として存在するルナでもそれは良くて彼女自身に強制させる今はどこにもない。
ただ、この一件をできれば自分達の手でどうにかしたいと思っていて欲しいだけの俺の我儘。
「…私の…手で」
彼女は手を伸ばす。
それを俺は拒むことはできない。
だが…
「その手を取れば後戻りができないことが幾つも待ち受けることになる。それでも…かい?」
「ん、私は貴方と共にある。巫女としてそう思っていても、私はそれに従う」
手を取る。
それは契約成立の合図。
「これより、土御門 椎菜は俺、絶技の7眷属が一つ有明 楼の眷属として、認める」
その瞬間、俺と彼女を中心として魔力が放出される。
それは形を成し、宙に幾何学模様を生み出す。
「それにより、眷属として認める紋様…力…我が魔力の一部を授ける」
その幾何学模様は形を成し始める。
この光景を見るのは何度目だろうか?
数えられるだけのものしか行ってないが何千何百とやったように思える。
裕太の時も同じような儀式を行ったが巫女の契約は魔力の共鳴も起きるためか、派手になる印象がある。
ルナやあいつの時もド派手だったなぁ。
そんな回想をしてるうちに魔力回路の形が決まっていく。
本来この魔力回路の形は契約主、要するに俺の立場の人間によって固定されるものだが、俺の場合は汎用的な力のせいで眷属側の理想に応じて形が変わる。
一応は固定の形は存在するのだが、それは現状(いま)は必要なないものだ。
「これは…槍か?」
紋様は何やら槍のような形になってるが違和感を覚える。
何か、これは別の呼び方があった気がするのだが…思い出せない。
それは右手に吸い込まれて紋様が刻まれる。
「…薙刀」
その俺の見たことあるかもと言う答えを椎菜が言う。
いや、正確には教えてくれたのかもしれない。
「思い入れがあるのか?」
「ん」
彼女は嬉しそうに右手を胸に当ててはにかむ彼女に俺は安心する。
だが、
「まだ終わりじゃないぞ。契約を行った際に発生した余剰エネルギーを封印術式を組むから手伝ってくれ」
「わ、わかった!で、でも何を…」
「俺の魔力を受け止めてそのまま垂れ流すだけで良い」
俺は共鳴によって生まれた強力な魔力をかき集めて形を作る。
固有能力『魔力回路生成』
それが俺の能力。
ありとあらゆる魔法回路を形作るその能力によって俺は外界に魔力回路の生成を可能としていた。
しかし、この能力は肉体に対しては直接、刻む形となり一度生成したものはそう簡単に消すことはできなくなり、魔力回路不全を起こすことのある能力故に、簡単に霧散する地面や空中、建物などに行うことが多い。
「…これで…いい?」
「大丈夫だ。放出量もそこまでではないから扱いやすい」
俺は魔力回路の作成を行なっていくがタイムリミットが存在する。
これなら丑三つ時に拘る必要はなかったかもな…強力になってる分扱いが難しい。
俺は苦悩しながらも魔力回路を生成する。
「完成。封印魔法『天格結界』流石に名前負けしてるが勇者や魔王をも封印できる強力な封印魔法だ」
俺はその魔法を右手に収めて使用可能状態にする。
通常の魔法であれば中空で発動しようが、自分の肉体に接触させようが変わりはないが、この魔法は違う。
扱いが難しい分、自分で調整しないと暴発の危険性がある。
「ふぅ、椎菜離れてろ。封印を行う」
「ん」
椎菜は封印の陣地から離れて俺の様子を見る。
他にも裕太はこの状況に息を呑んでいる。
それ以外にも…裕太の親父さん?っぽい人…その他陰陽師さん達が沢山いる。
やべ、久々の大規模だから集中切らしそう。
「時間まであと5…」
気を紛らわすためのカウントダウン。
実際、元ある結界が強い状態で発動すればそれによって封印が弱くなる可能性がある為、必要なことではある。
4
遅ければ封印が解ける可能性もあるわけだし確実に成功させるためにもカウントダウンは必須。
3
この残り3秒が永遠かと錯覚するくらいに長い。
2
もともと存在していた封印の魔力が揺らぎ始める。
封印が解け始めていることは見ていて一目瞭然だ。
時間を間違えば死ぬのは俺だ。
「い…アルファ0!!ベータ0‼︎」
最後の1秒にそれが起きた。
発した言葉は普通なら聞き取れるか怪しいレベルのもの、しかしそれに反応するのがアルファ2ことルナと椎菜だった。
巫女である彼女達はすぐに俺の意図を察して動く。
しかし、それでも遅い。
俺の目には飛んでくる魔法の弾丸を捉えている。
速度としては弾丸と言うに違わず、物凄い速度で迫ってきており、対処が間に合わない。
俺は魔法の制御に専念してその弾丸を受ける覚悟を決める。
ここで耐えれば追撃を二人が防いでくれる筈だ。
弾丸が俺の左手を貫く。
魔法制御している右手を庇い俺は魔法の制御に成功していた。
0
魔法を発動しようとした瞬間、俺は失敗を理解する。
僅か0.001秒の世界で俺は負けた。
そして、先程の魔法の弾丸の意図に俺は気づくことになる。
「封印を想定より早く解きやがった」
そう、封印が解けると共に発動するはずの封印魔法は空を切った。
封印対象は封印から解かれて現在制御している封印魔法では魔力が足りない。
「やってくれたな勇者」
俺は魔力の弾丸を放った存在を睨む。
そこには金髪に染めた何やら少しチャラついた少年がいた。
「睨まないでくれたまえ、桜木の眷属よ」
「また、勘違いか…まぁ、いい。お前は何をしているのかわかっているのか勇者?」
「何って?これからこの世界に存在する害獣の駆除だが?」
「やはり理解はしてないか」
俺の言葉にチャラついた勇者…面倒だからチャラ勇者にしておこう。
彼の堂々と言う言葉に俺は呆れる。
まぁ、彼の言わんとしてることは分かる。
彼らの実力は多少抜きん出てるところがある故に大抵の敵なら倒せるだろう。
そう、大抵の
「お前らが他の地区の封印を解いて暴れて名声を立てても俺は文句は言わないさ」
「なら、邪魔をしないでくれるかな?」
「言ったはずだ。『他の』と。ここはダメだった。ここにいる存在は九尾とか鵺とか酒呑童子とか『ありふれた』化物じゃない」
「何が言いたのかい?この僕が負けると?あり得ないね!霧島とは違い僕は主だ!霧島が中途半端にしか使えなかった力の持ち主だ!霧島と敵対した君なら分かるだろ?その力の本質を」
彼には絶対的な自信を持って振る舞う。
おそらく、霧島を眷属にしていた男がこいつだろう。
確かに上位と言うだけあってかなり強い。
しかし、
「忘れたのか?お前達が秘密にしなければいけない二つ目のことを」
「なるほど、しかしそれは絶対ではないと君は知ってるだろう?」
「だが、人間が人間の身で宇宙(ソラ)を壊せない」
「僕は勇者だ。君のような凡庸な『人間』じゃない」
「なら、あれを見てまだ言えるのか?」
俺は指差す。
その先には先ほどまでいなかった幼い少女がいた。
肌は真っ白で髪は桃色で目は血のように真っ赤。
刀のようなものを持って座り込んでいる。
そして、頭には特徴的な2本角があった。
「脅されるからどんなものかと思えばただの少女じゃないか」
どうやら、本当にコイツはそう思ってるようだ。
「僕の逆境にすらならない雑魚」
彼はそう言って拳に魔力を集める。
霧島の時から予想はついていたがやはり魔力凝縮系の魔法使いのようで身体能力が跳ね上がっている。
彼は余裕の表情を浮かべながらけんを手に取る。
「悪く思うなよ。勇者が絶対だと世界に知らしめるには実績が必要なのでね」
勇者は踏み込む。
その瞬間、俺は飛び出した。
そして…
血が舞った。
それと同時に一本の腕が空に放り出された。
それを認識できたのは一体何人いたのだろうか?
ロナ、ルナ、セイは苦い表情で宙を舞う腕を見ている。
他は…何が起きているかまだ理解できてないみたいだ。
多分、斬り飛ばされた本人も認識はできてはいない。
「何をする貴様!邪魔をする気か!?」
「それはお前の剣を持っていた腕を見てから言え」
「え?」
彼はゆっくりと右肩を見る。
そこに肩から生えてるものは無かった。
「な、な、何が…起きたと言うんだ…」
「言っただろ、あれは無理だと」
「お、お前が邪魔しなければ!!」
「その場合はお前の首は胴体とお別れだな」
「…」
流石は勇者と言ったところかなんとなくは理解はできたのだろう。
俺の言葉の意味と鬼の少女の恐ろしさを。
「正直に言えば事態をある程度把握できてる俺でもあいつの剣は見えなかった」
「で、でもあいつは動いてない…」
鬼の少女は依然としてあの場所から動いていない。
おまけに100メートル近くは離れている。
だが、間違いなく今のは少女の攻撃であることは間違いはない。
「剣圧いや、剣気というもので斬ったのかもな」
「剣気?」
「この世界でも真の達人の域の人間が使える技の一つだ。まぁ、一千年どころか一万年に一人使えるか使えないかの技だがな」
自分で言っているが、実際どうかはわからない間違いなく、そう言った次元の違う領域であることは分かる。
「あ、あんなのに勝てるわけがない!」
「おいおい、さっきまでの自信はどうした?」
「…あんな強いのがいるなんて思うわけないだろ!魔王ですら馬鹿げた強さだと思っていたがその魔王ですら簡単に超えているんだぞあの鬼は!」
「なるほどなぁ、要するに怖気ついた訳か」
俺の挑発に乗るかと思っていたが意外にも静かにしている。
「…その通りだ。俺は調子に乗っていた」
そして、真っ直ぐと俺を見てそう言ってきた。
目は逸らさずに真っ直ぐと。
一見、落ち込んでないように見えるがその目には明らかに自信を喪失している様子だった。
それを見た俺は…
「分かった。話は後だ」
「な、何をする!」
「コイツを保護しろ!」
勇者の首根っこ掴んでセイにぶん投げる。
そして、俺は律儀に待ってくれていた相手を見る。
「お話は終わり?」
100メートルも離れてるのに声はやけに透き通って聞こえる。
これは共鳴とかの類ではなく普通の声だ。
「意外と鬼は律儀なんだな?卑怯上等だと思っていた」
「他の鬼は知らない。でも、私はあなたを正面から斬る。それだけ」
事態は動く。
俺は霧島の魔法回路を真似て魔力で剣を作る。
しかし、その瞬間、剣は粉々に砕け散る。
それは目の前にある鬼の素振りの衝撃に耐え切れずに起きた結果であり、俺はため息を吐く。
「今の魔力じゃ無理か」
俺の背中にある紋様が光る。
その紋様から生み出される剣を握る。
先ほどまでの魔力で構成された剣ではなく、鉱物等を魔力で置換し作り出した剣。
それが素振りで壊れることはない。
「私の剣圧で壊れない剣、壊れない身体。久々に見つけた」
それを見た少女の顔は笑っていた。
美しく、夜の闇、月の光を受けて一枚の絵画のように。
そして、煌めく一閃。
俺はそれに気づくと共に動く。
寸分違わず狙われた首を俺は守る。
しかし、その衝撃と切れ味に耐えきれずに俺は後方へと飛ばされて、剣は斬り飛ばされる。
少女は気がつけば俺の目の前におり、先ほどまでの光景が幻覚にさえ思える。
「少し力んじゃった。次は防御ごと落とす」
「…ハハ」
乾いた笑みしか漏れない。
紛れもない化物。
そんなものを俺が相手にする?
「上等だゴラ!!!」
俺は剣を抜き構える。
次の攻撃を受け流そうとするがそれもなす術も無く腹が切れる。
それを俺は耐え、傷を癒しながら連撃を避ける。
「そう、やはりあなたも剣術を持ってる」
「っっ!」
彼女の刃が届く。
それを認識した俺は…
魔法を発動する。
ものは物理的な障壁。
これで防げるなんて考えてはいない。
だが、一瞬の時間。
それを俺を生かす。
確実に殺す一閃は大振りになり、彼女の体勢が崩れる。
その瞬間を俺が見逃す筈もない。
拳銃を撃つ。
構える余裕なんてない至近距離絶対に避けれないその瞬間を狙うしか無い。
弾丸は真っ直ぐに飛び、少女を撃ち抜く。
はずだった。
「緩い」
「ほぼゼロ距離を避けるかよ!」
文句を言う余裕なんてない。
だが、文句も言いたくなる。
本当にこれを使うことになるのだから。
俺の瞳に映るのは金属の塊。
それを見て俺は笑う。
手榴弾。
爆発の勢いで破片を飛ばす武器。
範囲が広く完全に避けることなど不可能なその一撃。
それが一つでは無く、何十個もある。
だが、
「斬る」
手榴弾が爆発する前に斬られる。
故に破裂音は聞こえず、全ての手榴弾は無力化される。
それを見た俺は…
笑った。
爆発が起きる。
手榴弾でも銃でも無い。
それは純粋な魔力による暴発。
制御下に置いていた封印魔法の魔力利用したものであり、その破壊力は周辺の地形を変えるほどのものとなる。
ドォォォォン!!!
大きめのクレーターが生み出される。
その破壊に対して俺は予め障壁を張っており、無傷。
他の全員はルナと椎菜のお陰で避難はできている。
しかし
「今のは流石に驚いた」
彼女は平然としている。
俺は正直、もう打つ手がなかった。
彼女は一切本気で戦っていない。
それは油断であり、チャンスだと思っていた。
しかし、それはチャンスなんかでは無かった。
本当の意味で必要がなかったのだ。
彼女にとって俺のような存在は取るに足らない。
しかし、それでも…
「一瞬だけだ」
俺は唇を噛む。
本当はやりたくなかった。
本当はそんなことしたくなかった。
「さぁ、もう終わりだよ…死んで」
プライドは一時的に捨てろ。
今ここで生き残ることが俺のすべきことだ。
だから、この理不尽を一瞬でも超えてみせる。
「桜化」
その瞬間、振るわれる刀が遅く感じる。
魔力が今まで以上に敏感に感じ取れる。
鬼の刃を防ぐ。
そして、俺は剣を再び作り出して鬼に切りつける。
その攻撃は空を斬るが、それでいい。
1発目から当てられるものでは無いと言い聞かせて俺は動く。
連撃に次ぐ連撃、無限に思える剣技の技により、鬼を一瞬とは言えど追い詰める。
そして、その時間は1秒にも満たない高速の世界。
そして、その連撃の中の一撃が当たる。
次!
そう思い、攻撃をしようとした時、俺の体は動かなくなる。
いわ、正確には時間切れだ
自分で定めたルール。
一瞬、それを終えて俺は剣を落とす。
「俺の負けだ」
勝てる未来が潰えた。
あれだけの連撃で一撃のみ、おまけにもう既にその一撃による傷は治っている。
俺は負けを認めて降参をしようとするその時。
「あなたの名前は?」
「…有明 楼だ」
俺は彼女の質問の意図を探ろうと考える。
「そう、私は有星 桜」
その名前を聞いた瞬間、何故かドキリと心臓が鳴った。
「私もまだ封印から解かれたばかりだから…また会おう。次はお互いに本気で」
彼女はそう言うと姿を消す。
俺はそれを止めることも聞き返すこともできなかった。
「見逃された…のか?」
ただ、その疑問が頭を回るだけだった。
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