XLXⅥ.最後まで諦めずに
「幽霊さん…………しゃべれたんだ……」
全員が呆気に取られている中、時緒がポツリと呟いた。
「そこぉ!?」
メアは思わず大声で突っ込みを入れる。
「っていうか……、逮捕って…………え……?」
メアの混乱が収まらないうちに、パトカーのサイレン音と、もう既に聞き慣れてしまったバイクの排気音が同時に公園へ近づいて来る。
程なくして数名の警察官らしき大人たちと、久世率いる不良少年たちといった異色の組み合わせがぞろぞろとメアたちの周りに集結した。
着物の女性が取り押さえた犯人の男は制服姿の警官に引き渡され、そのまま連行されて行った。
久世たち一行は一足遅かったものの無事にトラブルは解決したと知って、安堵の笑みを浮かべていた。
「あーっ!」
それも束の間、久世は何かに気が付き急に叫び声を上げる。
「着物のおねーさん! やっぱりあの時のおねーさんだ! いやー何だか見覚えがあると思ったんだよなー」
「知りません」
久世に指を差された着物の女性はそう一言否定して、顔を背けた。
「いやいや、俺は好みの女の顔は忘れねーんだ。絶対あの時ゲーセンで声かけたおねーさんだ」
久世が女性の顔の正面に回り込むと、女性は先程とは反対へ顔を背けた。
「だから知りません」
「そんなこと言って、照れないでよぉー」
「そんなことよりも――」
着物の女性はしつこく絡んでくる久世から顔を逸らしつつ、メアの方へ視線を向ける。
「そんなことよりも、何をしているの!?」
「ひっ! ごめ――」
相手は警察官。メアはこの時になってようやく、目の前の人物が今一番見つかってはいけない類の者なのだと自覚した。反射的に謝罪を口にしようとする。
「何をしているのあなたたち! 時間がないわよ!」
一瞬メアは何のことを言われたのか理解ができなかった。
「だから時間! 月食が始まっちゃうでしょ!」
「あ、いや……でも……」
メアはユウリの方へ視線を向ける。
「さすがに間に合いませんか…………。良いんですメアさん。御崎さんが無事で良かったです」
ユウリは鷹揚な表情で諦めを口にした。
「諦めるの!? あなたたち。この日の為に頑張って来たんでしょ! ずっと見てたんだから! 諦めるならやるだけやってからにしなさい!」
しかし、女性はなおも檄を飛ばす。いつも書架の隅の方で小さくなっていた哲学的幽霊とは到底思えない変貌ぶりであった。
「でも……どうやって……」
スマートフォンの地図アプリで確認する限り、少なくともここから7km近くは離れている。皆既月食の始まるタイムリミットまであと5分ちょっとしかない。どう考えても無理だ。ふと俯き気味の顔を上げると、バイクに寄り掛かる久世と目が合った。
「おい、何か困りごとか? 四代目」
久世はそう言って自身が乗ってきたバイクに目を遣る。迷っている暇はなかった。謎女性が言うように少しでも可能性があるならやってみる価値はある。
「四代目じゃない。でも……お願い!」
やらないで終わるくらいなら。
メアが率先して久世のバイクの後部シートに跨ると、他の三人も各々他の少年のバイクの後部シートに飛び乗った。
「そうと決まれば急げだ!」
久世とメアが乗るバイクは一度大きくアクセルを吹かすと先陣切って走り出した。
「ちょっと借りるわね。後藤君! 佐々木君!」
着物姿の女性は近くにいた警察官の無線で公園の外に停まっているパトカーの一台に通信する。
「警部補? どうしたんです?」
「事情はあと。いい? 今公園から走って行ったバイクを追いなさい」
「は、はい!」
指令を受けた二人は状況を理解し切らないままパトカーを発進させ、メアたちの乗るバイクの集団を追った。
公園内に普段通りの静けさが戻る。
「んで? あの子たちは何をしに行ったんんだ? 倉間」
一人の男が煙草を咥えながら着物姿の女性に近づく。
「正木さん……。実はわたしにもよくわかりません」
倉間と呼ばれた女性はそう言って自嘲気味な笑みを浮かべた。
「ただ、わたしたちの
「ほっか」
正木と呼ばれた男は咥え煙草のまま舌っ足らずな口調で返事をした。
「ところで倉間、ひとつ聞いても良いか?」
正木は倉間の艶やかな着物姿を眺めながら徐に尋ねる。
「……………………ダメです」
「ちょ、ちょっと! スピードスピードぉ!!」
メアは久世の腰にしがみ付きながら叫び声を上げるが、そのほとんどはバイクの爆音と凄まじい風音に紛れてしまっていた。
「なんだ眼鏡っ娘。スピードが足りねぇってか?」
辛うじて届いたメアの言葉は間違った方向へ捉えられてしまったようで、久世はバイクのスロットルをさらに捻る。
「いやぁー!!」
メアの絶叫は、やはり無情にもバイクの爆音にかき消されてしまう。メアは思わず後ろから久世のヘルメットを叩いて身の危険を知らせる。すると久世はようやく少しスピードを緩めた。
「何だ?」
「だからスピード! 速すぎるって!」
「はぁ? ってか、お前らもう中坊だろ?」
「そうよ!」
「数学は習ってねぇの? 数学」
「それがなによ!」
「苦手かぁ?」
「はあ!? 何言ってんの!? ちょー得意よ!」
「速さを求める公式は〝距離÷時間〟」
「だから!?」
「じゃあ簡単な問題だ。Aさんが始点Pから7km離れた終点Qへ5分以内に辿り着くには時速何キロで移動すれば良いでしょーか?」
「知るかー!!」
反射的に途中まで真面目に計算しかけてしまったメアは、その恐ろしい回答が導き出される前に青ざめ、思考を放棄した。
「ぶぶっー時間切れ―!」
久世はそう言ってスロットルに力を込めた。
「答えはこーだ!」
バイクのスピードが緩める前よりもさらに上がる。最早メアは久世に捕まることに必死でヘルメットを叩くことすらできない。少なくとも時折視線の端に流れていく丸い交通標識に書かれた数字の倍は出ている。
意思表示を封じられたメアは代わりに「死ぬぅー!!」と悲鳴交じりの断末魔を上げた。
「佐々木、どう思う?」
「さっぱりだ……」
バイクの集団を追うパトカーの中で後藤と佐々木は困惑していた。上司である倉間から追えとは言われたものの、追ってどうすれば良いのだろうか。今回の出動は先程の女の子を襲った男を取り押さえた時点で解決ではなかったのだろうか。確かに、先を行くバイクは物凄いスピードで、現時点で既に法に触れていると言える。それに彼らの身なり、ろくでもない者たちであると容易に推察できる。
しかし倉間は「逮捕」でも「確保」でもなく、ただ「追え」と指令を出していた。彼らを追うことに何の意味があるのだろうか。二人の中で謎は深まるばかりである。
「後藤君、佐々木君」
倉間から再びの無線連絡が入る。
「そのバイクたちのこと危険がないように目的地まで見守っててあげて」
「危険がないようにって、現在進行形でもう既に危険なスピードなんですがぁ!?」
「緊急車両よ、大目に見て」
「あんな恰好の緊急車両ありますかぁ!? 倉間警部補ぉっ!!」
後藤と佐々木は二人で一つの無線機に向かって叫んだ。
「おい、後藤、佐々木」
無線から今度は正木の声が返ってきた。
「お前たちは黙って倉間に従ってやれ」
「しかし、正木警部補。こんな時間に高校生と中学生がバイクで暴走だなんて、自分たちが見逃したところで、いつ通報されてもおかしくないですよ!」
「だからお前たちが付いてやる必要があんだろ。問題か?」
「問題と言えば、既にスピードが国家権力への宣戦布告とみなして差し支えないです! 大問題です!」
「わかったわかった」
正木は未だ困惑の渦中にいる二人を宥めるように言った。
「じゃあこうだ。今回そのアホ共が無事に目的地に着いたあかつきには倉間がエロいコスプレで労いのマッサージしてくれるってので手を打たねーか」
「「…………。なん……だと……?」」
その刹那、後藤、佐々木の両名に電流が走った。
「な!? ちょ、ちょっと! 正木さん!? 何を!」
「いーから」
「何が良いんですか!」
佐々木の握る無線機は正木と倉間が悶着する声音を響かせているが、既に二人の耳には届いていない。
「ねぇ、後藤君、佐々木君」
「もしかして先程の着物は正木警部補のオーダーですかぁ!?」
「くぅー! さすがは正木警部補! 良い趣味してる!」
「いや、ちょっと、二人とも――」
「先程のおみ足の肌け具合、遠目から見てもサイコーでしたぁ!」
「ねえ、聞いるの!?」
「いや、後藤。ちょっと待て、和服ってことは……」
倉間の呼び掛けには全く反応せず、二人は際限なく妄想を膨らませていく。
「ねぇ聞いてるの? どうしたの? ねぇ、聞こえてたら返事をしなさい!」
「ノーパン! ノーパンでありますか!? 倉間警部補ぉー!? ノーパン一本背負いでありますかぁ!?」
「聞けぇー!!」
「自分は丈の短いスカートのメイド姿を所望します!」
「わたしは婦警の恰好で、ああただやはり、スカート丈は規定の制服よりもずっと短くお願いします!」
「そこであえて本職である警察官の恰好を選ぶとは、佐々木、やるな!」
「日常の中で見え隠れするからこそ、余計にエロスを感じるものな!」
倉間の悲痛な叫び虚しく、二人の妄想は止まらない。
「あーもうっ! わかったわよ! 何でもしてあげるからあの子たちのこと、よろしく!」
「聞きましたよぉ! 倉間警部補!」
ここにきてようやく倉間の声が二人に届いた。
「うおーっ! 懲戒免職なんて怖くねー!」
運転を担う佐々木はそう自分に向けて喝を入れると、アクセルをより深く踏み込んだ。
石川メアの異世界召喚術式作製法 所為堂 篝火 @xiangtai47
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