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 ひらり、ひらりと、と何かが視界の隅に舞い降りてきた。雪だ。

「雪ですね、主任」

 私が思っていることを、部下は口に出した。素描は終わったようだ。吹き抜けた一陣の風に、紙の上に描かれた《風牙》が震えた。

「そうだな」

 何処か遠くから、狼の遠吠えが聞こえてきた。見上げれば、暗い灰色をした分厚い雲が青空の殆どを覆っている。切れ目から差し込んでくる光のきざはしの中、触れることの出来ぬ遠くへ去った人々の帰還を、私は知った。

 誰もいなくなっても、彼らは毎年、初雪となってここに還ってくる。革の帳面を閉じ、手袋を外して、そっと手を差し伸べ、出迎える。名も知らぬ誰かは、私の掌の上で、挨拶代わりにふわりと溶けていった。

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風牙の葬送 久遠マリ @barkies

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