またいつか
あの壮大な出来事から何ヶ月経っただろうか。
完全に崩壊した城は修復されることなく、新たに【冒険者協会本部】という建物が建てられたのだ。
貧困層や富裕層といった区域はあれど、裏や表といった協会は無くなり、全てを一つが仕切ることとなったようだった。
生き残った者たちが協力しているこの状況は、前の王国には無かった活気が存在していることは確かだ。
本部を仕切っているのは、今回の騒動で活躍したシャーロットだが、再び猫に戻っているようで、動揺を隠せない者が多いらしい。
壊された地下洞窟の鉄扉だが、地面を穿った触手のおかげで完全に埋まってしまったようで。稼ぎ所が一つ失ったことは大きいが、街中ではすっかり魔物など見なくなっていた。
一度は燃えてしまった魔法書店も元通りとなり、店の奥ではワイスが鋼鉄を弄っている真っ最中だ。
「本当に、今回ばかりは僕も死ぬかと思ったよ。君は本当に悪運が強いみたいだね」
炭と油だらけな両手を叩き、ワイスは肩を竦めて笑っていた。
ベッドで寝転がっていたのは、アルマーニだ。
「そりゃあ、俺は簡単にしにゃあしねぇよ」
「そうは言っても、一月起きないのはどうかと思うよ? 死んでいると思ってもおかしくないさ」
笑うアルマーニの横で、ワイスは溜め息をついて首を左右に振る。
アルマーニは全身に包帯を巻いた姿であった。肩に数十の針で縫い、腹と太股には消えない傷。そして、失った左腕。
血や泥が混じっていたこと。
時間が経ちすぎたこともあり、処置が間に合わず、結局失ってしまった。
「これ、高いからね。壊したら承知しないよ」
ワイスはそう言って、鋼鉄の義手をアルマーニの左腕に装着していく。飾り義手ではなく、戦闘でも扱える機動型の義手だ。
用意したのはシャーロットだが、整備はワイスの担当となっていた。
アルマーニは重さを感じつつも、小指から親指まで一本ずつ関節部分を折っていき、機動性を確認していく。
「ったくよぉ、これも借金に加算だろぉ? あんのババア猫……」
「感謝してくれよ。これでも安くしたんだ。金貨三十枚なら安いだろう?」
「テメェの金銭感覚狂ってんだろ」
文句を垂れるアルマーニに、ワイスは微笑んで無視をする。
大きな溜め息をついて頭を掻いたアルマーニは、胸ポケットからネックレスを取り出して見据えた。
血で錆びてしまったハート型のネックレス。今見れば安物過ぎる物だが、それでも喜んでくれた顔は今でも鮮明に覚えている。
「……埋葬する時に一緒に入れなかったのかい?」
手を洗い、ワイスは水滴を布で拭き取りながら問うた。
「ん? あぁ、これは大事なモンだからよぉ」
「……そうだね」
アルマーニの優しい声音に驚きつつ、ワイスも微笑して頷いた。
暫しの沈黙。
「あっ」
と、声を漏らしワイスが何やら急いで店内の方へと走る。不思議そうに顔を覗かせるアルマーニに対し、戻ってきたワイスは一枚の依頼書を差し出した。
「あの化け物が暴れた時、王国の外へ繋がるかも知れない新しい洞窟が見つかったそうだよ」
「はぁ? 外?」
ワイスから怪訝そうに依頼書を受け取ったアルマーニは、内容を読んで顔を歪めた。
南門から続く人工的な洞窟が発見されたこと。
古代文明に繋がる物や魔法書を見つけた者には、相当の報酬が支払われるとのこと。
腕に自信がある者ならば、誰でも協会本部へ! というものだった。
「……胡散臭ぇ」
「まあ、母さんのことだから報酬は叩かれると思うけれど」
「やる意味あんのかよこれ」
二人揃って肩を竦めるが、ワイスは依頼書を見据えて微笑んでいた。
「けれど、当然ここには冒険者が集まる。今回は誰でもいいし、未知の場所だ。……死人も出る」
「…………」
ワイスの言葉に、アルマーニは黙り込んだ。
「彼女に花束、買ってあげるんだろう?」
その言葉は深く、アルマーニの心に刺さった。背中を押すキッカケとも言うだろうか。
「それに、君には死体漁りがお似合いさ」
ベッドから離れワイスは再び店内に戻ると、今度は雑嚢と手斧を持って戻ってきた。
それは、アルマーニの愛用である手斧だ。手入れされ、錆一つない新品同様の手斧。
「装備はいつも通り買い取るよ。魔法書なら相応の金貨を支払うし、母さんより報酬も多い」
「……こりゃああのババア猫よりも厄介になりそうな予感がするぜぇ」
「誉め言葉として受け取っておくよ」
口の端を上げるワイスを、アルマーニは鼻で笑って雑嚢を受け取る。
ゆっくりと立ち上がり、ベルトホルダーを装備してから、手斧を腰に下げる。
義手のせいでぎこちないが、動きは十分だった。
「あの上級冒険者の男とか、マーヤだっけ? 彼女たちに会ったらよろしくと言っておいてくれよ?」
「おぅよ。また敵になっちまうかも知れねぇけどなぁ」
店内まで進み、扉の前で立ち止まる二人。
ワイスから黙って差し出されてきた拳を、アルマーニは躊躇いなく義手の拳を当てて笑った。
「ご武運を。死体漁りの相棒」
「そういうところが嫌味なんだよテメェはよ」
同じようなやり取りを随分前にしたような気がして、アルマーニとワイスは小さく笑う。
店の扉を開き、踵を返してアルマーニが出て行く姿を、ワイスは手を振って見送った。
店の扉が閉まるのを見届けると、ワイスは微笑んで踵を返し、カウンター越しの椅子に腰掛けた──。
死体漁りのアルマーニ ハマグリ士郎 @Hamaguri3983
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます