第23話 死体漁りのアルマーニ
〈支配者〉の土台は五本。
五芒星となっており、その中央を奴が陣取っている。その支えさえ潰してしまえば、〈支配者〉は必ず体制を崩し、その目を晒すはずだ。
足となる後方へは、体力が余っているシャーロットとフィズが走り、手となる前方へはマーヤとガルダが全力で向かっている。
そして、アルマーニは貧困層に刺っていた主柱となる巨大な触手へと走らせていた。
「くそ、眠てぇ……っ」
朦朧とする意識を叩き起こしながら、アルマーニはぼやいていた。
走りながら〈支配者〉の背後から微かな光が漏れ始めており、朝日が顔を出そうとしていたことに気付く。
深夜前から既に半刻ほど戦い続けているのだ。限界も来るはずだと、アルマーニは空笑いしてしまう。
雨はいつの間にか止んでいたが、水溜まりや血でぬかるんだ地面に、足を取られそうになった。
「オォォォォ……ッ!!?」
再び大きな呻き声を上げた〈支配者〉。
巨大が揺れ始め、前のめりの体制へと変わっていった。
「……もう潰したのかよ。流石だねぇ」
後方の足部分を失ったのだろうか。
シャーロットとフィズの仕事が早過ぎることに、嫌味とさえ思ってしまう。
マーヤとガルダはまだのようだ。
二人共に〈支配者〉との戦いで消耗していたせいだろう。
「こいつか……」
道中には魔物すら居なかった。
死体は転がれど、生きている者さえ見当たらない。そんな状況で、アルマーニは主柱となる太過ぎる触手を見上げる。
根っこ深くに刺さるドス黒い柱触手を繋がりを見ると、しっかりと〈支配者〉の身体から放たれているものだと分かる。
全力で辿り着いたアルマーニは、既に立っていることも不思議なほど疲弊していた。
上がってくる胃液を飲み込み、歩くことさえ拒否する足を踏み出し、震えて落としそうになる手斧をしっかりと握り締める。
「……いくぜぇ」
自分に喝入れ、アルマーニは巨大な柱触手に手斧を奮った。濃い赤色の血泥が吹き出し、口の中に入っていく。
それをすぐに吐き出すと、アルマーニは休むことなく同じ箇所を切り続ける。
血飛沫にも似た液体が身体を汚し、手斧が血で滑りそうになった。
当然、防衛反応として細い触手が何本も現れ始め、それはアルマーニの攻撃を阻止しようと襲い掛かってきていた。
「鬱陶しいんだよぉっ!!」
苛立ちに満ちた怒声を振り絞り叫ぶと、斧槍に変形させてそれらを薙ぎ払った。
「──ぐっ!!」
細い触手は斧槍により千切れるが、残った触手がアルマーニの腹や太股に突き刺さる。血は噴き出すことなく、触手が吸収していった。
アルマーニの血は、切りつけた主柱の触手の再生に使われているのだと、すぐに分かってしまった。
「……大丈夫だ。死にゃあしねぇよぉ」
狂ったようにニヒルな笑みを浮かべると、身体を突き刺す触手を斧槍で切断し、柱触手を攻撃していく。
〈支配者〉の影が一層にフラついている。ガルダとマーヤの方も、滞りなく仕事を終えたのだろう。
あとは、アルマーニだけだ。
加勢など来ないと思っていた。
マーヤが何かしら言っているかも知れないが、ガルダが止めるはずだ。
シャーロットとフィズもそんな無粋なことはしない。
これは──アルマーニの仕事なのだから。
「うらあぁぁぁあっ!!」
大木を切り倒すが如く、渾身の一撃を食らわせたアルマーニは、重さに耐えきれず引き千切れていく柱触手を睨みつけていた。
血泥を溢れさせ、繊維のように一本、また一本と千切れていく柱触手は、再生など間に合わず〈支配者〉の元へ飛んでいく。
「ゴゴガガガァァガァァア゛ア゛──ッ」
土台を完全に失った〈支配者〉は、ゆっくりゆっくりと貧困層へ向かって倒れ込んでいった。
「ぜ、全員退避! 踏みつぶされるぞ!!」
足元で未だ戦い続けていた冒険者たちは、一斉に散り散りとなり、悲鳴を上げて逃げていく。
逃げ遅れた者を巻き込み、街の瓦礫を潰し、人の死体や魔物を全て飲み込んで、アルマーニの方へ落ちていく。
アルマーニは、逃げることもなく、ただ呆然と落ちてくる〈支配者〉を見上げていた。
「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォォォ────」
雄叫びのような悲鳴をこだまさせ、血泥を撒き散らしながら、〈支配者〉は完全に地面へと落ちた。
びちゃんっ! という音と共に、アルマーニの下半身を赤黒く濡らした〈支配者〉は、吸い込まれそうなほど巨大で真っ赤な“目”を光らせる。
涙とも言える赤い液体を目からドロリと流し、それは立ち尽くすアルマーニの靴底を少しずつ汚していく。
「……ソルシェ」
ぽつりと、彼女の名前を呼んだ。
〈支配者〉の目には、白い肌を晒したソルシェがいた。
腰から下は飲み込まれ、淡い紫の長髪を垂らし、開いていた身体の穴など元より無かったかのように綺麗だった。
首からはプレゼントしたネックレスが下げられており、彼女は間違いなくソルシェだと分かる。
だが、その瞼は重いまま。
アルマーニの声を聞いても、開くことはなかった。
「ソルシェ」
もう一度、今度はしっかりと彼女の名を呼ぶ。返事など返って来ない。
それでも彼女の名を呼ぶのは、心の中では最後の奇跡でも期待しているのだろう。
重い足を引き摺り、ソルシェに左手を伸ばした。綺麗な肌をした頬を撫でようとして、何かが目の前を横切った。
「……あ?」
アルマーニの前に飛び散る鮮血。
何が起きたのか理解出来ず、アルマーニはソルシェから自らの左手に目を向ける。
左手は、無かった。
肘から下が切断され、大量の血が流れ出ていたのだ。
少しだけ視線を左に向ければ、そこには鋭利な触手が一本、宙に浮いていた。
主であるソルシェを守ろうとした、最後の足掻き。その足掻きに、アルマーニは油断したのだ。
「……くそ野郎が」
小さく呟き、アルマーニは斧槍を触手に向けて振り下ろした。憎き触手を叩き切ったアルマーニは〈支配者〉を睨み付ける。
痛みなどもう感じられなかった。
落ちた左腕を拾うことなく、抵抗の意思を失った〈支配者〉に舌を打つ。
そして、力無く眠っているソルシェにアルマーニは寄り添った。
「……ちゃんと抱き締められなくなっちまったじゃねぇか……っ」
斧槍を地面に捨て、汚れた右腕だけでソルシェを抱き締めたアルマーニは、小さく嗚咽を漏らした。
温もりなどない。
吐息や心音も感じられない。
最後の声さえ、聞くことが出来ない。
「俺なんかに出会わなかったら、お前はもっと幸せだったはずだ。俺がお前に恋なんてしなけりゃあ、もっといい奴に出逢ってたはずだ」
今さら後悔したって遅い。
彼女を救えなかった時も、同じようなことを言った覚えさえある。
いつになれば幸せにしてやれたのか。
そもそも助けたことが間違いだったのか。
アルマーニは自問自答を繰り返し、涙を流し、何度も言葉を飲み込んでいく。
喉を震わせ、ソルシェを強く抱き締め、返って来ない返事を待つ。
「俺は、俺は幸せだった。俺の我が儘だけどよぉ、俺は──」
何を言っても、ただの言い訳としかならない。分かっている。そんなことは誰よりも自分が一番よく分かっている。
「こんな俺を笑うだろうなぁ。本当は死んじまいてぇ。けどよぉ、約束しちまった。どうでも良かった奴と、約束しちまったんだ。だからよ、これだけは貰っていくぜ」
ソルシェからゆっくり離れると、アルマーニは彼女の首から下げられたネックレスに手を伸ばす。
泣きながら笑い、そのままネックレスを引き千切った。
「お前のための、最後の“死体漁り”だ」
ネックレスを胸ポケットにしまうと、アルマーニは一歩、また一歩と後ろへ下がり、斧槍を拾い上げた。
「今度は花束を持って来る。お前に似合う花束をよ。だから、またな。ソルシェ」
アルマーニは、片手で斧槍を持って右足を引き、重心を前にした。
「いけぇぇぇえええっ!!」
「うあぁぁぁっ……!!!」
冒険者たちの鬼気迫る雄叫びと、アルマーニの覚悟を決めた雄叫びが重なり、〈支配者〉の目を──ソルシェを斧槍で貫いた。
「キャアァァア゛ア゛ア゛ッッ──!!」
凄まじい悲鳴は王国中に響き渡る。
アルマーニは歯を食いしばり、斧槍で目を抉ると、勢い良く引き抜いた。
〈支配者〉はドロドロとした身体を震わせ、目は爆発し溢れんばかりの血を噴き出す。飲み込んだ人や魔物の残骸を吐き出し、耳をつんざく奇声を上げ続ける。
解放された血塗れのソルシェは、力無くアルマーニの腕の中に倒れ込んだ。
「見ろ! 消えていくぞ!」
「勝った……勝ったんだ!」
「わたしたちやり遂げたのよ!!」
わあああ、という大きな歓声が王国中を包み込み、冒険者たちの嬉しそうな雄叫びや悲鳴が轟いた。
まるで朝日に吸い込まれるように〈支配者〉は跡形もなく消えていき、小さな赤い目だけがアルマーニの足元に転がった。
それを黙って踏み潰すと、聞こえる歓声を耳に、アルマーニは完全に昇りきった朝日に顔を歪める。
「はっ、眩しいなぁ。これじゃあ、一眠りも出来、ねぇ……なぁ」
悲鳴を上げる身体の痛みに悶え、ソルシェを抱いたままアルマーニは後ろへ倒れた。
真っ黒に染まる意識の中で、アルマーニは静かに眠りについた。
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