第22話 仲間と共に



「ガ、ガガガァ……ァ……」



 壊れた柱時計のように〈支配者〉は呻いていた。痛みのせいか、悲しみのせいか。


 化け物にそんな感情があるならば、素直に謝罪をして消えてくれと言いたいが、そんなことは夢物語だと誰もが知っている。



「く、あっ……!」



 数十を超える触手は、より一層獰猛となっており、マーヤは痺れる腕でなんとか耐えていた。



「くそ、作戦は成功か!?」



 アルマーニも触手を防ぐことで精一杯だ。余裕を見せていたガルダは、あれから一言も言葉を発していない。


 ……ワイスの作戦は単純なものだった。

 発砲音が聞こえたと同時に、アルマーニが一斉に〈支配者〉を攻撃し、悲鳴をあげさせるだけ。


 そこからは怒涛の攻防戦を制するのみだったはず。溢れ出る血泥。足元はぬかるみ、暴れ狂う〈支配者〉は容赦などなかったのだ。



「もう! ドロドロして気持ち悪い……っ」



 嘆くマーヤの言葉はおっさん二人も頷いていたが、それでも触手は四方八方から飛ばしてくる。


 だが、三人の同時攻撃が予想よりもダメージを与えていたことは、修復の度合いでよく分かった。



「──修復が遅い。これならば、加勢さえ来れば勝てやも知れんぞ」


「そりゃあ、アイツが成功したらってこったろぅが!」



 冷静に言ってくれるガルダの横で、斧槍を振り回しながらアルマーニは短く息をついた。


 その時、マーヤの足元が大きくぐらついた。フラつきながら必死に耐えたが、一歩、また一歩と下がっていく。



「メロン女ぁ! しゃがめ!!」



 すぐさま異変に気付いたアルマーニだが、伸ばした手は当然間に合わず。

 マーヤの頭上から触手が口を大きく開けて捕食しようと、構えていたのだ。


 背筋を震わせ、咄嗟に剣を頭上に向けて構えたマーヤだが、見事に足元まで飲まれてしまった。



「マーヤ殿!!」



 ガルダは足元の血泥を薙ぎ払い、マーヤを飲み込んだ触手に向けて大剣を振りかぶった。


 瞬間、触手は突然血を噴き出して〈支配者〉の方向へと吹っ飛び、魚のごとく跳ねたのだ。

 マーヤの姿は健在で、負傷したような形跡は見当たらない。だが、彼女が倒したような素振りもなかった。



「いや~危機一髪! こういう時こそボクの存在価値が上がるってものだよね~」



 軽快且つ緊張感に欠ける声が聞こえ、驚くガルダとは別に、アルマーニは鼻で笑った。



「遅ぇんだよ、ガキんちょ」


「ヒーローは遅れてやってくるってやつ? パーティーには間に合ったから怒らないでよ。それに」



 アルマーニは触手を踏み潰し、ガキんちょことフィズの笑顔に顔を歪めた。


 後ろを振り向くフィズを抱き締め、マーヤは嬉しそうに笑う。



「ボクだけじゃないよ。お兄さんの勇気に感謝しなよ~」



 フィズの言葉の意味を理解したガルダは、フッと笑みを漏らし大剣を肩に担いだ。


 無数の足音と擦れる金属音が聞こえてきたのだ。数は分からない。大勢が階段を登る足音が響き渡ってくる。


〈支配者〉がいる城門前に続々と集まる老若男女の冒険者たち。


 金や白銀の鎧に身を包んだ剣士。

 軽い革鎧と自慢の槍を下げる者。

 やけに露出しながらも大斧を構えた女戦士。

 まだ駆け出しであろう弱腰の少年少女。

 長い白髭を蓄えた頑固そうな魔法士。


 そして、アルマーニを真っ直ぐ見据えた、黒いドレスに身を包んだ血塗れの女性。


 その他大勢の冒険者が〈支配者〉ひ向けて、各々の武器を構えたのだ。


 総勢、百五十を越える冒険者が揃った。

 表も裏も関係なく、たった一つの依頼を達成するために──全員が生きるために。



「マジかよ……アイツ、最高だぜぇ」



 思わずアルマーニは声を漏らしていた。


 ガルダやマーヤも同じ反応だ。

 驚愕しながらも、嬉しそうに表情を柔らかくして感動していた。



「待たせたわね」



 先頭に立つシャーロットの一言に、ガルダは眉をひそめながら「待ちわびた」と、微笑んで言葉を返す。



「さあ、ここまで来ればあと殺るだけニャ。怖じ気づくニャ。斬れ、叩け、殴れ、貫け、ぶっ潰せ野郎共ぉぉ!!!」


「おおおぉぉぉおおおぉぉ!!!!」



 シャーロットの力強い掛け声により、士気が最高潮にまで達した冒険者たちは、アルマーニをすり抜け一斉に〈支配者〉へ突撃し始めた。


 呆気に取られるアルマーニとガルダは後退し、凄まじい熱気を放つ冒険者たちを見つめる。



「グオ、アァ、アガガガ──ッ!?」



 突撃の猛攻撃に驚きを隠せない〈支配者〉は、奇声すらあげる暇もなく、触手を生み出し冒険者たちを迎撃する。


 だが、冒険者たちは一切怯まなかった。

 


「第二陣、迎撃用意!」



 シャーロットの掛け声により、二陣と呼ばれた盾の軍団と弓矢部隊が構える。

 前線を買って出る一陣に一撃すら与えれず、触手の攻撃は全て防がれ、矢に射抜かれて盾に潰された。



「第三陣! 魔物は必ず食い止めニャ!」


「おう!!」



 三陣はアルマーニたちより後ろ。

 残党であるゴブリンや蜥蜴人に邪魔されぬように、全て潰し、階段から蹴り落としていく。


 

「おらおらおらぁぁッ!! もっともっと叩き込めぇぇぇッ!!」



 前線では手練れである上級冒険者と、駆け出しの冒険者たちが〈支配者〉に攻撃を加えていく。


 シャーロットの指揮のもと、完璧な布陣で挑む冒険者たちに、絶望などなかった。むしろ希望、いや、勝てるという確信に変わりつつある。



「すげぇよ……こりゃあ勝てるぜぇ」



 体力を少しでも回復させるアルマーニに対して、フィズとガルダは第三陣に加わり戦っていた。


 そして、座り込んでしまっていたマーヤは、アルマーニの服の裾を引っ張り、真剣な表情をした。



「伝えなきゃいけないことがあるの」



 アルマーニは眉間にしわを刻みながらも、しゃがみ込みマーヤを見据える。



「あの化け物の目……あそこに、ソルシェさんがいたような気がしたの」


「ッ!」



 マーヤの衝撃的な言葉に、アルマーニは表情を強ばらせた。息を飲み〈支配者〉を見上げる。



「遠目過ぎて分からないけれど、紫の髪にネックレスが見えたわ。前に見た時にしていたネックレスをしていたから……見間違いかも知れない。確信じゃないわ。それでも、伝えなきゃって思ったの」



 申し訳無さそうに俯き、次第に声を小さくさせてマーヤは頷いた。アルマーニは何も言わない。


 マーヤはこのことを伝えるために、わざわざここまで走って来たのだろう。

 それに、ソルシェは確かにスライムのような黒い物体に変わってしまった瞬間を、アルマーニは確かに見ている。


 あの目に、彼女が居る可能性は高い。

 話せるような状態ではないだろう。死んでいるはずだ。ただ、飲み込まれただけならば、まだ、生きているかも知れない。



「……ありがとうよ」



 アルマーニはそれだけを言うと、マーヤの頭を二回ほど優しく置くと、痛む足でゆっくりと立ち上がった。


 

「さぁて、どうしたもんかねぇ。飛べるわけじゃねぇし、都合よく便利な魔法なんてねぇしなぁ」



 アルマーニは空笑いして〈支配者〉を見上げた。


 それを聞いていたのか、シャーロットは黙ってアルマーニに近付くと顎をしゃくった。



「アタシに策がある」


「へぇ。アンタ、すげぇ奴っぽいけどよぉ、どこの誰だよ?」



 黒いドレスの女性の正体が分からず、アルマーニは訝しげにシャーロットを一瞥する。



「馬鹿言ってんじゃニャいわよ。この美しさを見れば一目で分かるはずニャ」


「──マジかよぉ。分かった分かった。どんな魔法かは知らねぇが、随分と綺麗に作ってんじゃねぇかババア」 


「いいねぇ。喧嘩ニャら幾らでも買ってやるわ」


「おぅおぅ、幾らでも売ってやる変わりに、その策とやらを聞いてやろうじゃねぇか」



 シャーロットだと気付いたアルマーニは、馬鹿にするようにひとしきり笑うと、目を真剣に変えて腕を組んだ。



「あとで覚えておきニャ。さて、本題に移るわ」



 シャーロットは〈支配者〉を一瞥し、足元に流れてきた血泥を避けるように階段の方へと歩いていく。



「これだけ叩き込んで死ニャニャい理由は、あの目が本体って話だろうねぇ。弓でも届かニャい。アタシの力でもあそこまでは届かニャい。そこでさ、アイツの身体を落とす」



 総攻撃のダメージは確かに入っているはずだ。しかし、足元を溶かし、苦しませるだけに終わり、トドメを刺すことは出来ない。


 

「何故だ! 何故倒れない!?」


「本当に殺せるの!?」



 冒険者たちの疑心が膨らんでいた。

 当然だ。あれから何分、何十分攻撃を休めずに叩き込んでいるのか。それでも倒れない〈支配者〉。


 アルマーニも不思議には思っていたことだ。

 そして、シャーロットの言う“落とす”という表現を使った意味を、アルマーニは理解していた。



「五本の土台……あの触手って訳か」


「ふむ、なるほど。人数は丁度ということか」



 アルマーニの答えに、いつの間にか後ろにいたガルダは顎髭を撫でて納得した。


 ガルダは四方の地面に刺さった柱とも言える禍々しい太い触手を見据え、マーヤも後ろを振り向く。



「なになに? 今度は何するの~?」


「ガキ、アンタも手伝いニャ」



 ゴブリンを殴り倒し、フィズは返り血を浴びた頬を拭ってアルマーニたちに加わった。


 シャーロットは鼻で笑い、アルマーニを一瞥する。



「こりゃあまた、でけぇ借りが出来ちまうなぁ。全く、頼もしいお仲間なこった」



 親指を立てるフィズの頭を小突き、アルマーニは皆と目を合わせていく。



「私は、これで貴方に借りが返せるなら喜んで協力するわ」


「ふむ、これは参戦しなければ英雄譚には載らぬな」


「おじさんに借り作ってもな~。変なもの返されても嫌だから、善意でやってあげるよ」



 それぞれが思うことを口に出し、アルマーニは苦笑して再び〈支配者〉を見上げた。皆が皆、らしい参加理由だったことには、笑うことしか出来ない。



「只の死体漁りに物好きが集まったもんだぜぇ。本当に──ありがとうよぉ」



 アルマーニの頭を下げた。

 素直で小さな礼に、呆れ顔でガルダは肩を竦めた。



「アンタがそこまで拘る理由は未だに分からニャいけれど、そこまでやるニャら協力してやる」


「理由なんてねぇよ」



 シャーロットに対して、アルマーニは優しく微笑んで言葉を続けた。



「惚れた女に会いに行く理由なんて、そもそもあるわけねぇだろ」


「……いいねえ。本当に、アンタの唯一いいところだ」


「親子揃って一言余計なんだよババア」



 感心するシャーロットに毒を吐くアルマーニだが、その表情はまだ柔らかい。



「さぁて、最後くらい派手に行くかねぇ」



 アルマーニの言葉に、マーヤも立ち上がり剣を握り締めた。大剣を担ぐガルダの横に、手のひらに拳をぶつけるフィズ。


 少し後ろでシャーロットとマーヤが土台となっている触手を見据え、アルマーニは斧槍を手斧に戻し大きく息を吸い込んだ。



「ケリつけるぜぇ」



 様々な意味を込めて呟いたアルマーニの言葉を合図に、五人は三陣で耐える冒険者たちを潜り抜け階段を下りていく。


 四方分かれる仲間たちを尻目に、アルマーニは貧困層のど真ん中に刺さる触手に向かって走り抜けた。 





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