第21話 死に損ないに最高の勇気



 アルマーニたちが激戦を繰り広げるなか、シャーロット側は絶望的であった。


 魔物の種類が変わることはないが、変異は見られている。〈支配者〉の出現により、ゴブリンやオーガの身体は赤黒く変異しており、腕力や速力も上がっているのだ。


 さらに〈支配者〉の出現に絶望した中級冒険者より下の者たちは、完全に逃げ隠れてしまってのだ。

 今残っているのは、上級冒険者が数十名と、シャーロットに付き従う部下たちが数十名だけ。



「全く……情けニャい奴らね。まあ腰抜けにニャにを言っても無駄ね」



 シャーロットは深い溜め息をつき、背後から忍び寄る敵に向けて剣先を光らせた。

 血塗られた剣先は、魔物の柔らかい頭部を切断することもなく空を斬った。


 敵は見事にバックステップを決め避けたようで、これに違和感を覚えたシャーロットは、面倒臭そうに振り返る。



「ビックリしたな~。裏協会のボスは伊達じゃないね」



 両手を後頭部で組み、見覚えのある少年が爽やかに笑っていた。


 フィズだ。


 会議室で散々猫可愛がりされたという嫌な思い出しかないシャーロットは、溜め息をついて肩を竦めた。



「特等冒険者様が、アタシにニャんか用かい?」


「……おばさん、おじさんに似てるね」



 フィズの爆弾発言に対し、シャーロットは額に血管を浮き上がらせる。

 誰と比べられているのかが想像出来てしまう分、余計に腹が立つ。


 だが、フィズの笑顔に悪意が一切見当たらないことに、シャーロットは呆れることしか出来なかった。



「おばさん、どんな魔法使ってるの? 元々は人間なの? すっごく強いけど本当は何者??」


「おいガキ。シャーロット様とお呼び」


「は~いシャーロット様~!」



 怒りの圧力を放つシャーロットの言葉に、フィズは悪気無く笑って手を上げた。


 そして、背後から奇襲を仕掛けようとしていた蜥蜴人を、振り返り様にフィズは回し蹴りを顔面に入れ込んだ。


 「ゴエェェ……ッ」と、いう断末魔を漏らし吹っ飛んでいった蜥蜴人を見て、シャーロットは鼻で笑った。



「ふん、特等冒険者ってのは伊達じゃニャいようねぇ」


「そりゃあ、ボクは強いからね」



 美眉を寄せ皮肉を言うシャーロットに、フィズは自信満々に言ってのけた。



「母さん!!」



 その時、聞き覚えのある呼び声に、シャーロットの表情が歪んだ。そのまま城の方向へと視線を向ける。


 当然そこには、全速力でこちらに走ってくるワイスの姿が──何十匹という魔物を引き連れていたのだ。



「わあ~たくさん来るね!」


「愉しそうに言うんじゃニャいよ。全く我が息子ニャがら情けな──!」



 フィズの言葉に舌を打ったシャーロットだが、ワイスの表情を見て何かを悟った。


 すると、迎撃するために傷だらけの大盾を拾い上げ、シャーロットは血塗れた剣をしっかりと握り締めたのだ。



「……ガキ、暇ニャらあの子のお守りを頼むわ」



 お守りという言葉にピンと来なかったフィズは、ワイスが目指している場所を視線でなぞり、納得して頷いた。



「母さん、時間稼ぎを……」


「ああ、任せニャ。アンタはアタシの息子……ニャにかするってことくらい、分かってるわよ」



 いつもの情けない表情はどこにもなく、何か大きな決意を固めた凛々しい顔。

 

 ワイスは必死で魔物から離れると、シャーロットの横を抜けていった。

 目指すのは、崩れかけた家の屋根だ。


 魔物の追撃を全て担ったシャーロットに任せ、ワイスは力を振り絞って屋根へと登っていく。



「お兄さん遅いよ~。ほいっ!」


「す、すまない……!」



 既に屋根で待機していたフィズに伸ばされた手を掴み、ワイスは屋根でヨタヨタとしながらもしっかり踏ん張り立ち上がった。


 隠れている冒険者たちがよく見える位置であり、城を占拠する〈支配者〉の姿も目視出来る。



「何するのか知らないけど、ボクは後ろにいるね。魔物は全部潰すから気にしないで」


「あ、ああ。感謝するよ」



 子供に力強く言われたことに違和感を覚えながらも、ワイスも力強く頷いて答えた。



「……さあ、いくよ。アル」



 ワイスは呪文のように小さく呟き、一度深呼吸をする。早まる心臓を抑えるために生唾を飲み込み、なるべく注目されるような言葉を選ぶ。



「僕は裏協会の次期ボスだーー!!!」



 腹から大声を出したワイスの言葉は、暗い夜空の元で遠く響き渡った。それは戦っていた冒険者や隠れていた冒険者たちにも、しっかり届いたようだった。


 何事かと驚きながら、瓦礫の隙間や地面の穴から様子を見るようにワイスを覗き見る。

 傷ついていた冒険者も、座り込みながらもワイスの声を聞き、家の屋根に立つ青年を見据えた。



「まだ動ける者がいるなら聞いてほしい!!」



 ワイスの必死な声音に、続々と顔を出し始める冒険者たち。駆け出しの冒険者である数人は耳を塞ぎ、首を左右に振っていた。



「化け物を見てくれ」



 皆がどよめく中ワイスは静かに言うと、懐に入れていた黒い鉄の塊を取り出した。拳銃にも似た形をした煙銃を上空に向け、肩を竦めて一発放ったのだ。


 乾いた発砲音に驚く冒険者だが、アルマーニたちにとっての合図だった。



「グオォアア゛ア゛ァ……バキャア゛グオォオォオオオオ──!!!」



 突然〈支配者〉が雄叫びという名の悲鳴を上げ始めたのだ。凄まじい地面の揺れと共に、暴れ蠢く無数の触手。



「お、おい! 見ろ!」



 一人の冒険者が危険など忘れて地上に飛び出し、城の方へと指を差した。

 当然そこには〈支配者〉だが、明らかに様子がおかしい。



「苦しんでいる……攻撃されているのか?」


「一体誰が! いや、それよりも……」



 血泥を撒き散らし、触手を何度も再生しては誰かに向けて攻撃し続ける〈支配者〉。

 それは今まで絶望していた冒険者たちを驚かせ、微かな希望を見せていたのだ。


 続々と顔を出す冒険者たちの数は、既に五十は越えていただろうか。そこまで集まったところで、ワイスは本題に入る。



「これで分かったかい? あの化け物は殺せる。今はまだ三人しか戦っていないあの場所に、君たちの勇気さえ貸してくれるならば、絶対に勝利を勝ち取ることが出来る。協力してほしい。たった一撃でもいいんだ……!!」



 力強いワイスの説得に、冒険者たちは息を飲む。


 周りと目を合わせ頷く者。

 顔を背け首を左右に振る者。

 ただ身体を震わせる者……。


 反応は様々だった。

 すぐに声を上げる者などいない。


 当然だ。

 目の前で魔物に殺された者や、実力が全く通じなかった者も少なくはない。皆が勇気を持っているのなら、絶望などそもそもしないはずだ。


 それでも、ワイスは「頼む!!」と、頭を下げ続けた。



「あんなのに挑むなんて、死にに行くようなものじゃないか……」



 決心し掛けている冒険者を邪魔する弱気な駆け出しの言葉により、再び気持ちは振り出しに戻されてしまう。


 ワイスが見せた演出や説得だけでは、やはり決心するまでには至らない。背中を押すどころか、悩ませて危険に晒してしまっている始末だ。


 肩を落とすワイスを、フィズは何も言わず見つめ、フッと笑みを漏らして魔物を殴り飛ばしていく。


 

「……アタシがアンタたちを守ってやる」



 そんな言葉と共に壊れ掛けたキセルを懐にしまい、シャーロットが迷う冒険者たちに歩み寄ってきた。


 

「まだ自信もニャい。自分で自分のケツも拭けニャいような駆け出しってんニャら、このアタシが守ってやるって言ってんのさ」



 圧力を与えながら言い切ったシャーロットの言葉に、一番驚いていたのはワイスだった。

 目を丸くするワイスなど無視して、シャーロットは怯える駆け出し冒険者に詰め寄る。



「さあ、戦うかい? 絶対勝てる戦いを捨てるわけニャいわよねぇ? 男ニャらはっきりしニャ!!」



 今にも胸ぐらを掴み掛からんとするシャーロットに圧され、駆け出し冒険者は半泣きで「戦いますっ!!!」と、言い切った。


 それを見ていた他の冒険者たちも、覚悟を決めたようだ。絶望から、微かな希望に縋り、迷っていた皆が武器を抜き始める。



「じゃあお兄さん。ボクもそろそろ行くよ。楽しそうだし、お姉ちゃんももうそこにいるんでしょ?」


「え、あ、ああ」


「へへっ、じゃあね!」



 困惑するワイスの腰を叩き、フィズは屋根から飛び降りた。後ろを振り返ったワイスは、血みどろに広がる魔物の無数の死体に顔を歪める。



「行くぞ、オレたちの未来を取り返す」


「勝ったら酒を酌み交わしましょう」


「ばか、勝ったらじゃねえよ。勝つんだ」



 冒険者たちは強気な言葉を吐き出しつつ、まだ震える喉や足に喝を入れながら城へと向かって歩き出す。


 何人、何十人……何百を超えるかも知れない冒険者たちは、強い覚悟を持ちながら、その表情は柔らかいものだった。


 その後を続こうとしたシャーロットは、転びながらも下りてきた息子の姿を一瞥して足を止めた。



「母さん!」



 大盾は捨て、別の武器を肩に担ぐシャーロットの前に、息を切らしながらワイスは立った。


 早まる鼓動を押さえ、ワイスは懐から青い首輪を取り出してシャーロットの前に突き出す。



「結局、僕にはまだ母さんの跡を継ぐなんて出来ないよ」



 苦悶の表情で、ワイスは呟く。「でも」と、言葉を続け顔を上げた。



「僕に出来ることで動こうと思う。少しずつ母さんのやり方も学びたい。戦えるようになりたい。だから、まだボスで居続けてほしい。僕はまだ……役立たずだからさ」



 苦笑しながら、ワイスは頭を下げた。


 初めてだった。実の親に面と向かって何かを言うこと。想いを伝えることが初めてでたどたどしいかも知れない。


 物が分かる頃には既に猫だった母に、今まで不信感や疑問を抱き続けていたのだ。

 しかし、それはシャーロットも理解していた。



「ワイス……」



 低い声音で息子の名前を呼んだシャーロットは、血に濡れた手を伸ばし、一瞬躊躇ってワイスの頭を撫でた。



「はん、どうせあの男に何か言われたんだろう? 本当に……よくも誑かしてくれたもんねぇ」


「か、母さん……?」



 シャーロットは微笑み、顔を上げたワイスの頭から手を離す。



「これは預かっておくわ。この茶番劇が終わったらしっかり教育してあげる。覚悟しておきニャ」



 ニッと笑ったシャーロットは、ワイスから青い首輪を受け取ると背を向けた。

 未だに、彼女が何を考え何を感じているのかは解らない。


 それでも、今のワイスには良かった。



「ああ、足手まといにニャるから隠れておきニャ」


「分かってるよ母さん。終わったら、僕の紅茶をご馳走するよ。だから、待ってるから」


「……最高の報酬じゃニャいか。楽しみだねぇ」



 ワイスの言葉に、柔らかく笑みを浮かべたシャーロットは、一瞥することもなく城へと走り始めた。


 最高の報酬を頂くために──。




 

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