第20話 頼み事



 殺せるということに気が付いたアルマーニとガルダは、力の限り〈支配者〉に向けて刃を振り下ろしていた。


 どろどろとした血泥が溢れ、相手が傷を修復する前に次々と斬りつけていく。


 しかし、こちらは人間。

 人間の手では限界がある。


 元々、先の戦いで体力を使い果たしたといってもいい程に、二人とも傷ついていた。

 魔物といえど、相手は〈支配者〉という大層な名を持つ化け物だ。修復力も追撃の力も緩まることもない。

 

 たった二人だけの力では、どうすることも出来なかった。



「ふむ……やはり無理か」



 数歩後退ると、渋い表情で、ガルダは顔に浴びた血泥を袖で拭う。



「他の奴らは!?」


「無理だな。戦意消失……すっかり怯えてしまっているようだぞ」



 怒りを露わにするアルマーニに対し、ガルダは城から見下ろせる貧困層に目をやった。


 〈支配者〉の出現により活発化する魔物共。対して、中級程度の冒険者たちはすっかり逃げ隠れしてしまったようだ。

 上級冒険者たちはプライドだけで魔物共と戦い続けている。


 こんな状況で、こちらに加勢してやろうと思う馬鹿などいないだろう。



「俺はともかくよぉ、おっさんは表の人間だろう? 呼び掛けりゃあ来るんじゃねぇか?」


「一匹狼であった私がか? もしそれで来たとすれば、それは見事に頭がやられているな」



 アルマーニの言葉に、ガルダは肩を竦めてフッと笑みを漏らすが、そんな隙さえも〈支配者〉は許さない。


 二人に向けて鋭い触手が閃光のごとく素早い攻撃を繰り出し、ガルダに弾かれる。

 


「アルマーニ!!」



 そこに背後から聞き覚えのある声が聞こえてきたのだ。

 思わずアルマーニの眉に深いしわが刻まれていく。



「おい、マジかよ……」



 確かに誰か加勢に来てくれねぇかなぁ、などと話はしていたが、予想外の人物が来てくれたようだ。


 アルマーニは後ろを振り向くと同時に、襲い掛かってきた触手を避ける。避けられた触手はアルマーニを通り越し、彼を呼んだ者へと襲い掛かった。



「やべぇ……ッ!」



 避けてから失態に気付いたアルマーニは咄嗟に手を伸ばしたが、届くことはない。

 だが、アルマーニの心配をよそに、触手は一瞬にして真っ二つに斬り裂かれた。


 赤黒い血が零れ、触手が落ちた先にいたのは──見慣れたプレストアーマーを装備したマーヤだった。騎士の風貌の彼女は、出会った頃に比べて力強さを感じる。


 そして、驚くにはまだ早かった。

 息をついて小さく頷いたマーヤの少し後ろに、さらに見覚えのある顔が見えたのだ。



「メロン女──それにワイスまで。おまえら、何しに来たんだぁ?」



 驚愕するアルマーニに対し、マーヤは目を大きく見開き、いつの間にか付いてきていたワイスを見据えた。全く気が付かなかったのだろう。



「わ、私は貴方が心配で来ただけよ? 彼は……」


「僕も、君たちが心配で来たんだ。向こうじゃ、母さんがいるから……僕は必要ないしね」



 マーヤに続いて、微妙な面持ちで頷いたワイス。だが、脇腹を押さえ、既に息を切らせているワイスに、ガルダが鼻を鳴らす。



「ここに来ても役に立ちそうにはないが……」


「…………」



 ガルダの言葉は、ワイスの胸に深く刺さってしまったらしい。

 マーヤはおろおろとしており、襲い掛かってくる触手に剣を奮うことしか出来ないでいた。



「……これなら、何かに使えるだろう? 貴重な魔法ばかりさ、僕のコレクションだからね。この化け物に、効くかは分からないけれどね」



 俯きがちに、貴重な魔法書や巻物が詰められた布袋を突き出し、ワイスは上目遣いでアルマーニを見る。


 なかなかお目にかかれない金紐で閉じられた上物の魔法ばかりらしく、貴重で強力なものばかりだ。



「僕だって戦えるさ。役に立てる、はずさ」



 今にも泣いてしまいそうなワイスを、アルマーニは腰に手をついて大きく溜め息をついた。


 

「無理すんじゃねぇよ。震えてんじゃねぇか。戦うよりもお前にはもっと役に立てることがあんだろ?」


「……なんだよ。君もそう言うのかい? もっと役に立てることって。教えてくれよ。僕は、僕は何をすればいいんだい? 母さんも教えてくれなかった。僕は──役に立たないのかい?!」



 アルマーニの軽い言葉に、ワイスは爆発するように声を荒げ、持っていた布袋を地面に叩きつけた。顔は上げないが、目尻には涙を浮かべている状態であり、ワイスは身体を震わせる。


 驚くアルマーニに、ガルダは溜め息混じりで大剣を担ぎ〈支配者〉と対峙する。マーヤも剣を構え、時間稼ぎをするために加勢する態勢へと入った。



「……しゃあねぇなぁ。じゃあ教えてやるよ。お前が役に立てることはな──逃げて生きることだ」


「……は?」



 アルマーニの真剣な表情から出た言葉に、ワイスは素っ頓狂な声を漏らした。



「逃げて生きるにはどうすりゃあいいと思う? お前は賢いから分かるよなぁ。この化け物を殺せりゃあ成功って訳だぁ」


「こ、殺すって、この化け物……殺せるのかい?」


「さぁなぁ。俺は勇者様でも英雄様でもねぇから分からねぇよ。だがよぉ──殺せるんなら殺す。それが冒険者ってやつだろうよぉ」



 アルマーニの妙な自信は、どうやらガルダやマーヤ、その他大勢の冒険者たちを信じているからだろうか。


 彼をずっと傍で見てきたつもりだったワイスは、何かを察し、そして考え込む仕草をした。顎に手を当て、〈支配者〉を一瞥し、小さく頷く。


 アルマーニは怪訝そうにワイスを見る。

 次にワイスが顔を上げた時、その表情は真剣そのものとなっていた。



「……殺す方法は?」


「そうだな、コイツが傷を修復しやがるから、修復よりも傷を負わせられる手数が必要になるな」


「百人、二百人は必要ってことかい?」


「そうなるが……今の状況じゃあ万に一つもねぇよ」



 真剣なワイスに対し、アルマーニは肩を竦めて城下を見下ろした。


 黒のドレスを着た女やフィズ、上級冒険者たちと、数人の実力者たち。

 どれだけ数えてもせいぜい五十人ほどが関の山か。


 それでも、ワイスは城下を見下ろしながら拳に力を込めた。



「アル、時間稼ぎを頼む」



 ワイスの一言に、アルマーニは眉間にしわを寄せた。無理だなんて言うつもりはない。むしろ、もう頼みの綱はワイスにしか握れない状況下だ。


 シャーロットの力を借りてでもいい。

 隠れている冒険者たちの士気を上げ、勝てるという演出を作り上げれば馬鹿でも動いてくれるはずだ。



「必ずここに彼らを集める。だからアル、もう一つ頼みたいことがある」



 血に染まった白スーツの裾を伸ばし、ワイスは緩まったネクタイをしっかりと締め直した。


 そんなワイスの覚悟を受け取り、アルマーニは苦笑して「おう」と、小さく答える。


 ワイスの頼みという名の作戦を軽く聞いたアルマーニは、突然地面が揺れ始めたことにより、つんのめりそうなった足にグッと力を入れた。



「む、作戦会議は終えたかっ!」


「そろそろ限界よ……っ!」



 ガルダとマーヤが二人のため必死に触手の猛攻を防いでいたが、〈支配者〉の雄叫びにより焦りを見せていた。



「じゃあ、頼むぜ。次期裏協会のボスさんよぉ。これが終わったら、今度は俺が酒を奢ってやる」


「君は貧乏だから安酒じゃなくて、ちゃんと上等な物を用意しておいて欲しいね」


「言うじゃねぇかぁ。いつも一言余計なんだよ」



 皮肉めいた二人は、軽口もそこそこにお互い背を向けた。

 

 やるべきことを互いに背負い、アルマーニは前へ、ワイスは後ろへ。



「はあ、はあ……よく分からないまま戦ってるけど、結構辛いわね」


「おぅおぅ、もうへばっちまったかぁ?」


「貴殿は休憩していたからな。ここからはしんがりを努めてもらおう」


「マジかよ、勘弁しろって。俺ももう限界だぜぇ?」



 頬を伝う汗を拭うマーヤ。

 未だ余裕を見せるガルダ。

 苦笑しながら背中を押されるアルマーニ。


 全員が〈支配者〉を見上げ、大きく息をつき、各々武器を構える。



「んじゃあまぁ、もう一踏ん張りしますかぁ」





 

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