第19話 勝機
「は、はは……こりゃあ、世界の終わりってやつかぁ?」
城門前で戦意消失していたアルマーニは尻餅を付いたまま、背後で凄まじい圧力を放つ〈支配者〉を仰ぎ見た。
騎士たちは、状況が理解出来ずに放心状態となっている。仲間が飲み込まれ、城が崩れた瓦礫に押しつぶされた姿を見つめ、声に出ない悲鳴をあげていた。
こんな状況にも関わらず、ガルダは生きるために大剣を奮っている。
〈支配者〉から生み出されたヘドロのような化け物を相手に、黙々と叩き潰していく。
背中の布袋から酒瓶を取り出し、それを豪快に煽ると、深い息をついて地面に放り投げる。
「ふむ、戦わずして未来はない」
「あぁ、あぁ全くだ。だがなぁ、俺の気持ちを少しでも分かんなら、ソッとしておこうって思わねぇのかぁ?」
「ふん、思ったところでどうなる」
「……男心も分かんねぇとはなぁ。だから女が寄って来ねぇんだよ、おっさん」
舌を打つアルマーニの言葉に、ガルダは苦笑を漏らす。しかし、アルマーニは首を左右に振って肩を竦めた。
どう足掻いても、もう取り返すことは出来ないだろう。禁忌の魔術に対して、あのワイスですらどうにも出来ないはずだ。
期待などしていなかった。
それでも、少しでも希望があると思ったのだが……。
「ふっ……」
「……なに笑ってんだぁ。気持ち悪ぃ」
げんなりとした表情で、アルマーニが溜め息をつく。
「いや、まだ元気がありそうだと思ってな。しかし、その傷を癒せるものはないのでな。貴殿も飲んでおけ。気付け薬にはなるであろう」
ガルダは地面に捨てた物と同じ酒瓶を取り出し、アルマーニに投げ渡した。
「マジかよ、おっ……と」
酒瓶を取り損ねそうになり、アルマーニは焦ってしっかりと握り締める。
酒瓶のラベルを見ると、度数は五十を優に越えており、アルマーニは分かり易く顔を歪めた。
「……」
こんな酒を飲んででも戦い続けるガルダ。炎に包まれ、魔物が群勢を成してでも、それでも戦い続ける冒険者たち。
当然、マーヤやフィズ、ワイスまでもが、何かのために戦っているのだろう。
アルマーニは虚無の瞳で、静かに息をつき〈支配者〉を見上げながら、酒の中身を一気に煽った。
「くそみてぇだなぁ」
酒の味に対してか、はたまた自分自身に言ったのか……。空になった酒瓶を捨て、アルマーニはのっそりと立ち上がった。
「ふむ、貴殿は何を選択したのか」
どろり、と血が付着した大剣を払うことなく肩に担ぎ、ガルダは唇の端を上げる。
答えを知っていたからだろう。
そんなガルダの反応に、アルマーニは面倒そうに頭を掻く。
「どうせ逃げ道もねぇんだ。尻拭いくらいしてやらぁ」
酷く痛んでいた肩の傷は、何の痛みもしなくなっていた。身体が内から熱く燃え上がっており、痛みよりも酔いが回っていることがよく分かる。
アルマーニは血で滑る手斧の柄を服の裾で拭うと、強く握り締め、ニヒルな笑みを浮かべた。
「俺は死体漁りだ。俺は、俺の仕事をするだけだぁ」
決意や強さではない。
いつもそうだ。
何も変わらない。
どんな時でも、彼女のために動き、働いてきたのだ。最後までしっかりと、役目を果たす。
そうでなければ──怒られてしまう。
「格好良く決めているところ悪いが、来るぞ」
水を差すガルダの言葉と共に、〈支配者〉の触手が勢いよく二人に襲い掛かってきていた。
並んでいた二人は左右に分かれると、それぞれが武器で触手の攻撃を受け止めた。
「……っくよぉ、人の覚悟に水差すんじゃねぇよ!」
ヌルりとした触手を強引に素手で掴み、アルマーニは怒声をあげて手斧でぶったぎった。
黒い液体を撒き散らし、釣りたての魚のように地面をのた打ち回る触手を踏みつけ、アルマーニは〈支配者〉を睨み付ける。
「ふむ、しかしどうやって奴の元へ辿り着くか……そもそも殺せるのか」
襲いくる触手など見向きもせず、ガルダは大剣で斬り落としていくなか、前の出来事を思い出した。
攻撃は跳ね返され、むしろ飲み込まれてしまうほどだ。ガルダの力ですら無力だった。
「とりあえず切ってみるかぁ?」
黒く膨れた〈支配者〉の足元付近にまで走ったアルマーニは、無防備な奴の身体を手斧で攻撃したのだ。
普通であれば、弾かれたり、飲み込まれたりと予想していたが、手斧は呆気なく皮膚らしきものを切り裂いた。
驚くアルマーニはすぐさま後退しようとしたが、間に合わなかった。
「うおぉっ!?」
瞬間、ヘドロのような液体が裂けた皮膚から勢いよく流れ出て来たのだ。
咄嗟に顔を庇うことには成功したが、液体は全てアルマーニを覆い、一瞬で姿が消えてしまった。
「むっ!? これは血泥か!」
血泥に埋もれたアルマーニを助けることもなく、ガルダは上を見上げた。
そこでガルダが見たものは、意外なことだった。
「ゴポ……グアギャ、アガガガガッ」
気味の悪い低い唸り声。
地上を揺らす〈支配者〉の声はまるで痛がっているようにも聞こえる。
「ぶはっ! お、おいおっさん! 見てねぇで手ぇ貸しやがれ!!」
大量に零れた血泥の中から顔を出したアルマーニに、ガルダはハッと我に返ってすぐさま彼の手首を掴み引き上げる。
酷くむせかえる酸っぱい臭いのせいで、二人は咳をしてしまう。
血泥でまみれたアルマーニは、飲んだばかりの酒を吐き出していく。
「うぇ、くっそ……血生臭ぇ。最悪だぜ」
「ふむ、しかしおかげで勝機はあるやも知れんぞ」
ガルダの意味深な発言に、アルマーニは「あぁ?」と、苛立ちを含ませて眉間に深いしわを刻む。
見上げるガルダに習って、アルマーニも〈支配者〉を見据えた。
「グオギャ、アギャァァアッッ」
〈支配者〉は嘆きながら、新しい触手を作り出しアルマーニに向けて凄まじい早さで飛ばしていく。
だが、攻撃に捻りが一切なかった。
早さと重さに変わりはないが、単に襲い掛かってくるだけ。それを易々と避けて、アルマーニは容赦なく叩き切る。
その繰り返しだ。
傷を負わせた相手がアルマーニだったこともあり、触手が狙うのは彼一人だけ。
ガルダは隣で暢気に欠伸をしながら、たまに飛んでくる触手を軽く弾いている。
「触手を潰してもキリがねぇなぁ」
「うむ、しかし本体は痛みという概念があるようだ。ふむ、傷の修復は早いようだな」
〈支配者〉を観察するおっさん二人。
触手は無限だが、強くはない。
血を吸収して未だ成長しており、アルマーニが与えた傷は、零れた血泥を集めて修復していた。
つまり総合をすると──。
「無敵じゃねぇんなら殺せるってことか」
アルマーニはにんまりと笑みをして見せ、〈支配者〉を悪党の目つきで見上げた。
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