第18話 現れる黒きもの



 シャーロットの開戦の幕上げという喝が入ったことにより、冒険者たちの士気は各段と上がっていた。


 百や二百を超える冒険者が、表も裏もなく共闘する。


 まだ生きている建物の屋根に登り、弓部隊が前後に分かれ交互に矢を射ていく。

 魔物の足や頭を射抜き、前線を進む冒険者たちをアシスト。


 負傷した者を運ぶ者。

 離脱しようとする冒険者を守る者。

 重鎧に身を包み、大盾を構え壁となる者。


 王国から派遣されていた騎士たちも遅れて駆け付け、数十名の精鋭部隊が陣形を作り出し、迫り来る魔物の群勢を食い止める。



「ありったけの魔法を叩き込めい! 巻物も書物も全部じゃ! 出し惜しみする者はワシがぶっ殺すぞお!!」



 リュックに詰められた大量の巻物を背に、小太りの爺さんが、後衛に立ち他の冒険者たちに檄を飛ばす。


 主に女性の冒険者が、魔法の巻物を次々と広げていく。


 美しい女性の声が幾重にも響き渡る。

 火球が飛び、旋風が巻き起こり、水流が魔物を押し流していく。

 癒やしの音色が傷付いた冒険者たちを治し、さらなる戦いへと身を投じさせる。



「いける、いけるぞッ!」


「押せ押せ! 押し返せ!!」


「根絶やしにするのよ!」


「ワシらの意地を見せる時じゃあ!!」



 様々な冒険者が、各々の武器を手に魔物を撃破していく。

 そんな状況を目の前に、一人の少年が血塗れになった拳を軽く振って息をついていた。



「わあ~。皆凄いね~」



 ゴブリンを殴り倒し、蜥蜴人を蹴り飛ばしながら、フィズは感心していた。

 身体中に赤や緑の返り血を浴び、額の汗を腕で拭ったフィズは、もう一度息をついてシャーロットを見据えた。



「あの猫、人だったんだ……。どういう魔法なんだろう。気になるな~」



 近寄ってくるウルフを蹴散らし、フィズはシャーロットの動きを見ながら羨ましそうに見つめる。


 シャーロットは強かった。

 拾った戦斧で蜥蜴人の頭をかち割り、剣でゴブリンの首に差し込み蹴り飛ばす。

 血に濡れた戦斧は空を鬱陶しく飛び回る蝙蝠に向けて、ブーメランの如く投擲する。


 戦斧は見事に蝙蝠を切り落とすと、シャーロットの元へ帰ることなく落ちてしまった。


 そんなことはお構いなしに、シャーロットは足元に落ちていたレイピアを足で蹴り上げると、見事に柄を掴み、今度は連続に魔物へと突きを繰り返す。


 

「──キリがないねえ」



 シャーロットはふぅと、息をつくと首の節を鳴らしてレイピアを捨てた。


 周りには魔物がまだ腐るほどいるが、シャーロットの強さに怯えているのか、近寄ろうともしない。


 魔物にとって絶望的な状況だろう。

 冒険者たちも余裕が出て来ている。


 このままいけば魔物はそのうち駆逐され、地下洞窟へと撤退していくだろう。

 だが、安堵は出来ない。


 そう思った瞬間、シャーロットは小さな地響きに気付いた。



「──ニャに……?」



 猫の口調でシャーロットが呟いた瞬間、地面が揺れたのだ。

 それは小さな揺れが、大きな揺れへと変わり、地上にいた全員が動きを止めた。



「城が……城から化け物がっ!?」



 誰が言ったのか。

 大声によって冒険者たちの殆どが城へと視線を向ける。


 城は、上から顔を出した何者かによって潰されていったのだ。全てが瓦礫と化し、内部から破裂するかのように城は破壊されていく。


 すると、次の瞬間には黒い何かが顔を出していた。夥しい数の気持ち悪い触手が、城の隙間から凄まじい勢いで地面を突き刺していく。


 それは、あまりにも巨大過ぎた。


 土台が完成した黒い何かは、丸く、ドロドロとしており、顔部分にも見える箇所には真っ赤な一つ目が光り、不快感を煽らせてくる。

 



「な、なんだ、なんなんだ」



 そう呟いたのは、ワイスだった。

 屋敷の真後ろに位置する城から現れた黒い何かから、目が離せないでいた。


 同時に、冒険者たちは悲鳴をあげて城から遠ざかろうと逃げてしまう。

 だが、さっきまで怯えていた魔物共は違った。これを機と読んだか、逃げようとする冒険者たちに襲い掛かっていくのだ。


 

「うわ、気持ち悪い……」



 遠巻きで黒い何かを見ていたフィズは、突然強さが増した魔物共に小首を傾げる。

 


「……一体どうなってっ!?」



 城から現れた黒い何かを見たマーヤは、やけに自信を持った魔物共に囲まれていた。

 近くに大盾を持った槍使いの重戦士がいたことは救いだが、マーヤはこの急な事態に付いていけていない。

 

 

「……本格的に失敗したニャ、アルマーニ」



 全く……と、溜め息混じりにシャーロットは肩を落としていた。



 各々思うことがあるなかで、囲んできた魔物共を蹴散らしながら、マーヤはもう一度城を覆う黒い何かを見据える。


 そこで、気付いた。



「あれって……ソルシェ、さん?」



 マーヤは目を細めて驚いた。

 

 黒い何かの顔の部分に位置するのだろうか、その赤い目から、数回見たことがある女性に似ていたのだ。

 あの真っ黒な身体は綺麗に白く、抜けがかってはいるが淡い紫の髪が、風に靡いている。


 裸に首から何かがチラつき、その姿は紛れもなくソルシェに似ていた。



「……アルマーニっ」



 彼女の姿を目視したところで、マーヤが真っ先に思い浮かんだのは彼だった。

 アルマーニはガルダの案内で城へ向かったはず。


 この状況、彼らはどうなっている?

 生きているとは思うが、妙な胸騒ぎがマーヤを不安にさせていく。


 

「お、おい姉ちゃん! どこに行くつもりだ!?」



 重戦士は、戦闘を離脱するマーヤの背中に向けて叫んだ。まだ敵は多いなか、残される重戦士は焦りを見せる。


 しかし、マーヤは急いで城へと走っていた。屋敷の前に戻り、触手を避け、瓦礫を抜けていく。



「……あれは」



 屋敷の前でへたり込んでいたワイスは、走っていくマーヤの姿を見掛け、手に持った魔法書をしっかり握り締め、彼女を追い掛けていった。



 

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