第17話 カリスマの美魔女
暴れるオーガの上でシャーロットがニヤリと笑った後、尻餅をついていたワイスを横目に息をついていた。
「愛しているわよワイス。それが例え仮初めであったとしても……」
シャーロットは意味深な言葉を吐くと、静かに目を閉じた。ボソボソと小さく何かを呟くと、シャーロットに異変が訪れた。
徐々に大きくなる身体。
猫の手は人の手や足に変わり、黒い毛は次第にドレスへと変わっていったのだ。
魔法にも似たそれは不思議に見えてくる。ようやく人型となったシャーロットは、長い黒髪を風に靡かせ、口元を歪ませた。
まるで魔女のようだった。だが、その表現は彼女のためと言っても過言ではない。少しばかりしわはあれど、身長は女性にしては高く、美貌は他の女性に一切引けを取らないものだ。
足首まで伸びた黒のドレスに対して、綺麗な白い肌。
胸元は大きくVの字に開いており、筋肉にも似た谷間が覗いている。そこに吸い込まれるように、首から下げられたネックレスはよく似合っていた。
「ああ、身体が重いわね。さて、そろそろ大人しくしてもらいたいニャ……ふう」
シャーロットは眉を上げて呟いたが、語尾の口癖は直らないようで、肩を竦めて微笑する。
暴れるオーガから地面に下りると、シャーロットは手近に刺さっていた適当な槍を引き抜いた。
オーガは痛みと怒りで我を忘れている。
その勢いのまま、目の前に降り立ったシャーロットに向けて拳を振り下ろした。
オーガの拳をたった一本の槍で去なされると、巨大な拳は右方向に地面へとめり込み、近場にいた冒険者たちが飛んでいってしまう。
「……いいわね。オーガは強さが魅力、それさえニャくニャれば、只の木偶の坊も同然ね」
シャーロットの余裕な表情に、オーガは額に青筋を浮き上がらせ、右手を何度も何度も彼女に向けて突き付ける。
それを避けることなくシャーロットは凄まじい風圧だけを受けると、槍をオーガの首根に向けて差し込んだのだ。
「……ガッ、ガガガ……ッ!?」
前のめりに転んだオーガは、槍を喉元に迎え入れると、真っ黒い血を噴き出して最後の呻き声を上げた。
返り血をたっぷりと浴びたシャーロットは、片目を瞑った状態で、槍から手を離すと数歩後ろへと下がっていく。
「久し振りに浴びる血がオーガだニャんて、最悪ね。それにこの口調、なかなか直せないわねえ」
血溜まりに巨体を落としたオーガは、槍を引き抜こうと手を伸ばし、絶命した。
シャーロットは肩を落とすと、今度は片手剣と戦斧を一つずつ携える。
「だ、誰だあの女……」
「強すぎる! 手負いとはいえオーガを一撃で!」
歓喜する他の冒険者の視線を浴び、シャーロットは自信有り気に歩いていくと、少しばかり高台となった瓦礫の上に立ち、ドレスの裾を揺らして振り返った。
「裏協会のボス、シャーロット様とはこのアタシニャ……ったく、締まらニャいねえ……」
シャーロットは髪を掻きあげながら大きく溜め息をつくと、ざわつき始める冒険者を見据えた。
「裏協会のボスだって……?」
「裏協会なんてものがあったのか」
呟く冒険者たちの反応は様々であった。
そもそも裏協会の存在を知らない冒険者も多く、シャーロットの姿に首を傾げる者もいる。
オッドアイを光らせ、一人クツクツ笑うシャーロットに対し、何故か魔物も呆気に取られ動きを止めてしまっていた。
炎が揺らめき、血で汚れた地面を踏み、シャーロットは武器を高々と上に掲げると大きく息を吸い込んだ。
「野郎共!! しっかり働きなあ! 遅れるんじゃニャいよ! 遅れた者は死あるのみ!! アタシより魔物を狩った奴ニャあ金貨でもなんでもくれてやるニャ!!!」
シャーロットの叫びは、血を流していた者ですら奮い立たせた。
その場で呆然と見ていたマーヤは、彼女の言葉に身体を震わせる。まるで武者震いのようだった。まさにカリスマの成せる業か。
金、名誉、力。
その全てを手に入れることが出来る。
それは、世界の終わりではないかと思う冒険者たちの心に火を点けたのだ。
「おおぉぉぉっ! やるぞぉぉぉ!!」
「俺らの力を見せ付ける時だぁぁっ!」
「やってやる……やってやるぞぉ!!」
シャーロットの言葉に対して奮起した冒険者たちが、呆気に取られていた魔物共を一気に蹴散らし始める。
マーヤとフィズもそれに便乗し、ようやくワイスも重い腰を上げた。
その動きを満足げに頷いたシャーロットは、戦斧を奮って近寄ってきたゴブリンの頭をかち割り、ドレスの裾を血で濡らす。
──ここからようやく、人間たちの反撃が始まったのだ。
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