第33話 旅の果てに
こうして魔王を復活させるというゾーラと四天王の企みは失敗し、程なくして新魔王軍は降伏した。鬼ヶ島には平和が訪れ――
俺は、その晩夢を見た。
遠い昔の夢だ。
遠い昔、俺は小さな茶色い獣で、小さな島国の小さな王子に飼われていた。
彼は賢く魔力も強かったけど、いつも孤独で、人間の友達はひとりも居ない。
彼の友だちは、異界から召喚した俺と同じような「イヌ」と呼ばれる獣たちだけ。
彼はありとあらゆる種類の犬を召喚し、増やすのが喜びだったけど、世話の仕方や躾の仕方は知らず、やがて犬は増えすぎ、城の人たちを襲うようになった。
そこへゾーラという名の大臣が、王子に「イヌは野蛮で不幸をもたらす。処分したほうがいい」と持ちかける。
可愛いいからと召喚したのはいいものの、自分には手に負えなくなって困っていた王子はこの大臣の言葉に従い、犬たちを処分しようとした。
賢い犬たちはこれを知ると鬼ヶ島から逃げ出した。
王子の住む城は、地下から大量の魔力が吹き出す場所に建てられていて、城からの魔力の影響を受け、あるものは二本足で立って歩くように進化し、またあるものは人間に変身できるように進化し、あるものは獣人となった。
しかし、変身能力を持たなかった犬もいて――小さな茶色いその犬もそのうちの一匹だった。
そんな小さな犬を救ったのは、同じように小さな人間。
その人間は、小さな犬にご飯と住処と、安心して暮らせる家族を与えたのだ。
その人間は、特別な力は持たなかったけど、俺にとっては勇者だった。
俺は強い魂を持つ彼に、魔王を倒す力を与えた。
程なくして王となった王子は、ゾーラに言われるがままに、自分の意見に従わない者を次々と処刑していく。
元々オーガや人間、獣人たちが仲良く暮らしていた島だったのに、人間や獣人を追い出し、虐殺を始め、周りの国との関係も悪化し、争いが絶えなくなり――
王様はしだいに「魔王」と呼ばれるようになっていった。
全ては、ゾーラの思い描いていたシナリオのままに。
俺は新たな飼い主と共に旅に出た。魔王を倒すために。
二人には同じ目標があった。魔王を倒すのは自分でなくてはいけない。なぜなら魔王は家族だったから。
新たな飼い主の少年は、不吉だとして幼い頃に城から追放された彼の双子の弟だった。
大切な人が道を踏み間違えた時、正すのは家族の役目だ。例え何度生まれ変わろうとも――
◇◆◇
「はあ……なるほどね。まさか魔王と勇者が双子の兄弟だったとは。恐らく魔王は魔族でも何でもないただの弱い人間。だから1000年もの間の封印には絶えられず、魂が劣化してあんな風になってしまったんだな」
俺は新たに発掘した1000年前の資料を読み終えると、足元で寝転がっているサブローさんの頭を撫でた。
それにしても昨日は変な夢を見たな。
自分が柴犬になって「伝説の黄金獣」だとか「犬神様」と呼ばれる夢。
やけにリアルだったのは、ここ数日昔の文献を読み漁っていたからだろうか。
それとも……
ノックの音。
「領主様ー! 午後に『鬼ヶ島ブランド縫製工場』の視察が入ってるポメ! 用意出来たかポメ!!」
入ってきたのはポメラニアン顔のコボルト、秘書のポメ子だ。
「ああ。ありがとう」
俺はポメ子に渡された資料に目を通した。
あれから一年。鬼ヶ島の領主として担ぎ上げられ、領主として新たな毎日を送っている。
とは言っても、俺は新政権のシンボルみたいなもんで、執務はほとんど親魔王政権が立つ前の政権の大臣が行ってるんだけど。
鬼ヶ島に上陸した時匿ってくれたあのオーガもそうだ。あのオーガ、実は旧政権時代に副大臣だったのだという。
政治にほとんど関わっていない俺だけど、この『鬼ヶ島ブランド化プロジェクト』だけは大臣に無理を言って俺自ら立ち上げさせてもらった。
手元の資料にはサブローさんをモデルとしたお洒落なマークが描かれている。
サブローさんマークが目印の鬼ヶ島ブランドは、鬼ヶ島政府が一定の品質、機能、デザインを認めた製品にだけお墨付きとして与えたものだ。
完全に俺の趣味で始めた鬼ヶ島ブランドだったが、工場を建ててからというもの、雇用が改善して海賊行為も減ったし、他国との取引や観光客も増え、景気は上向いてきている。
「それからこの鬼ヶ島新名物『サブローさんクッキー』も売上が伸びているそうで新たな工場の建設のための補助金申請が来ているポメ!!」
「へぇ、このクッキーそんなに売れてるのか」
バタン!!
俺がポメ子と話していると、急にドアが開く。
「りょ、りょ、領主様~! 変な女が領主様に会わせろと無断で侵入しまして……」
バタバタと足音を響かせ走ってきたのはオーガの大男だ。
「何?」
変な女だぁ?
首を傾げていると、旧魔王城の扉をバタンと開け、入ってきたのは見慣れた金髪の露出の高い女だった。
「やっほぉ、シバタ、元気ぃ~?」
ウインクする金髪露出狂女。
「ミ、ミアキス!」
その懐かしい顔に、思わず立ち上がる。
「きゅんきゅん!」
サブローさんがプリプリお尻を振って出迎える。
「あーよちよち、サブローちゃん、元気でちたかー」
言いながら、ミアキスはサブローさんの腹をワシャワシャ撫でる。
「あらやぁだ! あんたが魔王を倒したから、おめでとうって言いに来たのよ! まさかあんたが倒すとは思わなかったわ!」
「ど、どうも」
「おかげで私、昇進しちゃってぇ~、ボーナスも貰ったから、思い切って犬小屋を買っちゃったぁ!」
嬉しそうに飛び跳ねるミアキス。
まさかこいつ、まだサブローさんを自分の犬にする気なのか!?
「あのなぁ、言っておくがサブローさんは……」
「領主様!」
続いて入ってきたのは、セーラー服を着たムギちゃんの飼い主――
「ムギちゃんの様子が変だからセーブルさんに見てもらったの、そしたら……」
モモも大慌てで入ってくる。
「サブローさんの赤ちゃんです!!」
えっ、サブローさんの赤ちゃん? ムギちゃんに??
「やだ、それは素晴らしいじゃな~い!?」
手を叩いて喜ぶミアキス。
もしや、この事を知ってわざわざ来たな?
「……分かったよミアキス。子供は一匹お前にやろう」
「えっ、やったあ!」
「ただし、ちゃんと育てること! ちゃんとご飯をやりちゃんと散歩に行ってちゃんと躾をして……」
「分かってるわよぉ!」
得意げにするミアキス。大丈夫かな。
あれから悠未ちゃんは鬼ヶ島ブランドのデザイナーとして活躍中。元々向こうの世界ではデザイン系の専門学校に行く予定だったらしい。
モモは鬼ヶ島中を飛び回り、測量をして地図を作ったり、島の奥地に住む人々の調査をしている。
残念ながら、今のところモモの両親はまだ見つかっていないけど、モモに似た新たな獣人の部族もいくつか見つかっている。
魔王勢力が実権を握ってから島から出ていった人々も徐々に島に戻りつつあるし、早く両親に会えるといいんだけどな。
「シバターー!!」
……またか。
またしてもバタンと大きな音を立てて扉が開く。仕事を邪魔されたポメ子は鼻に皺を寄せて毛を逆立てる。
「ポ、ポメ子、落ち着いて」
「落ち着いてるポメ!!」
入ってきたのはトゥリンと、見慣れた金髪長身の男――ギルンだ。
「ギルン、久しぶりじゃないか!」
思わず立ち上がる。
「ああ。暇だったんで遊びに来たよ。シバタが魔王を倒してから一度もここに来たことなかったし。とりあえず、遅くなったがおめでとう」
「ありがとう」
「この分だと、トゥリンとの結婚式も近いかな……ふはまさかシバタが鬼ヶ島の領主となるとは。トゥリンも玉の輿だな」
ムフフと笑うギルン。
「いや、俺はまだ十八だし、結婚とかは」
「そ、そうだぞ! シバタは良い男になるまでじっくり育ててから……」
トゥリンが顔を真っ赤にする。
全く、何を言ってるんだ。
「あ、そうだ。これはマルザ村長からの手紙だ」
ギルンは俺の話を無視して荷物から巻物のようなものを取り出す。
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シバタへ
無事魔王を倒したようで、おめでたいことじゃ。
して、トゥリンとの祝言はいつにするつもりじゃ?
(中略)
そうそう、今朝うちを整理していたら、先祖が記した日記を見つけた。
どうやら先代の勇者は、お供のエルフに、もしこの村に何かがあったらと金でできた勇者の剣を溶かし、金塊にして渡したらしい。
そして勇者の剣を溶かして出来た金塊は小屋の奥から見つかった。
じゃが、数が足りん。どうやら死んだ母上が生活に困り4分の1ほどどこかに売り払ったらしい。困った話じゃ。
シバタが婚礼の儀をあげる際には
(以下略)
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俺とトゥリンは部屋の入り口にかかった麻袋を見つめた。
袋の口からは、黄金のウ〇チシャベルがキラリと顔を覗かせている。
「シバタ、覚えているか? あれを買ってきたのは私だ」
トゥリンが無い胸を張る。
「ああ。あれのおかげで、魔王も倒せた。トゥリンには感謝してる」
「感謝だけか?」
悪戯そうな緑の瞳。
「……分かったよ。何でも好きなものをやろう。望みはなんだ?」
「何でも? 今、何でもと言ったな?」
トゥリンはニヤリと笑った。
こうしてドタバタと俺の領主生活は始まった。
まだまだ分からないことも至らないことも沢山だけど、きっと大丈夫。
俺にはたくさんの財産があるから。
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◇
職業:鬼ヶ島の領主
所持金:たくさん
通常スキル:自動翻訳、
特殊スキル:なし
装備:柴犬
持ち物:レッドドラゴンの首輪 、散歩用綱、黄金のウ〇チシャベル 、麻のウ〇チ袋 、山菜かご、熊よけ鈴、金のブラシ etc.
仲間:エルフの村、コボルトの里、オラガ、ヨルベの町、鬼ヶ島の人々
婚約者:トゥリン new
【完】
転生したらうちの柴犬が最強でした。 深水えいな @einatu
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