タイトルコール

 特別な日だった。

 通常、貴族が集う王城でのパーティと言うのは夜会を指す。王族の婚儀など、特殊な状況を除けば城が賑わうのは日が暮れてからである。



 故にこの日は特別な日だった。

 今はまだ、朝食と昼食どきの中間ほどの時間帯。だというのに王城に集った貴族には男爵位を含む下級貴族も居て、城内のみならず、庭園を含む多くの箇所でさながら立食パーティの様相も見せている。

 明らかに何かあるのだ。



 ただ、エルフ族まで居るとなれば、貴族たちによる予想も絞られる。

 大広間を歩いていたとある貴族が、隣を歩く貴族に言う。



「聞けばエウロのアムール公までいらしているとか」


「それは興味深い話だ」


「そしてハイム公まで居るそうだ。……更には、あのアウグスト家のご夫妻までも」


「――――やはり、例の噂通りなのだろうな」



 時期を考えればちょうどいい。あと少しすればアインの十八歳の誕生日だし、これまでの二人、、の仲を思えばそろそろだろうから。

 アインを特に信仰して止まないエルフまでいるとなれば、確実だと踏んでいた。



「おっと」



 貴族が不注意で誰かにぶつかってしまい「申し訳ない」と言いながら振り返る。

 そこに居たのは銀髪の美丈夫だ。



「ああ、構わない」



 彼の隣には全幅の信頼を捧げてエスコートされる黒髪の美女が並び立つ。また、その彼女も特に気にしている様子はなかった。



「シルビア、まずはアインの元へ」


「そうね」



 二人はあっさりとした様子で声を交わして歩き出した。

 しかし、歩く様子はそうではない。

 数多の貴族たちが、そして城内に努める者たちが思わず振り返るほどの容姿の良さ、立ち姿。纏う気品は現王族に比肩するどころか、勝っていると感じるだけの格があった。



 中には二人の正体を知っている者もいる。ハイム戦争当時、二人は城に泊まっていたこともあるからだ。

 そうした者たちはすぐに頭を下げて二人への礼を尽くす。



「堅苦しいな」


「そう? 昔を思い出してそう悪い気はしないのだけど」


「考え方は否定しないが、目立つのはあまり好きじゃない」


「私はカインと目立てるのなら嬉しいのに」


「――――」


「あら、照れちゃった」



 表面上は冷静で、寡黙さを浮かべるカインだったが。

 ほんの微かに唇を歪めた様子を見れば、照れていることなんてシルビアは簡単に分かってしまう。



「そういえば、アーシェは何処に行った」


「眠いって言って何処かへ。お城の上で寝てるんじゃないかしら」


「上、か」



 明らかに城内と言う意味の上ではなく、屋根の上だろう。



「落ちてきたら笑ってやろう」


「あの子の寝相、最悪だものね」



 歩く二人、やがて彼らを迎えたのはマーサだった。



「お待ちしておりました。ここより先は私がご案内致します」



 城が誇る一等給仕の彼女が案内する様子は、どうしても注目を集めてしまう。

 いったい二人は誰なんだろう。



 見送る貴族たちの話題の種だったが、その話題もすぐに変わる。



 今日は特に招待客が多い王城であったが、不意に一人で訪れて異性の目線を一身に集めた傾城の貴婦人。目を離すとすぐに消えてしまいそうな儚さ。蠱惑的で、恍惚を呼び起こされそうな、筆舌にし難い艶美さを漂わせるも、芯に抱いた純潔さを立ち居振る舞いに乗せた一人の女性がいた。



「彼女はどちらからいらしたのだろうか」


「私も見たことがない……もしかすると、ハイムから来ているのではないか」


「声を――――」



 誘蛾灯に引き寄せられる羽虫の如く、男性貴族が距離を詰めた。



「ご機嫌よう」


「さようなら。私、以外の異性には興味が無いの」



 男性貴族の声が聞こえても女性は振り返らず、男たちを袖にするばかり。

 あっ…………情けなくも男性貴族が手を伸ばすも、女性との距離は目視できる以上に感じてしまう。



「何をしていたのかな」


「これはフォルス公爵……。見たことのない女性がいて、ついお声を」



 何かと思えば、とフォルス公爵は苦笑した。



「見事な赤……いえ、紅い御髪をしておいででした。情熱的で、焦がされてしまいそうな艶があったのです」


「詩的な表現は嫌いではない。が、女性にうつつを抜かすべき日ではないと思うが」


「痛い所を突かれましたな。仰る通りです」


「ご理解いただけて何よりだ。では、そろそろ我らも参ろうか」


「ええ、お供致します」




 ◇ ◇ ◇ ◇




 城内に居た貴族たちはいっせいに城を出て行った。

 城門内側にある庭園に向かったのだ。招待状にはそうするようにとあり、時間が来たら使用人が案内すると記載があったから、それに従って。



 一方、謁見の間の更に上層。

 アインがお披露目もされたときのバルコニーがある一室は、王族と近しい者たちが集っている。



「もう少し時間があるだろうし、俺とシルビアはあの泣きべそをかいている小娘と話してくる」



 そう言ったのはカインで、彼はエルフの長を指さして言った。

 なんとも、小娘とは恐れ入る呼び方だ。

 とは言え状況が分からないほど凡愚ではないし、アインは「分かりました」と言って頷く。



 さっきまで書いていた本を閉じると、これまで座っていたソファに深く座り直す。

 すると、隣のクッションが深く沈んだ。



「緊張しておるか」



 隣にやって来たシルヴァードがアインに微笑み語りかけてきたのだ。



「どうでしょう。ワクワクしてる自分もいるみたいです」


「なんだ、いつも通りのアインではないか」


「…………土壇場になって緊張するかもしれませんけどね」


「その余裕があればどうでもよいわ。……むしろ、余の方が緊張しているくらいだ。アインめ、本を書いていられるほどの余裕があったようだしな」



 彼がそう言うと、反対側のアインの隣へオリビアがやってきて。



「お父様は重責を感じていらっしゃるんですよ」



 彼女はシルヴァードにはっぱをかけた。

 そうして、くすっと艶美に口角を上げるとアインを強く抱きしめる。



「相変わらずであるな」


「私がアインを愛することがですか?」


「うむ」


「そんなのは当然です。明日、世界が消滅すると言われたほうが現実味があると思いますよ」


「ああ、オリビアを見ているとそう思えてきてならん」



 三人が座るソファのすぐ向かい側には、賑わいの声が届くバルコニー。

 庭園にいる貴族だけではない。

 城門の外、そして大通りにも多くの民が押し寄せていると報告が届いている。



「余が即位した日以上の賑わいだ」


「…………人口が増えたからじゃないですかね?」


「それもある。が、アインの人望もあろう」


「いいえ、お父様が培ってきた人望もございます。だからこそ、民はこうして集っているのでしょう」



 オリビアの声にアインもすぐに頷いて、シルヴァードを一瞬きょとんとさせた。

 思いがけぬ、家族からの嬉しい言葉に目を細める。



「そうであると良いな」



 彼が照れくさそうにした様子を、少し離れたところでララルアが。彼女の隣にウォーレンが立って見守っていた。



「ところで、こんな時に尋ねることでは無いやもしれんが」


「はいはい?」


「アインお主、実はエルフだったということはないな?」


「…………えぇー……」


「そう引き攣った顔をするでない」



 彼が何を言いたいのかと言うと。



「アインの騎士になりたいと願ったエルフとのことだ。余はそちらの事も期待されておる。当然、余としては急いておるわけではないのだが――――」


「大丈夫です。……とは言えそう言われると、俺の感性はエルフと近いのかもしれません」


「ほう?」


「距離が近づく事に対して俺たちは確かにのんびりしてましたし、まだしています。けど、互いにこうしてゆっくり進めていることが悪いと感じていないんです。……手をつなげるようになった時だって、一緒に笑い合ったくらいですし」


「ならばよい」



 シルヴァードはそれ以上尋ねることをしなかった。

 アインたちには自分が思う以上に深い絆があるのだ。クリスはアインのために命を懸けられる女性で、逆にアインだって迷わずそれができる存在である。ハイム戦争当時のことがいい例だろう。



「海龍討伐を成し遂げた日の事を今でも思い返す。負傷した腕のせいで食事が出来なくなったアインを助けるクリスと、傍にいたクローネ。……その様子を幸せそうに眺めていたオリビアの事もな」



 彼は思い出に浸り、ヒゲをさすった。

 この時だ。

 頃合いを見計らったララルアが、彼の外套を手に近づいてくる。



「あなた――――いえ、陛下。時間です」


「うむ」



 こうして、シルヴァードが立ち上がる。

 ララルアは彼に正装たる外套を羽織らせて、隣に寄り添う。二人がバルコニーに向けて歩き出したところで部屋にいた者の多くがひざを折り、敬意を表した。



「して、アイン」


「はい」


「その本を見るに、以前と違いタイトルを書いているようだが」


「……今朝決めたんです」


「興味深い。夜会の際にでも皆に聞かせてくれ」



 返事を待たず、シルヴァードがララルアを伴いバルコニーへ向かう。

 二人が向かう先のバルコニーの外では雪が降っていた。小粒で穏やかな花吹雪のように物静かなもので、天球には青空も広がっている。



「私も行ってきますね」



 すぐにオリビアも立ち上がり、アインの額に口づけをしてからバルコニーへ行った。

 その直前に彼女が胸に手を当てていたのは見逃せない。アインから贈られたスタークリスタルを見つめ、手を添えて、密かに呼吸を整えていたのをアインだけが見ていた。



 やがて届く大きな歓声。応える三人の後姿をアインはソファから見て、自分も深く息を吐いてしまったことに笑っていた。





 ――――やがて一つの時代が終わり、新たな玉座に座るべき者が訪れる。





 外から聞こえてきたシルヴァードの声の後、割れんばかりの歓声が王都を包んだ。

 さすがのアインも緊張してきたからか核の鼓動が激しい。

 ふぅ……。

 落ち着こうとして天井を見上げると、何故かクリスと目が合った。



「緊張しちゃってるんですね」



 彼女は自慢の金糸の髪を垂らして笑うと、両手でアインの頬を包む。



「ちょ――――っ!」


「あーもう……顔が強張っちゃってますよ」


「そりゃ強張りもするって……!」


「ふふっ、アイン様のそういう姿ってあまり見たことがなかったです。ちょっと嬉しいかもしれません」



 頬から彼女の手が離れると、頬が柔らかくなっているような気がした。

 ついでに肩も軽くなった気がするし、考えていたよりも緊張していたのかもしれない。

 不甲斐なさを感じながらもテーブルに置いていたグラスを手に取り、注がれてあった水を一気に飲んだ。もう一度深く座り直して両腕を広げて楽な姿勢になる。



 それを見てクリスはソファの背もたれにしな垂れかかり、嬉しそうにアインを見下ろした。



「ありがと。気が楽になったみたい」


「良かったです。少しでもお力になれたのなら、私はそれだけで幸せですから」


「俺の頬をつまむだけで?」


「もう……言い方が少しずるいですよー……?」


「ごめんって、まだちょっと緊張してたみたい」



 さて、楽しい歓談もそろそろ終わらなければ。

 アインが着る外套を手に持って、ディルがやってきて言うのだ。



「アイン様、そろそろご準備を」



 そう言われたアインは立ち上がって脚を動かした。

 するとディルがアインの背に回り、今日のために用意された外套を着せていく。イシュタリカ王家が好む白銀を基調としたそれは、今日まで着てきたどの服装よりも精悍で、やがて王権を継ぐ者にふさわしかった。

 そんな主の姿を見てディルは目を細め、感極まりそうになるのに必死に耐え、洗練された動きで膝を折ったのだ。



「ありがとう」とアインが礼を言ったところで、今度はマルコが現れて膝をつく。彼は黒剣イシュタルを両手で掲げてアインに差し出した。

 腰に携えると、また一段と精悍さが増す。



 それが自分の素材を用いた剣とあらば、差し出したマルコにとってこれ以上の喜びはなかった。



「ご立派なお姿です」



 跪いた二人の横を歩いてきたウォーレン。

 彼にはいつもと同じく、好々爺然とした余裕があった。

 けど、見守るような優しさも忘れてはいない。





 ――――余にはもう一つ伝えればならない事がある。





 また、歓声が上がった。

 王都中を揺らす喜びの叫びだ。



 すると。

 コン、コン……と。



「いらしたようですな」



 誰かがその音に応えることもなく、扉が左右に開かれていく。

 まずは現れたベリアが皆に頭を下げから。アインと、そしてウォーレンと目配せを交わしてから間もなく。

 手を伸ばし、すぐ後ろにいた彼女、、の手を引いて部屋に足を踏み入れた。



「――――ッ」



 アインは息を呑んだ。

 自分を見て微笑む彼女を見て、思わず言葉を失った。



「さぁ、行ってらっしゃいませ」


「……ええ、ありがとうございます」



 ベリアから離れた彼女は真っすぐアインを見た。

 見慣れることはなかった華が今、更に絶世。彼女と言う存在を構成するすべてが、自分の心を掴んで止まない。



 蒼玉サファイア色を乗せたシルクの髪は歩くたびに揺れ、風に靡く。どんなに見事な宝石でも叶わない紫水晶アメジストの瞳。くすみ一つない白磁の肌に、ほんのり紅い唇がよく映えていた。

 だが、容姿以上に気品だ。英雄と謳われる男の隣に立っていても、誰一人として異を唱えないと確信させられる気高さもあった。



 今日ほど見惚れたことはない。彼女が面前に立った時、すぐに手を差し出せた自分を褒め称えたくなったくらいだ。



「見惚れてくれたのかしら」



 そう言って、彼女はアインの目の前で一回転して見せた。

 いつもと違う服装のせいか、その様子ですら視線を奪っていく。

 アインと並ぶと更に皆の目を引いた。クローネは今日まで、イシュタリカ王家が着るような意匠の服を身に纏ったことがない。

 だが今日は違い、はじめてそれに袖を通した。



「ねぇ、教えて」


「そりゃ……言わなくても分かると思うけど、見惚れてたよ」



 すると彼女はころん、と小首を傾げて笑う。



「私とお揃いね」


「お揃い?」


「うん――――私も、あなたに見惚れてたから」



 そして。

 二人は並び立ち、外から響く歓声に誘われるまま足を進める。アインの腕に手を添えたクローネは彼の隣を慣れた足取りで共にして、二人がバルコニーに近づいた刹那。



「……これって」


「……綺麗」



 空から降り注ぐ淡い色を見て、アインとクローネの足が止まった。

 花びら……そう、アインとクローネがよく知るバラの花びらだ。それは淡い桜色で、穏やかに降っていた雪と共に舞い降りて幻想的な風景を醸し出す。

 視界一杯に降り注いで、王都中を包み込んでいたのだ。



 民は驚き、そしてバルコニーに居た三人は振り返ってアインを見た。

 けどアインは首を横に振って答えると、バラの花びらを手のひらで迎える。すると花びらは、雪の結晶のようにすぐに消えてしまった。



(セラさんか)



 こんなことが出来る者なんて、セラ以外には考えられなかった。



「今日の事も本に書いておかないと」


「そういえば……どんなタイトルにしたの?」


「魔石を食べることができる俺が書く本なんだ。こういうのがいい……って思いついたのがあってさ」



 ふと、今日一番の歓声が鳴り響いた。

 こんなに近くに立っているのに互いの声も聞こえ辛い。二人はそっと顔を近づける。




「あの本のタイトルは――――」




 他の誰にも聞こえなかった声が、クローネの耳にだけ届けられた。

 歓声に包まれて空気に溶けるはずだった声が確かに聞こえて、そのアインらしさに思わず笑みがこぼれてしまう。



「夜会にときに陛下がなんていうか楽しみだわ」


「俺もだよ。けど俺は、夜会の時にクローネと踊れる方が楽しみで仕方ないんだ」



 歩きながら、彼女はアインに寄り添う腕と身体を更に近づけた。潤んだ瞳で彼を見上げ、自分のための言葉を待つ。

 アインは「今日の夜」と前置きをして。



「一曲、お相手いただけますか?」



 桜色の花びらに包まれるままにこう言った。

 クローネは更にアインの腕と距離を詰め、すべてを彼に委ねる。

 手元で輝く桜色のスタークリスタルを軽く揺らし、アインと瞳と瞳を交わして言うのだ。




「いいえ……一曲と言わず、何曲でも――」




 ――――と。




◇ ◇ ◇ ◇



約2年半に渡る連載にお付き合いいただき、本当に本当にありがとうございました。

今後の更新予定に加え、アフターの予告として抜粋したものを活動報告に投稿しております。

下記のURLからもアクセスできますが、私のマイページからもご覧いただくことが出来ますので、どうかご一読くださいませ。

https://kakuyomu.jp/users/ore2gou/news/1177354054894423462



今日までご愛読いただき、本当に本当にありがとうございました!

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