間章

【ホワイトデーSS】八割くらいの砂糖と、二割のうざさ【後書きにアフターの情報があります】




 バレンタインのSSは無いのにっていうところもありますが、書きたくなったので書いてみました。

 後書きにアフターの初回投稿についても記載しますので、どうぞご覧くださいませ。



※SSは例によって細かな事情をスルーして頂ければと思います。

 ただし時系列的には、シュトロム編からちょっと後ぐらいを想定しています。齟齬がありましたら申し訳ありません。

 




◇ ◇ ◇ ◇





 アインは今日も今日とて執務に励んでいた。相変わらず目が回るほど忙しかったが、幼い頃と比べて王族の務めにも慣れている。

 だから、問題なのはこれではない。



「はい注目するニャッ!」



 問題なのはこの駄猫が急に執務室へやってきて、アインのことを強引に引っ張りだ出し、城の厨房まで連れてきたことに尽きる。

 彼女は何故かすでにエプロンを着ているし、どうしたものか。



「カティマさん」


「む、何かニャッ!?」


「帰っていい?」


「駄目ニャ」


「……とりあえず、いつも急に引っ張っていくのは――――」


「その話って長くなるかニャ? いい加減本題に入っていいかニャ?」



 真面目に対応しようとした自分が馬鹿であったのだと、アインは頭を抱えてしまう。



「明日が何の日か分かるかニャ?」


「ん……覚えてるよ。みんなへのお返しも用意しておいたし」


「ほっほー、相変わらず細かいところがしっかりしてるニャ! んむ! 第一王女ポイントを進呈するニャ」



 そう言ってカティマはアインの手を取り、肉球をペシッ! っと叩きつけた。

 別に痛くも痒くもないが、心に生じた苛立ちは如何ともしがたい。



「ポイントの使い道は?」


「自慢するといいニャ」



 つまり皆無ということであった。

 何にせよ、その感情を吐露でもすれば埒が明かなくなる。間違いなくカティマはヒゲを震わせて怒り狂うはずだ。

 ここは大人の対応――――ということでもないが、アインは何も言わずに堪えた。



「んで、アインは何を用意したのかニャ」


「甘いお菓子と、ちょっといいペンとか普段使えるものを一緒に用意してるけど」



 それがどうかしたのか、とアインは小首を傾げた。



「相変わらず器用に選ぶ男だニャ……ま、まぁそのあたりにケチはつけないニャ! 問題はそれをアインが作るのかどうかって話だニャッ!」


「えっ」


「アインへのバレンタインの贈り物は手作りだったはずだニャッ! だっていうのに、アインは他人が作ったものか既製品を送り返すのかニャ!? はー、これだから男は……。近頃は手作りで返す男性も増えてると聞くご時世に、アインは違うって言うのかニャ……?」


「……む」



 カティマの意見に頷くというのは断固として避けたかったものの、そう言われると納得できる自分も居た。

 確かに手作りでお返しをしたことはない。

 だったらこの機会に手作りを、というのがカティマの思惑であろう。

 そのためこうして厨房を貸切っているわけで、何故か妙に似合うエプロンを着ていたわけだ。



「今年は自分で作ってみるよ」



 ただ、気になることがあった。



「しかし急すぎない? なんで俺に助言しようと思ったのさ」


「いやニャ、大したことじゃないんニャけど」



 カティマが不意に頬を緩めた。

 手持ち無沙汰そうに、しかし上機嫌にヒゲを撫でさする。



「実は私もディルにあげてたのニャ。そしたら先日、この厨房で夜な夜な頑張ってるのを見ちゃってニャ。何というか可愛かったから、小生意気なアインも少しは可愛げが見えるかもって思ったのニャ」


「ただの惚気だった……」



 何だかんだと貶すのを忘れなかったあたりには触れずにおく。



「手を洗ってすぐにはじめるニャ」


「分かった。今日は素直に教わることにしたよ」


「んむ! 殊勝で結構!」



 こうしてアインの特訓が幕を開けたのだった。

 しかし執務室に居たという事は、アインにも仕事があったということである。だが忘れたか、あるいは後に回したかは分からないが、彼の頭の中は厨房での特訓で占領されてしまっていた。



 ――――二時間と少しの時間が経った頃。

 教官を買ってでたカティマは不満そうにしていた。



「気に入らないニャ」



 丸椅子に腰を下ろしていた彼女は調理をしていたアインを見て、こんな言葉を漏らしてしまう。

 一方、ボウルを片手に持ち、器用にヘラを動かしていたアインが呆気にとられた様子で振り返った。



「念のために聞いておくけど、俺のことだよね」


「んむ。なんであっさりと覚えるニャ? 無駄に器用すぎないかニャ?」


「何て言いがかりだ……物覚えのいい弟子に喜ぶ場面じゃないの?」


「わ、私の教え方が上手かったってことかニャ!?」


「それはまぁ、そうかも」



 実際良かったと思う。

 ときに根性論で「こーやってこうだニャッ!」と騒ぎ立てることもあったが、基本的には分かりやすくて良い教官役を務めてくれていた。

 アインが消極的ながらも認めたのがその証拠だ。



「ふふーん、気分がいいニャ! せっかくだし日光浴でもしてくるかニャーっと!」


「あっ! ちょっと……カティマさん!?」



 何て自由な猫だろう。彼女はアインをほったらかして、何故か大胆にエプロンを放り投げて厨房を出て行ってしまった。



「いいや。つづけよ」



 と、振り向いた時のことだ。

 去って尚、アインを弄ぶカティマの爪痕が厨房に残されていた。

 先ほど放り投げられたエプロンだ。それが偶然にもアインの足元まで飛んできていたようで、アインの片足がバランスを崩した。

 片足から地面を踏みしめる安定感が失われ、重心に沿って身体が反転した。

 やがて。



 ――――カラン、カラン、と。

 片手に抱えていたはずのボウルが床を転がった。



「……うん、甘い」



 どうやら思っていた以上に上手く作れていたらしい。

 頬に飛び散ったチョコを指にとり、それを舐めて遠い目をしてしまう。

 さて、片付けよう。

 ひとまず、自分でも作れる事実が分かっただけでも収穫だ。



 胸中で感情を整えて立ち上がろうとした瞬間だ。



「あ、あらら……転んじゃったんですか?」



 偶然にも通りかかったオリビアが音を聞いてやってきた。一方で、恥ずかしい所を見られたと、アインは頬を掻いて誤魔化す。

 オリビアはそんなアインを見て、優しく微笑み近づいてきた。



「アインが転ぶなんて珍し――――ふぅ、お姉さまの仕業ね」



 彼女は床に落ちていたエプロンを見つけて、すぐに察する。

 そのまま膝を折ってしゃがみ込み、アインと視線の高さを合わせた。おもむろにハンカチを取り出すと、アインの頬に付着したチョコを拭いていく。



「いい香りですね」


「途中までカティマさんに教わってたんです。褒めたら上機嫌になって散歩に行っちゃいましたけど」


「お姉さまらしいわ。でも勿体無い。せっかくアインが作ったのに……」


「また作ります。やり方は覚えたんで、次は床にエプロンが落ちてない場所で作ろうかと」


「ふふっ、アインったら」



 すると彼女は口元に手を運んで考え込む。

 数秒、十数秒経ったところで、アインを、いや、アインの頬を見て口を開いた。



「味見してもいいかしら?」


「いいですよ。後でまた作「じゃあいただきますね」――――え?」



 食い気味にそういったオリビアの人差し指がアインの頬に伸びた。まだ残っていたチョコを拭うと、その指を自身の唇へと運んでいく。色艶が良く蠱惑的な唇に運ばれていくと、一瞬の迷いもなく吸い込まれていった。

 ゆっくりと、染み込ませるように嚥下する。

 やがて彼女は溶けたチョコに負けじと蕩けた表情を浮かべ、目を細めた。



「すっごく美味しかったです。お代わりが欲しくなっちゃいました」



 アインは照れくさくなり、そっぽを向いて「それは良かったです」と短く答えた。

 勿論、オリビアにも用意する予定であるから、その旨も添えて。



 生まれ方が普通の子供だったら、きっとこうはならない。

 ドライアドとしての生まれ方。そして前世の問題もあり、オリビアに対しては母というよりも親戚の姉、あるいは近所のお姉さんという都合のいい言葉が浮かんできてしまうからだった。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 一番の敵はラッピングだったと思う。

 調べれば調べるほど難解で、リボンをつけるときなんて何度絡まったか分からない。

 別に調理が簡単だったというわけではない。

 単純に、得手不得手の問題であろうから。



「というわけで、クリスへのお返し」



 翌日の昼過ぎ。

 非番だったクリスの部屋を訪ねたアインがラッピングされた箱を彼女に手渡した。



「そっか、今日って……ありがとうございます。見てもいいですか?」


「……あ、うん」


「えぇー……どうして微妙そうなお顔をしてるんですか……」


「やむにやまれぬ事情があって。ごめん、開けてもいいよ」



 リボンに手を伸ばしたクリスの顔は満面の笑みだった。

 それはもう嬉しそうで、水を差すことなんて考えられない。もしも気に入らない様子だったら、念のために用意していた既製品を渡そう。

 こう考えて、密かに覚悟を決めていた。



「これ、もしかして」



 蓋を開けて気が付いたらしく、クリスはすぐにはっとした。いい加減喜びが爆発しそうな直前で、期待に満ちた表情は明らかに煌めいていた。



「食べてみてもいいですか?」


「い、いいよ!」


「――――んー!」



 クリスは口に含んでからすぐに声を上げ、アインを見上げた。



「すっごく美味しいです!」



 これはアインにとっては、これ以上ない最高の誉め言葉だった。

 ほっと胸を撫で下ろせたし心が温まる。作ってよかったと、心の底からそう思えたのだ。



(良かった)



 深き息を吐いていると。

 ぎゅっ、と。

 アインの上半身が暖かくて、柔らかな感触に包み込まれる。



「今年はもう良い事はないかもしれません……運を使い果たしちゃいました……」



 大げさだよ。アインは苦笑しながらも、彼女の後頭部を優しく撫でた。



「運も何も無いってば。良かったらまた作ってみるから」


「ほんとですか?」


「こんなことは嘘つかないって」


「……なら我慢しないことにします。一か月に一つまでにしようとしてたんですが、もう少し間隔を短くしますね」


「お腹壊すから早めに食べるように……」


「だ、だめですよ!? 大事に大事に頂くんですから!」



 お預けをされた子犬のように、切なくて悲しそうな顔がアインに向けられる。クリスは別に早く作ってという要求はしていない。この彼女らしさがいじらしくて、月の女神と称したことのある美貌とは相反して可憐だ。



 アインはそんな彼女の頭をポン、ポンと軽く撫でたのだった。





 ◇ ◇ ◇ ◇




 あれから執務をしたり調理をやり直したりとで、日は暮れ夜も更け、日付も変わる直前だ。

 そこへ、同じく執務をしていたクローネが、寝る前にアインの部屋に足を運んでいた。



 日付が変わる前に渡さないと。

 アインは用意していた箱を彼女に渡したのだが。



「んー」



 小鳥が親鳥から餌を受け取るが如く、クローネはソファに座って唇を主張していた。手元にはアインから受け取って開けたばかりの菓子の箱がある。



(……こう来たか)



 察するに、食べさせてと言うことである。

 最近は仕事つづきでゆっくりとした時間を用意できなかったこともある。クローネはアインに甘える時間が少なかったこともあり、手作りチョコを受け取ったことで多くの我慢が瓦解していた。



「んー……!」



 そして催促にも余念がない。

 言うまでもないが、クローネはアインから初の手作りを受け取ったばかりで、いつもに比べて興奮状態に近かったのだ。

 アインが空いていた手でチョコを指さすと、クローネは深く頷くばかり。



 いいや、大したことではないはずだ。

 どうせ誰にも見られていないし、こんなのは今更のはず。

 アインは遂に決心し、チョコをクローネの口元へ運んでいく。



「んっ……」



 嚥下する仕草が妙に艶めかしかったが、アインの心は彼女が気に入るか否かだけを気にしていた。



「こんなに美味しいチョコなんて、はじめて」


「それは褒め過ぎだって。気に入ってくれたみたいで何よりだけどさ」


「ううん、本当よ。すっごく美味しかったんだから」



 しかし彼女は追撃にも余念がない。



「残り大事に食べるわね。あっ、こっちのも全部、アインが食べさせてくれてもいいのだけれど」


「……どこまで本気?」


「全部よ?」


「今のどこまでっていうのは、チョコの残りって言うわけじゃなくて――――」


「知ってるわ。私は本気で全部食べさせてっていったんだもの」



 だろうなとは思ったが、強く言葉にされるとアインは弱い。

 クローネから直接的な好意をぶつけられることに慣れたようで、慣れていない面もあるからだ。



「そうだわ」



 と、クローネは立ちあがると、アインの膝の上に座り直してしまう。

 彼女も決して小柄というわけではない。平均よりは高めであるものの、背の高いアインに密着すると、どうしてもちょこん、としていて可愛らしかった。

 ところで、座ったのはいいのだが、向かい合って座ったのはなぜだろう。



「あーん」


「もしかして俺に?」


「ええ、そうよ」



 今度はアインに食べさせたくなったらしく、彼女はチョコを摘まんでアインの口元に運んだ。

 これならまぁ、少しも問題はない。

 距離は近くてドキドキしてしまうが、大丈夫だ。



 ――――と思っていたのに。

 アインが口を開けた途端、クローネはチョコを自分の唇に挟んだのだ。

 全くの無抵抗を誇ったアインは口づけ交じりのチョコを受け取り、若干放心したまま咀嚼していく。

 互いの熱でチョコが溶けていき、甘さ、、も入り混じった。



「んっ――――ほら、ね? こうすれば一緒に楽しめると思うの」



 味は正直なところ、分かっていない。だが。



「すごく甘かったと思う」



 この感想だけは言葉にできた。

 それを聞いて、向かい合ったまま座っていたクローネが上機嫌にアインの首へ手をまわし、更に距離を詰めて抱き着いた。



「ふふっ、どっちが?」


「……そっちが」



 そういったアインの指先が向いていたのは、言葉にしなくともよいだろう。





◇ ◇ ◇ ◇




いくつかの箇所で告知していたのですが、アフター1話の更新を今月の中旬を予定しています。

実は6巻の改稿と重なっていてずれ込む可能性もあるのですが、遅くとも20日頃までには更新して参りますので、是非、ご覧いただけますますと幸いです。

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