暁日。
やがて十一月を過ぎ、十二月に入りしんしんと雪も降りだした。
吐息が白くなり、辺りを彩る雪化粧。だが王都の活気は熱気に、王都は色めき立ちつつあった日のこと。
王都の港にて。
エウロを発ったイシュタリカ船舶が、たった今到着したばかりである。船が桟橋につなぎとめられると、すぐに下ろされた頑丈なタラップ。それを見て、港で待っていた騎士たちが道を作った。
「――――リリ、これほどの歓迎が必要なの?」
「はえ? だってアムール公だっていらっしゃるじゃないですか。エレナ様だけだったとしても同じだったと思いますけど」
「今回はアムール公がいるからいいわ。でも私だけの時は結構よ」
「えぇー、なんでです?」
「仰々しいから。その人件費を他の事に回してくれた方がよっぽど嬉しいの」
「言いますねぇー」
「私にだっていう権利はあるでしょ? 統一国家イシュタリカ、ハイム自治区の政務官なんだもの」
確かにそうですね、リリは笑って答えた。
エレナはそれからタラップを進み、冷たい海風を浴びながら港へ進んでいく。
「あれ、
「息子のリールが船の中を見てから行きたいんですって。だからその付き合いをしてるわ」
何はともあれ、タラップを抜けて港に降り立った。
考えてみればイシュタリカに来るのは久しぶりで、クローネと会うのもしばらくぶりになる。この前のカティマとディルの婚儀には仕事で来れなかったし、今回はゆっくりしていくつもりだったのだが。
「ねぇ、リリ」
「はいはい?」
「私ってなんで呼ばれたのかしら。アムール公も一緒なのが不思議よね」
「え、聞いてなかったんですか?」
「聞いてないわよ。ウォーレン様がご招待くださったってだけで、何か理由があるなんて聞いてないんだから」
「…………ありゃー」
「ちょっと、何よその顔!」
「ま、ままま……まぁいいと思いますよ。ええ……たぶん……私が言うことじゃないと思うんで……」
ここまで来てからと言うのもなんだが、その返事にエレナは頭を抱えた。
「都合が悪そうなのでしつれーします!」
「え――――ちょっと! リリ!?」
煙玉を焚いて逃げた姿はさながら隠密だ。いや、隠密で間違いはないのだが、日ごろの振る舞いのせいもあって忘れがちになる。
しかし、何て逃げ足の速いことだろう。
「何なのよ、もう」
エレナは「どうしたものかしらね」と呟いて城の方を見た。招待したのはウォーレンだし、彼に聞けば何かわかるだろうと考えたのだ。
だが。
「……馬車?」
港を歩く自分の少し前に、馬車が止まっていた。
その馬車に刻まれた紋章には覚えがある。ここイシュタリカでも頭角を現した義父グラーフが会長を務める商会の紋章だ。
そしてその馬車を背にして、一人の女性が立っている。
「お母様!」
クローネはエレナに勢いよく抱き着くと、久しぶりの一言もなしに頬を緩めて甘えだす。
こんな姿を見るのは、我が娘ながら久しい。と言うか、記憶を辿ってもかなりの幼少期になる気がした。幼き日のように可憐でありながら、やはり美しく育ったと実感するばかり。
もしかしたら、娘なら自分が呼ばれた理由を知っているかも。
尋ねようとした刹那、自分を見上げたクローネの瞳の美しさに息を呑んだ。
「もう、お母様ったら。急に黙ってしまってどうしたの?」
「…………ううん、きっとそうなんだろうなって、分かっちゃっただけよ」
そして、悟ったのだ。
今まで見た中で一番の美しさを。湛えんばかりの美しさを見せる娘を見ていると、これしかないという確信を持てたのだ。
◇ ◇ ◇ ◇
同時刻。
いつも賑わっていたホワイトローズが、今日は一段と多くの人で賑わっていた。
「ようこそお越しくださいました、バルト伯爵」
「これはディル護衛官殿! いや頭をお上げください、大公家の貴方にそのようなことをさせては、私は亡き父に叱責されてしまいます」
「とんでもない。私なんぞ、父上が大公なだけでございますので」
「殿下のお傍にいらっしゃるあなたがご冗談を……。っとと、先日の婚儀の際は落ち着いて話せませんでしたが、なんと見事な式であったことか。今一度、お祝い申し上げたかったのです」
客人たちを迎えるに対して、ディルと言う男がいることが話題の大きさを表していた。彼も今や大公家の跡取りで、元・第一王女カティマとの婚儀を終えて間もないのだ。そのディルがアインの傍を離れ、客人たちを迎える様子は民にも輝かしく見えてならない。
「おっと、ここで長話も申し訳ない……そろそろ次の水列車が来るでしょうから、私は一足先に宿へ向かうと致しましょうか」
するとバルト伯爵が上の方のホームを見上げた。
「噂には聞いておりますよ。あの方々も王都にいらっしゃるとか」
「…………さすがはバルト伯爵でございます」
「はっはっはっ! さぁ、行かれませ。彼らが王都までくるとなれば一大事でございましょうからな!」
ディルは最後に深々と腰を折り、頭を下げてバルト伯爵を見送った。初老でありながら、相変わらず気持ちのいい歩き方をする男であった。
置いた自分もそうでありたいものだと、ディルはその後姿に感銘を受ける。
そうしているディルの耳に、上のホームから列車の接近を知らせるベルの音が届く。
「時間か」
彼は慌てて駆け出した。
上にあるのは王家専用水列車のホームで、騎士が番をする階段を一段とばしに駆け上がる。
この時、ホワイトローズにいた民が驚いた様子でホームを見上げていた。あそこは本来、王家専用水列車が停車する場所だ。されど停車した水列車は王家のそれではない。
故に民の興味を引いて止まず、近頃の賑わいと何かの関連を疑って止まなかった。
皆が目を向ける中、漆黒の鎧に身を包む騎士たちが水列車の前に立つ。
「団長、到着したようです」
そう言ったのはエルフ族のサイラスだ。
間に合ったことに安堵したところで、金色の鬣を整えだしたディル。そんな彼を見て、一足先に待っていた燕尾服を着たマルコが言う。
「皆、抜剣せよ」
マルコの言葉により黒騎士が姿勢を正し、剣を両手で持って面前に構える。
彼らの動きは以上と思えるほど整然としていた。
十数秒も経たなかっただろうか。
水列車の扉が開かれていき、ゆっくりと現れる耳の長い
すると、間もなくだ。
最後に水列車から現れたのは一人の老いたエルフだった。
「アイン様が皆様のご到着を心より楽しみにしてりました」
と、ディルが言う。
「もったいないお言葉です。我らエルフはいと尊き血を引くお方のためでしたら、いついかなる時であろうと参りましょう。長として、此度のご招待に感謝しない日はございませんでした」
するとディルがそれを聞いて頭を下げた。
つづけて黒騎士も一斉に頭を下げ、エルフに対しての最大限の礼儀を尽くす。それからディルは、外に馬車を用意してあると言って歩き抱いたのだが、エルフの長の脚は止まったままだ。
「皆は先に行きなさい」
彼女は他のエルフたちに先に行けと合図を送ると、彼らは素直に従ってディルの後を追う。
こうなれば、残されたのは長とマルコの二人だ。
二人はどちらとも口を開かずに、示し合わせたように歩き出す。
「数百年ぶりの再会と言えど、貴方様は以前と全く変わりませんね。……あの日のまま、魔王城で別れた日のままでございます。お変わり申したのは、外見だけのご様子で」
「貴女も以前と同じくお美しいようです」
「まぁ、口がお上手ですこと」
階段に差し掛かるとマルコが手を貸す。
歩きながら、長は一瞬だけ表情を不安そうに歪めた。
当然、マルコはそれに気が付く。
彼は長の不安を一瞬で悟り、そういえば――――と口を開いた。
「とある方たちから手紙を頂戴しております。その方々はまだいらっしゃっておりませんが、城に到着した際には、貴女へ礼を言いたいと」
「ッ…………私に、礼を?」
「ええ、お礼がしたいと書き添えられておりました。エルフ族に対してもそうだが、それよりも、貴女と言う個人に対してお礼がしたいのだと」
ふと、長の頬を伝った一筋の涙。
マルコは何も言わずハンカチで彼女の頬を拭った。
「貴女はイシュタリカに、そしてあのお方に仕えた者として勤めを果たしたのです。現代に至るまでヴェルンシュタインを見守ったのがその証拠だ。大戦当時のことを悔やむことはありません。仮に悔やむべきならばそれは私だ。貴女はラビオラ様に託された使命を果たしたのですから」
「私はあのお三方にお会いしても……良いのでしょうか……」
「貴女ならば、古き日のことを共に語らうべきなのですよ」
「ですが――――ッ」
「あの少年たちもいます。今では宰相として、そして王妃付きの給仕として。二人を交えてやがて来るお三方を交えてグラスを交わし、祝いの言葉を届ければいい」
言い切ったマルコが頭上を見上げた。
ガラスでできた天井から差し込む朝陽を見て、ふっと晴れやかな顔で笑って見せて言う。
「もう、空はこんなにも明るいのですから」
と。
◇ ◇ ◇ ◇
次の木曜日で最終話となります。
その後の更新ですが、直近ではホワイトデーにSSを予定しています。
(もしかしたらアフターの予告編的な感じで、短いのを投稿するかもしれませんが)
後はプロットを書きつつ、アフターと言う名の続きを更新して参りたいと思いますので、どうか引き続きお付き合いくださいますと幸いです。
みんなが可愛いだけのお話とかも書きたいなーと……。
今日もアクセスありがとうございました。
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