エピローグ
桜笑む。
おかげさまで、原作2巻と4巻が重版致しました。
たくさんの方がお手に取ってくださったおかげです。
本当にありがとうございました……!
引き続き、楽しんで頂けるよう努めて参りますので、何卒宜しくお願い致します。
◇ ◇ ◇ ◇
今日も今日とて穏やかな風景が広がる城下を眼下に広げる王城。そこにシルヴァードとウォーレンの二人が足を運んだ。
一同はバルコニーに出て、朝の爽やかな風を浴びていた。
「アインは何も語らんかった。何があったのかも、何をしたのかもな」
と、シルヴァードが言った。
「しかし余はこれ以上尋ねるつもりは無い。もはや意味をなさぬ事なのは道理。ゆえに余がするべき事は決まっておる」
意味深に言った彼の言葉を聞いてウォーレンがヒゲをさする。
やがて「ところで」と小さな声で口を開く。
「妃殿下は何と?」
「先日、ライルたちが遺したモノを見て涙を枯らした。アインへの罰も同意してくれたし、礼を言いたいとも言っていたが……そればかりは少し待てと言ったところよ」
「何よりです。して、陛下が為すべきこととは?」
「そのためにお主を呼んだのだ」
すると――――。
トン、トンと部屋の扉がノックされた。
部屋の方を見たウォーレンのことを気にする様子を見せなかったシルヴァードが、すぐに「入れ」と短い返事をした。
「ロイドでございます。グラーフ殿をお連れ致しましたぞ」
「ふむ……陛下、これはもしや」
シルヴァードはロイドをねぎらってからウォーレンを見た。
「お主も察しがついたろう」
「それはもう。陛下の我慢も限界といったところですかな?」
「そうではないのだ。ただ、いい頃であろうさ」
「ふむ」
「余は今でも思い出すことが出来る。初代陛下のようになりたい、そう願ったアインの顔、声、そして必死さのすべてをだ。そして、その隣に立つべき少女が語った決意もな」
語る彼の横顔を、ウォーレンはじっと静かに見守った。
穏やかで、同調するような心地よい沈黙と共に。
「きっと若き日の初代陛下は――――」
「アイン様のようなお方だった、ですか?」
「さて、どうであろうな。その言葉を余が言うのは不敬であろうよ」
明言せずとも今更ではあるが、それを追求するのは無粋。
ウォーレンは頬を緩め、上機嫌に髭をさするばかりだ。
さて、こうしているうちにロイドとグラーフが、シルヴァードの前に来て膝を折る。
「急に呼び立ててすまぬ」
「滅相もない。陛下が儂に御用とあらば、いついかなる時でも参りましょうぞ」
それから、どちらとも口を開かず静かになった。
空を舞う小鳥の声。皆がシルヴァードの言葉を待っている中、不思議と、緊張感らしき感情は悉く抱かれることがなかった。
いつしかシルヴァードは何も言わずに、バルコニーの手すりに向かう。
「ウォーレン」
「はっ」
「良き爵位を選定せよ」
「お任せください。私はかねてより伯爵家が妥当と考えておりました。今日までのオーガスト商会の貢献、そしてクローネ嬢の貢献。すべてを鑑みれば公爵家でも構いませんと言いたいところですが、つい先日、大公家が生まれて間もない。ですので、数年後の儀式当日までに陞爵すればよろしいかと」
「ではそのように取り計らえ。近いうちに余の言葉をもって民に知らせる」
ここまで来たら、途中から聞いていたロイドも察しがついた。けど、グラーフは違う。彼の場合はロイドたちに比べて一歩引いて様子を窺っているのもあり、若干の戸惑いの方が勝っていたからだ。
「陛下、いったい何を……?」
「呼び立てておいてのやり取りを詫びよう。して、グラーフよ」
「は――――はっ!」
彼の返事を聞いて、シルヴァードがグラーフの前に立つ。
国王自ら膝を折って驚かせると、肩に手を置き、目を合わせる。
「それと、今日まで待たせてすまなかったな。だが、良き頃合いとなった。アインの即位時期に関する事と併せて、余が民へ伝えよう」
「と、申されますと……」
「これまでは内々における暗黙の立場と言うものであったし、民も似た認識であっただろう。だがこれは、国外にも発する正式な言葉となる。故にこれまでと違い、儀式を待つだけの身になるのだ。昔、儂とララルアがそうであったようにな」
なんと慈悲深い瞳なのだろう、グラーフはつい黙りこくる。
だが、良き頃合いと共に伝える事とはいったいなんだ。国王シルヴァードを前にして言葉を失ってしまい、耳を傾けることにしか意識が向かない。
「お主の孫娘についてだが――――」
◇ ◇ ◇ ◇
同じ頃、城内に設けられた訓練場にて。
無期限の蟄居を申し付けられたアインではあるが、一応、城門を出ない限りはという条件のもと、敷地内であれば自由に行き来が出来ていた。
そんなアインは今。
騎士たちを、そして見学していた者たち全員を驚かせていた。
「――――なんてことだ」
言うまでもなくアインは強い。
イシュタリカにおける騎士の最高峰、近衛騎士が束になっても叶わない相手なのは今更だ。
しかし今のアインは、今までと違った衝撃的な光景を見せつけている。歴戦の騎士たちが例外なく目を疑っていた。
「これならばどうですッ!」
一人の近衛騎士がアインの死角から剣を突き立てた。
訓練用の剣ではあるものの、直撃したら軽傷では済まされないのは必至だ。
だが、相対するアインは振り返ることなく、身体を軽く動かすだけで躱してみせた。
後ろを向いた彼の顔を見ると、目が深く閉じられているのが分かる。
彼は訓練が始まってからというもの、ずっとこの様子だったのだ。
「どっ、どうして私の動きが……ッ! ずっと目を閉じておいでなのに……ッ!」
「構わん! 我らが決める!」
「ああ! たとえ殿下が相手であろうとも……必ずや一撃――――ッ」
しかし一向に攻撃は当たらず、悉くが躱されるだけ。
一度たりとも目を開けないアインに対し、少しも掠りすらしなかった。
彼の動きは優雅を極めた。ある時は老成した武闘家の演武のようにも見えたし、時には海中を駆け巡る魔物のように俊敏。
一切の攻撃が空を裂く結果となり、近衛騎士は体力を消耗するだけ。
呆気にとられて、我を疑う者も多くいた。
ここで一人。
「くっ……足が……」
体力の限界を迎えた若い近衛騎士が膝をつく。
やがてまた一人、そしてまた一人と体力の限界を迎えた。
けどアインは変わらず優雅なままだ。
(もっとだ)
足りない。もっと強くならないと。
彼の心を揺れ動かしていたのはセラとの闘いだ。二度目の闘いは望まないし、そんな気持ちになれる自分を想像出来やしない。
だが、不本意に近かった勝利には自分に苛立ちを覚える始末。
一言でまとめてしまえば、悔しさのせいだ。
だから魔力で自分を強化した近衛騎士たちを相手に、ほぼ丸腰の状態で訓練の望んでいたのだが。
不意に、彼らからの圧がぱたっと止まる。
代わりに耳に届くのは、半ば呆れた様子のディルの声だった。
「残念ですが、皆はもう限界のようです」
近衛騎士の皆が、一人残らず全員だ。
アインは目を開けて近衛騎士の惨状を見ると、道理でと頷いて武舞台を退く。待っていたディルの下に歩いていき、彼からタオルを受け取って頬の汗を拭う。
「どこまでお強くなられるおつもりですか?」
「もっとだよ。少なくとも、今よりずっと強くなりたいとは思ってる」
「……本気ですか?」
「え、なんでそんな勝機を疑うような目で俺を……」
「もはや敵なしだと思っていたもので。失礼致しました」
ディルからすれば敵なしと言っても過言ではないのだが、アインはセラという竜人のことを知っている。
(まだまだなんだ)
心の内で謙遜し、ディルを伴い訓練所の外へ足を進める。
見目麗しい庭園を横に、城内へつづく連絡通路に差し掛かった。何人かの見張りや文官、給仕たちともすれ違いながら広い通路を進んでいると。
「おや?」
ディルが目の前から歩いてくる人物に気が付いたのだ。
その人物と言うのは、本来であればイシュタリカに居るはずのない男性で。
「城の者に聞いた通りだったな」
「ティグル! どうしてイシュタリカに!?」
「用事があったのだ。アインに――――っと、殿下と呼んだ方がいいか?」
彼は流し目でディルを見たのだが、ディルは判断をアインに委ねた。
「いつも通りでいいよ」
「ならそうするとしよう」
「恐れながらアイン様、私は父上に呼ばれておりまして、少し席を外さねばならないのです。……城外にはお出になられないようにお気を付けください」
「わ、分かってるって!」
「何よりです。ではアイン様、ハイム公。失礼致します」
するとディルは二人から離れて、別の通路を通り城内へと向かって行った。
さて、残されたアインがティグルを見る。
ティグルはそっと懐へ手を伸ばすと、二通の封筒を取り出した。
「渡そうか迷ったのだが、アインのことだ。教えなかったら怒るだろうと思って持ってきたのだ」
「えっと、それは?」
「招待状だ。現・ロックダム国家元首殿からのな」
「急で良く分かってないけど、もう一通は?」
「次期・ロックダム国家元首と謳われている者のうちの、一人からの招待状だ」
「…………え?」
「ロックダムが民主制を敷いているのは覚えているか?」
「そりゃ、勿論覚えてるけど」
「来年の春で現・国家元首の任期が終わる。故に現・国家元首はアインをパーティに招待したいと考えているようだ」
ここまではアインも頷けた。
思えばロックダムは選挙によって国家元首が選ばれる国だし、ハイム戦争の際に縁も出来た。だから王太子の自分を招待したいということだろう。
けど、気になるのはもう一通か。
だが取りあえず。
「受け取っておくよ」
「ああ。後で陛下たちにも話を通しておいてくれ。断るにしろ、受けるにしろな」
「返事はすぐに?」
「さてな。年明けまでに送ればいいだろうさ。急な招待状なのだから、待たせたところで気に病むこともないぞ」
半ば冗談ではあるが、彼の得意げな笑みに対してアインは若干苦笑した。
「私もあと数日はイシュタリカに滞在する予定だ。こちらでしたかった仕事もあるからな」
「じゃ、みんなとご飯でも行こうよ」
「楽しみにしておこう。さて、私はこの辺で失礼するが」
「後で連絡するよ。ティグルの都合が合わなかったら――――」
「合わせるから気にするな。では、また後日だな」
去っていくティグルの後姿には、以前は見えなかった貫禄に似たなにかがあった。
さながら水列車の終電で王都に戻った職人のようだ。
ハイム自治区の長として板についてきたからか、単純に疲れでもあるのか。何はともあれ海を渡ってきて仕事をしてるのだから、労いの一言でも投げかけるべきだっただろう。
「美味しいご飯でも食べて帰ってもらお……」
呟きの後で、間近に迫っていた扉に向かった。
連絡通路を抜ければすぐに王城内だ。
例によって使用人たちとすれ違いざまに頭を下げられ、アインがお疲れさまと返す。
すると。
「ん?」
近くの階段の上から、ディルが物凄い必死の表情で降りてきたのだ。
つい数分前に別れたばかりなのに、何か重要な仕事でもあったのだろうか? 他人事のように見ていたアインはディルが城内を駆ける様子をぼーっと眺めていた。
ディルは数段飛ばしに階段を駆け下りる。
普通ではない彼の姿を見て、城の者たちも目を見開いて様子を見守った。ただ、一方のアインと言えば、どうしんだろうと呑気に眺めるばかり。
どこに行くんだろ。
そう考えていたところ、向かってきたのは自分の方向で。
「アイン様ッ! アイン様ーッ!」
「…………あれ」
もしかして、用事があったのは自分になのか?
さすがのアインもここで気が付いて、歩いて距離を詰めたのだ。
「はっ……はぁ……はぁ……はぁっ……!」
目の前で立ち止ったディルは、膝に両手を当てて体を曲げた。乱れた呼吸を整えるよりも、先にアインに伝えたいことがあるようで落ち着きがない。
「だ、大丈夫? 俺はここにいるからとりあえず落ち着「落ち着けるはずがございませんッ! これが落ち着いていられましょうか……ッ!」――――えっと」
事情を知らぬアインにとっては、
食い気味に遮ったディルが更に言う。
「すぐに身支度を! 謁見の間にて陛下と妃殿下がお待ちです!」
その声を聞いて、使用人たちは理解に至った。給仕たちは色めき立ち、執事や騎士たちは感極まって泣く者すら居たのだ。
一方のアインは二人が待つと聞き、それほどの一大事かと思い顔色を変えた。
深刻な面持ちと共に駆け出したのだが、それが杞憂に終わることを彼はまだ知らない。
それからだ。
身支度を追えて謁見の間の扉にたどり着くと、一足先にクローネがいた。
代わりに、ここに来るまで隣にいたはずのディルの姿がいつの間にかない。どこにいるのか、それを探すより前にクローネと目を合わせ、彼女と共に謁見の間の扉を開けた。
さて。
――――二人が謁見の間にて礼を欠いたのは、この日がはじめてのことだった。
国王夫妻を前に普段の冷静さを失って、共に体を寄せ合い、情熱的に唇を交わしたのは、何時になっても忘れることはないだろう。
彼女の頬を伝った宝石のような涙――――。
それがふっと宙を舞い、桜色のスタークリスタルを色濃く濡らした。
芸術の極みと言わんばかりのステンドグラスと、差し込む陽光。どんな光と比べても、クローネの手元で煌めく桜色が傑出する。
二人は最後にもう一度瞳を見つめ合い。
確かめるように、そして静かに唇を重ねたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
【告知】
もうすぐ魔石グルメが一区切りつきます。その際には一度完結となる予定です。
その後はアフターストーリーとしての連載となりますが、更新頻度などにつきましては、一区切りがついたところでお伝えして参りたいと思います。
内容は1エピソード=15万文字程度。
だいたい書籍版と同じくらいのボリュームで検討しています。
いくつかのエピソードを更新していきたいなと……。
アフターのくせに長くね? と思われる方もいらっしゃると思います。
ただ子離れできない親と言うのか、それともただ往生際が悪いのか。2年以上の連載をしてきたからか、まだまだ私には魔石グルメを書きたい欲があるようで……。
是非、引き続きお付き合いを頂けますと幸いです。
また連載期間は未定ですが、原作の書籍版に加えてコミカライズもあるので、最低でも、それらがつづいている内は更新を続けたいと考えています。
twitterでも情報を更新することがあるので、もしよければ併せてよろしくお願い致します。
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