嘘吐きの世界にて。

 己が定めた異世界にて1年を過ごし、生還する。或いは学園に其の世界で定住する旨を告げ1年早く卒業する。其れが勇者育成学園2年時の課題であり、「入学は容易であるが卒業は難関」と語られる要因。自身が決めた世界と言え、所詮「戦場」である其処で足元を掬われる者は少なくないのだ。無論、己が身の丈に合わぬ世界を「蛮勇」に挑んだ者も居る。

 其れをよく理解していた。其れ故学園から渡された資料は自然頭に叩き込まれ、何度も其れを思い返しては特色と生存率に重きを置いたと言うに。

 其の音を言語化する事は、少なくともオレには困難であり、其の音を耳が正確に捉えたかさえ怪しい。オレに理解出来た事は誰かが嘘に因って発生させた異能が、親友の体を易々と貫いた事である。

 目にも留まらぬ速さと言うには粗末で、多少速度はあったものの防ぎきれない速度や精度とは言えない。まともに致命傷を受ける様なものでは無かった筈である。親友程の詐術があれば尚更、返り討ちさえ容易かっただろうに。

 其の時オレは如何いった嘘を紡いだか、覚えていない。ただ何かが口を突いて出るままに任せ、結果として親友相手に異能を発揮した何かは派手に血を吹き飛ばし、呆気なく死に至る。鈍く重い音を立てて丸い何かが転がっていくのが僅か視界の端に映るが、其れには微塵の興味もなかった。親友に致命傷を与えた何かが結果として潰れたのであれば、オレは其れで構わない。致命傷を。否、縦しんばまともに攻撃を受けていたとて、親友の詐術があれば致命傷の直撃を無効化する事も、其処から回復を遂げる事も難解ではなかろうに。

 頭の端で何処か冷静に“オレ”が告げている。此の世界に来て薄々抱いていた違和感を持ち出し、其処に決して持たせてはいけない明確な輪郭を描いていく。描いていく。混乱の中、其れだけはまるでオレの思考や心中と無関係に、残酷な程冷静に。

 親友の体は血に塗れ、横たわっている。頭の端が訴える違和感は徐々に形を明確に鮮明にしていく。嗚呼、気が付きたくなどないというのに。

「何で!何で肝心な時に嘘吐かないんすか、アンタは!!」

 力など抜け落ちた体を抱き上げ、恥も外聞もなく吼えれば、アンタは閉じていた目をうっすらと開けて、小さく笑った。

 そう、此の世界に来て以来親友は嘘を口にしていなかったのだ。嘘が能力として機能するとはいえ、体術に関しては多少影響力を与える事が出来る。不得手とはいえ「優等生」として1年あの学園に君臨していた以上、まるきり駄目という事はない。親友は体術を用いて向けられる攻撃を避け、如何にか生きてきたのだろう。

 では何故親友は此処に来た途端、嘘を止めたのか。どんな正直者とて、学園出身故に此の世界の仕組みを予め理解していれば嘘を口にする様な世界に於いて。

「悪ぃな……。実はオレ、嘘吐いた事って、ねぇんだよ」

 微笑みを讃えたままに、親友は一言そう告げた。そう告げて、さながら重力に従う様に彼の目が閉じられる。其の後開かれる事はないだろうと心情が認める事を拒否しようと、オレの脳は、本能は理解する。理解して、しかし其れを拒む。合間に意味を成さぬ言葉を吐きながら、回復に充てるべく嘘を紡ぐ。間に合わない事を理解していて、其れでもと虚言を口にする事は止められなかった。

 どれ程の魔術師とて、死者の蘇生は叶わない。其れはどんな世界に行っても同じ事。

 世界の常識たる其れを、無論オレは失念などしていないのに。其れにも関わらずオレは高位回復術を作動する為の嘘を幾度も、幾度も吐き続けた。眼下、横たわる親友が完全に事切れている事を、何処かで理解していても、尚も。

 思い返せば、確かに親友は誰かを鮮やかに嵌めてみせた。嵌めてみせたものの、其処に嘘を用いただろうか。改めて問われれば、オレは今更ながら自信を消失していた。

 例えば不良生徒が悪戯に仕掛けた魔法陣。其処に仲間の誰かが掛かったと親友は告げ、悪戯を台無しにした上に不良生徒の悪戯を白昼の下に晒した事がある。其れがもしも、縦しんば親友が己の手で成した事とは言え、彼等の仲間の誰かが本当に「魔法陣に掛かっていれば」其れは明確には「嘘」とは言わないだろう。

 今になって思い返せば。あまりに手遅れだけれど、長い付き合いの中、此の男が人を陥れる際、或いは教師に取り入る際、明確に「嘘」と呼ばれる物を用いた事があっただろうか。其の答えは混乱と後悔の最中にあるオレにも導き出せる程、至極単純に、明快に。


 あの時。屋上で見せた嘲笑が、アンタの最初でさいごの、嘘だったのだ、と。


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嘘が力を得る世界にて。 夜煎炉 @arakumonight

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