嘘が力を得る世界にて。
夜煎炉
学園、屋上にて。
「ねぇ。課題、決めたっすか?」
屋上。空は何時もと同じ色合いを見せ、隣には親友が座っている。変わらぬ日常の光景であるが、其れがそろそろ姿を変える事をオレも親友も理解していた。
否、オレ達に限っての事ではないだろう。此の時期の1年は誰しもが大なり小なり、今迄の日常の終わりを理解し、期待や不安で胸中を満たす。其れはきっと、去年も一昨年も変わらない。そして来年も再来年も変わらない。創立から廃校迄変わる事のない、或る種1番の当たり前であり、1番の日常でさえあるのやも。
親友は首を横に振る。否定。
此の男とは入学前よりの付き合いであり、性格については、誰よりもと豪語して良い程に知っているという自負がある。其れ故、珍しいと思った。
決断が早い。期限が間近に迫っても尚、答えを出さないという事はない。彼の性質の1つが其れであり、其れ故そろそろ提出期日が迫る今日、未だ課題を決めてさえいないという事実に驚愕しない方がおかしいだろう。
成る程、未提出の生徒には教師が声を掛けていたが、そうした姿を見なかったのは此の1年で親友が築き上げた「優等生」の顔が効力を成している故にか。まったく、本性はオレと良い勝負の褒められない性格のクセに、大した詐術である。
「つーか、お前は決めたワケ」
「オレもまだまだっすよー。つーかオレ、アンタと一緒が良いし。だからアンタの希望があれば、其れに応えるっすよ」
「其の言葉、お前に其の儘返す」
何度目かになるやりとりを、最早惰性で済ませた後、オレは空と親友の顔を交互に見つめつつ考える。学校から渡された資料は見返す迄もなく頭の中に、寸分違わず収納されている。生活環境や例年の実績、生存率等々。無論、適正についても忘れていない。
優秀と評され、実力者の部類であるオレと親友であれば、どの世界でも生還は当たり前、好成績を修める事とて容易だろう。しかし「実戦」ともなれば予想外は付き物である。其れを考えると最も適しており、最も安全な世界を選ぶのが利口且つ妥当だろう。
縦しんば「臆病者者」と表されようと、オレは己の、と言うよりは寧ろ親友との「生」が惜しい。
学園の生徒であれば等しく平等に与えられる2学年時の「実戦」課題。学園側から渡される資料に「生存率」の項目がある事が示す様に、此の課題に因って命を落とす生徒は決して少なくない。此の学園が「入学は容易いが卒業が困難」と言われている要因は、十中八九此処にある。つまり正確に語るのであれば困難なのは「卒業」其の物ではなく、「2年から3年への進級」だ。
単純な実力不足。己が力量を見誤った。慢心。原因はどうあれ、例年生徒の何人かは単純な事実として死んでいる。其れを情報として開示されているにも関わらず楽観視して課題を決めるのは、其れこそ死に行くに等しい。少なくとも命だけは保証された学園内の課題ではないのだ。此処で冒険に出るのは「勇気」ではなく「蛮勇」だろう。
即ちオレの出した結論は「確実に生還出来る世界を選ぶ。此れを臆病だと罵りたければ勝手に笑え」である。ついでに此れを臆病だと笑う様な人種は、縦しんば卒業出来たところで長生きは出来ないだろうから、「勇気」を示した課題先で早々に野垂れ死んでしまえば良い。
其の理論に基づき期日間際迄慎重に思考した結果、1つの世界が最有力候補として挙がっている。後は親友の課題に於ける考え及び希望と照らし合わせれば、オレ達の課題も決定である。
とは言え此の男が先述の様な「蛮勇」を犯すとは毛頭考えられず、実力及び適正がオレと似通っている事を思えば自然、課題の候補も似通ってくるだろうが。
「資料と照らし合わせて色々考えたんだけどさ。オレ、アンタは吐いた嘘が其の儘能力値になる世界なら、最強だと思うんすよねぇ」
褒められたものではない性格を内に秘めながら、教師陣には「優等生」で通っている。絡んできた生徒達には容赦無く絡み返し、時折陥れる様な事さえしてみせる。其の詐術は親友の贔屓目抜きにしても大したものであり、件の世界であれば持ち前の頭の良さも手伝って容易に頂点へと君臨出来るだろう。
上には上が居るという当然の聞き飽きた事実を踏まえたとて、課題中に死ぬ危険性は低い世界である事に違いない。無論今迄築き上げた「優秀な生徒」の座を維持したいという自尊心はあるが、オレにとっての最重要事項は「親友との生還」である。であれば、危険要素を出来る限り潰え、残った物を選ぶのが必然だろう。
親友の優れた詐術。そして彼があまり体術には適していない事を思えば、其の世界こそ生き残るに申し分ない好条件の世界である。此方から仕掛ける事を忌避しようと体術特化で武器が飛び交う中であれば、言わば流れ弾の所為で死亡率を上げかねない為、体術特化の世界は避けるに限るだろう。
実際に目指すつもりではないものの、最強さえ目指せる世界であれば生存率が上がるのは必然。
果たしてオレの判断と親友の判断は似通っていたのか、親友の口端が持ち上がる。彼が仕掛けた策略に同級生なり教師なりが嵌った際ちらと見せる嘲笑。しかしながら常時よりも嘲りが色濃く、誇らしげでさえある笑み。其処には色香さえ漂っている。
そして親友は、さも誇らしげに告げた。
「はっ、当たり前だろう?」
果たして此れにてオレと親友の課題先は定まった。別段其処で「頂点を目指そう」といった暑苦しい向上心も持ち合わせていなければ、其の世界で永住しようという意思もない。無論、親友が其の世界を気に入り「永住したい」と申し出ればそうするが。
生存の可能性が高い世界を選んだ為、余程の慢心をせぬ限り課題遂行失敗の危険性は極端に低いだろう。ならば課題先の世界が定まった時点で当面の問題は無い。最大の課題が2年時故にか比較的3年時が緩やかな授業計画であるのも此の学園の特色故に。
「さぁて、別段向上心なんて持ってないっすけど、緩やかに適当に1年過ごすっすよ」
「お前は目標が低いんだか高いんだか、分からねぇな」
「オレの目標は至極単純。アンタとの生還、来年も再来年も変わらないアンタとの日常っすよ」
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