0.0001秒後に届く瞬間宅配サービス

ちびまるフォイ

覚えのあるものだけ注文しましょう

いまや時代はネットショッピング。

宅配業者が過労死するほど忙しいこの時代にある対策がなされた。


「さて、今日もなに買おうかな」


サイトのカートに商品を入れて精算画面に進む。

お届け方法の選択肢に見慣れない項目が追加されていた。


「瞬間……宅配?」


すぐに到着しそうな名前なので瞬間宅配を選択してお金を払う。

1秒もかからないうちに家のインターホンが鳴った。


「お届け物でーーす」

「え!? はや!!」


まさかいましがた注文したものではないだろうなと思いながらも

玄関に出ると間違いなくさっき注文した品だった。


「ご利用、ありがとうございました」


「なんて早さだ……」


宅配の人がいなくなったのを確認してから玄関で再度ネットショッピング。

瞬間宅配を選択すると、亜空間から宅配人が瞬間移動してきた。


「お届けものです」


「す、すげぇ!! これが瞬間宅配!!」


もう1秒すら待たされない。最高の宅配じゃないか。


「お客様、お届け物を受け取ってください」


「あ、はい。しかし、瞬間宅配ってすごいんですね」


「ええ、宇宙人を捕獲して瞬間移動技術をMamazonが応用したんです。

 ただし1度でも受け取り失敗すると以降は使えなくなります」


「え!? そうなんですか?」


「瞬間宅配はそこそこパワーと費用がいるんです。

 1度でも不在だった人はブラックリストとして、

 瞬間宅配を利用できなくなりますのでお気をつけて」


「まあそれは大丈夫です。俺ひきこもりですし」


不在という概念がない引きこもりにとって、

瞬間宅配との相性は納豆にかけるネギくらい好相性。神がかっている。


すっかり瞬間宅配の魅力に取りつかれてからは、

ますますネットショッピングにのめりこむようになった。


そのお金はというと、動画を投稿して広告収入を得ていた。


「えーー、最近発売したこの健康たばこ。

 吸うほどに健康になる勝因だそうです。ちょっとやってみましょう」


ネットで注文したカメラを前に。

ネットで注文した商品を使いながら、

ネットで注文した服を着ている。


もはや俺の体の構成要素はネットショッピングで固められていた。


動画の録画が終わったタイミングでインターホンがなった。


「お届けものでーーす」


「……あれ? なんだっけ?」


最近では瞬間宅配をエンドレスで使いまくっている。

頻度もあいまって、なに注文したのか忘れることもしばしば。


「ここにハンコをお願いします」


「ああ、はいはい。

 そういえば読む気ないけど本を撮影用に買ったんだっけ」


「けっこう重かったですよ」

「瞬間宅配だから重さ感じる時間ないでしょ」


「ぱちぱち」


「……なんですか?」


「ぱちぱちぱち」


「……だから、何言ってるんですか?」


宅配の人に問いかけると、その人は口を開いていなかった。

背中に熱さを感じたので振り返ると、部屋に真っ赤な火柱が立っていた。


「うそぉ!? か、火事!?」


「ここにハンコをお願いします」

「言ってる場合か!!」


大量注文したせいで手続きが無駄に長くなっている。

瞬間宅配は1品づつ別々の手続きを行う必要がある。


逃げようとすると、宅配は顔色ひとつ変えずに告げた。


「ここで取引を中断すると、以降の瞬間宅配は利用できなくなります」


飛んでくる火の粉で宅配の人の肌が焦げた。

皮膚がはがれ、中からメタリックな金属が見える。


「ろ、ロボットだったんだ……!」


「取引を中断しますか?」


「ぐっ……!! それだけは……っ」


今逃げれば瞬間宅配できなくなる。

でも取引をモタモタ済ませているだけの時間もない。


「そ、そうだ!! 消火器を瞬間宅配しよう!!」


ネットで消火器を購入し瞬間宅配させる。


「お届け物です」

「さっさとよこせ!」


消火器だけ先に取引を済ませて火元に向かって噴射した。

けれど、もう最盛期を迎えた炎に対して効果は薄い。焼け石に水だ。


「だ、ダメだ!? もう逃げないと!!」


振り返ったとたんに、家が崩れてがれきが出口を阻んだ。

みるみる視界は炎の海で囲まれて蒸し焼き状態になる。


「うわああ! やっぱり戻るんじゃなかった! 逃げてればよかった!!」


じわじわ迫ってくる炎を前に「死」の単語が頭をよぎる。

もうダメだと諦めかけたとき、手元に残ったスマホを思い出した。


「そ、そうだ!! 俺を瞬間宅配してもらおう!!」


瞬間宅配サービスのページに行って、宅配依頼を選択する。

迫る火の手に汗を流しながら、必死に入力フォームを埋めていく。



>瞬間宅配 開始



ボタンを押したとたん、風景が一瞬で切り替わった。

宅配アンドロイドに抱きかかえられている俺は友達の家の前に到着。


「やった! 瞬間宅配成功だ!!」


「これからお届けに玄関へ向かいます」


「あ、あの……もし、友達が不在だったら俺はどうなるんですか?」


「亜空間に廃棄されます」

「うそぉ!?」


「宅配の同意書に書いてあったはずです。読んでないんですか?」


もう神に祈るしかなかった。頼む在宅であれ、と。

インターホンを鳴らす。


ピンポーン。


――誰も出てこない。


「そ、そんな……」


「瞬間宅配サービスの規定により、不在対応とします」


絶望したとき、玄関の扉があいた。


「すみません、ちょっとトイレに行っていたもので」


そのとき、友達の背中には後光が差し込んで見えた。

これでやっと助かる!!


「お届け物です。宅配物は『友人』です。

 受取人はあなたで間違いないですか?」


宅配票を見ながら友人は顔をあげた。




「いえ、宅配した覚えがないので

 元の場所に送り返してもらえますか?」

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