第45話 エピローグ 最後の一人

 私は、最初の一人だった。




「あれ、ミツ。プロメテウス……じゃないや、イオは?」



 慣れないな、とイツキが笑う。


 試作機の面々が一堂に会していた。


 残るはプロメテウスだけだ。



「少し遅れるとさ」


「仕事?」


「いや。俺がいるのにそれはないだろう」



 ミツが笑って言う。



「でも意外だったなー」



 ムツが言った。



「探偵とはね」



 イオとミツは二人で探偵事務所を立ち上げていた。


 失踪人探し、浮気調査、身辺調査。


 たまに、荒事。


 イオが探偵会社を立ち上げようとしたところに、半ば強引にミツが転がり込んできた。


 戦後という事もあり、失踪人探しは依頼も多い。 


 それなりに繁盛している。



「探したいものがあったんだと」



 イオは、探したいものがあった。


 そのために探偵になったらしい。


 単純だ、とミツは思った。


  けれどイオがそうしたいのならばそれでいい。


 イオは空いた時間はその探し物の調査に充てていた。



「お前たちだって、宅配業とは」


「ほら、空路で早く届けられるから」



 ムツとリクは宅配業を始めたという。



「職業は色々になったね」



 農業を始めた者や、会社員を選んだ者もいる。



「早く来ないかなー、イオさん」





「遅くなったわね」



 イオがため息を吐く。



「遅刻確定だな」



 端末がそう言って笑った。



「間に合うって言ったじゃない、あなたが」


「まさかあそこで道に迷うとは想像できまい」


「……ペルディクス。うるさい」



 ある日端末にメッセージが届いた。


 開いてみると、突然自己紹介を始めた音声にイオは慌てた。


 慌ててミツを呼び出し、どうなっているのかと、ウイルスだろうかと騒ぐイオに、音声は笑って言った。


 私はダイタロスの亡霊だ、と。


 その言葉に、端末を床に叩きつけようとしたイオを、ミツは責められなかった。


 これは謎の声が悪い。


 破壊を試みようとするイオに、慌てて端末の音声は事の経緯を話し出した。


 ダイタロス機関の研究員に殺されそうになり、実験途中だった装置を使った。


 そして、フタツに意識を引き上げられ、彼の企てに加担したこと。


 全てではないが事のおおよそを話した音声に、イオとミツは確かにダイタロスだったものだと納得し。


 イオもミツも歓迎した覚えはないが、いつの間にかペルディクスは、探偵事務所に居ついてしまった。


 こうしてイオが出かけるときも端末を変えてついてくるのだ。


 役に立つことも多いが、小うるさいことも多い。


 どうやら他のデウカリオンや、機械化兵達のところにも時々顔を出しているらしい。


 自由な存在だった。


 ……もしかするとそれが、彼なりの贖罪なのかもしれない、と最近イオは考える様になった。



「あったぞ」



 端末から声が聞こえる。


 矢印の示す方向には、一つの墓碑があった。


 ひっそりと人目をはばかるように建つそれに、イオは持ってきた花を添える。



「やっと見つけたわよ、フタツ」



 それは、フタツの墓だった。


 小さく02と彫られているほかは、没年が書いてあるだけだった。


 一通りその墓碑を調べて、イオはため息を吐いた。



「名前は分からずじまいか」



 徹底している。


 彼は最後まで、イオに名前を教えてくれなかった。


 軍の知り合いに聞いても誰も口を割らない。


 聖エランダル寺院の名簿や、ダイタロス機関の資料をあたっても、フタツの記録は隠匿されてしまっていた。


 それは明らかな意思を持って隠されていた。


 決して名前を表に出さない、と。


 ただその一点だけが徹底して。


 それは国の取った、フタツへの罰だ。


 フタツの名を消すことで、存在を消そうとした。


 それがパンドラを殺し、国を裏切ったフタツに与えられた罰。


 償うことなく死んでしまった彼への、せめてもの。



「こっちは楽しくやってるわよ」



 墓碑を見下ろして、イオはそれだけを言う。


 フタツへの罰は、けれどイオにとって生きる理由になった。


 本当は、死んでしまいたいと考えたこともあった。


 けれど、心残りがあった。


 フタツの名を、知らない事。


 だから。


 彼の名を知る。


 それが、彼女の目下の目標だ。


 この国が、フタツ自身が。


 イオに生きる理由を作っている。


 そう考えるのは、きっと。


 傲慢だろうけれど。


 イオは好きに解釈することにした。



「そろそろ行こう」



 ペルディクスに促される。


 時間だ。


 とはいえ、既に遅刻は確定だが。



「また、来るわ」



 何度だって。


 惜しむことはない。


 ある日、ペルディクスは言った。



――おそらくお前は、他の試作機や機械化兵よりはるかに長い時を過ごすだろう。



 イオは特異体質だった。


 機械化細胞との異常なまでの親和性。


 それは、イオの人間部分の細胞を守ることになった。


 他の機械化兵と比べ、イオの細胞は、損耗が著しく少ない。


 生身の人間のそれと、遜色ない状態だった。


 だから、イオはこの先何十年の寿命がある。


 そう、ペルディクスは結論付けた。


 寂しくないと言えば嘘になる。


 皆を見送る立場は、辛いものだ。


 寂しいものだ。


 けれど、思ったより、気持ちは穏やかだった。


 たとえ、全員を送って。


 自らの死の際に、誰もいなくても。


 英雄と呼ばれて戦っていた時より、きっとずっと、孤独ではない。


 くだらないことで一喜一憂して。


 笑って。


 泣いて。


 そんな日々を今、送っている。


 誰も、イオをプロメテウスと呼ばない。


 英雄と呼ばない。


 英雄を、求めない。


 イオをイオと呼んでくれる。


 それだけのことが、イオにはたまらなく幸福だった。


 だからこそ、フタツの名を、知りたかった。


 呼びたかったのだ。


 彼もまた、そうすることで救われる気がして。



「また調べるか」



 約束の時間を少し回ってしまった。


 飛んでいけばすぐにつくだろう。


 イツキあたりに小言を言われそうだ。


 シチも意外とうるさいか。


 そうだ。


 名前を。


 改めて皆の名前を聞かなければ。


 今日は自己紹介から始めよう。


 軽やかに地面を蹴る。



「あ、そうだ」


「ん?」



 ペルディクスが端末をみろという。


 飛びながら端末を操作する。



「トウヤ……?」



 「トウヤ」とだけ書かれたデータ、何気なく開く。



「はじめ、まして」



 流れてきた音声データに、慌てふためく。


 燕とぶつかりそうになった。


 つたないその言葉は、言葉を覚えたての子どものようだ。



「ペルディクス!?」



 どういうことだ、と名を呼ぶ。



「いや、俺のように、電子間を漂ってる奴がいてな。組んでみた」


「またそんな、ウイルスみたいなの作って」



 素直にデータを開いたイオもイオだ。


 リテラシー、という物の欠如を、イオは改めて認識した。



「作ってない。そこにあったものを集めただけだ」



 ペルディクスが悪びれる様子はない。



「トウヤ。僕は、トウヤって言います」



 こちらの動揺を知ってか知らずか。


 データはトウヤと名乗る。



「よ、よろしく」



 動揺しつつも、イオも答えた。


 見えているかはわからないが、笑顔も付けた。



「組んだばかりでまだ安定してないようだ。やはりあの理論は修正が必要か」



 ペルディクスの独り言など、イオには聞こえてない。



「あなたの、名前は?」



 トウヤが尋ねる。



「――イオ」



 イオが答えた。



「イオ、よ。改めてよろしく、トウヤ」




私は最初の一人だった。


そしていつか。


機械化兵の最後の一人となるだろう。


けれどそれは。


けして、孤独ではない――。

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プロメテウスの英雄 夜鳥つぐみ @tugutugu

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