第44話 プロメテウスの英雄

 かつて鎖につながれ罰を受け続ける神がいた。


 長い長い間罰に苛まれていた神に、救いの手が差し伸べた英雄がいた。


 其の名を、ヘラクレスという。





 調停は終わった。


 あっさりと。


 初日の昼中に起きた事件のことなどなかったかのように滞りなく。


 予定通りの日程をこなし、各々の首脳達は国へと帰っていった。


 新国家と新政府は世界に認められることとなり、国の名前も決められた。


 戦争の賠償については帝国の遺産や、技術協力などで手を打った。


 新国家の側としては、非常にうまく行った調停だった。


 新政権の元トップであったパンドラは、襲撃の数日後に息を引き取った。


 誰もがその死を悼み涙した。


 そして、彼女の遺志を継ぐため前を向いて新国家を興そうとしている。


 エピメテウスは、重症を負いながらも反逆者に一矢報いた。


 そう世間に認知され、また国民の支持を受けた。


 パンドラの墓の前で一筋涙を流した彼は、その後新政権の軍に所属した。


 軍という枠の中で、パンドラの願った国の平和を実現しようとしたのだった。



「これからあなた達は自由の身です。……制限はありますが」



 数十人の機械化兵を前に、エピメテウスが言った。


 調停で、彼等機械化兵と試作機は人である、と結論が出た。


 軍法違反をした者以外は、全員軍役を解かれ、自由の身となった。


 自由の身とは言え、普通の生活を送るために、彼等には制限が設けられた。


 第一に、義肢義足は一般人のものに。


 重い金属の義肢義足から、軽いカーボン製のものになった。


 頭からの電気信号で動くらしい。


 細かな作業も、ある程度の力仕事も可能だ。


 それらの軽さに、元機械化兵達はまだ慣れない。


 第二に彼らは機械化細胞の抑制ワクチンを打つことを義務付けられた。


 その処置は彼らの持つ武力を恐れた連合軍の意向という面もあったが、主には機 械化兵の寿命を維持するための処置だ。


 彼らは戦う力を失った。


 抑制剤を打っても、ある程度機械化細胞は動く。


 そうでなければ生命維持もままならない機械化兵もいたのだ。


 飛ぶための翼を生やすことも可能だ。


 エンジンさえ積めば飛べる。


 細胞を刃物の形に変えることも、時間をかければ可能だった。


 その身で戦うことが出来ないわけではない。


 けれど、銃を持った生身の人間の方が強い。


 その程度の力になった。


 第三に、移動の制限を設けられた。


 機械化兵の技術の流出を防ぐため、機械化兵は外国へ行くことを許されなかった。


 二度と、機械化兵を生み出すことのないように。


 引っ越しも、ちょっとした旅行も、軍に届け出る必要がある。


 不便と言えば不便な話だった。


 国からはそれらの補償と、今までの償いも含め、慰労金という形での支給があった。


 けして少なくない額だ。


 就労にも規制があり、つける職業が少ないことへの配慮でもある。



「本当に、すみませんでした」



 エピメテウスはそれだけ言って、頭を下げた。


 長い戦争の中で、彼等は四肢を失い、寿命までもを失った。


 機械化兵の彼らは、そのことをすでに告知されていた。


 帝国の上層部が行ったこととはいえ、エピメテウス達帝国の軍人だった者も、無関係ではない。


 彼らに危険を押し付けた。


 彼らに守られていた。


 彼らに、甘えていた。


 エピメテウスの耳に、笑い声が届く。


 エピメテウスが驚いたように顔を上げる。



「軍に所属して、機械化兵となると決めた時から、命は捨てたようなもんだったし」


「戦争が終わるまで生きていられる方が奇跡だったっていうか」


「まぁ後悔はない」


「謝られる必要はねーよ、俺たちは」



 そう言って、機械化兵の誰もが笑う。


 そう。


 彼らは犠牲者だ。


 けれど彼らの他に、生きたくても生きられなかった者はたくさんいた。


 そう言う仲間達を、たくさん見ていた。



「戦争だった」



 いつか、誰かが言った言葉を、プロメテウス――イオは言う。



「だから、仕方ない」



 そう、折り合いをつけるしかない。


 起きてしまった悲劇を、今更変えることなどできないのだから。


 エピメテウスと目が合うと、少し笑う。


 「英雄」と呼ばれていた頃とは、少し、雰囲気が変わった。


 エピメテウスが遠くで見ていた頃とは、少し、違った。



「二度と、同じ不幸を起こさないように」



 言われるまでも、ない。



「誓います」



 エピメテウスはそう、力強く言った。


 二度と、悲劇は起こさない。



「それでは、解散!」



 思い思いの方へと去っていく彼等元機械化兵の後姿に、エピメテウスは決意を硬くする。



「プロ……イオ、さん」



 彼女の名前を呼ぶ。


 彼女は英雄プロメテウスではない。


 もう、違うのだ。



「フタツ……№02が昨日亡くなりました」


「……そう」



 フタツは新政権に不満があった。


 それだけを主張して、それ以外を語らなかった。


 彼は薬物によって機械化細胞を活性化させていた。


 異常に活性化した細胞は、フタツにプロメテウスと渡り合う力を与えた。


 けれどその代償は、すぐにフタツを襲った。


 数日も絶たないうちに、フタツは昏睡状態となった。


 そして昨日、一人で息を引き取った。



「彼は大罪人。本来その死すら教えることはできませんが」


「英雄様が、自ら法律を犯すなんて」


「あなたは、既知のようだったので」



 どこに埋葬されるかまでは言えなかった。


 これが、エピメテウスの最大の譲歩だった。


 共に英雄と呼ばれた彼女と、彼女のために世界を敵に回した男への。



「ありがとう。エピメテウス」



 静かに、イオが笑った。


 遠くで名を呼ばれている。


 イオ、と。



「行くわ」


「えぇ、また。機械があれば」



 そう言ってプロメテウスは身をひるがえす。


 他の試作機達の元へイオが向かう。


 エピメテウスも踵を返す。


 互いに、別々の道を歩く。




 男は願った。


 彼女の平凡な幸せを。


 そのために、男は世界を敵にまわした。


 彼女を独りにしないためにも。


 たとえ自分が隣に立てなくても。


 共に生きていけなくても。


 彼女が孤独にならないように。


 孤独に死んでいかないように。


 それだけのために、男は。


 裏切り者となろうと。


 どんな汚名を着せられようとも。


 それが、自己満足であったとしても。



 ――だからな、ペルディクス。俺は――。



 男は言った。



 ――イオに笑ってほいいんだ。



 誰かと一緒に。


 馬鹿みたいに。


 くだらないことで――



 たったそれだけの願いのために。


 それだけのために、彼は、プロメテウスと呼ばれた英雄を救おうとしたのだ。


 誰もが彼女と一緒に死を望む世界で。


 彼だけが彼女の生を願った。


 「英雄」という鎖に縛られ動けない彼女を。


 終わりのない戦いから、罰から、彼は救い出そうとした。


 鎖につながれた神を救った、英雄ヘラクレスのように。


 救い、出した。



 ――彼こそは。

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