番外小話

出会い

 夜更けに目が覚めました。隣にユリウス様がいらっしゃることが、未だに信じられません。

 私たちは本当に婚姻したのです。それは私の身体があちこち痛いという現実からですが、それでも眠る前の出来事を思い出すと顔が熱くなってまいります。


 月明かりに浮かぶユリウス様のお顔は、とてもお綺麗です。この国ではとても多い茶色の髪をしている私からいたしますと、ユリウス様の艶やかな黒髪がとても羨ましく思います。


 そんなユリウス様の安らかな寝顔を見ていますと、初めてお会いした時のことを思い出します。


 当時、私は五歳でした。ユリウス様のお宅には母と一緒に何回もお邪魔しておりましたが、ユリウス様とは一度もお会いしたことはありません。ですが、初めてお会いした時、なんて素敵な方だろうと思い、この方が私の唯一の番だとわかりました。

 あの時のことは、今でも鮮明に思い出すことができます。それほどに、印象に残っているのですから。



 ***



「アイリス、お茶会に行きましょう」

「どこのお茶会ですか、お母様」

「いつも行っているシア様のところよ。セガルのお見合いを兼ねているの。本来ならばアイリスは出席できないのだけれど、シア様がどうしてもと仰って……」


 シア様とは母の親友であり、アーヴィング公爵家夫人のお名前でした。アーヴィング家はお子様は大抵お一人しか生まれず女児が生まれにくい家系だとかで、母に娘が生まれたと知ったシア様は、お茶会を開くと必ず私も一緒にと仰ってくださった方です。

 それ故か、私が一緒に行くと必ずドレスをくださった方でもあります。「女児がほしかったのよ」と残念そうに母に言っていた言葉を思い出します。


「わたくしが行ってもいいのですか?」

「もちろんよ」

「では、行きます」


 ふふ、と笑った母は、シア様にいただいたドレスを侍女にお願いすると、私に着せてくださいました。その時はライトブルーのドレスで、シア様と同じ瞳の色でした。

 セガル兄様に抱っこされ、母や兄と同じ馬車に乗ってアーヴィング家へと向かいます。馬車で三十分ほどの距離ではありますが、いつもお仕事でいない兄がいたこともあり、私はかなり興奮した状態でした。

 アーヴィング家に着いて馬車を降りますと、いつも私たちを案内してくれる執事がおりました。母に手を引かれて彼のあとをついて行きますと、そこにはテーブルがたくさん置かれた庭でした。

 あとになってから教わったことですが、お見合いはガーデンパーティーにすることが多く、私たちだけではなく、他の綺麗なお姉さまたちやお兄様たちがいらっしゃいました。その綺麗なドレスを見るだけで、私はほうっと感嘆の息をつきます。


「こちらでございます。奥様、サイラング侯爵夫人とアイリス様、セガル様がお見えになりました」

「ありがとう。いらっしゃい、セシリア。セガル様もアイリス様もごきげんよう」

「お招きありがとうございます」

「ありがとうございます」


 母や兄と一緒に礼をすると、シア様が微笑んでくださいました。いつ見ても綺麗な方で、つい見惚れてしまいます。


「セガル様の案内を頼むわね」

「畏まりました。セガル様、こちらにどうぞ」

「ありがとう。アイリス、あとでな。いい子にしてるんだぞ?」

「はい、セガル兄様」


 執事のあとについて行った兄がその場を離れると、シア様が私たちの席まで案内してくださいました。そこはいつもお庭でお茶会を開く時に案内される東屋で、私も何回か来たことがある場所でした。

 周囲は秋に咲く薔薇が植えられており、とてもいい香りがいたします。


「ふふ、今日はわたくしの目の色と同じドレスなのね、アイリス」

「はい! お母様と侍女が選んでくださったのです。とても綺麗な色で、気に入っています」

「まあ! 嬉しいことを言ってくれるのね、アイリスは。そのドレスを贈ってよかったわ。とても似合っているわ」

「本当ですか? 嬉しいです!」


 母や侍女たちに褒められることも嬉しいのですが、贈ってくださったシア様に褒められるのも嬉しかった私は、その場でくるりと一回転いたしました。

 その後はシア様付きの侍女がお茶とお菓子を持って来てくださり、いつものようにお喋りをいたします。そしてしばらくたったあと、兄とその隣には女性が、そしてもう一人男性がいらっしゃいました。


「母上、遅れて申し訳ありません」

「構わなくてよ。まだ忙しいのでしょう?」

「ええ、多少は。それでも今日のために時間を作っておきましたので」

「見つかるといいけれど、見つからなくてもゆっくりしていくといいわ」

「そうさせていただきます」


 シア様のことを母上をお呼びになった方は、シアさまと同じ黒髪の男性でした。


「侯爵夫人、お久しぶりです」

「ごきげんよう、ユリウス様。ご活躍は聞いておりましてよ?」

「ありがとうございます」


 私の母とも挨拶を交わした男性が私を見ました。


「そちらのお嬢様は……あ……」

「あ……」


 そして目が会いましたが、周りの音が聞こえなくなったかのように、お互いにじっと見つめました。


 ああ、この方だ。この方が、私の唯一の番であり伴侶なのだと、本能で悟りました。

 それはその方も同じだったようで、私の目を見つめながら抱き上げてくださいます。


「母上……このお嬢様のお名前を教えていただけますか?」

「サイラング侯爵家のアイリス様よ。まさか……」

「ええ、見つけました。この方が私の唯一の番です」


 にっこりと微笑まれたユリウス様はずっと私を見つめてきます。それは私も同じだったようで、母や兄、隣の女性からも息を呑まれました。


「アイリス……もしかして……」

「はい、お母様。私もこの方を番と感じています」


 見つめ合ったまま話す私たちに、どこからか溜息が聞こえてきました。


「お名前を教えていただけますか? 私の番。私はユリウスと申します」

「私はアイリスです、ユリウス様」

「そうですか。一緒にお茶はどうですか?」

「はい。よろしくお願いいたします」


 ユリウス様は私を抱き上げたまま優雅に椅子に座ると、その膝の上に乗せてくださいました。今にして思えばとてもはしたないことなのですが、番が五歳の女児だということで見逃していただいていたのでしょう。


「あらあら。ふふ……神様はわたくしの願いを聞いてくださったのかしらねぇ……」


 のほほんとしたシア様のお声がしたように思いますが、私はユリウス様と話すことにせいいっぱいで、兄が番を見つけてシア様や母に報告に来ていたことなど、聞いておりませんでした。



 ***



「ふふ……」


 そこまで思い出して、つい声が出てしまいます。この二日後に婚約が結ばれ、七日後に熱を出してしまいました。心配したユリウス様からいただいたお見舞いのお花は、しおりを作るのが得意な侍女にお願いして押し花にしていただき、今でもしおりとして使っております。

 もちろん、そのことはまだユリウス様に話しておりません。


 ヒト族となり、サイラング家を出た時ですら、そのしおりだけは持って行ったくらい、とても大事な思い出のひとつなのです。もちろん、こちらに来てしまった時、親戚を装ったタニアが荷物の全てを持って来てくれておりますので、今は私の手元にあります。


「愛しております、ユリウス様……」


 そう呟いて寄り添い、目を瞑ります。


 老体となり、私はそのまま逝くのだと思っておりました。ですがユリウス様が私を救ってくださったと父や兄、ナナイ様からお聞きした時、私はとても嬉しかったのです。

 一度は離れ離れになってしまいましたけれど、今度こそ幸せに……と、神に祈りを捧げておりますうちに、いつの間にか眠っておりました。


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愛しき番 饕餮 @glifindole

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