RAINBOW
いろどり
第1話 RAINBOW
「……、そうだね」
「…ねえ、聞いてた?」
「…え?」
「もう、だからさ。家にいつ挨拶に来んの、って聞いてんの」
あ、まずい。
そう思ったときにはもう遅かった。
「…修っていっつもそう。そうだね、その通りだよね、ばっかりで、全然感情こもってないじゃん」
隣に座った彼女は、そう言って窓の外に目を向けてしまった。
「…ごめん」
今日は何となく、全てが上の空だ。彼女のー優の話も、全然耳に入ってこない。
返事のない隣をちらり、と見ると、変わらず背を向けられていた。窓の外をじっと見つめている。
「…ねえ優、」
「…あ、見て!」
精一杯勇気を振り絞って話し掛けた言葉を遮って、優が何かを指差す。
「…今運転中だから…」
見れないよ、と言いかけた瞬間、
「………うわ、」
視界が開け、目の前に壮大な海と、それと溶け合うような空が広がっていた。
「……綺麗……」
きらきらと瞳を輝かせながら外を眺める彼女の横顔は、先程とは打って変わって笑顔だった。ほっ、と息をつく。
怒ったり泣いたり笑ったり、ころころとすぐに表情を変える彼女が、とても好きだ。
全てを染める青を眺めながら、偶然に巡り会えそうな、そんな予感がしていた。
「なんか、曇ってきちゃったね」
空を見上げた表情は、再び曇ってしまっていた。車を降りるまでは元気良く光り輝いていた太陽はすっかり雲に飲み込まれ、海と空は灰色に覆われている。
「…うん、そうだね…」
あ、と思って隣を見るが、彼女は気づいていないようだった。しょんぼりと肩を落とし、手元の傘をくるくると回す。
「…あっちまで、歩いてみよっか」
海岸に沿って連なる通りの先を指差すと、俯いたままこくり、と頷いた。
歩幅を合わせて、ゆっくりと歩く。繋ごうと伸ばした手は、タイミングが掴めず引っ込めてしまった。
「…あ」
「…ん?」
優の視線の先には、ベビーカーを押しながらこちらに向かって歩いてくる若い夫婦がいた。
「…かわいい」
すやすやと眠る赤ちゃんを、すれ違い様に眺めながら、ぽそりと呟く。
「…ね、子どもできたとして、男の子と女の子だったら、どっちがいい」
「…え?」
それって、その、俺たちの、ってこと。言い淀んでいるうちに、
「私だったら女の子かなあ。可愛い服着せたり、髪結んだりできるじゃん?」
修は?と訊ねる彼女の表情は、何でもない世間話をしているかのようだ。
「……俺も……女の子、かな」
「えーそうなんだ、意外」
男の子って言うかと思った、と笑う、その顔を何となく、直視できない。
「なんで?」
「……うーん……なんでだろ、」
優がいいって言うから、かな。
そう言ったら彼女はきっとまた、ほらそうやってすぐ同意する、意志がないんだから、と怒るだろう。
でも本当に、そう思っている。
優がやりたい、こうしたい、ああしたい、ってことは、自分だってやりたいと思えるし、それは実際にとても楽しいことだから。
って、どうやって上手く伝えればいいんだろう。
「……あ、雨」
考えているうちに、ぽたり、ぽたりと雨粒が地面に落ちる。
「…降ってきちゃったね」
雨粒はみるみるうちに大きくなり、音を立ててそこらじゅうに降り注ぎ始めた。慌てて傘を開くが、
「…ダメだ、一旦屋根の下入ろ」
傘も役に立たない程の豪雨に、身を寄せ合って近くの東屋に避難した。
「……うわ、すごいなこれ……」
びちょびちょじゃん、と濡れた服を拭こうとハンカチを取り出す。隣を見ると、今にも泣き出しそうな顔が俯いていた。
「…ごめんね、」
優の体を拭きながら、小さな声で謝ると、ふるふる、と首を振った。
「……修が悪いんじゃないし」
「でも、俺、雨男だから」
「それは言えてる」
優とのデートは高確率で雨が降った。しかも屋外の時に限って、いつも。
「…さっきはごめん、」
今度は謝られる。何のことか、と思って訊くと、
「なんか、八つ当たりみたいなこと…言って」
「別に気にしてないよ」
…若干気にしてるけど。
「…修は優しいね、」
濡れた髪に手を伸ばそうとして、一瞬躊躇う。
「…流されやすいだけだよ」
何故か少し気恥ずかしくなって、目を合わせずに、優の頭を拭く。最近切ったばかりの髪を、優しく撫でるように。
「…擽ったいんですけど」
彼女も恥ずかしいのか、少し身を捩って笑った。つられて自分も、ふふ、と笑う。
今日初めて、優ときちんと目を合わせた気がした。
「…あ、晴れてる」
いつの間にか雨は上がり、空が再び青さを取り戻していた。
「…ねえ、見て!」
彼女の指の先に、七色のアーチが海の中から立ち現れ、遠くの島に向かって続いていた。
「…虹、だね」
「…うん、」
虹だ、と呟く。
余りにも出来すぎていて。
「…綺麗だね」
「…、そうだね」
「「…あ」」
2人同時に顔を見合わせて、吹き出す。
「綺麗だね、優」
「…ふふ、そうだね」
「結婚しようか」
「そうだ………、え?」
笑いながら相槌を打とうとした表情が、固まる。
「………今、何て」
「僕と…結婚して、ください」
少し声が震えた。
「…………え、」
突然のことに困惑し、身動きの取れない彼女の左手を取る。
ポケットから小さな箱を取り出すと、
「………う、そ」
落とさないように気を付けながら、薬指に嵌める。
「…よかった、ぴったり」
はい、と顔を上げると、今まで見たことがない程見開かれた瞳の中に、自分が映る。みるみるうちに潤んで、見えなくなった。
「………ばか、なんでよ……、」
「返事聞かせて」
彼女の左手を握る自分の手も震えていて、緊張してたんだな、と改めて感じる。
「……嬉しい……、」
一番先に感想が出てくるところが、優らしい。うわっ、と涙が溢れる頭を抱き寄せた。
「…じゃあ、OKですか」
こくこく、と胸の中で頷くのが、振動で伝わってくる。
「これからも、そうだね、ばっかり言うかもしれないけど」
こく、と頷く感触。
「それでもいいの」
こく、と更に深く頷く。
「……出来すぎだよ、ほんとに……、」
涙声に笑いながら、腕を解いた。
「…ぐっちゃぐちゃじゃん、顔」
「誰のせいだと思ってんの」
目尻を指で拭って、恥ずかしそうに笑う。ああ、好きだなあ、と思う。
「…修がそうだね、って言ってくれたら、何でも頑張れる気がする」
だから、一緒に幸せになろう。
人生で一番、大切な人と。
RAINBOW いろどり @obdain
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