第9話
最終下校時間の1時間前。
俺は保健室のベッドの下で結構長い時間考えていた。
今日は1日精霊として楽しもうと思っていたのに、自由に飛び回ったのは最初の1時間、2時間程度だけ。後は保健室に戻ってきて、こうしてベッドの下にいる。
いじけているとか、引きこもっているとか、そんな事ではなくて……。
戦う術のなかった俺は、実体があるという有利な条件だった九十九(つくも)時代にはもうプール娘より弱い存在だった。
プール娘は、この学校では花子さんや金次郎に並ぶ有名なオバケで、人間にしっかりと怖いお化けと認識されている分、力はある。それでも実体がない幽霊である事には変わりはなく、実体のある俺の方が優位な状況だったはず。
それなのに、随分と弱い者扱いを受けていた……。
そして俺は今、唯一の強みであった実体をなくした精霊。
この学校内のどのオバケよりも断トツに弱い存在となったと思う。こんな状態では花子さんとキノセイ以外の前に姿を現すのは危険。と言うか怖い。
本来なら、同じ幽霊組とまずは仲良くして、徐々に理科室に慣れていくってのが無理なくオバケの一員になる方法なのだとは思う。
しかし、その幽霊組が1番……2番目に怖い。
「あら?随分と早かったのね、もう良いの?」
もう、最終下校時間の1時間前になったのか、花子さんがベッドの下をヒョイと覗き込んできた。
いつもならスゥーっと横に現れるから、もしかしたら随分と前から保健室にいたのかもしれない。
花子さんの顔を見た事で安心できて、やっとベッドの下から出る事が出来た。
保健室内には誰もおらず、いつもなら開いている筈のカーテンが閉まっていて金次郎を見ないで済んだ。
多分、花子さんが閉めてくれたんだろう。
精霊になったばかりの俺が、なにに対して恐怖を抱くのか、分かってくれているんだろうな。だけど、それをそのまま打ち明けるのは余りにも格好が付かない。
「やりたい事はやり尽くして来たから、もう良いかな」
精一杯の強がりだ。
「そう。なら、話しを始めて良いかしら?」
1日楽しませた後からの話し。
良い話しである可能性はかなり低そうだ。
「うん……始めてくれ」
なにを言われようとも平常心でいよう。
だったら、考えうる最高に最悪な言葉を先に予想しておけば、ある程度なら微笑みながら受け入れる事が出来るかも?
最悪な状況……人工的な精霊はやっぱり認められないから消えろ!と、花子さんに攻撃される。で、どうだろう?間違いなく勝ち目はないし、確実に消滅させられるだろうし、仲間だと思っていた相手からの全力攻撃且、消えろとの掛け声。
完璧だ。
「そう難しい話しじゃないわ。そうね、まずは貴方の意見を聞かせて頂戴。精霊としてやっていけそう?」
質問が来るなんて予想外!
平常心、平常心……。
……えっと。
精霊としてやっていけそう?って聞かれても、どう答えて良いのか分からない。
花子さんとキノセイ以外は怖いし、自由時間多過ぎて暇なのにベッドの下から出られないし。
だったら眠ったら良いんだって思うのに、眠っている間に誰かが……とか思うと眠る気にもならなくなる。
正直な所、精霊としてやってく自信なんか微塵もない。だけど、精霊になったんだから、やってくしかないんだ。
もしかしたら、今日はまだ精霊成りたてだからこんなんで、何日かしたら慣れてくるのかも知れないし……。
「早く慣れようと思ってる。けど……まぁ、うん。カーテン閉めてくれていて助かった」
早く慣れて、金次郎の頭の上で小躍りなんかして、キノセイを笑い転がしてやるんだ。そのためには強くなるのが1番の近道だろうか?
その近道がもう、険しいな……。
「……精霊で良いと思っているのなら、聞き流して頂戴」
俺の返答に少々考え込んでしまった花子さんは、しばらくしてからそう言ってカーテンが閉まっている窓の方を向いた。
「なにを?」
もちろん俺はカーテンが閉まっているにもかかわらず熱心にピカピカの新しい人体模型と、花子さんの横顔と自分の足元にしか視線を動かす事が出来ない。
「貴方は人工的に生み出されたとは言っても、立派な精霊なの。人体模型の心臓のね。けれど、その心臓は長年九十九として動いていた貴方自身だから、本来の精霊とは異なった宿り方になっている。ここまでは良いかしら?」
えっと……?
良いような、悪いような……。
俺が人工的な精霊だというのは理解出来ているから、ここは大丈夫。
宿っているこの心臓は、九十九だった頃の俺の心臓だから、ここも大丈夫だ。
本来の精霊とは異なった宿り方?
「自分自身に宿っているのが、本来の精霊とは違うって事?」
あ、しまった。
精霊で良いなら聞き流せって言われていたのに、しっかりと聞いている上に質問まで!
「そう。貴方は言わば人体模型そのものの霊、意識って所かしらね」
人体模型そのままの意識だってのは、元からそうだから理解できる。
九十九として動けるよりも前に、俺はすでに人体模型の中にいたんだから。
全く動けなかったけど、色んな事を考えてたっけ……天気が良いなぁとか、もっと丁寧に扱え、とか。
そこに1人の精霊がやってきて……動きたい?って聞かれたんだ。それで、まぁねって答えたら精霊が入ってきて、それで九十九になれた。
だけど、その精霊と話したのはその初めの1回きり。
俺は今日まで、余りにも俺のままだ。
「俺に入ってきた筈の精霊は、今どうなってんだ?」
人体模型の中から一緒に弾き出されたんだよな?でも、今頃その人体模型はプラスチックの固まりになっているだろうから……消滅したって事はないよな?
「本来道具に宿った精霊は、宿った道具の意識が消えた時に出て来て、次の宿り先を見付けるか、そのまま精霊として暮らすか、消滅してしまうかなの。道具が破壊されても、道具の意識がしっかりとしていれば九十九として存在し続ける事が出来るわ」
えっと……なんだって?
「ゴメン。良く分からない……」
多分物凄く分かりやすく説明してくれているんだろうけど、道具とか意識とか精霊とか、こんがらがって上手く整理出来なくなった。
要するに、道具から出た精霊は次の道具を探すか、精霊として存在するか、消滅するかの3パタ-ンあるって事、かな?
「……道具の中に人格があって、その人格に惹かれて精霊が来る。人格のない道具に精霊は来ない。つまり、破棄されて人格の消えた道具から精霊はいなくなる。だから、破壊されても人格が消えなかった道具からは精霊は出て行かない。分かったかしら?」
溜息1つ吐いた花子さんは、妙にハキハキと箇条書きされた文章のように説明をしてくれたから、こんがらがる事もなくスッと頭に入ってきた。
「ありがとう。分かりやすかった」
しかしだ、俺に宿っていた精霊の行方は分からないままだ。
俺の人格はちゃんとここにあるって事は、まだ人体模型の中にいるって事?
「貴方を九十九として誕生させた精霊も人格に惹かれてやってきたの。そして人格が消えるまで宿り続けるのだから、当然、今も貴方に宿ったままなのよ?」
人体模型に、ではなくて、俺に!?
「精霊に精霊が宿るなんて事が有り得るのか!?」
そりゃ、精霊はひとつひとつ全ての物に宿っているとされているけど、精霊の1人1人についてたらきりがない。
「だから言ったでしょ?貴方は人体模型そのものの霊で、意識って所なの。言ってしまえば、霊でありながら道具のままなのよ」
えっと、うん……分かりやすい。
ようするに、今の俺はかなり特殊でややこしい存在って事だな!
人工的な精霊で、人体模型と言う道具の幽霊で、更には俺を九十九にしてくれた精霊付。
こんなにも長い肩書きの存在を生み出すなんて、お払い屋の力って強力なんだな……。
あぁ、物凄くアホみたいな感想しか出てこない。
「俺がどんな存在なのかってのは、大体分かったよ」
理解するのに少々の時間は掛かってしまったけど、本題はここからなんだよな?
「最終下校時間後、金次郎は真っ先にここへ来るでしょうね。貴方は、精霊として金次郎に会うの?それとも人体模型の幽霊として会いたい?それとも……」
話の途中で黙った花子さんは、新しいピカピカの人体模型の周りを1週回り、トンと胸の筋肉パーツを突いた。そこは筋肉パーツではあったけど、多分……その奥にある心臓を差したんだろう。
俺は人体模型の幽霊で、人体模型の心臓の精霊。そんな俺には人体模型を九十九として誕生させた精霊が宿りっぱなしで……。
えっと?
「花子さん?」
なにも察する事が出来なかった俺に、最後まで説明をお願いします。
「九十九になりたくないのなら、金次郎が来る前に保健室から離れた方が良いわ」
え……?
えっ!?
九十九になりたくないならって、え?九十九になれるのか?金次郎が来るまで保健室にい続けていたら、九十九になる?どういう事?どういう理屈で?
「花子さん!?」
混乱している俺に、最後まで説明をお願いします!
「この新しくて空っぽの人体模型に宿れるかもしれない。という可能性の話しよ。最終下校時間が来る前に決めて頂戴」
九十九になるのか、ならないか……。
精霊のままでもいつかは金次郎と仲良くは出来るだろうし、自由に飛び回れる。自由に出来る時間も無限にあるし、壁も窓も扉も通り抜け放題。人間の目に映らないから行動に制限がないし、パーツの落下を心配する必要もない。
九十九になる利点は?
オバケが怖くなくなるから、花子さんとキノセイ以外の前にも出て行ける。
他にはー……1日10時間ほどしか活動できなくなるし、空なんか飛べないし、壁も扉も窓も通り抜けられない。人間の目に映るから目が覚めてもジッとして息を殺していないといけないし、パーツの落下を気にしなきゃならない。
答えなんか決まっている。
それなのに、それを花子さんに伝えられないのはどうしてだろう?
ピカピカの新しい人体模型を見て、筋肉パーツまで付いている!と、嬉しくなったのは何故だ?
そんなの、俺が人体模型だからに決まっている。なにがどうだろうと関係なく、人体模型でいたいと思うのは自然の摂理!
「なりたい時は?どうすれば良い?」
ピンポンパンポン♪
「皆さん、下校の時間です。校内に残っている生徒は速やかに帰りましょう」
最終下校時刻を告げる校内放送。
折角ビシッと決意表明したのに、タイミングが最悪だ。
「少し力を使うから、眠って力を蓄えていて」
分かったと頷いてベッドの下に戻り、心臓に入り込んで目を閉じた。
グッスリと眠りには落ちないとの事前情報通り、本当に薄ボンヤリと起きている感覚だ。丁度、寝ぼけてボォーっとしている状態かな?意識はあるけど頭の中で夢を見続けているような……物凄く眠いのにカクッと舟をこいでパッと起きたけど、また目が閉じていくみたいな、強烈に眠いけど眠りに落ちる事が出来ない感覚。
これは結構きついな。
ドス、ドス、ドス、ドス。
ガラガラ。
廊下から独特の足音が近付いてきて、保健室の扉が開いた。
もう、校内から人間はいなくなったのか……さっき最終下校時間を告げる校内放送があったばかりだと思ったんだけど……薄ボンヤリとずっと起きていると思っていたが、細切れには眠れているのかな?時間の感覚がない。
しかし、静かだな。
金次郎が保健室に入って来たと思ったんだが、無言?花子さんもいると思うんだけど、無言?小声で喋っているのだろうか?
まぁ、俺一応睡眠中だし、気を使ってくれているのかも知れ……
「お前も人体模型なんやろ?なぁ、返事しぃや!」
ないか。
音を聞く限り、金次郎はピカピカの人体模型に掴みかかっている感じだ。
もし、何処かに傷が付いていたら殴ってやる……駄目だ、殴った俺の手の方が酷い事になる。
じゃあ、どうしてやろう?顔にヒゲの落書きでもして、キノセイを笑い転がそうか。
「私達幽体と違って、貴方達はナカに念が篭って始めて動けるようになるの。この子はまだ新しいから、なにも宿っていないわ」
花子さんは金次郎がこれ以上ピカピカの人体模型を手荒く扱わないようにと宥めてくれたんだけど、微妙に説明が違うような気がする。
ナカに念が篭るなんて初耳だ。
篭った念が人格を形成する……とか?けど、人格が出来た所で神か精霊が宿らない事には九十九にならないから動けないはずだ。
もしかして、花子さんは1人1人に伝わりやすい言葉を選んでくれているのか?俺でいう所の人格と精霊は、金次郎でいう所の念?
本当にそうだとしたら、物凄く難解な言葉で説明を受けている者は頭が良いという事か!
間違いなく俺達ではないな。
保健室の中はまた少しの間静かだったのだが、コツコツと歩く音がして、次の瞬間には廊下を歩く音に変わり、そしてスゥーっと消えてしまった。
花子さんが保健室を出て行ったんだろう。
出来れば、金次郎も連れて行って欲しかった……今の状態で金次郎と2人きりとか、怖過ぎる。
まぁ、単なる人体模型しかない保健室内なんだから、すぐに暇になって理科室に行くだろう。
「嘘やろ?」
嘘ってなにが?と不思議に思って目を開けてみれば、ベッドの下を覗き込むような姿勢の金次郎がいて、そのまま這って近付いて来るではないか!
見付かった?でも、俺は心臓の中に入り込んで眠っている状態だから、ただの心臓模型にしか見えていないはずだ。
それなのに、ベッドの下に手を伸ばしてきた金次郎は、心臓を掴んでベッドの下から引っ張り出した。
こうなってしまったらもう寝た振りをするしかないし、見えてないだろうけど、念の為に目を閉じて大人しくしているしかない。
「見付けたで……。遅いよな?ゴメンな……」
え……?
なに?
なに変な声出してんだよ。
目を開けてみると、泣きそうな顔で俺を見ている金次郎が見えた。
そうか、金次郎は昨日俺の心臓を捜すために校内をくまなく見回ってくれていた。俺の廃棄処分が、心臓を見つける事でナシになると信じて。
人間が活動を始める時間になっても、まだ探そうとしてくれたんだ。
それなのに……最終下校時間が過ぎて、俺達の時間になって、真っ先に様子を見に来た金次郎の目に映ったのは、ピカピカの人体模型。
昨日のうちに、しっかりと説明しておけば良かったな……だけど、こんな風に残るとは思ってなかったんだ。
もしかしたらピカピカの人体模型になれるかもしれない。なんて微塵にも思ってなかったんだ。
だって、想像付かないだろ?自分がややこしい存在になる。なんて。
だから、昨日が最後だと思っていた。
心臓に宿って一時避難!とかは考えていたけど、成功するとは思ってなかったし……それならせめて心配かけないように消えようって思ったんだ。
出来るだけ笑って、なんでもないって風に装って、潔く消えようって。
それが1番皆の負担にならないと思ったから。そう信じて疑わなかった。
だけど、今の金次郎を見る限り、俺の考えは間違っていたようだ。
友達にこんな泣き顔をさせるなんて……さっきピカピカの人体模型に掴みかかった事にどうこう言えた立場じゃな……
ガコッ、カシャン。
オイコラ。
金次郎は俺を片手に持ったまま、片手でピカピカの人体模型に近付き、そして筋肉パーツを物凄く手荒に外して内臓パーツを剥き出しにすると、肺も外さないうちから心臓を取り外そうとしている。
オイゴラァ!
バコン!
酷く不吉な音を立てて外れた心臓。肺も少し浮いてしまっている。
しかし、金次郎による攻撃は更に続き、俺の入り込んでいる心臓を、グイグイと無理矢理ピカピカの人体模型の、開いた心臓部分に押し込んだのだ。
当然、形の違う人体模型のパーツなのだからピタリと入るはずもなく、金次郎が手を離した瞬間にはもう、俺の心臓は保健室の床に向かって落下を始めた。
カンッ、カラカララン。
床に落下して1回バウンドし、少し転がった俺の心臓は、落ちた事が余程ショックだったのか激しく鼓動を打ち始め、徐々に俺まで息苦しくなってきた……いや、普段から呼吸をしている訳ではないんだけど、胸の辺りがキューっと痛む感じで、脈っていうのかな?ドクドクと五月蝿い。
ピカピカの人体模型の心臓と同じ形だったなら、こんなに苦しむ事も、落ちる事もなかったのに……。
ドクンッ!
いっそう激しく心臓がなったかと思った次の瞬間、俺の心臓はキラキラと光る粒となり、欠片も残さずに床から消えた。
俺は床から消えた。
床からは。
「体に傷付けるなよ」
その代わり、ピカピカの人体模型の開いた心臓部分に粒が集まり、開いた場所にピタリと嵌る形の心臓に変化した。
人体模型の心臓の精霊……もの凄い局地的能力だな。
床に転がるのは、元々ピカピカの人体模型に入っていた心臓。なにも宿ってはいない、空っぽの心臓だ。
「はぁ!?」
金次郎は俺を見て一声叫んだ後、固まってしまった。
そりゃ、ビックリするよな。
変化は心臓の形だけじゃなくて、ピカピカの人体模型にも起きたんだから。
ピカピカの人体模型は新品で、九十九になるのに必要な人格がない空っぽの状態だった。そこへ人体模型の心臓の精霊であり、人体模型の人格である俺が無理矢理に心臓部分に鎮座したせいで俺の人格がそのまま反映された……。
まぁ、ようするに、
「今日、俺の誕生日にする」
乗っ取りに成功したわけだ。
この方法が花子さんの言う、九十九に戻る方法だったのかは分からないが、なんとかなるもんだな。
「誕生日ったって……」
ポカンとしている顔を正面から見て、思わず笑いそうになったんだけど、それと同時に嬉しくなって泣きそうにもなる。
だって、金次郎を少しも怖いと感じないんだ。
「金次郎、ただいま」
ずっと校内にはいたのにただいまってのは変だろうか?
「大袈裟な衣替えしよってからに」
衣替え!?
確かに、言われてみればそうなるのかな?
え?
そうなるかなぁ?
「なにそれ」
感動の再開とまではいかなくてもいいけど、もう少しはこう、なんか……あったりするもんじゃないのか?
握手とか?なんかそう言うの。
2人向かい合ってお互い涙目とか、冷静に考えたら可笑しいよ。後から絶対笑い話になるだろうな、これ。
「あら?もう九十九になったのね、問題なく動ける?」
向かい合って涙目で笑い合うという2体の九十九がいる変な空間の救世主となるべく、花子さんが入ってきた。
そうだ、まだ大きく体を動かしてなかった。
「ラジオ体操ぉー第2っ!」
何故第2だよ、しないし、知らないし!
大きく深呼吸くらいはするけどさ……って、これは第1か?
とりあえず大きく上に手を伸ばしてみて、手を下ろし、今度は屈伸などをしてみようとした時、目に入った心臓。
あまりにもピカピカしているから、誰が見たって新品の人体模型のパーツだと思うだろう。だけど、新品の人体模型の中には少しばかり荒削りな心臓の俺がいる。
誰が見たって古い心臓だと思うだろうな。
そうなれば有無を言わさず取り替えられるのだろう。そうなった時、俺はまた人体模型の心臓の精霊になってしまうんじゃないだろうか?
「これ、どうしたら良いだろう」
言いながら新品の心臓を拾い上げる。
ゴミとして出すわけにもいかないだろうし、素材がなにか分からないから燃やすわけにも行かないし。
「人間に見付かると面倒ね……」
だからってプール娘にあげるのも危険だし、嫌だし、怖いし。けど、他に欲しがるものなんかいないだろうし……何処かに隠す?
絶対に見付からない場所って何処だろう?
屋上は良さそうだけど、たまに図工の授業で風景画を描く場所として開放されているっけ。他に良さそうな場所は……体育倉庫、掃除用具入れ?駄目だ、毎日のように人間が出入りしている。
「見付からんかったらえぇの?じゃあ俺が持っとくわ」
金次郎は俺からヒョイと心臓を奪うと、自分の懐の中に入れてポンポンと上から叩いてニカリと笑った。
石像の癖に、着物を着物として着脱可能だと!?
どんどん高性能になってくな……戦闘向けじゃないだけで、力はかなり高いのだろう。
そりゃ実体がないものからしたら怖い筈だわ。
だったら俺は金次郎よりも強くて怖い存在になって、バスケ小僧とプール娘に目に物見せてやるんだ!
「人体模型さん、私のせいでこんな事になったんですよね?ゴメンなさい!」
「俺も、ごめんなさい」
保健室内に行き成り入ってきた幽霊組2人は、早速俺の目標を消滅させにきたんだけど、
目標を奪われて、こんなにも清々しい事って他にあるだろうか?
「今日、俺の誕生日なんだ。だから、もう二度と九十九を乗っ取ろうと考えないって約束してくれるなら、もう良いよ」
と、金次郎の横に立って言うと、2人は秒速で約束してくれて、金次郎の雷が落ちる前に保健室から逃げて行った。
「ん?なんかあったん?」
俺とあの2人の間になにがあったのか全く知らない金次郎は首を傾げているが、ちゃんと約束をしてくれて、俺も許すと言った後なんだから、グチャグチャと愚痴ったりはしないさ。
「衣替えの手伝いしてもらっただけ」
厳密に言うなら俺の破棄は心臓がなくなる前から決まっていた事なんだけど、まぁ、良いか。
「そっか、じゃあラジオ体操の続きな!」
ラジオ体操好きだな……。
不思議な事はなにもない SIN @kiva
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