第8話
夜通し行われた金次郎による心臓探し。
それが気になって気になって仕方がなかった俺は、結局ベッドの下から心臓を取り出す事も出来ずに人間が起きる時間を迎えてしまった。
そして校内では未だに金次郎による心臓探しが続行中だったりする。
物凄く、物凄く心苦しい……。
「花子さん、ちょっと来て」
小声で呼びかけたにもかかわらず、スグに来てくれた花子さんは、俺の用件を聞く前にはもう、
「あの子に指定の場所に戻るように言って頂戴」
と、まさに伝えたかった事を言ってきた。
「花子さんが言った方が素直に聞くと……」
「もう何度も言ってるわよ」
そうなのか!
どれだけ俺の心臓を貴重品と思ってんだよ……見つけた所で手遅れだって事、本当は分かっているんだろ?
「金次郎に届くよう話したいんだけど、やり方教えて」
頭の中に直接話しかける校内放送のやり方……今更だけど、技名が長いな。
「伝えたい者を頭に思い浮かべて、その思い浮かべた者に直接話しかけるイメージよ。今の貴方になら、出来るんじゃないかしら」
ザックリとした説明を受け、頭の中に金次郎を思い浮かべてみれば、今にも、よぉ!遅かったな。とか言い出しそうな金次郎がポンと出てきた。
ただ普通に思い描いているのとはなんだか違う感じで、恐ろしく鮮明だ。もしかして、本当に話せるかも?
「金次郎?もう良いよ。ありがとう」
呼びかけてみた直後、窓から太陽の光が差し込み始めた。
急がなければ……太陽が完全に出れば九十九(つくも)は眠りについてしまう。
「アカン……まだ、見付けてへんのに……」
何処となく眠たそうな声だ。それなのにまだ探そうとしてくれるのか?
俺は今夜から理科室には行けないというのに……保健室には新しい人体模型が来るというのに。
消えるんだよ、間違いなく。今日の14時になったら消えるんだ。
なんて、本当の事は言わないさ。
友達思いだろ?
「早く持ち場に戻れ。石のお前を元の場所に戻すのって大変そうだし」
出来る限り普通に、むしろ冗談っぽく話しかけた。これでも戻らないって言うようなら、頭を叩きに行ってやろう。
「あれ?もしかして見付かったん?」
金次郎は俺が自力で心臓を見つけた。とか思ってくれたらしい。
「たった今。だから、ありがとう。早く持ち場に戻って」
「分かった。じゃ、また夜にな~」
嬉しそうな声の金次郎は大人しく持ち場に戻り、いつものポーズをとった後速攻で眠った。
結構ギリギリだったのかな?
「また夜に」
眠っている金次郎の姿に、俺は誰に向けての言葉なのか、そう声を出していた。
「貴方は眠る?それとも起きている?」
午前中にお払い屋が来るんだから、心臓に宿ろうとする時間は少なくとも3時間程度は残っている。だから最後の足掻きをするか、それとももう諦めてしまうのか。
いや、心臓に宿る努力をしようとしまいと、寝起きで行き成り払われるのは目覚めが悪いどころの騒ぎじゃないし、起きていようかな。
「起きてる」
「そう。それじゃあ私達は気配を消して隠れるから……また会いましょう」
スゥーっと花子さんが消えると、今度は太郎と次郎が目の前に現れた。
まだお払い屋が来るまで時間もあるし、大丈夫だとは思うけど、そろそろ教師達がやってくる時間……って、太郎と次郎は人間には見えない存在だった。
「新しい人が来ても」
「新しい人が来たら」
「人見知りだから」
「緊張するから」
「挨拶しないよ!」
「トイレから出ない!」
なにをいいに来たのかと思ったら、新しい人体模型に対しての気持ちを打ち明けに来たなんてな……でもな、挨拶はしっかりとしような?基本だぞ。そして引きこもるのはやめた方が良いからな?
それに、新品の人体模型が来るから、九十九として動き出す前には慣れているだろ。
「それじゃあ」
「また夜ね」
手を振って消えた2人。
なんか、言いたい事だけ言って帰った感じだな……花子さんに隠れろって怒られたのかもな。
お払い屋っていうくらいだ、幽霊組にとっては脅威の存在の筈だし、校内に1歩入った瞬間には幽霊組の存在に気が付くだろう。
上手く気配を消しておかないと、俺のついでに一緒に払われてしまうかも知れない。
それなのに、新入りには挨拶しないで引きこもってる宣言をする為だけに活動していたんじゃあ怒られても無理はない。
最後に顔を見せに来てくれたんだろうけどさ。
1人、また1人と人間が校内にやってきて、保健室には保健医がやって来た。
ソワソワと電話の前をウロウロして、朝から全く落ち着きがないから、その動きが気になって心臓に向かって集中する事も出来ない。それにベッドは俺の背中側にあるから、目で心臓を確認出来ないってのも集中出来ない理由の1つにはなっている。
頭の中で直接話しかける校内放送を使う時みたいに、鮮明に心臓を思い浮かべようとしても、上手くいかない。
特になにも出来ないまま時間が過ぎ……終に、保健室の電話が鳴った。
「はいっ!」
待ち侘びていたからなのか、驚異的なスピードで電話に出た保健医は、酷く声を裏返らせた。
「おはようございます。今からお伺いしますが、よろしいでしょうか?」
「はいっ!正門でお待ちしています」
電話を切った保健医は、薬用リップを塗ってから廊下に出て、すぐに戻ってくると俺を持ち上げて廊下に出て、数歩進んだ所で保健室に戻り俺を置き、再び持ち上げて壁に掛かっている時計の方を仰ぎ見た後俺を下ろし、自分の時計に視線を落としてから反復横とびをするみたいにウロウロしてから、結局俺を持たずに正門に向かって走って行った。
テンパリ過ぎだろ……。
だけど、置き場所が変わったお陰で心臓を置いているベッドが真正面に見える。心臓自体は見えないけど、背中に向かって集中していたさっきまでとは格段に状況は良くなった。
最後の、最後の足掻きをしてみようじゃないか。
具体的な宿る方法は分からないから、ベッドの下に向けて歩いて行く感じを想像する。鮮明とは言えないが、それでも脳内にある映像は確実にベッドに向かって歩き、しゃがみ込む感じを意識すると映像は真っ黒に。
ベッドの下は暗いって先入観がそうしたのか?それなら心臓を置いているってイメージの方が優先されそうなんだけどな……けど、手応えはある。もう1度だ。
しかし、何度やってもベッドの下は真っ黒。
やり方を少しでも変えた方が良かったのだろうか?だけど、もう終わり。スグそこまで2人分の足音が近付いて来ている。
カラカラカラ。
開いた保健室の扉。
入ってきたのは保健医と、思ったよりも物凄く若い男性が1人。
「こちらですね……」
ニコリと笑顔の男性は、保健医の言葉も聞かずに近付いてくると、ゆっくりと不用品シールを剥がしてきた。
「どう、でしょうか……」
保健医は、俺を悪霊だとでも思っているのだろうか?破棄される事で暴れるとか、不幸を起こすとか?そんな力なんかないし。出来る事っていったらせいぜい胃で狼男を殴る程度だし。
今朝は、頭の中に直接話しかける校内放送を使えたけど、戦闘向きでは決してないし。
そもそも未練を残す作業すら大変だったくらいの平和ボケっぷりだよ!
「えっと、廃品回収に出されるんですよね?」
うわーハッキリ廃品回収って言ったー。
って、そうか、人形的な物のお払いって焼くんだっけ?あれ?でもプラスチック製を焼いたら駄目なんじゃないっけ?
廃プラスチックゴミと同類の処理って事に……。
「はい……2時に回収車が来るので……」
一緒に出されるだろうゴミの中に、九十九はいるだろうか?いないと良いが、1人じゃ少しばかり心細いな。
「今から払いを行いますので、少し離れてくださいね」
そう言った男性は、懐から数珠を取り出すと手に嵌め、物凄く良い音を立てながら両手を合わせて……無言。
えっと?これ普通は呪文とか?そういうのがあるんじゃないの?
しばらくして動きがあったが、ものすっごい小声でブツブツ言ってるだけで……俺自身特に払われている感じはない。
もしかして、この男性……インチキお払い屋?
ブツブツ言い終わった後目を開けた男性は、フッと勢い良く息を吐いた。その瞬間、男性の立っている方角から風が吹き始めた。
保健室内にあるプリント類やカーテンは少しも揺れていないから、風を感じているのは、多分俺だけ。
始めは風を感じる程度だったのに次の瞬間には強風になり、立っていられない程の暴風になって、終に俺は風に負けて後ろに倒れてしまった。
人体模型らしく、受身も取らずに真後ろに倒れて行く俺の視界には、人体模型の後頭部が見えて、背中が見えて?
え?
倒れ込んだ俺の真ん前には、人体模型が立っている。
「あ、あの……どうなのでしょう?なにかしたんですか?」
保健医はインチキお払い屋を見るような視線を青年に向け、青年はしっかりと俺を人体模型から追い払った?追い出したにも関わらず、
「集中作業が終わりましたので、今から行いますね」
と笑顔を向け、空っぽになった人体模型に向かって呪文を唱えたり、塩を振りかけたり、白いタオルで丁寧に、パーツの1つ1つまで綺麗にふきあげたり、それっぽい事を一通り行った。
実際に払ったのは最初の無言中だってのに……それっぽい行動って大事なんだな。
「ありがとうございました」
お払い作業が終わると、保健医は満足そうな笑顔で例を述べ、不用品シールを人体模型の額に貼り付けてゴミ置き場へと持っていった。その後ろを着いていくお払い屋と、俺。
「払わないのか?」
物凄く疑問になって話しかけてみれば、チラリとも俺の方を見ないお払い屋は、かなり小さな声で、
「払って欲しいの?」
と。
「幽霊とか全部払うのが仕事なんじゃないの?」
まさに、今目の前にいる俺みたいな存在を。
「悪い影響を与える危険な存在なら、有無を言わさず払うけど、そうじゃないのは個人の意見に任せてるんだ。だから、払われたくなったらいつでも言って」
喋る時は俺の方を見ないように気を付けていたくせに、帰る時になって思いっきり俺に手を振った、どこか緩いお払い屋は、学校にいるオバケ達にはなにもしないでそのまま行ってしまった。
なんだか、変な人間だったな……幽霊とか見える人間って、あんな感じで緩いのだろうか?
にしても、凄い力を持っていようとも見えない人間からしてみればインチキにすら見えてしまうんだな……。
じゃない。
こんな急に幽霊にされても、心の準備とか色々出来てないんだけど!?あ、そうだ。この状態なら心臓に宿れるんじゃないか?
急いで保健室に戻って、ベッドの下に隠していた心臓を取り出してみれば、プラスチック製だというのに、物凄く暖かく感じて、地味にドクドクと音まで聞こえ来る。
これって、宿れたって事で良いのかな?なら今の俺は九十九になるのか?それとも幽霊のまま?でも、九十九になったんなら心臓の中に入ってないと可笑しいよな。なら心臓を持った幽霊?
「花子さん……聞こえる?」
「えぇ、聞こえているわ」
小声で呼びかけても速攻出て来てくれるって、優しいな。
「今の俺って、どんな状態?」
実体がないから幽霊組で間違いないとは思うんだけど……純粋な幽霊なのだろうか?それとも、弾き出されただけで人体模型である事に変わりがないのか……人体模型の幽霊?
「特殊な状態なのは、間違いないわ。嫌な気配はないから問題はないけれど……そうね、人工的に作られた精霊って所かしら?」
精霊が人工的!?
「ど、どういう事?人体模型っていう人工物から出た幽霊だからって事?」
幽霊じゃなくて、精霊だっけ。って、俺が精霊?
「精霊の定義、もう1度聞きたい?重要な所だけ言うわね。肉体から開放された幽霊。本来は恨みや未練からの開放をそう呼ぶのだけれど、貴方の場合は術者によって文字通り人体模型本体から解放させられた幽霊。定義で言うなら精霊で間違いないわね」
物凄く分かりやすい説明をありがとう……だけど、まだ分からない事がある。
「俺はなんの精霊?なにかに宿る前でも精霊は精霊って呼ぶのか?」
花子さんは無言で人差し指を俺の手の方に向けた。そこにはプラスチックとは思えないほど暖かで、小さく鼓動をうっている心臓がある。
まさか?
「貴方は、人体模型の心臓の精霊よ」
長い!そしてなんか格好悪いし、規模が小さい!
だけど、人体模型の心臓の九十九にならなかっただけ良かったよ。精霊なら昼間でも起きていられるし、窓も扉も開けなくたって通り抜け自由だし、なんと言っても人間がそばにいても喋れる!
長話しし放題だ。
その記念として1つ……気になっていた事を聞いてみよう。
「人体模型とか、金次郎とか、肖像画とかってさ、1つ1つ形ある物に、それぞれ神か精霊が宿ってるんだよな?」
だから他校の金次郎はこの学校の金次郎とは別人で、それは人体模型も肖像画にも言える事で……全くの別物なんだよな?
「えぇ、そうよ」
うん。
だからちょっと気になったんだ。
「実体のない花子さんが、他の学校にも存在している理由ってなんなんだ?花子って名前なだけで別人なのか?」
だけど、何処の学校に行っても背格好は同じだし、花子さんを呼ぶ儀式?は同じだし、その時の花子さんのリアクション?も同じだし。
同一人物なのかな?でも、それなら全国津々浦々存在しているのが可笑しい。別人なら似過ぎているし……その統率を取る為の花子さん会議?
あぁ、そもそも同一人物なら会議なんか必要ないか。
「そうね……私がどうして幽霊になったのか、それは知っているかしら?」
あぁ、なんとなくなら……聞いた事がある。
一家心中を図った母親に太郎と次郎が自宅にて手にかけられていたその時、学校から帰ってきた花子さんが母親の犯行現場を目撃して、学校のトイレに逃げるんだ。でも、結局は、花子さん一家は心中してしまった。
だけど、全国に花子さんや太郎、次郎も存在している理由と、それと、なんの関係があるんだ?
「学校で幽霊になった私は、家で幽霊になった筈の太郎と次郎を迎えに行く事にしたわ」
そうか、太郎と次郎は自宅で……。
「うん」
相槌をうって良いような話かどうか迷ったが、軽く頷いて話の続きを待つ。
「家には太郎と次郎がいて、そして母さんもいた。幽霊になっても尚2人を手にかけようとして……2人は泣き叫びながら助けを私に求めたわ」
その時の光景を思い出しているのか、花子さんは膝を抱えて座り込み、目を閉じた。
流石に相槌すらうてなくなって、同じように座り込む。
しばらくして目を開けた花子さんは、またポツリポツリと話し始めた。
「母さんは悪霊と化していて、私の力じゃとても2人を助けられなかった。何度も何度もトイレに追い詰められては敗北した。だから思ったのよ、母さんよりも強くならなきゃ駄目なんだって」
今の花子さんは幽霊組ではあるが、同時に妖怪でもある。妖怪は悪霊よりも強い存在になるのか?だけど、どんな方法を使えば妖怪になれるんだ?
満月の夜になんらかの儀式を行うとか?あっ、それで花子さん会議は満月の夜に行われるようになったの……
「色んな学校に行っては生徒達を驚かせてやったわ」
まさかの地道な努力!
「同じ手法、同じセリフ……そのうち、行ってもいない学校でも私の噂が出るようになったの。人間の噂の力と想像力が全国に私を作り出したのよ」
なるほど……人の信仰心?みたいなものを利用したのか。
でも、それで本当に妖怪になれるなんて凄いな……相当強烈なインパクトと恐怖心を植え付けなければならないんだから。
じゃあ、例えばどこかの子供がふいに、花子さんの目からはビームが出る!とかいって広めて、それが全国に広がって常識として認知されたら、本当に目からビームか出るようになったりするのかな?
流石に、それは……怖過ぎるけど……。
「フフッ。それでね、妖怪になれた後すぐに、母さんから太郎と次郎を助けようって家に向かったら、太郎と次郎まで妖怪になっていて、おねーちゃん遅いよ。とか言うのよ。もう笑っちゃったわ」
花子さんが妖怪になる事で、弟達も妖怪になったと噂が広がったんだな。
「最後は笑い話に出来ていて良かったよ。お疲れ様」
途中までは本当にどうしようかと思ったよ……聞いちゃ駄目な事聞いたのかな?って。
「フフ、ありがとう。人体模型の心臓の精霊」
いえいえ、どういたしましてー……。
え?
ちょっと待って。
もしかして、それが俺の正式名称になるの!?
ちょっと待って。
確かに、人体模型の心臓の精霊かもしれないけど、長いし、格好悪いし、そのまま過ぎるし!
なんかもっと……なんかあるだろ?
あぁ……でも、イチョウの木の精霊に対して、キノセイ。って命名したの花子さんだったわ……格好良い名前は諦めよう。
金次郎に命名されないだけまだ幸運だと思う事にしよう。
あ、キノセイで思い出した。
「そうだ、精霊って眠った方が良いの?」
現時点で眠くないし、キノセイはいつも起きているし。
幽霊組って24時間365日活動しっぱなしでも大丈夫なのだろうか?それとも、眠くはならないだけで、何処かで無理矢理にでも眠った方が良いのだろうか?
「休んだ方がエネルギーを蓄えられるけど……好きにして良いわよ。眠りたい時は宿っている物に入り込むと眠れるけれど、九十九の時のようにグッスリ眠れる訳ではないわ」
眠っていても薄ボンヤリと意識は残っている感じになるのかな?
慣れるまでは疲れは取れなさそうだけど……眠れなくても別に良くなったんだから、寝不足に苦しむって事はないのだろうか?
まぁ、慣れるまでに本当に苦しむのは、自由時間の多さに、なにをして良いのか分からなくなる暇さ加減、かな?
当分の間は戦闘時に役に立てるような、なにかを身に付けるための修行を……俺にはなにが出来るのだろう?
あ、違う。人体模型の心臓の精霊なんだから、この心臓が人間に見付かって不用品シールを貼られたらおしまいになる。だから、見付からない場所に隠す所から始めなければならない。
このまま保健室に置いていても、なんか呆気なく見付かりそうだし、児童の教室は毎日朝と放課後に掃除の時間があるから隠す場所すらないし、体育館も隠す場所があるようでなさそうな上にバスケ小僧もいるから安心は出来そうにもないし、プール付近は絶対に嫌だし、イチョウの木の上は風が吹いたらおしまいだろうし……。
地面に埋める?腐食が物凄い勢いで進みそうだ。
持ち歩くのが1番安全かな?って、持っていたら人間には人体模型の心臓が浮いて見えるのだろうか?
「花子さん。心臓を持ったまま外に出て、人間に目撃された時、この心臓って宙に浮いたように見えるのか?」
そうなったらまたお払い屋を呼ばれてしまうだろう。
今回は見逃してくれた?けど、次に見逃してもらえるとは限らないし、次に呼ばれるお払い屋が今日の青年とも限らないし。
「持っている間はなんの問題もないわ。だけど手を離したら人間の目に映るからむやみやたらに置かない方が良いわ。今も心臓を持っているでしょ?だからベッドの下を覗き込まれても、人間にはなにも落ちていないように見えるわ」
そうなのか、便利だな……眠っている間は心臓に入り込むから、そこも大丈夫そうだし、九十九だった頃よりも平和なのかも知れない。
そして自由。
なんといっても自由。
金次郎の頭の上で座禅でも組んで、キノセイを笑い転がしてやろうかな?
それとも……思いっきり太陽の光を浴びながらグラウンドを走り回ろうかな?
1度思いっきり動いてみたかったんだ。
そうだ、幽霊……じゃなかった。精霊になれたんだから、空も飛べるんだ!学校の敷地から出なければ外出許可も要らないんだろうし、ちょっと飛びに行ってみようかな?
いやいや、風に流されていつの間にかって事もありえるしハメを外し過ぎるのは止めておこう。
だったら、昼間の校舎内を見学してみようかな?屋上に行ってみるのも良いかも知れない。
だけど、プール方面と体育館方面には当分近付きたくないから……本館の中か金次郎とイチョウの広場周辺をウロウロするしかないかな?
それにしても、人体模型の心臓の精霊……か。
人体模型の九十九ではなくなった俺を、皆は受け入れてくれるだろうか?特に、金次郎。今まで九十九仲間として友達だったから心配だ。
もしも、九十九じゃない奴に用はないーとか……言いそうにないな。有り得るとするなら完全無視かな?
んー……。
なんか怖くなってきたから、今日も理科室には行かないでいようかな……でも、最終下校時間までにはまだまだ時間があるから、それまでに心の準備が整ったら行こう、かな?
「こっちですーここに置いてください」
廊下から何人かの足音が聞こえて、保健室の扉が開いて、なにかが保健室内に運び込まれた。
気になってベッドの下から顔だけ出してみれば、グルグルに梱包されている、多分、等身大の人体模型を嬉しそうに保健医が開封している所だった。
俺を破棄する時、アレだけ必死に捨てる事に反対していたというのに、やっぱり新品は嬉しいようだ。
まぁ、それも納得が出来る。
新品の人体模型はピッカピカだし、ツルツルだし、ただのプラスチック製ではなくて、内臓が結構リアルに作られている。しかも、筋肉パーツまであって、内臓が剥き出しじゃない。
そう思って自分が持つ心臓を見てみれば、暖かいし微妙に鼓動もあって、かなり本物っぽいから……勝った?いや、向こうはなにも宿っていない状態であの完成度だ。
やっぱり、新しいものってのはその分ふんだんに新技術が持ち込まれているんだな……あの人体模型が九十九になったら、俺なんか今日みたいな感じで追い払われそうだ。
人体模型と名の付く者は同じ学校内に2体もいらないーとか言ってさ。
そうなったら、今日の青年にお払いを頼もうかな?その時に青年が生きていればの話にはなるけど。
無理かな?
あの青年が今20歳として、あの人体模型が九十九になるのが……どれ位だろ?この学校には結構な数のオバケが存在しているから、他の場所よりは速めになりそうだな。
九十九とは言うが、本当に99年使った道具に神や精霊が宿るわけではなくて、極端な話、10年しか使っていない道具でも神や精霊が宿る事もあるし、100年使った道具になにも宿っていない事もある。
まぁ、あの人体模型が80年以内に九十九になったら、青年は100歳だから生きているかな?待てよ、男性の寿命はもう少し少なかったっけ?
だったら、60年以内として、青年80歳って所でどうだ。
って、なにが起こるのか分からないのに、こんな馬鹿馬鹿しい事を結構本気で考えてどうするんだよ。
「もう新しい人体模型がきたのね」
隣にいた花子さんがベッドの下から出て、新しい人体模型の周囲を歩き始めたから、俺も同じようにベッドの下から出て、新しい人体模型の前に立つ。
「注文してるとは知ってたけど、まさか今日届くとは思ってなかった」
と、マジマジと人体模型を観察すると、なんだか妙に懐かしい感覚と言うか……物悲しい気持ちになってしまった。
精霊になって、眠らなくても良い存在になって、空も飛べて。イザって時に戦える存在になれて、昼間の校舎内を散歩出来るようになれて、やりたい事とか、やってみたい事が目白押しで、さっきまで胸が高鳴っていたと言うのに……。
俺は、心の奥底で人体模型でありたいと思っている。
また、色々と制限のある生活に戻ろうというのか?
折角手に入れた自由時間を放棄したいというのか?
「今日は1日精霊として過ごしてみて。最終下校時間の1時間前になったら保健室に戻ってきて頂戴。そこで話したい事があるの。それじゃあ、楽しんで」
そう言い残して消えた花子さん。
今日1日を精霊として過ごせ、か。そうだな、俺も色々考えたいから、今まで出来なかった事をやってみよう。
そうと決まれば、まずは屋上に行ってみよう。
窓を開けずに通り抜けて外に出て、そのまま飛び上がって本館の屋上を目指し、アッという間に屋上に降り立てた。
屋上への扉には常に鍵がかけられていて、実は1度も屋上に立った事がなかったんだ。だからいつかは行ってみたいなーなんて思っていたわけだけど、こんな簡単に来る事が出来てしまった。それと、窓も開けずに通り抜けたし……空も飛んだ。
こんな短時間で、やりたかった事の半分はすでに終わってしまったよ。なら後は校舎内の見学とグラウンドを思いっきり走る事。最後に金次郎の頭の上で逆立ちでもして、キノセイを笑い転がそう。
「…………」
授業中の児童達を見て回り、職員室や校長室の中も見学して、グラウンドに出て何週か走ってみた。
思いっきりではないけど、まぁ……満足かな。
なら最後は金次郎にちょっかいをかけつつキノセイを笑い転がす事だ。
そう思って意気揚々と金次郎の前に立ったというのに、俺は特になにも出来ないでしばらくの間金次郎を見上げていた。
精霊になってから見る金次郎の姿は、結構怖いのだ。表情とかポーズとか、石像だからとかそう言うのではなくて……なんだろう、存在が?
ドーンと叩かれたら俺みたいな弱い精霊はプチッと潰れて消えるんじゃないか?ってくらいの力の差も感じる。
これは……なんだ?
「あれ?もしかして、人体模型さん?」
立ち尽くしている俺に、キノセイが話しかけてくれた。
「色々あって……そう、人体模型」
答えながら振り返ってみれば、キノセイは思ったよりも遠くにいて、それでもニッコリと笑顔を向けてくれている。
もしかして、キノセイも?
「金次郎って怖い……よな?」
それを確認するように尋ねてみれば、困った風に笑いながらコクンと頷き、視線を俺から外して上の方に向けた後、パッと逸らして軽く俯いてしまった。
分かる。
金次郎はまだ眠っている時間だと分かっていても、目が合ってしまったら怖いから、反射的に逸らしてしまうよな。
「でも、起きている時は大丈夫なんですよ?怖いのは怖いですけど、それ以上に楽しい方なので」
そうなのかぁ……。
24時間起きている精霊に対して、九十九は最終下校時間を過ぎて、校内から人間の気配が完全に消えた時間から、翌朝の人間が起きる時間までの時間しか活動できない。長くても10時間もない九十九の活動時間……残った半日以上の時間は、こんなにも怖い姿。
1日の半分以上の時間を、こんな恐ろしい金次郎を見なきゃならないなんて、なんか嫌だな……。
「人体模型さんはそんなに怖くなかったんですけどね……」
え?
そんなに怖くなかったって事は、少しは怖かったのか?
「どうして怖いと感じるんだろう?」
頭の上に乗ってスキップでもしてキノセイを笑い転がそう。とか思えるほど慣れ親しんでいる金次郎だぞ?怖い要素なんか全くない金次郎なんだぞ?それが分かっているのに、どうしても怖いから目を向けられない。
「あぁ、それは、実体がある者とない者の差なので仕方ないんですよ。俺はまだイチョウの木という大きな存在の精霊だからマシですけど……人体模型さんは小さいから……」
小さいって、言ってくれるじゃないか。
実体があるか、ないか。それがこんなところに影響をもたらしているなんて、全く気が付かなかった。
九十九だった時、幽霊組や精霊の方が自由で良いとか、実体がない分戦いやすいとか色々言っていたけど……まさかこんな恐怖があったなんてな。
「……でも、プール娘なんかは怖がってる風には見えないけど?」
人の心臓を取った挙句、乗っ取れると思った。とか言っていたし、高圧的だったと思うんだけど。
「戦闘向きな者だと、どうしてもそうなりますよー。ホラ、花子さんや太郎君、次郎君は実体はないけど、誰に対しても怖がらないでしょ?」
あぁ、確かにそうだ。
じゃあ金次郎は、もしかしたら戦闘向きで、実は結構強かったりするのかな?
なんにせよ、戦う術を持たない今の俺では、直視する事すら出来ない石像、か……。なんだろうな、面白くない。
なんだろうなぁ、全然楽しくないわ。
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