第7話

 耳元が少し五月蝿い気がして目が覚めた。

 自然に目覚めたわけじゃないからなんとなく分かっていたけど、窓の外は明るい。

 保健室の中は保健医の他にも1人の教師がいて、俺を挟むような形で2人で話している。

 だから耳元が五月蝿かったんだ。と納得は出来たが、同時に少しガッカリした。

 保健室に大人が2人いるってのに、ベッドの下に隠した心臓を見つけてくれていなかったから。

 目線も動かしては駄目な状況だから今もまだベッドの下にあるのかは確認出来ないんだけど、胸の中に納まっていないんだから見つけていないんだろう。

 もう少し分かりやすい場所に置けば良かったかな?

 いや、保健医はかなり真剣に心臓を探してくれていたんだから、分かりやす過ぎる場所では違和感があるか。

 じゃあ、今日はもう少し見えるように置いてみようかな?それとも、最終下校時間前後に出入りする人間が多かったら、犯人が戻しに来たよ。と装って胸に納めるとか、ベッドの下ではなく上に放置するとかしてみよう。

 今日も人間の出入りがなかったら……やっぱりベッドの下だな。

 で……今回はどうしてこんなに早く目が覚めたんだ?

 報告会議は終わったばかりだし、心臓は一応戻ってきているし、プール娘が悪霊化しそうな気配もないし……花子さんが皆を起こしたとしたら、頭の中に直接話してくる校内放送があるはずだし。

 俺個人になにかが起こる?

 耳元が騒がしいだけで目が覚めるなんて事はないだろうから……話されている内容?

 意識して聞いてはいなかったが、保健医ともう1人の教師は、備品の補充とか、今度の身体測定の時の保険の授業内容の確認とか、そんな普通の事しか言ってないと思う。

 「これですが……やはり在庫はないようです」

 そう言いながら教師は資料?を保健医に示し、保健医は資料を食い入るように眺めて溜息1つ。

 「中古品でもなんでも良いので、ありませんか?」

 保健室の備品が中古で良いのか?衛生的に問題がありそうなんだけど……物にもよるか。椅子とか机なら中古でも問題ないだろうし……いや、椅子とか机なら中古じゃなくて新品を買えば良いじゃないか。

 もしかして、美品のアンティークを捜している……とか?

 それは流石にないか。

 「もう諦めてください。見付かった所で……もう、決定された事ですよ」

 教師は小声で、それでもハッキリと諦めるようにと保健医に言い、それ以降沈黙が続いた。

 俺を挟んで沈黙しないで欲しい所ではあるが、この一連のやり取りが俺にとって重要な事なら、聞いておかなければならない。

 保健医が求めているものは、在庫がないくらいには古い物で、いくら捜して見つけようとも、なにかはもう決まっているらしい。

 なんだろう?

 高価な備品を購入したい保健医だが学校側が安いのを既に注文しているとか、高価な備品を購入したい保健医だが学校側が購入自体を認めないと決めたとか?

 とにかく、今更色々慌てたって無駄なんだって事なのだろう。

 決定した事は覆らないのだろう。

 で……それはなんだろう?

 椅子か机か、白衣?スリッパって事も有り得るかも。後はー……カーテンとか、ベッドシーツ、枕……マットレスって事もあるかも。他には、保険の授業で使用するテレビを液晶にしたいとか、ビデオデッキをブルーレイプレーヤーにしたいとか……考えたら結構あるもんだな。

 あ、違った。保健医が欲しい物は在庫もないほどの古い品だ。

 一体、なんだろう?俺にもなにかしら関係がある物だから、今こうして目覚めてるんだよな……人骨模型の購入検討、だったりして?

 もしそうなら、九十九(つくも)になる日が楽しみだなー……俺が先に保健室にいる訳だし、先に九十九になってるわけだから、兄って事になるのだろうか?

 お兄ちゃん、兄貴、兄さん……なんて呼んでもらおうかなー……じゃない。購入を諦めろって話だった。

 「せめて次の回収日まで……」

 回収日?

 「今回の事がなくても決まっていた事です。諦めてください」

 今回の事?

 え?保健医になにかあったのか?

 「……別に2つあっても良いじゃないですか!?新しいのが来る事は決定事項だから良いですよ。だからって、今あるものを捨てるか捨てないかは任せてくれても良いじゃないですか!」

 今あるものを捨てたくはないのか。って事は、かさばるような物ではなさそうだな。とするとベッドとかマットレスではないな。枕やシーツは洗濯すれば綺麗になるから残して置きたいって思うのも頷けるから、その辺か?白衣やスリッパはどうだろう?椅子と机はかさばるから違うかな。

 もっと他の物って事も考えられるな……血圧計なんて古いのは水銀だし、水銀は危険物だからとかなんとか言って廃棄する動きがあるし、1番可能性があるかも知れない。

 水銀で血圧測っている時ってなんとなく格好良いから、保健医がこだわろうとする理由にも納得がいく。

 でも、もし本当に水銀の血圧計だったとしたら、廃棄した方が良いと思うぞ?

 なんて、話せないし動けない俺では保健医を説得させる事なんか出来ないんだけど。

 「回収は明日の2時です。もう業者も呼んでいるんですから、ちゃんと出してください」

 保健医が最後の最後までこだわった物がなにかは分からないが、ここまで話しが進んでいるのなら、廃棄するしかないだろう。

 仕方ないと諦めて……

 ペタリ。

 ん?

 教師は、俺の額にシールのようなものを貼り付けたから、俺の視界は極端に制限されてしまった。

 そんな視界でも読めるのは、反転した文字。 

 漢字3文字が書かれたシールを、どうして俺に?

 まさか、今までの会話は……全て俺の事を言って?

 在庫がないほど古いもので、明日の2時に回収されて、破棄する事が決定されていて。

 ここまで話しが進んでいるのなら、廃棄するしかないって……客観視していた俺自身がついさっきそう思った事。

 額に貼られたシールには不用品の文字。

 保健医が中古でも良いからと最後まで探していたのは、心臓?

 今回の事ってなんだ?心臓がなくなった事?それがなくても決まっていたのは廃棄?新しいのが来るって事は、新品の人体模型を学校側は既に注文しているって事?

 え?

 俺廃棄されんの?

 壊される?砕かれる?溶かされる?

 俺は、どうなる?

 消滅する……のか?

 どうしたら良い?どうしたら……消えない?

 そうだ、花子さんならなにか良いアイデアをくれるかもしれない!

 「…………」

 明日の2時までだからそんなに時間はないけど、それでも最終下校時間が過ぎて、校内に人間がいなくなるまでは動いたら駄目で、声を出すのも駄目なんだ。

 周囲に人間がいなくても駄目だって、誰でもない花子さんが決めた事。

 花子さんに知恵を借りようとしているのに、それを破ったら……なにも教えてはくれないだろう。

 待つしかない。

 保健医と、もう1人の教師は、俺を挟んでまた平行線を辿る言い合いをしているが、決定されている事に異議を唱えた所で……往生際が悪いだけだ。

 なら、こんな状況に陥っても、まだ消えたくないと思っている俺も、往生際が悪いのだろうか?

 別に消えても良いんだ……いくら九十九だっていっても、一生消えないって事もないのだろうし、それこそプラスチックの耐久性がなくなってきたら自然と壊れて消えるのだろうし。それが、まだこうして形が綺麗に残っているうちにそういう時期が来たってだけ。むしろ、もっと凄まじいレベルでボロボロになっていく過程を皆に見られずに済んで良かったと……そう考える事だって出来る。

 「なら……せめてお払いだけでも……」

 両手を合わせている保健医に、教師も呆れ顔だ。

 それにしても、お払い?もしかして保健医には俺の存在を感じ取る事が出来ていたとでも言うのか?

 だから頑なに廃棄される事に異議を唱えて?

 いやいや、まさかな。

 「廃棄に納得してくれるんなら、お払いでもなんでもしてください」

 教師はそう言って保健室から出て行き、保健医は本気でお払いを頼むべく受話器を手にした。

 「はい、もしもしー」

 電話の向こう側からは、お払いをする威厳溢れる声とは程遠い、なんとなく間の抜けたような……なんか食べてる?ような声が聞こえてくる。

 「あ、あの……供養を頼みたいのですが……」

 ここまで勢いのあった保健医も、流石に失速したようだ。

 「ご依頼ですね?少し待ってください」

 と、電話口の人物は黙り込み、1分か2分後に、失礼しました。と、普通に依頼内容を聞き出している。

 多分、口にあった食べ物を急いで飲み込んだだけだよな?で、そんな場合普通は保留音を流すんじゃないのか?

 大丈夫なのか?この人……って、大丈夫だからお払いの仕事が出来てるんだろうけど。

 「明日の2時に回収に来られてしまうので、それまでに……」

 「午前、午後、どちらでしょうか?」

 一般的な人間の活動時間を考えれば午後に決まって……はないのか。色んな人間がいるし、細かく聞かないと後々トラブルにも……何故俺が電話向こうのお払い屋に対して色々考えなきゃならないんだ!

 お払いって事は、俺は払われる対象だぞ?払われるって事は……消滅させられるんだぞ?そんな相手にどうして……。

 「お昼です」

 午後って答えような?

 「では、明日の午前中……8時から11時までの間にはお伺いします。お伺いする前に1度ご連絡させていただきますが、その際にはこの電話番号でよろしいでしょうか?」

 「はい。よろしくお願いします」

 カチャンと受話器を置いた保健医は俺の方を眺め、保健室内を歩き……そしてゆっくりと出て行った。

 足音が遠ざかり、保健室の周辺に人間の気配を感じなくなった所で、俺は小声で花子さんを呼んだ。

 普通なら絶対にしては駄目な行動ではあるけど、俺に残された時間は少ない。その上、額にこんな目立つシールを貼られてしまったんだから理科室にも行けない。

 違和感なく花子さんを呼び出せるのが、九十九組が眠っている今しかないんだ。

 「……随分と早起きね」

 スゥーと現れた花子さんは、真っ先に目に入っただろう不用品シールから大袈裟に話題をそらしてみせた。

 だけど、今更そんな配慮は必要ないし、ここを見ない振りされてしまうと話しが進まない。

 「明日の14時、ゴミとして処分される事が決まったんだ」

 消えるのか、消えないのか……消えずに済む方法はあるのか、ないのか。

 「そうみたいね……」

 なにからどう聞いて、なにをどう伝えたら良いんだろう?とりあえず1番重要そうな事は……そうだ。

 「明日の8時から11時までの間にお払い屋が来るから、幽霊組は気をつけて」

 九十九組は眠っている時間だから、お払い屋が来ても多分大丈夫だと思う。大丈夫じゃなくても、動けないから気をつけようもないし。

 「えぇ、分かったわ」

 うん、花子さんに任せれば安心だな。なら次は……個人的な事。

 「払われたら、どうなるんだ?廃棄されたら、どうなる?」

 九十九とか、霊とか、精霊とかに詳しい花子さんなら、なにか知ってるんじゃないかって思っただけで、例えなにも知らなかったとしても、別にガッカリしたり自棄を起こしたりはしない。だから一思いにハッキリと言ってほしい。

 「九十九ではなくなるでしょうね。払われる場合は、払う人間によって変わるからなんとも言えないわ。破棄された場合、道具としての役目を終えた道具から宿っていた神や精霊が抜け出る事になる」

 払われる場合は人によりけりか……あの電話のお払い屋がどんな人間なのか知らないんだから、予想のつけようもない。

 破棄された場合……人体模型の形ではなくなった時?俺に宿っている神か精霊が抜け出るのか。神か精霊が抜け出た人体模型はただのプラスチックの塊になるんだな。

 「……俺は?この……今の人格っていうのか……神とか精霊じゃなくて、俺は?どうなるんだ?」

 消滅する?と言うよりも前に、俺ってなんなんだ?プラスチックの塊が自我を持つなんて事が有り得るのだろうか?それなら、宿った神か精霊の意思が俺という人格を生み出していたと考える方が自然だ。

 それに、プール娘は俺の心臓に宿って俺を乗っ取って新たな人体模型になろうとしていた。それはつまり宿った者の意思が物に宿って九十九になるって認識だったからだろう。

 「貴方は貴方。宿った神や精霊は動力にはなるけれど人格形成まではしないわ。もし神や精霊がそこまで干渉できるのなら、人間を襲う妖怪なんてもっと少ないでしょうね。話は逸れたわね。払われた場合は先にも言った通り、払う人間によるけれど、道具としての役目を終えた場合、成仏って事になるわ」

 話しをする前、ハッキリと一思いに言って欲しいと望んではいたが、こうも淡々と事実のみを告げられるのは、ちょっときついかも知れない……まぁ、言葉を選んで遠回しにってやってる時間もないんだけどさ。

 だったら俺も、1番聞きたい事だけを聞こう。

 「消滅しないで済む方法を教えて欲しい」

 本当なら消滅しないで済む方法ってないのかなー?とかきいて、あるよーとかなんとか言われた後、悪いんだけど教えて欲しいなーと、結構な会話量にはなるんだろうけど、そんな時間もないし!なにか修業的な事をしなきゃならないんなら、会話するよりもそっちを優先したいし!

 「期待はしないで欲しいのだけれど、貴方自身が霊になれば良いと思うの。生のある者から発生した意識ではないけれど、貴方は九十九として長年生きてきたわ。もしかしたら幽霊になれるだけのエネルギーが集まっているかもしれない……可能性の話よ」

 花子さんは難しい表情をしているが、可能性でもなんでも、なにもないよりかは希望があるじゃないか。

 明日、お払い屋が来るまで絶望しながら待つ事しか出来ないよりかは余程良い。

 出来なくたって、やってみるさ。

 結果消滅したとしても、自分で納得が行く所まではやってみたい。

 「それで、具体的にはどうすれば?」

 尋ねてみるが、無言のまま。

 相当難しいのか、禁忌的な感じだとか?時間的にほぼ不可能だとか……?けど、そんなものでも可能性を示してくれたんだから、その方法も教えて欲しい。

 出来なくても恨むような事はしない。

 だから、早く!

 焦る俺とは対照的に、花子さんは俺の顔を真剣な眼差しで真っ直ぐに見たままで無言を貫き通している。

 この感じ……もしかしてすでに修行は始まっているのか?

 無言の行?だとしたら座禅を組んだほうが……って、まだ昼間なんだから動いちゃ駄目だった。

 自分の生に固執している俺が、精神修行をしてなんの意味があるんだろう?最終的には消滅する事を受け入れるって思考回路になるんじゃないか?

 まさかそれを狙って?

 いや、作り物の俺が幽霊になろうとしているなんて花子さんにとっても初めてなのかも知れない。

 期待はするな、可能性の話だ。どちらも諦めの入った言葉だし、具体的な方法を知っている訳ではないのか?

 作り物の、俺。人体模型の九十九として存在しているというのだから、今の俺は人間でいうと生きている状態だ。

 人間が幽霊になるには、思い残した事、未練を残したまま死を迎える事。なら、人体模型として死を迎える瞬間に未練を頭に思い浮かべるとか……これだけはやっておきたい事とかを頭の中に思い浮かべて、考えまくれば良いのだろうか?

 幽霊ではなく精霊を目指すのなら死を迎えた瞬間には未練がなくなってる状態且、新しい未練を残す感じ……だっけ?

 キノセイの場合をお手本にしてみると……えっと、確か猫を助けたいとの未練だったんだ。だけど猫は元気に逃げて行き、その直後、空を見上げたい。だっけ。

 なんか、精霊はハードルが高そうだな……あ、そうだ。精霊になりたいってのはどうだろう?

 この世に残した未練。ではないか。

 じゃあなにがある?結構毎日面白おかしく過ごしていたから、この暮らしを続けたい。くらいしか思う所がないぞ?

 生きていたい!なんて、それこそ皆心に抱いてる事なんだろうから、それは未練としてカウントされないっぽい。

 新品のようにピカピカになりたい……。

 これは未練と言うよりもただの願いだ。

 なんだろう、なにがある?

 結構、充実した九十九生活だったな……良い仲間にも恵まれていたし、この学校も悪霊がバンバン攻めてくるような激戦区じゃなかったし。まぁ、1回狼男がやってきたけど。それでも追い払う事が出来たし……オバケだけじゃなくて保健医も良い人間だ。

 俺の心臓がなくなったって必死になって探してくれてさ、破棄が決まったらお払い屋まで呼んでくれるんだから。

 破棄される事と、心臓がなくなっている事には直接的な関係はなくて、心臓がなくならなくても俺を破棄する事は決まっていたらしい。

 だけど、心臓がなくなったから。と言うのは、破棄を決定付ける大きな理由にはなったんじゃないか?

 保健医が次の回収までと延期を願っても、心臓を理由にして強く、延期はしない。と言えた筈だ。

 もし、もしも……俺の心臓が取られていなかったら?明日の14時に破棄。という急展開にはならなかったんじゃないか?

 子供を溺れさせるために九十九になりたい。

 他の道具じゃ古いかどうか分からないから、現時点で九十九として動いていた者を狙った。

 人体模型には乗っ取れると思った。

 「…………」

 プール娘にとっては重要な事だったのだろう。

 そりゃそうだ、自分が幽霊になった理由と、この世に残した未練が同時にやってきたようなもんだし。

 だけど、俺からしてみれば……それがどうして俺の心臓を取る理由になった?って思うし、道具の古さが分からないからって理由ですでに九十九として生きている者を狙う行為そのものに問題があると思うし、人体模型には乗っ取れると思った。ってなに!?

 酷く失礼じゃないか?

 凄く感じ悪いんじゃないか?

 挙句、俺はそんな理由で取られた心臓が引き金になって破棄される事になる。

 それに……そうだ、俺はまだバスケ小僧とプール娘から謝罪も受けてなかった。

 謝罪がないって事は、あの2人にとって今回の自分達の一連の行動に、悪い事をした。との認識がないって事なのだろう。むしろ、人助けに繋がる良い行為だった。と思っている可能性まである。

 だとしたら……同じような事が起きた時、また同じように九十九を乗っ取ろうとするんじゃないか?

 眠っている九十九から容赦なくパーツを盗み出す。

 自分が正しいという顔をしながら。

 「……少し休憩しましょう。今の貴方からは嫌な気配がするわ。良い?恨みではなくて未練でなくてはならないの」

 そうはいうけど、この事以外は充実した日々だったから……ここをスッパリとなかった事にしてしまうと幽霊にはなれないと思うんだ。

 もっと皆と一緒にいたい……これだけじゃ未練としては弱い気がするし。

 だけど、嫌な気配をまとってしまったら悪霊になる。そうなると俺は一緒にいたいと願った皆に追い払われる事になってしまう。

 なら、バスケ小僧とプール娘に対するこの思いをなにか別の事に置き換えてみれば……。

 んー……今なにを考えても良い方向に考えがまとまりそうもない。下手に無理をして悪霊になってしまうくらいなら、花子さんの言うように少し休んだ方が良いのだろう。

 「うん。休憩する……少し眠らせて欲しいんだけど、良いかな?」

 「えぇ、そのつもりよ。いつもと同じ時刻に起きなさいな」

 花子さんの言葉の最後の方が上手く聞き取れなくなるほど急速に睡魔がやってきてくれて、俺は自分から出ている嫌な気配が起きる頃にはなくなっていますように。と願いながら眠りに落ちた。

 ピンポンパンポン♪

 「皆さん、下校の時間です。校内に残っている生徒は速やかに帰りましょう」

 最終下校時刻を告げる校内放送で目が覚めた。

 真っ先に確認したのは自分の気配。

 良かった……何事にもなっていない。

 よし、早速未練残し作業だ!

 悪霊にならないためには、恨んでは駄目なんだったな。

 恐ろしい事を企て実行したにもかかわらず、謝罪もせずに悪い事をしたとの反省もない。これを恨みなしで説明するには随分と無理があるが、しない事には未練にならない。

 まずはあの2人にどうして欲しいのか。そこから考えてみよう。

 口先だけでの謝罪って事も出来るし、ここは、生きている九十九に手出しはしない。と約束させる事になるのかな?後は反省文を原稿用紙に400枚ほど書いてもらいたい所だ!超大作反省文として廊下にズラリと展示して、長い長い幽霊生活における黒歴史として大事な青春の1ページに刻み込んで……。

 話しが盛大に逸れた。

 大事なのは、もうしないという確かな約束だ。その場に花子さんもいれば更に良い。

 なんか、今日中にでも出来そうな未練だな……なら、今日は理科室に行かずに保健室に待機しておこう。

 まぁ、額の不用品シールがあるんだから、どの道行く気はなかったのだが……問題は金次郎だ。

 昨日、理科室に来ない時は事前に知らせろと言われたばかりだから、額を見られないようにしながら理科室には行かないと伝えなければならない。もちろんバスケ小僧やプール娘に気付かれないように……。

 自分達が悪くないと考えているあの2人でも、俺の額に不用品シールが貼られていたら察するのだろうし、謝罪があるかも知れない。根は良い子だから、自発的に、こんな事はもうしない。とか言いかねない。

 そうなったら、まぁ……良い事だし嬉しいんだけど、俺の未練ってのが一切消えてなくなってしまうから、顔を合わせるわけにはいかない。

 こうして人間の気配が消えた校舎。

 早速飛び出す金次郎はこっちに向かっててを振ってくるから、俺は行かないとの事前連絡をしようとしたのだが、

 「先に行っとくでー」

 との捨て台詞。

 どうやって事前連絡しろと?

 まぁ……良いか。明日の今頃、俺がどうなっているのかなんて分からないんだから。

 だったらもう少し未練残し作業をしてみようかな?幽霊になりたいんなら未練は多ければ多いほど良い……のだろうか?

 質より量とも言うし、細かいのを何個も用意した方が確実かもな。大きいのは1つ準備出来てるわけだし。

 とは言っても、その細かいのが思い付かなかったからバスケ小僧とプール娘の事になったんだ。

 なにかなかったかなぁ?

 あ、違った。

 破棄の前にお払い屋がくるんだった!

 未練があろうとなかろうと消滅させられる可能性もあるんだ……なにをのんきに明日まで待とうとしてたんだ?お払い屋が来るまでに俺も、人体模型の中に宿っている神か精霊も避難しないと駄目なんじゃないの!?

 何処に?

 どうやって?

 そうだ、プール娘がしようとしていた事!心臓に一旦宿って避難すれば良いんじゃないか?

 保健医が必死になって探し回った俺の心臓だ、結局見付からなかった事を周りの教師達も知っている筈。だからお払い屋が来ても、回収される時も、人体模型に心臓が入っていない事を気に留める者はいないだろう。

 で、どうやって心臓に宿ればいいんだよ!

 やるしかないんだけど、方法が分からない事には……いや、とりあえず心臓をベッドの下から取り出そう。

 振り返ってベッドの下を見れば、僅かに見える心臓。あんなにも分かりやすく置いてるってのに、気付かれないもんなんだなぁ。

 両手で持ち上げた心臓を、物凄く真剣に凝視してみるが、特になにも起こらない。少し強めに抱きしめてみても、特になにも……肺が少しずれたくらいしか変化はない。

 だったら少し遠くに置いてみて、脳内でダイブする感じはどうだろう?と、再び心臓をベッドの下に置き、指定の場所に立ってダイブするイメージを繰り返すが……なんだコレ?と、急に我に返ってしまっては溜息しか出ない。

 早くも万策尽きた感じで途方に暮れていると、廊下から聞こえてくるドスドスという足音が近付いて来て、ノックとかなにもなく、遠慮もなしに窓が開いて、そこから金次郎が保健室内に入ってきた。

 だからいつものように遅かったなーとかなんとか言うんだろうなと思ったのだが、意外な事に無言。

 どうしたのだろうか?と首を傾げようとしてカサリと音がした。

 そうだ、そうだった。俺の額には不用品シールが貼られていたんだった。

 よし、なら先に言ってしまおう。

 「理科室に行こうにも、コレじゃあ皆をビックリさせちゃうしね」

 意図的に理科室に行かない事に変わりないけど、ちゃんとした理由があるんだよ。見て、コレ。不用品シール!

 どうだ、と半分自棄になりつつ額を指差していると、硬直が解けたらしい金次郎が、

 「笑ってる場合か!なんでや?急になんでこんな事になってんねん」

 と、一気に喧しくなった。

 急じゃないんだけどな……それに、対策だってあるにはあるんだ。物凄く……失敗しそうだけど。

 じゃあ、もしかしなくても今日のこの時間が金次郎と話せる最後って事になるんだ。

 だったら、もう怖い物なんかない。

 「俺ってかなりボロで、よくパーツも落としてたし……で、見て」

 額を差していた指を、ゆっくりと心臓のある場所に向けて下ろしていくと、その動きに合わせて金次郎の視線もおりてくる。

 「また落としたん?」

 正確にはベッドの下に置いただけなんだけど、少しだけ愚痴を聞いて欲しい。

 「……古くて、パーツの欠けた俺はもう、人体模型じゃない」

 人体模型としての価値がない。だから破棄される事が決まったんだ。

 「パーツ欠けたんが処分対象なら、探したらえぇだけやん!」

 えっと、見て?不用品シール。

 「いやぁ……寝てる間になくなってたし、何処にあるのかも分からないから」

 今更パーツが揃った所で、破棄される事に変わりはないんだ。それに明日の午前中にはお払い屋が来るんだから、破棄自体が物凄い奇跡が起きてなくなっても無駄なんだ。

 それに、心臓に宿りたいんだから見つけられても困るというか……あ、そうだ。最後の未練はもっと金次郎と話したかったってのはどうだろう?

 なら、今は極力話さない方が未練に繋がる……。

 いや、失敗する確率の高いものに全てをかけるよりも、少しでも長く友人と過ごした方が有意義だよな……消滅する未来が同じなのなら、最後となる今の瞬間を大事に……

 「探してくる!お前はこれ以上パーツ落とさんようにココで待機な!」

 ガラガラッ、ピシャン!

 ドスドスドス。

 おいこら金次郎。

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