第6話

 目が覚めたのは、最終下校時間の少し前。

 ハッキリしてきた視界の中には、俺を見上げるような格好の太郎と次郎が目の前に立っていた。

 ビックリして思わず出そうになった声を押さえつつ保健室内の様子を探ると、保健医の姿はなく、保健室内の明かりも消えていて薄暗い。

 「昨日来なかった」

 「金次郎心配してた」

 「なにかあった?」

 「バスケ小僧落ち込んでた」

 ここ最近はズット交互に喋っているからなのか、随分と上達したなぁ。それぞれが別の話題を話していても分かりやすいって言うのか……話している方向が同じだから?話の途中で言い争いをしなくなったってのが大きいのかも。

 で、えっと?

 あ、金次郎に心配かけてしまったのか……動けるようになったら、なんでもない。って声をかけておこう。後は、場合によっては今日も理科室には行かないって事。

 それを言ったら着いてくるだろうか?流石にそこまで心配性ではないかな。

 多分……。

 ピンポンパンポン♪

 「皆さん、下校の時間です。校内に残っている生徒は速やかに帰りましょう」

 最終下校時刻を告げる校内放送からしばらく後、最後の教師が校舎から出てきて、正門に向かって……よし、出て行った。

 「今日はバスケ小僧と待ち合わせてるから、2人は理科室に行ってて」

 太郎と次郎に声をかけ、窓から見える金次郎に手を振って挨拶をして廊下に出た所で、

 「なにかあったら」

 「呼んで」

 そう言って太郎と次郎はスゥーっと消えた。

 さぁて、図書室に向かうとしよう……バスケ小僧は、ちゃんと犯人を連れて来ているだろうか?

 つれて来ていなかった場合は、どうしたら良いだろう?

 その時は……どうしよう?

 犯人だって思っている者の所に俺が直接押しかけても良いものだろうか?それでもし違った時は悲惨だけど。

 心臓を持って来させるってのも、酷く上から目線のような気もするし……いやいや、元は俺が奪われた側なんだから強く出たって良いはずだ。

 後は、俺の心臓をなにに使おうとしたのか……使ったのか?

 え……心臓が消滅してるって可能性なんかないよな!?

 いらない事を考えてしまう前に、出来るだけ頭を空っぽにして図書室に行こう!そうそう、余計な事を考えないように……歌なんか歌ったりしてさ!

 「フフーン♪……ハハハーン♪……」

 駄目だ。

 どうしても脳裏に肖像画達の顔が出てきて、鼻歌さえもまともに歌えない。

 肖像画達って、どうして歌う時にキメ顔になるんだろう?

 そういうもんなのだろうか?

 とかなんとか考えているうちに着いた図書室前。そこにはバスケ小僧が立っていて、その後ろには気まずそうに俯いているプール娘がいた。

 やっぱり、プール娘だったんだな。

 「……心臓、返してもらおうか」

 ゴネルだろうか?とも思ったが、プール娘は無言ではあったが大人しくしっとりと濡れた心臓を返してくれた。

 久しぶりに戻った心臓……得に何処も凹んでないし、割れてないし、外傷はなさそうだ。まぁ、ちょっと濡れているんだけど、それは多分プールの中に心臓を隠していたせいだろう。

 肺を外し、心臓を入れてから再び肺を胸に納めると、ちょっとカタカタと不安定な感じがして、懐かしい。

 えっと、いつまでも懐かしがっている場合じゃない。なぜこんな事をしたのか、その説明をしてもらわないと。それを解決しない限り、もしかしたら他の九十九(つくも)のパーツを奪うかも知れないし……。

 威圧的にならないように心がけ、プール娘の視線に合わせるように少ししゃがみ込むと、バスケ小僧と目が合って、あからさまに逸らされてしまった。

 確かに昨日は少しばかりイライラしていたから、人相とか声とかガラが悪くなっていた自覚がある……。

 「バスケ小僧、連れてきてくれてありがとう」

 ポンポンとバスケ小僧の頭を撫でながら礼を述べてみたが、頭を撫ぜるのは少々失礼だっただろうか?

 バスケ小僧の外見は小学校の高学年程で小さいが、人間の年齢にすると立派な大人。精神年齢は幽霊だろうとも成長するはずだから、実質バスケ小僧はバスケ青年である。そんな青年が、頭を撫ぜられて喜ぶとは到底……それを言えば俺なんて九十九だからバスケ小僧の何倍生きているんだ?って話になってくるが、俺の精神年齢は高いとは言えない……。

 「うん!」

 あれ、笑顔で返事をしてくれたぞ?

 機嫌を損ねずに済んだから良かったんだけど、それで良いのか?

 あ、あれか。

 曾じいさんが孫の頭を撫ぜた。みたいな感覚。年齢的には曾々じいさんか?まぁ、そこは重要じゃないな。

 本題はここからだ。

 「どうして心臓を取ったのか、説明してくれるか?」

 答えを聞くまでは理科室には行かせないし、人間が起きてくる時間になった時は、明日も呼び出すまで!

 「……1番、取りやすそうだったから……肺だと大きいからすぐにバレると思って……」

 うん?

 あっ!

 心臓というパーツを選んだ理由を聞いている訳ではなくて!

 「じゃなくて……どうして俺から心臓を取ろうと思ったんだ?」

 「1番取りやすそうだったから。肺じゃあ大きいからバレると思って、それで心臓……」

 んーと。

 ちょっと質問が悪かったかな?もっと分かりやすく聞かないとな。

 「じゃあ、九十九のパーツを取って、なにをしようとしたんだ?」

 個人的には、心臓ならバレないと思った理由も知りたい所ではあるけど、それは話が逸れるから、また今度にしよう。

 「九十九に、なりたいから……」

 バスケ小僧が太郎と次郎に相談していた事だな。だけど何故九十九に?空も飛べるし、壁とか窓も通り抜けられるし、昼間でも人間を気にせずに起きていられるんだから、幽霊の方が便利じゃないのか?

 それにだ。太郎と次郎は九十九になる方法は知らないと答えていた筈。それなのに俺のパーツを取る事が九十九になる事に関係していると思った経緯も知りたい。

 「俺の心臓を使って九十九になれると思った理由は?」

 心臓という1つのパーツが、俺とは別の九十九として誕生……そんな事が可能なのか?

 「九十九は、古い道具に霊が宿った物の事でしょ?私、霊だから、宿れると思ったの」

 心臓だけじゃあ動く事も喋る事も出来なくなるのに、それでも良いのかよ!?そこまでして九十九になって、なにをしようとしているのかは分からないが、心臓に宿った所でなにも出来なくなるぞ!?

 良かったよ、宿れなくて!

 ん?

 ちょっと、待て。

 プール娘は俺のパーツならどれでも良さそうな事を言っていたよな?肺を選ばなかったのはすぐにバレそうだったから……俺に胸のカバーが付いていたら、きっと肺を取っていったのだろう。

 そこまでバレずに事を進めたかったのに、バスケ小僧を巻き込んでいる理由はなんだ?

 「…………」

 聞くのが怖いな。

 プール娘のあどけない顔が真っ直ぐに見られないくらいには恐ろしい。

 でも、確認しなければならない。もし、俺の思っている通りなら……怒らなければならないし、花子さんにも報告しなければならないし、九十九達にも注意を呼びかけなければならなくなる。

 でも、出来ればそうはしたくない……。

 いやいや、いくらなんでも俺の考え過ぎだよな。なら軽く、冗談っぽく言おう。

 「パーツの九十九になった所で動けないし、喋れないから、今の方が自由で良いと思うぞー」

 よし、言った!

 頼むぞプール娘、俺の考え過ぎだって安心させてくれ。

 「私はパーツになりたい訳じゃないよ?」

 あぁ……。

 そっか、そうだよな。

 誰が好き好んでパーツの九十九になりたいって思うんだよ。

 「心臓に宿れた後は、バスケ小僧が俺に心臓をはめ込む作戦。か?」

 俺の考え過ぎなんだよな?そうなんだろ?

 「うん。その後は私がガンバルだけ」

 ガンバルってなにを?

 なにをどう頑張ろうとしてるんだ?

 プール娘の中では、どうなる事を望んでいるんだ?

 ゾッとするよ……本当に、心臓に宿られなくて良かった……もし、プール娘が心臓に宿れていたとして、呼び出していたバスケ小僧が心臓を持っていて差し出してきたら、俺は間違いなく心臓を胸に納めただろう……。

 「新しい人体模型として?俺を乗っ取るつもりだったのか?」

 もう、最終確認だ。

 最後なんだからな!頼むから、安心させてくれよ。

 今まで結構仲良く暮らしてたと思うぞ?この学校も平和で……まぁ、狼男に襲撃はされたけど、それも払ってさ、その後皆でグラウンドに開いた穴を埋めたじゃないか。

 その時、バスケ小僧もプール娘も笑顔だった……俺の心臓を取っておきながら笑顔だったのか。

 「私の方が強いから、乗っ取れると思う。だけど、心臓に宿れなかった」

 うわー。

 考え過ぎじゃなかったー。

 なんで、俺なんだよ。いや、金次郎にしろとか、肖像画にしろって事じゃなくて、どうしてすでに九十九として霊が宿っている俺を狙ったんだ?って事。

 「……他の、九十九になってない道具を狙わなかった理由は?」

 それならパーツを盗み出さなくても良かっただろうし、バスケ小僧を巻き込む必要だってなかっただろうし……。

 「古い道具。どこからが古い道具になるのか分からなかった。だけど、もう九十九として動いてる道具なら、古い道具で間違いないから」 

 なにを淡々と喋ってんの?

 「こんな事して良いと思ってんのか!?」

 怒らないと。

 反省させないと。

 もう2度と乗っ取ろうとしないって約束させないと!

 「幽霊のままじゃ駄目だったから、実体を持たないと駄目なの」

 バスケ小僧の後ろにいたプール娘が前に出て来て、キリッと鋭い視線で俺を睨んでくる。これは……心臓に宿れなかった憎しみを向けられている感じだ。

 でも、憎しみを抱くべきは俺の方だろ?危うく体を乗っ取られる所だったんだ。

 ……そこまでしてでもやりたい事がある?

 それって、プール娘がこの世に残した未練と関係するんじゃないか?もしそれを解決させる事が出来たなら、ここに平和が戻って来る!

 「駄目って、なにが?なにがしたかった?」

 九十九になる事が最終的な目的じゃないのなら、すでに九十九である俺なら協力する事が出来るかも知れない。

 「溺れさせたい子がいるの」

 あ、それ協力出来ないやつだ。

 でも可笑しくないか?プール娘はプールの授業を受けている児童達と一緒に泳ぎ、プール帽子から髪が出ている児童の髪を引っ張って注意したり、足のかきが出来ていない児童の足を掴んで正しいフォームを教えたりしているじゃないか。

 それなのに、溺れさせる事は出来ない?

 人間に触れられるんなら、出来そうなもの……やっちゃ駄目って頭で分かっているから出来ないとかそういう事?だったら九十九になろうとまではしないか。

 「児童を溺れさせる事が、プール娘の残した未練なのか?」

 だとしたら悪霊で間違いないんだけど、本当に悪霊なら花子さんに追い払われていない事が可笑しい。

 今、悪霊になりかけている?だとしてもどうして今更?

 プール娘が俺達の仲間になったのは20年か、15年ほど昔の事になる。そこからずっと幽霊組として楽しく過ごしていたというのに……なにがあったんだよ。

 「私は、プールで溺れて幽霊になった。だから、泳げない子を助けたいと思った」

 泳げない子を助けたいっていうのがこの世に残した未練だというのなら、悪霊なんかにはならないはずだ。それなのに、溺れさせたい奴がいる。って思えただけではなく、九十九になろうとまで突き進んだ……助けているのに児童からは悪霊扱いされ続け、終に不満が爆発……というわけでもなさそうだし……。

 なにか切欠はあるのだろうが、それがなにかは分からない。

 「実際に助けてたのに、どうしてその真逆の事を言う?」

 児童を溺れさせたら悪霊扱いを受ける事なんて分かっているはずだし、悪霊扱いを受けたものがどうなるのかだって知ってるだろ?どうなったのかも、見て来たはずだろ?

 「私が溺れたのは、プールの授業中じゃなかった。放課後、プールに呼び出されて……。でね、行ったの。プールに。あいつは、私のランドセルをプールに投げ落とした」

 握り拳を作ったプール娘は、苦々しく自分が幽霊になった時の事を話し始めた。

 授業中ではなくて放課後に呼び出された……ランドセルをプールに……?

 もしかして、プール娘は生前、同級生に嫌がらせを受けていたんじゃないか?

 その時、俺はすでにこの学校にいたというのに、どうしてそれに気がつけなかっ……そうだ、俺、最終下校時間がくるまで眠っているんだった。

 「小学生にとってランドセルや教科書は、凄く大切なもの。私は迷わずプールに飛び込んだ。泳いで、泳いで。ランドセルを抱えてプールから出ようとした時、あいつは私の頭を蹴った」

 そう言って前髪を上げて見せてくるプール娘。

 その額にはハッキリとした痣が残っていた。

 ただのおふざけで蹴ったにしては悪質で、残っている痣から察すると……相当思いっきり蹴られている。

 明確な殺意があるように感じるし、実際それでプール娘は……。

 「体が動かなくて、息苦しくて、それでも必死に鼻と口を水面から出して呼吸をしようとした。だけど、そうする度に頭を踏みつけられた……。動かなくなった私を置いて、あいつはそのまま帰宅して、次の日にはもう普通に学校に来て、授業を受けて!」

 急に声を荒げたプール娘は、握っていた拳を壁に向けた。幸い幽霊組なので壁を殴る事は出来ずにスカッと腕だけが校舎の外に飛び出た感じで済んだのだが……それどころじゃない。

 プール娘の体から、嫌な気配が出始めている。

 まずい、これはまずい!

 「プール娘落ち着け!太郎、次郎、花子さん!図書室前!バスケ小僧、なるべく離れろ!」

 どうしよう、俺のせいだ。俺が色々聞き過ぎたせいで……だけど、解決してやりたかったんだ。また皆で理科室に集まってパーティーしたかったんだ!

 「許せない……私から全てを奪ったあいつが!笑いながら罪の自慢をするあいつが!」

 えぇ……そんな人間がいるのかよ……そいつの方が余程悪霊らしいじゃないか。

 恨んで当然だ。

 それなのに、プール娘はそいつが在学中にも泳げない子を助けていたんだよな?その時の方が辛かったはずなのに、どうして今なんだ?どうして今になって溺れさせたい子が出てくるんだ?

 「冷静に考えてくれ。そいつはもうこの学校にはいないだろ?復讐したい気持ちがあった所で、どうしようもないじゃないか」

 そうだろ?当事者がいないのに暴走したって、なんの得にもならない。プール娘の魂が汚れるだけだ。

 「お待たせ」

 「来たよ」

 「おねーちゃんは」

 「おねーちゃんも」

 「調べ物してから」

 「来るよ」

 やってくるなり太郎と次郎は花子さんの状況を教えてくれた。

 調べ物をしている最中だったのか……でも、丁度良かった。今の状態のプール娘を花子さんが見たら即刻悪霊認定されていたかも知れないから。

 「太郎、次郎。バスケ小僧を頼んだ」

 後どれ程の時間で花子さんが来るのかは分からないが、少しでも良いからプール娘を落ち着かせたい。

 どうやって?

 話を逸らすにしても、全く関係ない事を言ったところで無視されるだろうし……微妙に関係がある事で、怒りとは別の方向に意識が逸れるような質問をするとか?

 どんな?

 そう言えば、根本的な所を聞きそびれていた。

 「正しいフォームを教える為になら足を掴む事が出来るのに、溺れさせる事は出来ないのか?」

 九十九にならなければ溺れさせる事が出来ない。みたいな言い分だったけど、そもそも足を掴めるんなら溺れさせるのは簡単じゃないのか?

 「……助ける行動の時にしか触れない。九十九になれば、いつでも人間に触れる」

 そういうからくりがあったのか!

 けど、人間に触れた所で自分の存在を示せるってだけ。それで、幽霊がいるんです。なんて霊能力者かなにかに相談されたら有無を言わさずに消滅させられてしまう……。

 泳げない人間を助けるためだといっても、人の足を掴む行動をし続けていたプール娘は、人間のために延々とリスクを犯してきた悪霊とは縁遠い存在。

 助ける目的じゃなければ人間に触れないままで良いじゃないか。助ける事がこの世に残した未練なんだろ?だったら悪意を持って人間に触れる必要なんかない。

 自分が幽霊となった原因を作った本人が現れたとしても、プール娘が今以上に苦しむ事なんかない。

 そんな奴のために悪霊になる事なんかない。

 だって、馬鹿馬鹿しいじゃないか……幽霊にされたのはソイツのせいで、悪霊になるのもソイツのせいになるんだぞ?

 人を助ける事が未練であるプール娘にはキノセイ同様嫌な気配が少しもなかった。悪霊になる要素が少しもなかった。だから、もしかしたら……いずれはキノセイのように精霊になれていたかもしれなかったのに。

 花子さんと並ぶ強力な存在になって……いや、強力な存在って所だけを考えると、このまま悪霊と化してしまった方が厄介な存在か。

 戦う術を持っていない単なる九十九の俺では、勝ち目なんて万に一つもない。

 だけど、なんだろう……前に侵入してきた狼男のような、尖っていて突き刺さってくるような気配じゃないっていうのか……嫌な気配を漂わせている事には変わりないんだけど、攻撃性は薄いと言うのか……全ての負の感情が溺れさせたいという子に向けられているせいなのだろうか?

 いや、気配の向かっている方向が俺ではないとしても、体から出ている気配事態に攻撃性を感じないのは可笑しくないか?

 「少しで良いから落ち着いてくれ。話しがしたいんだ」

 落ち着かなければならないのは俺も同じ。もっと冷静に、しっかりとプール娘の話を聞こう。

 「……ん。分かった」

 一気に落ち着くとは!

 え?さっきまで嫌な気配をまとっていたのに、一瞬にしてなくなるって、そんな事が有り得るのか?まぁ、有り得るから目の前で起きたわけなんだけど、それにしても一瞬で?

 置いていかれてしまった……今度は俺が落ち着かないと。

 ちょっと正座してみるかな。

 カンッ、カラカララン。

 「あっ!」

 肺が落ちた。

 落ちた肺を胸に納める行動が丁度良い間になったらしく、なんとか俺も落ち着く事が出来たのだが、落ち付いたからといって良い質問が浮かんでくる訳ではない。それに、下手な事を言ってまたプール娘を暴走させるかも知れないと言う恐怖もあって、本音を言うならこのまま黙っていたい。

 太郎や次郎やバスケ小僧にこの場を任せてしまいたい。

 でも、話しがしたいって言ったのは俺なんだから、話しをしないと。

 「さっき、気になる事があった。私、復讐がしたいわけじゃない」

 正座する俺の前に、同じように正座したプール娘は、ここ1時間ばかりの流れを完全に否定するような事を言った。

 「溺れさせたい子がいるって聞いたけど」

 それと、悪鬼みたいな人間の話しも。

 「溺れさせたいのも、私を溺れさせたアイツじゃない」

 違うのか!

 話しの流れからして、復讐のためにソイツを溺れさせたい。って、100人いたら99人はそう解釈すると思うぞ?それに暴走していたから、余計にそう思ったんだ。

 「どうして悪霊になるような事をしようとする?」

 復讐でもない上に、溺れさせようとしている子もソイツではないのなら、本当に一体なにがプール娘をここまでかきたてているんだ?

 もー、分からない事しかなくて頭が追いつかない。

 「助けたいから……」

 助けたい?

 でも溺れさせたいんだよな?それなのに助けたいってなにを?それに、助ける行動の時にしか触れないって事で九十九になろうとしてたんだろ?

 触れないのは、それが助ける行動じゃないからだ。それなのに助けたい?助けたいって思っての行動なら、それは助ける行動になるんじゃないのか?

 あー、自分でなにを考えているのか分からなくなってきた……。

 「説明不足だった。説明する。私を溺れさせた奴の子供が、今ここの1年生。私はその子を溺れさせたい」

 おぉ、頭の中がだいぶんスッキリした。

 で、助けたいのか溺れさせたいのかどっちなんだ?

 「溺れさせる事が助けになる……のか?」

 どういう理屈でそうなるのかは全く分からないが。

 「あの子には、私と同じような蹴られた痕が沢山あった。本当の助けにはならないけど、アイツからあの子を引き剥がしてあげたいから……」

 溺れさせて幽霊にする、か。

 悪鬼のような人間は、自分の子供であろうとも牙を剥き、プール娘の額についていたのと同じような酷い痕が沢山付くほど蹴っている。

 確かに、それは助けてあげたいと思う。だけど溺れさせる行為は、蹴る行為よりも更に酷い行為だ。

 本当の助けって、具体的にはどうしたら良いんだろう。

 「傷を癒してあげられるような事って出来ない?」

 太郎と次郎の技みたいにさ、回復系っていうのかな?そんな技が使える仲間っていないのかな?

 俺にはなんの力もないから、保健室にある薬とか包帯で応急処置をする程度の事しか出来ないけど。

 「私には、足を引っ張る事しか出来ない」

 ガクリと肩を落として呟くプール娘を見ていると、ついさっきまで悪霊になりそうだったとは信じられない。それに、サラッと自虐している風に言ってるけど、足を引っ張る事が出来るって結構凄い事だからな?

 「今、良いかしら?」

 正座している俺とプール娘の横にスゥっと現れたのは花子さんだ。

 「来てくれてありがとう。うん、良いよ」

 「そう、ならまずは2人共立ってくれないかしら?」

 俺が花子さんを呼んだ後からの会話は聞いていると思うから、下手な事は言わずに大人しく立ち上がり、言葉を待つ。

 如何にかして助ける方法はない?

 「花子さん……私、悪霊になると思う。だからその時は……」

 プール娘が、自分の中で結論を出してしまい、それの意思を口にした時、花子さんは無言で人差し指を立て、口に当ててから小さくシーと息を出した。

 花子さんのこれ、なんか物凄い威圧感があって怖いから、力の弱い俺なんかだと瞬時に黙る事しか出来ないんだけど、それはプール娘も同じだったようで、瞬時に黙った。

 「人間の事は人間に任せるのが1番の解決策よ?それが本当の助けにもなるわ」

 人間に任せるって……自分の子供さえ思い切り蹴るような悪鬼のような人間に任せていても、本当の幸せになんかならないんじゃないのか?

 学校にいるオバケに幽霊にされる。ではなく、実の親に幽霊にされる。ってのが本当の助けであってたまるか!

 手出しするなって言うんなら、せめて本人に気付かれないように怪我の手当てができる者を呼ぶとか……治癒が使えるオバケを探すとか……。

 「でも!このままじゃあの子は……」

 人間の事は人間に任せるって言うのなら、人間に乗り移ってその子を守る事は出来ないか?

 当初プール娘は俺のパーツに宿って、俺を乗っ取るつもりでいた。それがパーツではなく人間になっただけだから、出来ない事もないはずだ。

 人間を乗っ取る事が出来れば、悪鬼のような人間に制裁を加える事も出来るだろうし、最悪、溺れさせる事も出来る……。

 乗っ取る事が出来るのかどうかは分からないし、その方法も分からないから、現時点では少し……だいぶん現実的ではないかも知れないけど、黙って見ているよりは、少しでも努力した方が良い。

 例え現実的じゃなくて実行出来なかったとしても、なにも出来なかったと後悔したくはないから!

 「警察署、児童相談所、教育センターに匿名で通報しておいたわ。私1人じゃ効力が弱いかも知れないから、他校の花子にも頼んでおいたわ」

 わー。

 物凄く現実的だ。

 人間の事は人間に任せろ。なるほど、こういう事か。

 要するに、俺達に出来る事は花子さん達がやってくれた訳だ。なら後は人間が動いてくれるのを待つだけ……早く助けてくれたら良いな。

 嬉しそうに笑っているプール娘と、ホッと溜息を吐くバスケ小僧と、理科室に行こうとはしゃぐ太郎と、トイレに戻りたいとか言う次郎を阻止する花子さんは、太郎に従い理科室に向かって歩き出した。

 もちろん、心臓が戻ってきて嬉しい俺もパーツが落ちないよう慎重に歩きながら理科室を目指した。

 第1校舎1階の、1番端にある理科室の前で立ち止まり、念の為に左右確認をしてから壊れて鍵が閉まらなくなっている窓を開けた。

 廊下にいると無音だった理科室内は、1歩中に入ってみれば真夜中のパーティーが開かれていて騒がしい。

 「よぉ~人体模型、遅かったなぁ」

 ドスドスと近付いてくる金次郎の後方には、笑顔でフワリフワリと飛んでいるプール娘とバスケ小僧。教卓前には花子さんが音楽にのって踊っている。太郎と次郎は標本達と話していて。それはそれはもう、いつもの理科室の平和な様子だった。

 「パーツが落ちないよう、慎重に歩いて来たからな」

 そう言いながら、誇らしげに胸を指し示す。

 ボロとか、スグにパーツが落ちるとか、実はそんな大した事じゃなかったんだ。全てのパーツが胸に納まっている事。全てのパーツが揃っている事こそが重要だったんだ。

 俺の心臓はプラスチック製で、少しだって鼓動を刻まないけど、こうして胸に納まっていると暖かさを感じる。

 そういう気がするだけなんだけど、嬉しいからさ。

 「来たんやしえぇねんけど、次から来ん時は事前に教えてや?無駄に心配してまうから」

 心配性だな。

 けど、保健室の窓から金次郎が見えるんだから、事前に連絡するのも容易いか。

 とは言っても、昨日理科室に行かないと決めたのは体育館での話し合いがあった後の事だから……その場合、事前連絡は難しいな……。

 まぁ、昨日が特別な状況過ぎただけなんだけど。

 長年九十九として存在しているが、パーツを取られる経験なんて今回が初めてだったし、そうそう起こる事件でもないだろう。

 「うん。分かった」

 返事をして、俺達もいつものように朝の柔らかい匂いがフワリと漂い始めるまで夜のパーティーを楽しんだ。

 「それじゃ、また明日なー」

 「また明日」

 手を振り合って分かれた後、窓から保健室内に入り、指定の場所に立つ前に心臓を取り外して考える。

 保健医は俺の心臓を、それはそれはもう真剣に探してくれている。だからこのまま何事もなく心臓をつけているのは不自然。まだ昨日の最終下校時間前後に保健室に多数の人間が出入りしていたのならまだ、心臓を奪った犯人がコッソリ返しに来た。とか強引な設定に出来るが、実際には保健医すらいない無人で、その上保健室には鍵まで掛かっていた。

 保健室の適当な所に隠して、灯台下暗し。的な感じに装っておくか。

 取り外した心臓をゆっくりと保健室のベッドの下に、ちょっとだけ見えている感じで置いて指定の位置に立つと、緩やかに睡魔がやってくる。

 目が覚めた時、胸の中に心臓が嵌められていますように……。

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