第5話
人間が起きてくる時間が来て、日が昇り、1人、また1人と教師達が校内に入って来た。
普通ならばとっくに眠りについている時間になっても俺の目は冴えたままで、寝ようと努力をしても全く眠れそうにない。
また花子さんが俺達を起こしているのだろうか?と思ってみても、現在花子さんは会議に出席する為に出かけていて、校内にはいない。
だったら現在の代表者であるバスケ小僧が俺達を?と思ってみても、窓の外に見える金次郎は眠ってしまっている。
俺だけになにか……とんでもない事が起きる?なんだろう、怖いな……。
あ、もしかして心臓が完成したのかも?だとしたら、なにも怖い事はないな。むしろ楽しみだ。
もしくは、花子さん達が帰って来るのは今日の昼頃だろうから、目覚めているだけなのかも知れない。
平和である事が取り得みたいなこの学校に、また狼男みたいなガッツリとした妖怪がやって来るとも考え難いし。もしそうなら金次郎だって起きているはずだし。
大した事はないだろう。
カラカラカラ……。
保健医がやってきた。
「おはよ」
え?あ、うん。おはよう……。
保健室内には俺と保健医しかいない……よな?って事は、保健医はいつもこうして俺に朝の挨拶を?
なんか……気が付いてなくてごめん。いや、気付いていようといなかろうと返事は出来ないんだけどさ。
「今日も天気が良いなぁ」
窓の方を向いた保健医は、大きく伸びをしながらそんな独り言を言い、ついでに大きなあくびも1つ。
釣られて窓の外を見そうになるけど、動いては駄目なのだから眼球を窓の方に向ける事だって出来ない。
保健医はこっちを向いていないから、チラリと一瞬だけなら見たって良いのかも知れないが……用心に越した事はないしな。
花子さんがいない間にこれ以上の騒ぎを起こす訳にも行かないし……学校内が慌しいと狼男みたいな妖怪に目を付けられそうだし。
そうなっても、太郎と次郎が強いんだからなんとかなるとも思うんだけど……次に戦いが起きても俺は観戦しか出来ないんだっけ。
狼男の時だって俺は観戦していたんだ。だけど、倒せるかも知れない弱点?を太郎と次郎に教えようと思って、頭の中に直接話しかけられるだろうバスケ小僧を呼びに行っただけ。だから戦いに参加するつもりなんか毛頭なかったんだ。
俺がするべき事は、花子さんに頭の中に直接話しかける方法を教えてもらって、それを会得する事と、どんな敵が来ても対処法が瞬時に出てくる頭の回転と知識。
どんな敵が来てもってところが予測不能過ぎて、具体的にどんな知識を付ければ良いのか分からない。動物の知識?けど実体のある妖怪なら応用可能かも分からないが、精霊やら悪霊やらの場合如何すりゃ良いんだ?
花子さんは報告会議に出発する前、分からない事があれば太郎と次郎に聞けって言ってたし、もしかしたら俺が知識を付けるまでもなくあの2人は色々と知っているんだろう。
だからって、なにもしなくて良いのか?
狼男の時みたいに、俺もなにか役に立てる可能性があるってのに、その可能性を自分で潰して良いのか?
知識はあって損はないはずだ。
いや、だから何処でその知識をつければ良いのかって所で躓いているんだった。
知識の基本は本から?
だったら、今夜から理科室じゃなくて図書室に行ってみようかな。暗闇の中で本は読めないから、音楽室に寄り道して肖像画を2枚ほど持っていこう。
それと花子さんに色々教えてもらえるよう頼んでみよう。太郎と次郎でも良いんだけど、あの2人の事だから面倒臭いとか言いそうだし……交互に喋る特性があるから話があっちこっち飛んで分かり難そうだし……あ、でも頭の中に直接話しかける校内放送は太郎と次郎も普通に使ってたし、その方法は2人に教えてもらおうかな?
って、どうやって保健室に呼んだらいいんだよ。そもそもあの2人の住処は男子トイレの個室だぞ?
まぁ、どうせ眠れないんだ。太郎と次郎に呼びかける所から始めてみよう。
頭に直接話しかける校内放送の業が使える2人なら、自分達を呼ぶ声の受信もしてくれるかも知れないし。
って、喋ったら駄目なんだって!
危ない危ない……もう少しで保健医がいる前で声を出すところだった。
動けないし、話す事も出来ないし、図書室に行く訳にもいかないし、太郎と次郎に頭の中に直接話しかける校内放送のやり方を教えてもらう事も出来ないし、眠る事も出来ないなんて、物凄く暇だ。
予定よりも早く花子さんとキノセイが帰って来れば良いな……そしたら多分眠れるだろう。
暇さに負けないよう頭の中で太郎と次郎に呼びかけていると、備品の整理などをしていた保健医がクルッとこっちを向いてゆっくりと近付いてきた。
「やぁ、調子はどうだい?」
と、声をかけながら。
保健室内には俺と保健医しかいない状況に変わりないし、こうも真正面に立たれてしまっては俺に対する呼びかけだとしか思えない。
低い確率で俺の頭か何処かに止まっている虫とか?
虫に止まられている感覚は全くないが……。
これは如何いう事だろうか?俺達のようなモノを見る事が出来る人間って事なのか?それとも縫いぐるみとか観葉植物に話しかけるタイプの人間とか?
なんにせよ、黙っている以外にするべき事はない。
それにしたって顔が近い……。
「キミは、心臓を何処に置いてきたんだい?」
至近距離から、真剣な表情で、スグには理解出来ない言葉を呟く保健医。
え?
いやいや、心臓は修理に出されているんだろ?大きさを揃えて安定するようにって修理に……違うのか?
違う?
え?
待て、落ち着け。俺が動くかを試すための保健医による罠かも知れない。
かなり悪趣味な冗談。そうだ、冗談に決まってるんだから落ち着こう。ここで動いたり声をあげたりしたら保健医の思う壺だ。
だけど、万が一修理に出されていた訳ではなかったとしたら……。
「胃の形も歪んじゃってるし……誰かがキミをいじめてるの?」
胃の形が歪んだのは狼男の顔面を思いっきり殴り付けたからであって、別にいじめられてるわけじゃあ……この場合、殴りつけた俺の方がいじめっ子か?けど、殴ってなかったら壊されていたのは俺の方だったんだから、正当防衛だ。
「……もう1度、探してみるか」
ポンと俺の頭に手を置いた保健医は、クルッと回れ右し、そのまま保健室を出て行った。
もう1度探してみようって、なにを?
もしかして、心臓の事?
いやいや、だから、心臓は修理に出されてるんだって!
「……ハァ」
サイズ直しの修理だってのに、心臓だけ持って行かれるわけないだろ。周りのパーツの形とか、そういうのも見ないで如何修理するんだっての。型番から在庫を仕入れているとか?それならいちいち俺から心臓を取らなくても、新しい心臓が届くまで嵌めっ放しでも良いはずだ。
なら一体誰が取った?
肺を外した先にある心臓を取って、再び肺を元に戻す……明確に心臓を狙ってきた犯人の目的はなんなんだ?
心臓がない事に気が付いたのは最終下校時間が近付いて目が覚めた直後だから、眠っている間に奪われたのは間違いない。
犯人は保健医ではなさそうだから、他の教師か児童、可能性は低いがここにいるオバケ達。その中で可能性がないのは昼間に眠っている俺と同じ九十九(つくも)の皆と、自分だけでは動けない標本と肖像画。
駄目だ、犯人候補が多過ぎてどこをどう調べて良いのか分からない。
生きている人間である教師と児童は保健医が調べてくれているだろうから、俺はオバケの皆を調べよう。それと、自分の体の一部なんだから神経とか集中させたら何処にあるのかが分かるかも知れないから、ない心臓部分に集中してみよう。
何処にある?
なにも感じない。
自分の体の一部だっても、集中したくらいじゃあ分からないのか。それとも、集中の仕方が間違ってるとか?
もしくは集中の逆で、意識し過ぎるのも駄目なのか?
それこそどうやって見つけろってんだよ?
1人ずつ聞き込みする?にしたって、心臓がなくなってから何日も結構経ってるし、その間理科室でパーティーに参加してるしな……キノセイの挨拶もあった日になくなっていたから、犯人がいるとしたらその日の理科室で顔を合わせていたはず。だけど、手荷物を持参してる奴なんて肖像画を迎えに行っていた太郎と次郎くらいしかいなかった。
もし、本当に俺達の中に犯人がいるとするなら、理科室内には持ってきていなかった。なら何処に?
俺達が学校の外に出るには花子さんの外出許可が必要になる。許可なく外出した場合は学校から去った者として認知され、外で誰に襲われようとも助けもなにもないし、負けた場合は即消滅するらしい。勝って戻った所で悪霊扱いを受けて追い払われる……まぁ、外出許可が認められるのは幽霊組だけな訳だけど。
えっと、話が逸れた。
キノセイの挨拶があった日、花子さんに外出許可を貰った者がいるのかどうかだ。いないなら心臓はまだ学校内にある可能性がある。
あくまでも俺達の中に犯人がいた場合だが。
って事は花子さんの帰宅待ちになるか……帰ってきても報告やらなんやらで忙しいんだろうから、ゆっくり話が聞けるのって夜になるか、明日になるか……だったら何故俺はこうして起きている?
花子さんが帰宅した時、保健室内に誰もいなければ呼びかけてみよう。
今呼びかけても無駄だろうか?今保健室内には誰もいないし……小声で1回だけなら。
「……花子さん、聞こえる?」
静まり返っている保健室内では、ほんの少し声を出すだけでも大きく響いていくようだ。外には漏れてないだろうな?
保健室周囲に人間の気配がないから、多少漏れていても大丈夫だとは思うが……。
「どうしたの?」
「おねーちゃんはまだ帰ってないよ」
返事をくれたのは花子さんではなく、太郎と次郎。
どうしたの?って事は、少しくらいは喋っても良いのだろうか?厳しい花子さんが校内にいない今だからこそ許されている暴挙ではあるのかも知れない。とは言え、経緯を説明すると少し長くなるから、完結に用件を言わなければ。
「……俺の心臓知らない?」
あぁ、しまった。花子さんに外出許可を取ったものがいるのかどうかも聞けば良かった。
「心臓?」
「知らないよ」
「なくなったの?」
「落としたの?」
まだ喋って良いのか!?
保健室周囲に人間の気配はないし、もう少しだけなら。
「眠ってる間に取られた。キノセイの挨拶があった日の後、外出許可を取った奴はいる?」
結構長々と喋ってしまったけど、良いのだろうか……。
「おねーちゃんと行ったキノセイだけ」
「キノセイ以外にはいないよ」
花子さん会議のお供として外出するからってキノセイが許可を貰っただけか……。
コツ、コツ、コツ、コツ、コツ。
おっと、足音がこっちに向かってくる。聞き込みはここまでにして、後は夜にしよう。外出した奴がいないって知れただけでも大きな収穫だ。
カラカラカラ……。
「ただいま……」
あ、うん。おかえり。
保健医の様子を見る限り、心臓は見付からなかったようだ。
どんな探し方をしているのかは分からないが、教師や児童にも聞き込みをしているのだろうか?
って、なにか革新的な事を発見したとしても俺が人間にアドバイスとかが出来るわけもないんだから、人間の事は全て保健医に任せるしかない。
オバケの方は俺しか出来ないから全力を尽くす。そして、心臓を見つけよう!
でも、少しだけ。ほんの少しだけでも、修理に出されているだけだって可能性も考えていても良いだろうか?
「人体模型」
「今日の夜」
「体育館まで来て」
「1人で」
交互に聞こえてきた太郎と次郎の声、それを理解したと同時にやってきた睡魔。この約束をする為だけに眠れなかったというのだろうか?だとしたら、俺にとって重要な事が体育館で起きるのだろう……どんな事だろう?心臓の事を言った後なのだから、2人はなにかを知っていると考えても良い……駄目だ、眠い。
とりあえず、今はお休み。
ピンポンパンポン♪
「皆さん、下校の時間です。校内に残っている生徒は速やかに帰りましょう」
最終下校時刻を告げる校内放送で目が覚めた。
薄暗い保健室内には誰もいないから、目だけを動かせて窓の外を見てみれば金次郎も目覚めていて、少しだけ視線が本から上がった。その先にあるのはイチョウの広場にあるイチョウの木。
そうか、花子さんが戻って来ているなら、キノセイも戻っているはずだ。
「おはようございまーす!ただいま帰りましたよー」
イチョウの木を見るまでもなく、キノセイの声が聞こえてきた。
お帰りって言いたいけど、人間が校内からいなくなるまではお預けだな……いや、体育館に行くのが先か。
校内が真っ暗になり、人間の気配が消えると始まる俺達の時間。
金次郎はイチョウの広場に向かって走り、キノセイはそんな金次郎に向かって走り、
「おかえりー!大丈夫やったかぁ?」
と、頭を撫でている。
人間だった頃から見ているからなのか、父性に満ち満ちてないか?
「緊張はしたけど、大丈夫でしたよー」
そして、嬉しそうに頭を撫でられているキノセイ。
無駄に微笑ましい光景を少しの間眺め、保健室の窓から廊下に出て理科室ではなく、体育館に向かって歩みを進める。
体育館で太郎と次郎の話を聞いた後、俺もキノセイみたいに、緊張したけど大丈夫だった。と言えるだろうか?
体育館の扉は開いていて、中には小さな人影が2つと、2つよりも少し大きな人影が1つ。小さな2つは太郎と次郎で間違いないだろうし、もう1つの影はボールを小脇に抱えているから、バスケ小僧だ。
「人体模型」
「理科室に急ぎたいから」
「手早く説明するよ」
「バスケ小僧君が」
バスケ小僧がかよ!
「え?俺?」
困惑気味のバスケ小僧。
行き成り説明しろって言われても、そりゃ無茶だ。なら、もう1度説明をするしかない。
「俺の心臓、知らないか?」
ぽっかりと開いた胸を指し示しながら尋ねてはみたが、体育館の中は暗闇に近い状態だから、見えてないかな。
「なっ、なにも!なにも知らなっ……知らないし!」
分かりやすぅ……。
確実になにかは知っているようだが、それを打ち明ける気はないらしい。
「え?」
「え?」
今度は、バスケ小僧がなにかを知っている事を知っている太郎と次郎が困惑気味だ。その雰囲気に焦ったのか、バスケ小僧はバスケットボールをドリブルし始めた。
なにか誤魔化す言葉を考えているのか、それとも俺の質問に対する回答を選んでいるのかは分からないが、話し出してくれるまで待つしかなさそうだ。なら先に太郎と次郎に質問をしよう。
「バスケ小僧が俺の心臓の事を知ってるって、何故知ってたんだ?」
心臓を奪ったのがバスケ小僧なのか?だったら、それを知っている太郎と次郎も共犯者?でも分からない。俺の心臓がこの3人にとってなんの価値がある?
「バスケ小僧君に」
「……バスケ小僧君が」
「……バスケ小僧君に!」
「が!」
「に!」
なんだろうか、このやり取り……前にも1度聞いた気がするぞ?確か、理科室に来なかった太郎と次郎を迎えに、第2校舎3階のトイレに行った時だ。
「バスケ小僧君が来て、僕達に相談してきたの」
「バスケ小僧君に相談事をされたの」
そうそう、これこれ。
で、相談の内容は男同士の約束だからって事で教えてくれなかったんだ。まさか、ここにきてもう1度この話題になるとは。
「あー!あー!」
ドリブルをしていたバスケ小僧はあからさまに動揺し、足でバスケットボールを蹴飛ばすというとてつもないミスをしてしまい、慌ててバスケットボールを拾いに走っている。
うん、とてつもなく分かりやすい。
「太郎と次郎に、どんな相談をしたんだ?」
トボトボと気まずそうに戻って来た所で、質問再開だ。
男同士の約束だから言えない。なんて通用しないからな?なんせこっちは心臓を奪われてんだから。言葉を逃がしたり、話題を逸らしたりしたら怒るからな!
「俺はただ……俺みたいな幽霊が九十九になる方法はないか?って、太郎と次郎に聞いただけなんだ」
幽霊が九十九になる方法?
九十九は道具の中に神とか精霊が宿ったモノの事で、精霊ってのは……えっと、なんだっけ?まぁ、キノセイみたいな感じの?フワッとした感じで……そうだ、未練とかも特になにもない幽霊の事。だっけ?
花子さんに丁寧に説明してもらったんだけどな……復習しないと頭から消えるんだなぁ。
「知らないって答えた」
「分からないって答えた」
「バスケ小僧君に」
「九十九になりたいの?って聞いた」
「バスケ小僧君は」
「そうじゃないって言った」
淡々と、綺麗に交互に話す太郎と次郎。いつものバラバラ感が嘘のようだ。ついさっきもバスケ小僧に、が。と言い争っていたというのに。
しかし分からない。
九十九になる方法を相談しておいて、九十九にはなりたくないって?ただ単純に疑問に思っただけなのなら、男同士の約束だーだなんて口止めする必要なんてないだろ。
考えられるのは、本当は九十九になりたいのか、それともバスケ小僧以外の幽霊組がなりたがっているのか……。
しかし、分からない。
九十九になりたい事と、俺の心臓を奪う事に関係性はあるのか?関係性があるとの判断だから奪われている訳なんだけど、太郎も次郎も九十九になる方法は分からないと返事をしたんだろ?分からない中で、なにを如何考えてこうなった?
「俺じゃない……人体模型さんの心臓取ったのは、俺じゃない」
違うのか。
けど、その言い方でなんとなく人間の仕業ではなく、オバケの中の誰かなんだろうなって分かった。しかもバスケ小僧は確実に犯人を知っている感じだ。
「だったら、誰だ?」
幽霊組で、バスケ小僧が庇うほど仲が良い人物。
たったこれだけの情報でも犯人が誰なのかは想像がつく。それでも、バスケ小僧自身に犯人の名前を言わせようとしている俺は性格が悪いのだろうか?いや、万が一別人だって可能性もあるから、仕方ない。
そう、仕方ないんだ。だから泣きそうな顔で見られてしまっても答えを聞くまでは引けない。それに、泣きたいのは俺も同じだ。
俺は心臓を奪われてんだから!
沢山パーツがあるんだから1つくらい……じゃ済まされないんだ!
だから、しっかりとハッキリと言ってくれ。
「それは……し、知らない。俺はなにも知らない!」
駄目か。
だったら、質問を変えてみよう。
「お取り込み中の所悪いのだけど、私が留守の間に起きた事を詳しく聞きたいの。太郎か次郎、どちらでも良いわ。理科室に来て頂戴」
質問を考えていると、頭に直接花子さんの声が聞こえた。
そっか、バスケ小僧は花子さんが留守の間の代表者で、太郎と次郎は狼男と戦って追い払った。
ここにいるのは、狼男との事を報告出来る当事者だ。
「太郎と次郎は理科室に行って良いよ」
後は、こっちで話し合うから。
「なにかあったら」
「呼んで」
スゥーっと消えた太郎と次郎。体育館に残されたのは俺達だけ。だけど花子さんはお取り込み中の所悪いんだけどって言ってたから、会話は聞かれているんだろうな。じゃあ下手な事は言えないな……。
少し話をそらして様子を見てみるか。
「バスケ小僧って、いつもバスケットボール持ってるよな。大事だから?」
さっき動揺して思いっきり蹴っていたけど。
「え?うん。大事」
バスケットボールを、本当に大事そうに抱えるバスケ小僧は、俺が言葉を続けるよりも先に、俺が言いたい事を察したのだろう。押し黙ったまま俯いてしまった。
俺にとってのパーツは、バスケ小僧で言うバスケットボール。
自分の体の一部を、目的不明のまま奪われた悲しみと驚きと、気持ち悪さが分かるか?
なにか大事な理由があったとしても、何故黙って奪って行くという結論になった?
返しに来ないのは何故だ?
黙っているのは何故だ。
バスケ小僧で言うバスケットボール?違う。そんな次元の物じゃない。
「お前で言う足だ。寝ている間に足が1本奪われていたら、お前は如何思う?何時まで経っても犯人が名乗り出て来ない所か、足も戻って来ない数日間を過ごしてみるか?」
実際には幽霊の足を切るなんて事は不可能ではあるが、俺の思いを伝えるには分かりやすい例えを言うのが1番手っ取り早い。
それで出て来たのが幽霊の足を切るって非現実的な事なんだから、自分の例え話の下手さにウンザリする。
「と、取ったのは俺じゃない!」
それは分かったから。
「犯人を知ってるんだろ?」
庇おうともしてるんだよな?
全部分かっているから、知っている犯人の名前を教えてくれよ。謝って欲しいとかそういうのはないから。ただ心臓を返してくれるだけで良いからさ……。
黙って俯くのは止めてくれないか?
俺は頭ごなしに怒鳴っているか?
バスケ小僧の言い分を聞こうともせずに、一方的にまくし立てているか?
してないだろ。
むしろ、どういう事なのかって質問しているんだ。話を聞こうとしているんだ。それなのに、押し黙ったまま質問に答えない。
必死に訴えてくるのは、俺は取ってない。やってない。知らない。
こっちの質問にろくな答えも出さないくせに、無実である事だけを主張してくる。都合が悪くなるとダンマリだ。
はぁ……寝不足のせいなのかな、フツフツと怒りが沸きあがってくる。
このままじゃあ本当に頭ごなしに口悪い事を怒鳴ってしまいそうだ……少し冷静になる時間が必要だな。
それと、寝不足ではない精神状態と……お互いの表情がしっかりと見える程度の明るい場所。
話し合いの場を改めよう。
「明日、俺の心臓を奪った奴を連れて図書室まで来い」
俯いたまま無言を突き通すバスケ小僧を体育館に残し、パーティーを楽しめる状況じゃないので理科室には顔を出さず、そのまま保健室に戻った。
犯人を連れて来させるんじゃなくて、心臓を持ってきて貰った方が良かったかな?とか思いながら保健室のいつもの場所に立った瞬間、緩やかに睡魔がやってきてくれたから、今日はもうなにも考えずにこのまま眠ってしまう事にした。
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