第4話

 なにか違和感を覚えて目が覚めた。

 目覚めたといっても、人間のように目を閉じて眠っている訳ではないので、人間からは俺が寝ていようが起きていようが全く変化はないように見えているはずだ。

 しかし、目が覚めると保健医と後もう1人、計2名の教師が俺の方をジッと見ているという、結構異常な光景に驚いて声を上げれば流石にばれてしまうので、必死になって声を殺した。

 保健室の中はかなり明るい。電灯がついているだけの明るさとは全く違って無駄にキラキラしていて、ブワッと舞っている埃や塵がキラキラと光に照らされている。

 つまり、昼間だという事。

 こんな時間に目が覚めるなんて、なにか余程の事がない限り有り得ないのだが……2人もの人間に凝視されている状況は、異常事態だと言えなくもない。とは言ってもだ、人体模型を使用した授業かなにかがあればそれこそ何十人もの生徒の目が俺に注目するわけで、その時に俺のパーツは外されたりするんだろうから、見られているだけで目が覚める程のなにかがあるとは思えない。

 だったら、なにがあったんだろうか?

 なにがあるのだろうか?

 考えられるのは1つ、俺の心臓だ。サイズ直しが終わったとか?それとも他のパーツも修理が必要だとか?なんにせよ、綺麗にしてくれるのなら大歓迎だ。走っても飛んでも踊ってもパーツが落ちないくらいになりたい……なんて、少し欲張り過ぎだろうか?なら、せめて普通に歩けるくらいになれたら良いなぁ。

 「このタイプのは、今はちょっと難しいですね……」

 足元から声が聞こえたかと思った次の瞬間、物凄い至近距離からぬっと表れた1人の男は、手に俺のパーツを1つ持っていたが、それは心臓ではなくて肺。

 急に視界にはいって来るから、もう少しで声を上げそうになってしまったよ……。

 俺の足元にしゃがんでなにかをしていた男性は、カコンと肺を俺の胸にはめ込むと、保健医と、もう1人の教師の方を向き、俺には背を向けた。

 はぁー、こんな短時間で2回もビックリさせられるなんて思ってもみなかったから、スッカリ眠気が覚めてしまったよ。

 まだお昼だから、俺達の時間までにはまだまだ時間がある。それなのに1ミリも動けないんだから暇で仕方ない……暇さに負けて眠気が再びやってきてくれる事を祈るしかないな。

 新しいパーツでピカピカになった自分の姿でも想像しておこうかな?

 どんな妄想ナルシストだ。

 保健室から人間がいなくなり、1人きりになった所で視線を窓の外に向けてみる。

 外は明るく、日の光が容赦なく窓から入ってきて目が眩んだ。それでも見えたのは金次郎と、イチョウの広場に立っているイチョウの木の上にいるキノセイの姿。

 2人共起きているらしく、しっかりと目が合ったのだけど、精霊であるキノセイはともかく、金次郎まで起きているってどういう事なんだ?

 いや、起きている俺が言えた立場じゃないのかも知れないが……金次郎にとってもなにか……起きなければならない程のなにか、大変な事があったのだろうか?

 それとも、最終下校時間になるまで眠っていたのは俺だけだったとか?

 俺が起きている事に気付いたキノセイは、良い笑顔で手を振ってくるが、振り返せないし、笑顔を返す事も出来ないし。

 するとイチョウの木からスルスルとおりてきて近付いてくると、閉まっている窓など諸共せずにスィーっと保健室に入ってきた。

 実体がないってのは、恐ろしく便利だな……しかも人間に姿を見られないから自由に動き回れるし、こんな昼間でも活動する事が出来るんだから。

 「こんにちは!」

 物凄い笑顔で挨拶されてしまうと、反射的に返事をしたくなってしまうが、今は昼間で、校内には人間がわんさかいるから返事どころか動く事も禁止されていてだな……。

 「あ、周りに誰もいなくても動いちゃ駄目なんですね?」

 すぐに察してくれて助かったよ。

 この調子じゃあ金次郎の所にも挨拶をしに行ったっぽいな。アイツは外にいるから校内にいる人間だけじゃなくて、外にいる人間からの目もあるから、本当に1ミリも動いては駄目なのだが……手元の本を読んでいる風に少し俯き加減で下を向いていなければならないその目が、どうしてこっちを向いていて、俺と目が合っているのかなぁ?

 「返事は良いですよ!ただ俺が挨拶したかっただけですから」

 流石精霊、なんというのか……いちいち眩しい。いや、キノセイは人間だった頃からこんな感じだったんだろうな。だから誰も恨む事もなく、自分の身を愁う事もなく、ここにこうして悪霊でもなんでもなく精霊として現世に存在できた……あ、いや、別にバスケ小僧とプール娘が悪性で恐ろしい存在だって事ではなく。

 ……あの2人の愁いも、いつか近い将来払えれば良いな。

 愁いの元がなくなった時、幽霊である2人は成仏と言う形で現世から、この学校からいなくなるのだろうか?

 精霊になる事はないのだろうか?精霊は無理だとしても、他になにか……バスケ小僧の場合なら、いつも持っているバスケットボールに宿って、バスケットボールの九十九(つくも)になる。とか……プール娘ならビートバンとか、プールキャップとか!

 なんだろう、物凄く呪いのアイテム感がある。

 「今日は九十九の皆さん起きるのが早いですね。なにか特別な日なのですか?」

 あの、キノセイ?返事は良いと言っておきながら、どうして確実に説明が必要になる質問をしてくるんだい?

 それにしても、目覚めていたのは俺と金次郎だけじゃなくて、九十九全体なのか。って事は音楽室の肖像画も?

 勝手に歌い出していなければ良いけど……目を光らせてもいないだろうな?

 後九十九っていったら誰だ?

 理科室の標本は……本物の標本なら妖怪の類で、作り物の標本なら九十九だよな?それとも標本って1つのくくりになるとか?なら夜に動かない至って普通の標本はなにになる……標本は標本だな。

 やっぱり、動き出すのは妖怪の類か九十九なのだろう。

 あぁ、肝心なのはそこじゃなくて、何故九十九が一斉にこの時間に目覚めたのか。だ。なにか大変な目に遭うとかそういうのじゃないのなら、一体なにが?

 特別な日だから?

 今日、なにかあったっけ?

 ん?

 あっ!そうだ。

 「皆、起きているかしら?」

 頭に直接響いてくる花子さんの声。内容から察すると、学校内にいる全ての仲間の頭へ同時に声をかけているのだろう。

 こんなとんでもなく凄い事を平気でやってのけるんだから、花子さんって本当に物凄く強いんだなーって小学生みたいな感想しか頭に浮かばない。

 もう、なにがどうだから凄い。とかいう想像をはるかに超えていて、なにをどう思ったら良いのか。ただ、敵じゃなくて良かった。としか言いようがない。

 「はーい。聞こえてますよー」

 花子さんの声に、目の前にいるキノセイは手を上げて返事をしている。しかも両手だ。この、なんとも言えないほのぼの感ときたら!

 撫ぜたい。今、猛烈にキノセイの頭を撫ぜたい。

 イカンイカン、花子さんの話の途中だった。言われる事は分かっているが、指名があるかも知れないから真面目に聞いておかないと。

 「今日が何の日なのか皆知ってると思って言わなかったのだけれど、キノセイは仲間になったばかりで知らないと思って説明するわね。もしかしたら、忘れていた子もいるかも知れないし、ね?」

 ごめんなさい、ついさっきまで忘れていた者の1人です。

 「え?なにかあるんですか?」

 また返事をするキノセイは、何処に花子さんがいるのかが分からずにキョロキョロと保健室の天井を見上げている。

 こちらからの声って、花子さんには届いているのだろうか?けど、花子さんに対して俺達の数は多いから、それぞれが話す言葉なんか拾ってたら五月蝿いだろうな……だから多分校内放送的な感じなのだと思う。

 1対1で話している時は、こちらからの声も聞こえていそうだけど。オンオフでもあるのだろうか?

 普段の会話も知らないうちに聞かれてたりして?

 まぁ、幽霊組な訳だから神出鬼没なのは当然だし、会話くらい聞かれていてもなんの不思議もないか。聞かれて困るような知的な会話なんかしてないし、全く問題ない。

 あ、違った。花子さんや太郎、次郎は妖怪の類だったんだっけ。

 だとしても、会話を聞かれても困る事はない。って結果に変わりはない。

 それで……なんだっけ?

 「今日は各地から学校の代表者達が集まっての報告会議があるの。最終下校時間前に出発したいから、今から私が留守の間だけの代表者と、一緒に行く者を決めるわ」

 要は学校1校1校にそれぞれいる花子さん達が一斉にどこかに集まって、今後の方針とか、不審者の有無とか、悪霊情報とか、廃校になった学校の確認とか、増えた仲間の紹介とか、減った仲間の報告とか……とにかく1年の間に起きた様々な事を報告し合うって言う、ちゃんとした会議。

 別名、花子さん会議。

 満月の夜に開かれる事から、満月の集会とも呼ばれているのだとか。

 「そんな会議があったんですね」

 うんうんと頷きながら相槌を打つキノセイは、確実に他人事のように思っているのだろうが、九十九ではない限りその年の新顔がお供に選ばれる事が多いんだ。

 「今回のお供は紹介も兼ねてキノセイよ。出発までに準備を整えていて頂戴」

 ほら、思った通り。

 「えぇぇぇぇ~~~!?」

 そんなにビックリするような事……か。会議がある事をたった今知ったばかりだと言うのに、行き成りお供として行く事になるなんて不安しかないだろう。その上準備を整えるようにとか言われても、なにをすればいいのだろう?状態だろうし。

 緊張しなくても大丈夫。とか声をかけてやりたいな……まぁ、俺はその会議に出席した事は1度もない訳なんだけど。

 「代表者には太郎に……」

 「ヤダ」

 頭の中に太郎の声が響く。

 「……じゃあ次郎……」

 「イヤ」

 そして次郎の声も。

 今年も始まるのか?頭に直接聞こえてくる姉弟喧嘩。これがある事を見越してまだ明るいうちから俺達に会議の話を始めたんだな。

 代表者は昼間になにかあった時の事も考えて人間には見えない幽霊組か、妖怪組しかなれない。なので九十九組は会議に指名される事は万が一にもない……んだけど、もしかして?って毎年考えてしまうのは何故だろう?

 俺は代表者になりたいのだろうか?

 「貴方達ね、何年同じ事をしていると思っているのかしら?そろそろ1度で、分かった。と返事が出来ないの?」

 そうは言うが、去年の代表者は確かバスケ小僧じゃなかったっけ?結局花子さんが帰ってくるまでなにも起きず平和そのものだったんだ。そもそも、なにか厄介な事が起きたためしがない。

 昼間に起きていられる幽霊組から聞いた話だと、ちょいちょい犬がグラウンドに侵入したくらいだっていうじゃないか。しかも大人しい犬で、児童により可愛がられつくしたとかなんとか。

 「とにかく、今年は貴方達のどちらかにしてもらうわ。後は2人で話し合いなさい」

 花子さんは代表決めを太郎と次郎の2人に任せ、頭に直接響いてくる校内放送もどき?を終えた。

 終えたと言い切れたのには理由がある。それは、お供に選んだキノセイの横に花子さん自身がスゥーっと現れ、

 「出発までにイチョウの精霊としての仕事があるなら済ませていて頂戴。2日ほど学校を空ける事になるから、イチョウにもそう報告していて」

 と、軽い説明を肉声でしたから。後はー……

 「絶対にヤダ!」

 「絶対にイヤ!」

 「怖い!」

 「怖い!」

 太郎と次郎の攻防が頭に直接響いてくるから。

 結局何事もなく過ぎていく平和な時間なんだし、そんなに怖がる事もないと思うんだけどな……なんなら2人で代表をすれば良いと思うんだけど、それだと方針が多少なりともぶれるから駄目なのだろうか?

 この学校内のボスである花子さんが、どちらか。だと言うのだから、どちらかなのだ。なら、俺達に出来る事ってのは、脳内に響いてくる兄弟喧嘩が早く終わるように祈りながら耐えるのみ。

 「花子さん、人体模型さん、俺イチョウの木に戻りますね!」

 ペコリと頭を下げたキノセイは、閉まっている窓もお構いなくスィーっと外に出て行き、そのままイチョウまで飛んでいく。

 キノセイって飛べたんだな……あぁ、精霊なんだから飛べて当たり前か。

 「やりたくない!」

 「なりたくない!」

 花子さんとキノセイが出発する時間になっても太郎と次郎の喧嘩は終息せず、結局は去年代表を務めたバスケ小僧が花子さん直々に指名を受けた。もちろん、太郎と次郎に対して激怒しながら……。

 「なにかあった時は太郎と次郎に聞くと良いわ。不審な悪霊が校内に侵入した時は必ず追い出して頂戴」

 保健室の窓から小さく見える正門前には、花子さんとキノセイを見送る幽霊組が集まっていて、代表を任されたバスケ小僧に対する最終注意事項がなされた。

 「はい!頑張ります!」

 100点満点の良い返事をしたバスケ小僧に満足したのか、花子さんは集まっていた皆と、正門前から見える金次郎と、保健室にいる俺にも手を振ってから会議に向かって歩き出した。

 「いってきます!」

 その後ろを、ガッチガチに緊張しているキノセイが続いて歩き出す。

 俺は、2人の後姿が見えなくなるまで見送ろうと思っていたにもかかわらず、突然襲い掛かってきた睡魔により意識が朦朧としていた。

 はぁ、もう駄目だ。

 最終下校時間になるまで、おやすみ。

 ピンポンパンポン♪

 「皆さん、下校の時間です。校内に残っている生徒は速やかに帰りましょう」

 最終下校時刻を告げる校内放送で目が覚めた俺は、また目の前にいる保健医の姿にビックリし、出そうになる声を必死に抑えていた。

 そんな事などお構いなく、保健医は俺の手を取るとニギニギと無言で握って握手し、ポンポンと頭を撫ぜてくる。

 なんだこれ?なんだこれ!?

 「……それじゃあね」

 散々頭を撫ぜてきた保健医は、最終的には頬をツンツンしてからそう声をかけてきた。

 意図は良く分からないが、反応を返す訳にもいかないので黙っていると、保健室の電気が消され、保健医は出て行き、それからしばらく経ってようやく校内は無人になった。

 始まった俺達の時間。

 花子さんとキノセイは不在だけど、今日もきっと楽しいパーティーが理科室で行われているはずだ。

 足音を立てないよう慎重に窓から廊下に出て少し歩いてみれば、自分の胸にまだ心臓が納まっていない事に気がついた。

 やっぱり、心臓がないとパーツが安定しているな。

 とは言え、パーツの欠けている人体模型なんて人体模型とは呼べないんじゃないか?

 早い所修理が終われば良いのになぁ……なんて指を咥えていたって仕方ない。ここはポジティブに考えて、心臓が戻って来ない間は普通に歩く事、走る事、踊る事をパーツの落下を気にせずに楽しもうじゃないか。

 修理が終わったら、こんな事を心配しなくても良くなるんだって、そう考えるだけで楽しいや。

 でもなぁ……パーツを気にせず暴れている最中にパーツが外れた場合、普段とは比べ物にならない程のダメージを受けるんじゃないだろうか?

 ゆっくりと移動している時にパーツが外れるのと、勢いがついてパーツが外れるのとではパーツが受けるダメージの差なんて考えるまでもない。他のパーツが歪んだり、傷が着いたりしないよう、今まで通り慎重に移動しよう。

 ソロリソロリと足音さえ立てないようゆっくりと歩いて辿り付いた理科室前。いつもならば理科室の中に入らない限り無音で、静寂が保たれているというのに、今は理科室の前がやけに騒々しい。

 「なにかあった?」

 代表者であるバスケ小僧を探してみるが見つけ切れず、俺は理科室の窓から外を見ていた金次郎にそう尋ねてみたのだが……同じように窓の外を眺めて分かった。

 グラウンドに1匹の犬が迷い込んできていて、その犬を学校の外に連れ出そうと奮闘しているバスケ小僧と、バスケ小僧を応援しているプール娘が見えたから。

 幽霊組であるあの2人には、実体を持っている犬に直接触れる事は出来ない。だから必死に出て行くようにと促しながら威嚇するしか方法がない。しかし、全力で威嚇されている犬は全く動じておらず、お座りした姿勢のまま動かない。

 けど、犬が1匹迷い込んできたところで重大な問題とは言えない。まだこれが昼間で、尚且つ犬が暴れているなら、児童に被害が出る前に如何にかしないと大惨事になるわけだが……今は児童どころか教師すらいない俺達の時間。お座りしているだけの犬なんて無視していても良いだろ。犬だってなにもないと思ったら出て行くだろうし……?

 出て行く?

 どうやって?

 人間が校舎内に1人もいないって事は、出入り口は全て閉ざされているという事。

 だったら、あの犬はどうやって入ってきた?

 元々校内にいたにしても、人間に見付からなかったとは考え難いよな?

 人間がいなくなってから入って来たにしても、閉ざされている門を飛び越えるのは難しいんじゃないか?

 バスケ小僧があんなにも必死に外に出そうとしている事も考えると、もしかしてあの犬は……幽霊?

 でも、同じ幽霊組になるのならお互い触れるはずだから、あんなふうに呼びかけるだけで追い払おうとしているのは不自然だ。

 って、実体があるものでも、ないものでも触る事が出来る九十九組が出れば済む話だな。

 「先に言うけど、出るなや?」

 窓の外を眺めていた金次郎の目が俺を方を向き、物凄い小声で注意してきた。そのいつもと様子が違い過ぎる雰囲気に視線を泳がせて見れば、理科室にきた時には沢山いた皆の姿が何処にもない。

 理科室に元々いる標本達は心配そうに窓の外に注目しているが。

 「怖いのが来た」

 「早く追い出さないと」

 頭に響いてくる太郎と次郎の声。

 怖いのって、犬の事?2人は犬が苦手だったのか。それなのに放っておこうとはしないで追い出そうって?

 「怒られる」

 「そっちの方が怖い」

 「行こう」

 「うん、行こう」

 怒られるって誰に?

 行こうって何処に?

 なんの説明もされていないけど、あの犬を追い出さなければ花子さんに怒られるんだろうなって、なんとなく理解出来た。

 花子さんは出発前、悪霊が侵入した時は必ず追い出せと注意をしていった……って事は、あの犬は紛れもなく悪霊。

 お座りしたままノンビリとしているだけで大人しいけど、悪霊……大人しいなら暴れないように言い聞かせて、仲間にする事は出来ないのだろうか?

 花子さんのいない今は無理か。悪霊は追い出せ。それが言いつけだしな。

 だったら尚の事俺達も出て行って、皆で追い出そうと動いた方が効率的じゃないのか?それなのに、何故出るなって言うんだ?

 「さっさと追い出せるんなら、俺達も出た方が良いんじゃないのか?」

 それに、幽霊組と太郎次郎は子供だから、当然体は小さい。それに比べて俺達は大人で、金次郎に至っては石造りだ。

 「攻撃されたらどうなるか考えてみ?」

 あの犬を見る限り攻撃してくるとは思えないが……そっか、悪霊なら普通の犬よりも相当な攻撃力を持っているはず。

 普通の犬相手でも噛まれたら牙の跡がクッキリハッキリと残ってしまうだろうプラスチック製の俺じゃあ、出て行った所で逃げ回る事しか出来ないだろう。

 犬の破壊力によっては、石造りの金次郎も木っ端微塵に砕かれる可能性がある。

 その点、幽霊組ならば怪我をしない。もしダメージを受けたとしても人間からは見えないから安全に休む事が出来るし、休めばダメージは回復する。

 九十九の俺達に自然治癒力なんて備わっていないから、怪我をする訳にはいかないのだ。

 「グルルルル……」

 お座りしていた犬が、グラウンドに現れた太郎と次郎を確認した瞬間唸り声をあげ、スクッと立ち上がった。

 おっと……立つと結構大きいんだな。

 「おねーちゃんがいない時を狙って来るなんて」

 「ここはお前のいるべき場所じゃない」

 「出て行け」

 「出て行け」

 太郎と次郎は交互に話しながら犬の方に向かって進み、両手を広げた。すると2人の体が微かに発光し、その光は徐々に掌に集まって強い光の玉となった。

 合計4個の光の玉。

 先に動いたのは太郎で、左手の光の玉を犬に向かって投げた。犬はそれを避けて大袈裟に飛び上がり、光の玉はグラウンドに派手な跡を残して消え、今度は犬から太郎に向けての噛み付き攻撃がきて、次郎は光の玉をまとった拳で犬に向かってパンチする。

 犬は再び飛び上がって攻撃を交わし、太郎も後ろに飛んで事なきを得た。

 なんて事だ……太郎と次郎が格好良い。

 犬の追い払い作業を太郎と次郎に任せたのか、バスケ小僧とプール娘はグラウンドについた跡を消す作業を始めている。

 「この姿のままじゃあ戦い難いなぁ」

 そんな負け惜しみのようなセリフを吐いた犬は、一旦戦闘体制を解くと後ろ足で立ちあがって人間のように大きく伸びて……そのまま本当に人間みたいな姿に化けた。しかし顔は犬のままで……。

 あれ?これって、もしかして?

 花子さんや太郎、次郎、それにキノセイと言う、幽霊組なのか妖怪組か見分けが難しいような、そんなフンワリとした区別しかなかったここに、狼男っていうガッツリとした妖怪が来よった!それも敵として!

 「犬人間いくよ」

 「犬男覚悟して」

 犬人間!?犬男て!

 「Guten Abend.今日からここは俺の縄張りだ」

 前半なんだって?まぁ、後半部分が全く友好的ではないから、なんて言っていようが関係ないか。

 しかし、太郎と次郎はどうやって勝つつもりだ?2人共凄い良い戦いっぷりだけど、結局掠りもしてないし……相手はここから本腰入れて攻撃してくるわけだし……なにか秘策みたいなものがあれば良いんだけど、なんの知識もない俺ではどうする事も出来ない……事もないか。

 知識がないならつければ良い。

 「金次郎、狼男について詳しい事知ってるか?」

 毎日毎日本を片手にしている金次郎だ、俺よりも多くの事を知っているはず。

 「あぁ、俺もそれを思い出してた所。銀の銃弾とか、マリアのメダルを溶かした銃弾とか……吸血鬼が天敵とか」

 流石に、現実的ではないか。

 グラウンドでは砂埃を舞い上がらせながらの戦闘が始まっているが、両者共に1発も攻撃は当たっていないようだ。

 狼男の動きはさっきと比べれば1.5倍ほど素早くなっており、2倍ほども高くジャンプし、尻尾のフサフサが3倍ほどアップしている。

 あの素早い動きを維持するには、尻尾でバランスをとる事が重要なのかも知れないな。だとしたら伝承にある武器を手に入れるよりも尻尾を狙うほうが確実じゃないか?犬足だし、足を踏むのも効果的かもしれない……鼻の利く動物なのだがら鼻を狙うか腹部、攻撃が通りやすそうな眼球もよさそうだ!

 で、これをどうやって太郎と次郎に伝えれば良い?

 花子さんみたいに頭に直接話しかけられる校内放送が使えれば……そうだ、今ここの代表者であるバスケ小僧なら、一時的にでも使えるようになってるんじゃないか?

 バスケ小僧がいるのはグラウンドだけど、戦闘が繰り広げられている場所から少しだけ離れている。安全とは言い切れないが、呼びに行く事は出来るはずだ!

 「バスケ小僧呼んで来る!」

 窓を開け放ち勢いよく飛び出すと、流石に肺が外れてしまった。だけど拾っている場合じゃないからそのまま走って行くと、砂埃であまり目が利かないものの、かなり近くに狼男の気配を感じた。

 何処だ?何処にいる?

 目に砂が入る心配のない俺や、実体のない太郎と次郎に比べ、狼男は生身の妖怪。今頃はきっと目に砂が入らないように薄目になっているか、臭いで敵の居場所を……実体のない太郎と次郎には体臭なんてものはない。とすれば、プラスチック臭のある俺が狙われている可能性は高い。

 こんなにも近くに気配があると言う事は、すでに攻撃準備に取り掛かられているのかも?

 攻撃を食らったら間違いなく割れるか凹むかして、壊れてしまうだろう。

 壊れたら、どうなる?

 九十九ではなくなるのだろうか?

 だとしたら俺はどうなる?

 消えるのか?

 少し砂埃が落ち着き、1メートルも離れていない場所にヌッと現れた大きな体。幸いな事に狼男は俺のいる方向は特定出来ているようだが、しっかりと俺の方を捕らえてはいない。

 そうか、走ってくる最中に落ちた肺のプラスチック臭がフェイクになってるんだな。

 落ちそうになっていた胃を握り、

 「……太郎、次郎!尻尾とか鼻とか腹とか、弱点っぽい所狙ってくれ!」

 大声を張り上げた。

 瞬間こっちを見てくる狼男。だけど遅い。

 ボコン!

 こっちを向く目に向かって振り上げた胃をぶつけてやった。

 目を押さえながらユラリと後退った狼男の背後には、両手に光る玉を持った太郎と次郎の姿があって、太郎は狼男の頭部に向けて光の玉を投げ付け、次郎は光の玉を纏った拳を手刀に変えて尻尾に向けて振り下ろす。

 「キャインキャイン」

 ポンと犬の姿に戻った狼男は、特に捨て台詞的な言葉も残さずに正門の方へと走り去り、門を軽く飛び越えて闇に消えていった。

 「やった」

 「追い払えた」

 「イエイ」

 「やったね」

 ハイタッチしている太郎と次郎は、嬉しそうに笑っている。

 まさか、この2人があんなにも強いなんてな……って事は、花子さんはもっと凄いんだよな?

 精霊であるキノセイも、本気を出せば物凄く強かったりして……。

 俺も強くなりたいな……攻撃を受けて壊れてしまう俺では戦わないのが1番なのだろうけど、それでも。

 「お前なぁ!えぇ加減にせぇよ!?」

 ドッスドスとこっちに向かってくる金次郎は相当ご立腹の様子だが、その手には俺が落とした肺を大事そうに持って来てくれている。

 「なんとかなったんだし、良いじゃないか」

 「お前なぁ……次こんなんしたら本気で怒るからな!」

 今だって結構怒ってるじゃないか。でも、心配してくれてるんだよな?

 ありがとう。

 少し歪んでしまった胃を胸の中に納め、金次郎から受け取った肺を、祈るような気持ちではめ込むと、少しばかりバタ着いてしまったものの、ちゃんと納める事ができた。

 良かった良かった……って、なんか忘れてるような?

 首を傾げていると、バスケ小僧が俺達の方に近付いて来て……

 「皆さん、手が開いてるならグラウンドの穴埋め手伝ってください!」

 それだ!

 人間が起きる時間になる前にグラウンドを如何にかしないと!

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