第3話
最終下校時間が近付き、薄っすらと目が覚めた俺は、いつもよりほんの少しだけ体が軽い事に違和感を覚えていた。
だけど保健室にはまだ保健医がいるので、自分がどういう状態なのかを確認しに鏡の前に移動する事が出来ない。
それでも分かったのは、パーツが足りない事。
昨日の夜、保健室に戻ってきた時にはちゃんと全てのパーツは胸の中に納まっていたから、なくなっているとするなら自分以外の何者かの仕業で間違いない。
何処かへ移動させられた時にパーツが落ちてしまったか、保健室に来た誰かがパーツを奪って行ったか……なんにせよ、それに気付かれなかったから今の状況になっているのだろう。
なら、パーツが俺から外れたのは、誰も目撃しない程の短時間であった可能性が高い。だとしたら落ちやすい肺か?
しかし、そんな目立つパーツなら保健医が普段通りでいる事が不自然な気もする。
まぁ、最終下校時間を過ぎて、校舎内に誰もいなくなった後で確認すれば良いだけだな。
ピンポンパンポン♪
「皆さん、下校の時間です。校内に残っている生徒は速やかに帰りましょう」
最終下校時刻を告げる校内放送よりも早くに無人になっていた保健室内、周囲に人間の気配もなかったのでほんの数歩動いてガラス窓に映る自分の姿を見つめた。
肺は、2つ共ちゃんと胸に納まっているものの……他は良く見えないな。
どこだ?
なにがない?
本当ならばスグにでも全てのパーツを取り外して確認したいところではあるが、保健室と保健室周辺に人間の気配はないとは言っても校内にはまだ何人かの教師が残っている。そんな状況にもかかわらず数歩動いてしまった事が花子さんにバレでもしたら……激怒されてしまうだけでは済まないだろう。
気にはなるが、校内に人間がいなくなるのを待つしかない。
どうせ待つのなら、初めから動かなければ良かったな。
しぃんと静まり返った校内、窓の向こうでは金次郎が“新入り”を呼びにイチョウの広場までの移動を開始し、イチョウでは“新入り”がフワリフワリと下におりてきた。
無事に合流した2人が笑顔でこっちに手を振ってくるから、なんかちょっと微笑ましいな、なんて思いながら手を振り返すと、
「先に行っとくからなー」
と、声をかけてきた。
今日は“新入り”が初めて理科室に行く日なのだから俺も早く行かなければならないが、自分のパーツが欠けているという非常事態。
しかし1つ1つパーツを確認していたら時間が足りない。だからって理科室内での確認作業などしたくない。
最悪なのは俺が到着するまで挨拶を待ってくれている可能性がある事。
こうしてる時間も勿体無い。さっさとパーツを調べて……、
「あぁ~……」
鏡の前に立ってスグに見付かった欠けた箇所。
それは肺と肺に挟まれた場所にある筈の心臓だった。
こんな大事なパーツをしないまま理科室に行けば目立ってしまうだろうか?なにか他のそれっぽい物を変わりに詰め込んで行こうか?
いやいや、なにを誤魔化す事を考えてんだ。
自分のパーツだぞ?
自分自身だぞ?
何処にあるのかくらいは分かるようなもんじゃないのか?
だったら普通に探して、見つけた心臓を胸に納めて理科室に向かえば良い。
で、何処だ?
何処にある?
保健室内を見回してみても特になにか感じる場所はないし、ウロウロ動いてみても特になにも感じない。
保健室内にはないのだろう。と、窓から廊下に出てみるが、第1校舎に向かう廊下の先を見ても、第2校舎に向かう廊下の先を見ても、本館2階に上がる為の階段の前に立ってみても、やっぱりなにも感じない。
ある程度近付かないと駄目なのか?
それとも、校舎内にはないとか?
自分の体だってのに、そんな事も分からないのか……けど、心臓を見つけた所でどうしようもない。
肺はちょっとした衝撃で外れてしまう程ボロボロな俺だが、心臓は肺を外してからでなければ外す事は難しい。なんらかの拍子に肺が外れ、その時に心臓も外れたとしてだ、肺がキッチリと胸に納まっていると言う事は、パーツを元に戻した人間がいるという事。肺を入れておきながら心臓だけを忘れるなんて器用な事が出来るものか?そもそも、体の中心という目立つ場所の、最も有名であろう臓器がない事に騒ぎの1つも起きていないのだから、心臓は意図的に抜き取られた可能性が高い。それなのに俺が元に戻してしまったら?外した筈なのに元に戻っている。と、騒ぎになるだろう。
パーツが欠けている状態で理科室には行きたくないけど、事情が事情なんだから仕方ないか。だったら“新入り”の挨拶に遅れないようにさっさと行くとしよう。
なんだかんだと色々考え込んでしまったから、ちょっと急がないとな……。
「ん?」
少し大きく出した足、いつもならこれ位の振動でも肺が音を立てて落ちているというのに……落ちない?
可笑しいと思いながらもう1歩。今度はわざと振動が来るように歩いてみたが、なにも落ちない。
まさかと思いながら、今度は廊下を軽く走ってみたのだが……やっぱりなにも落ちない。
心臓ない方が安定してるな。
サイズが合ってなかったのだろうか?それなら肺がポロポロ落ちていたのは仕方ない事だったのだろうし、現在心臓が行方不明なのもサイズを合わせる為の修理に出されたとも考えられる。
なんだ、パーツが落ちるのはただ単に俺がボロだったからって訳じゃないんだな。
寧ろ修理に出されるなんて人間に大事にされている証拠、胸に心臓がなくても誇らしいじゃないか。
なら、本当に急いで理科室に向かわないと。
いつもゆっくり、ノンビリと歩いていた廊下を、廊下では走らないように。と書かれた注意紙の横を堂々と走り抜ける。
凄い、保健室と理科室って実は物凄く近いんだな。
理科室の前で立ち止まり、念の為に左右確認をしてから壊れて鍵が閉まらなくなっている窓を開けた。
廊下にいると無音だった理科室内は、1歩中に入ってみれば真夜中のパーティーが開かれていて騒がしい。それなのに皆の視線は、教卓前に立っている花子さんに注目していた。そんな花子さんの隣には、モジモジとしている“新入り”の姿がある。
「よぉ~人体模型、いつもより早かったな」
ドスドスと多少激しい足音を鳴らしながら近付いてくるのは金次郎。
いつもより大分早かったろ?
「まぁな。それで“新入り”の挨拶は?」
パーティーが始まっているし、教卓前に“新入り”がいるのだから顔合わせは済んだのだろう。だけどパーティーに混ざらずに教卓前に立っている事と、花子さんが踊っていない事を考えれば、挨拶とか自己紹介とかはまだなんだろうなって。
「まだやで。今は全員揃うまでの自由時間」
仲間が増えるってのは俺達にとっては大きな出来事だもんな、全員が揃ってから挨拶をするのは当然と言えばそうか……ん?全員って事は、自分では動けないモノも対象なのか?カエルや蛇などの標本は元々理科室内にいるから良いとして、問題は……
「音楽室の肖像画も?」
音楽室は理科室の上だから取りに行くのにそんな時間は掛からないが、手も足もない額縁が移動出来る距離ではない。そもそも壁から外れる事も出来ないだろうし、出来た所で割れておしまいだ。
「太郎と次郎が迎えに行ってる」
あ、もう行っていたのか。
高速で移動出来る今の俺を見せ付けてやろうと思ったが……待て、このまま何事もなく過ごしている方が、心臓ないやんかー。とか言われずに済むから良いのかも?それに、心臓の修理が終われば常に高速移動が出来るのだろうから、わざわざ今の不完全な状態を見せ付ける事もないな。
「ただいまー」
「連れて来たよー」
お、帰ってきた。
これで全員だったのだろう、教卓前にいた花子さんが軽い咳払いを1回……
「ここにー」
の前に、太郎と次郎の話は続くようだ。
「ここに?えっと……いるよ?」
誰が?
皆が?
いや、ここに。と言いながら太郎は肖像画を持ち上げたから、肖像画を差す言葉なのだろう。なら、いるよ。との答えは不自然さもないし正解……
「違う。ここにー」
不正解なのか!?
正解だと思うんだけど……太郎の求める答えではなかったらしい。
「えと……あるよ?」
あぁ、なるほど。
人物としているのではなく、額縁として、肖像画として、あるよ。か。
「違うよ!」
違うのか!
「もっと分かりやすいパスくれないと分からないよ!」
パスの問題じゃなくて、答えの臨機応変さを求めた方が良いんじゃなかろうか?
「もういい!」
「もういい!」
そこは息ピッタリだな。
じゃない。
結局正解はなんだったんだ?
太郎と次郎はフンッ!とそっぽを向きつつも2人仲良く肖像画を1枚1枚丁寧に机の上に並べ始めた。
まずいな、これはこっちから聞かなければ正解は永遠に闇の中だ。
「太郎」
「正解は?」
地味に揃った俺と金次郎に少しばかりムッとした顔をする太郎と次郎だが、机に置かれた肖像画達が順に、
「連れて来てくれて♪」
「ありがとう♪」
「綺麗に並べてくれて♪」
「感謝~♪」
てな感じで口ずさむものだから、その返事で忙しいかったらしく、
「ここに、置くよ。だよ」
と、そっけなく正解を教えてくれた。
それにしても、ここに置くよ。だったとは。
「もう良いかしら?そろそろ始めたいのだけど」
あ、はい。すいません。始めてください。
一気にピリッとした雰囲気に変わった理科室内は静まり返り、花子さんの咳払いが1回響いて消えた。
全員の視線が花子さんに注目する中、非常に居心地悪そうに動いたのは“新入り”で、
「こ、これからよろしくお願いします……」
と、小声で短い挨拶をしながらペコリと頭を下げた。
「貴方名前は?」
挨拶を終えたばかりの“新入り”は、どうにかして自己紹介をしようと思ったのだろう、かなり長い時間をかけて名前を思い出そうとしていたが、結局思い出せなかったらしく、がっくりと肩を落として首を振り、
「すいません……」
で、締め括った。
昨日金次郎に名前を聞かれた時にはボンヤリした感じで、なんだっけ?とか言っていたのに、全く違う反応だ。やっぱり花子さんって怖いんだな……あ、いや。じゃなくて、強いんだなって!
「謝る事はないわ。むしろ良かったのよ。貴方は今日から……そうね……」
あれ?
バスケ小僧の命名とプール娘の命名は金次郎に任せていたのに“新入り”は花子さんが名付けるのか。
まぁ……イチョウ小僧とかセンスの欠片もない名前つけそうだから“新入り”にとっては幸運だな。
ただ、今回も指名されると思っていたらしい金次郎はあからさまにガッカリしてるけど。
「あ、あの……皆さんの好きなように呼んでいただければ……」
ゴニョゴニョと話す姿からはイチョウの木にいる時の、この世の者ではない雰囲気……いや、実際この世の者ではないんだけど、なんと言うのか、恐ろしさ?不気味さ?強さ?得体の知れないなにか……そんなものが微塵にも感じ取れない。
別人を疑うレベルだ。
「キノセイ、かしらね」
あぁ、気のせいか……。
ん?
え?
名前がって事?
「なんで気のせいなん?」
不思議そうな顔をしている金次郎の横に立ち、同じように首を傾げてみると、あからさまに花子さんが溜息を吐いた。
「気のせいじゃなくて、キノセイ。木の精霊ね」
あぁ、やっぱり名前の事……木の精霊!?
いやいや、
いやいやいや!
だって、この“新入り”は元々はここの生徒で、イチョウの木から落ちて俺達の仲間入りした、正真正銘の幽霊じゃない……のか?
「なんで木の精なん?」
金次郎、ちゃんと話は聞こうな?木の精霊だから木の精だってたった今説明されただろろ?それとも、イチョウの木から長期間降りて来なかったから、木の精霊みたいだ。と言う意味なのかも?
「そのままの意味よ?木の精霊だから、キノセイ」
あ、木の精霊で間違いはなかったのか。
って、そのままって言われた所で、はいそうですか。って納得出来る単純な事じゃないだろ。
ただの幽霊って言い方はちょっと乱暴だが、まぁ……ただの幽霊が、どうやれば精霊になれるんだ?もしそれが可能なのなら、バスケ小僧やプール娘がそれぞれバスケの精霊とか、プールの精霊とかになっていないのは何故だ?
「キノセイ、これからよろしく!」
「はい!よろしくお願いします」
よろしくするのは大事だし、仲良くしていくつもりではあるが……気になった事を消化させない事には次に進めない。
「毎晩ここで騒いでいるから、明日からもいらっしゃいな」
「はい!」
俺達の中で1番状況を把握している人物に尋ねてみるとしよう。
「花子さん……ちょっと良いか?アイツはいつ精霊に変わったんだ?」
俺が見る限りでは、そんな大きな変化なんて起こっていないように見えた。いつも空を見上げていたキノセイは大きく動きもしなかったし、気配も穏やかなままで。
「気になるの?」
そりゃね。
精霊って聞き慣れない言葉のせいかも知れないが。
「まぁね。あいつがまだ人間だった頃から見てる訳だし」
本当は見てるだけじゃなくて、ああなってしまう前に助けに行けたら良かったんだろうな。
あの当時は俺もまだ今ほどボロじゃなくて普通に走れたから、それはきっと容易かっただろう。だけど、校内に人間がいる時に動く事は禁止されているから……黙って見てた。
自分の身を最優先した俺がキノセイの事を気にかけるなんて、可笑しいだろうか?
「そう。なら、少し長い話をしなくちゃね……ここは騒がしいから移動しましょう」
長い話になる。
そう言った花子さんは理科室準備室のドアを開けて俺に中に入るようにと促してくる。開かれているのは至って普通のドアのはずなのに、なんだか異常な重さを感じる……ドアがって事じゃなくて、空気が。
俺が話を聞かせてくれって言ったんだ。覚悟を決めなければ……
ギュムッ
人1人くらい余裕で通り抜けられそうなドアの向こう側に、意を決して踏み出したというのに、ドアに体がつっかえた。
恨みを込めた視線を隣に向けてみれば、痒くもないくせに頬を掻く金次郎がいる。
「金次郎も来るのか?」
そう声に出して気が付いた。
金次郎も俺と同じだった事。むしろ、校舎の外にいた分俺よりキノセイとの距離は近かった。それに昨日、キノセイに初めて声をかけたのだって金次郎だ。
気にならないわけがない。
「まぁね。あいつがまだ人間だった頃から見てる奴2号だし」
2号で良いのかよ……。
「先、入って」
「お先にー」
俺達に続くものは誰もおらず、理科室内では既にパーティーの続きが始まっていた。そこに今日は肖像画達がいるから演奏が豪華。
いつもは何人か来ない事もあったりするけど、今日は1人も欠ける事なく全員が集まっているんだから、盛り上がらない方が可笑しいし、暗くてジメッとした準備室に自分から進んで入るなんてのは異常なのかもな。
早く俺も全てを納得してからパーティーに参加しよう。
パタン。
最後に入ってきた花子さんがドアを閉めると、辛うじて薄暗かった準備室内が暗闇に包まれ、聞こえてくる理科室内の騒ぎと相まって非常に寂しい空間になってしまった。
そんな寂しさを完全に無視し、花子さんは早速、長くなるという話を始めた。
「この学校には、貴方達九十九(つくも)と、バスケ小僧やプール娘という霊と、精霊であるキノセイがいるわ」
精霊はキノセイ1人だけなのだろうか?
いや、何人いたって別に良いんだ。
「俺が知りたいのは、アイツが何故精霊になったのかっ……」
暗闇に少しずつ目が慣れてきて、僅かに見えたのが人差し指を口に当てて、物凄く小さな音で、シー。とか言っている花子さんの無表情な顔だったりしたから、俺は言葉の最中だったにもかかわらず、喋る事を諦めた。
「九十九は、長い年月を経た道具などに神や精霊が宿ったものの事」
どうやら俺達の定義から話し始めなければキノセイの正体にはたどり着けないらしい。
にしても……俺の中にも精霊がいる、のか?
「精霊ねぇ……」
金次郎はそう良いながら自分の体をマジマジと見つめて精霊を探そうとしているようだが、残念な事に金次郎の体は余す事無く金次郎で、石だ。
「そう。霊は、死した者がなんらかの未練によって成仏出来ずに姿を成したもの」
なんらかの未練だって?
キノセイなんて未練があって当然の最後だったはず。それなのになにも残らなかった理由は?
生きていた時のキノセイの性格がボーッとしていたからとか?
あぁ、猫を助けるためだって後先考えずにイチョウに登った挙句、おりられずに途方に暮れて長時間空を見上げてたんだっけ。
「バスケ小僧と、プール娘の未練、かぁ……」
金次郎は霊と聞いて真っ先にそのバスケ小僧とプール娘が浮かんだようだ。
確かに、あの2人の未練も気になる所ではある。
最終的にはそれを取り払って成仏させる事が最善なのだから、いつかはそのドロドロしているであろう未練を聞き出さなければならない。
その役は勝手に花子さんだと思っていたが……よくよく考えてみれば花子さんも霊のような?
花子さんの未練って?
太郎と次郎の2人もここにいる理由は?
この姉弟になにがあったんだ?
「精霊は、植物、動物、人工物などひとつひとつに宿っているとされる存在。肉体から開放された霊。とも言うわね」
九十九、霊、精霊の説明を聞いたは良いが、引っかかる。
精霊や神が宿った道具などが俺や金次郎のような九十九になって、未練のある魂が霊なのは良いとして、精霊も霊ってカテゴリーに入るのか?
「……結局の所、俺達は皆霊って事?」
と、声に出してそりゃそうだと思った。
生きている人間からしてみれば、俺達は皆オバケの一種に違いない。
「根源はそう。同一の存在と言えるわ。けれど、霊であるバスケ小僧とプール娘には未練があって、キノセイにはそれがない」
未練がない霊は精霊になるって事?だとしたら、未練のなくなった霊はどうなるんだ?成仏するって選択肢の他に、精霊になるって選択肢も出るのだろうか?
そんな話、聞いた事ないが。
「未練のない霊は精霊になるって?けど、未練ないなら即成仏ちゃうん?」
金次郎は、花子さんの話しを理解しているのか、していないのか良く分からないといった風なのにもかかわらず、首を傾げた状態で結構良い質問をしている。
「言ったでしょ?肉体から開放された霊って」
ん?
どういう意味だ?
なんとなく分かりそうな気がしていたというのに、分からなくなった。もしかすると、未練がないってだけで成仏する訳じゃない?
未練があろうとも開放される状態?いや、開放されるのは肉体からだ。
未練そのものが体にある場合?キノセイの場合で例えるなら、木からおりられない事で、霊になった事で木からも、おりられなかった体からも開放された……。
んー……違う気がする。
「分からない」
自分の頭ではいくら考えたって答えが出ない気がして、早々に降参した。
そろそろ答えが欲しい。
「あの子をずっと見ていた貴方達なら分かるんじゃない?あの子がどうして霊になったのか、そしてどうして精霊になったのか」
それが分からないから今こうして理科室準備室にいるんだよ!
「……特に大きな変化はなかったんだ」
それに、俺が見えていたのは保健室からの景色で、イチョウの上の方にいるキノセイの姿なんか、物凄く小さくしか見えなかった。それはグラウンドにいた金次郎だって変わりない。
「私にだって詳しい事は分からないわ。ただ、あの子の未練は霊になった瞬間に消えて、霊になる直前に抱いた事を実行して、今はそれを叶えた後……そんな所かしらね」
物凄く噛み砕いて説明してくれているのだろうけど、非常に言い難い事に、良く分からない。
花子さん、もしかして説明下手?それとも俺の理解力がなさ過ぎるのか?
「まぁ、それで精霊なのはえぇとして、なんで木ぃなん?」
おい金次郎、話しを進めるなよ!全然良くないわ!しかも、その上気になったのはイチョウの木ぃ!?
「木に宿ったからよ。それでイチョウの木の方が動き出していたら、イチョウの木が妖怪になっている所よ?」
イチョウの方が動くって事があるのか?
あ、そうか、精霊が入って動き出したものが俺や金次郎のような九十九で……違った。九十九は精霊が宿った“道具”だから生き物じゃない。
精霊は元々植物や動物のひとつひとつに宿っているんだったよな?それなのにキノセイがイチョウに宿るってどんな状態なんだ?乗っ取ったって事?憑依した?元いた精霊と入れ替わった?もれとも、あのイチョウに2体の精霊が宿った?
良くは分からないが、本来1体の精霊が2体って思うと、確かに妖怪じみているような気がしなくもな……、
「妖怪ぃ!?」
なにそれ都市伝説!?
妖怪ってなにさ!
え?
そんな得体の知れないものがこの世に存在してんの!?
こわっ!
「私や太郎、次郎がそうね。怪人赤マント、青マントもそうよ」
こんな近くにめっちゃいた!
なんか、深夜の学校ってなんでもアリなんだな……だったら精霊の1人や2人いたってなんの不思議もない。
だからと言ってキノセイが精霊になった謎が解けた訳じゃないんだ。
花子さんは、俺達の方が詳しいと言っていた。自分には良く分からないとも。って事は、俺達は既に答えを知っているんじゃないか?
思い出せ……キノセイはなにをした?
猫を助けて、木から落ちて、霊になった後はイチョウの上の方で空を見上げたままで、昨日また猫を助ける為に下を向いた。
キノセイの未練は霊になった瞬間に消えて?
キノセイが木から落ちた時、猫はクルンと体勢を立て直して着地し、元気良く走り去って行った……猫を助けたい。というのが未練だったのなら、霊になった瞬間に消えた事になる。
霊になる直前に抱いた事ってなんだ?
木から落ちる切欠となった教師に対する恨みじゃないんだよな?だとしたら……。
「キノセイはキノセイやな、それで納得するわ」
なんだそのアホっぽい感想は!
昨日はあれだけキノセイに“なんでおるん?”とか失礼で際どい質問をガンガンぶつけていた本人がよくもまぁ……。
そうだ、未練がないのに何故まだ現世にいるのか?って質問にキノセイは、イチョウの上から見る空が綺麗だから見ていた。そう答えたんだ。
そして昨日、初めて下を向いた理由が、猫の声が聞こえたから。と、下を見たくなったから。
下を向きたくなったという事は、空を見上げたいという思いを叶えられたと考えられる。
じゃあ、キノセイが精霊になったのは昨日の事?
猫を助けようと下を向いた瞬間か?
手も触れずにイチョウの枝を揺らせたのは、あのイチョウの精霊になったからって考えたら納得出来る。
元々いた筈のイチョウの精霊がどうなったのか、どんな状態なのか、イチョウが妖怪化する事があるのかとか、まだ分からない事はあるが……キノセイが精霊になった事は分かった。
「キノセイはキノセイ。納得した」
あれ?
なんだろう、このアホっぽい感想は……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます