Red coif
ニコ
異形と異形は何を望む
オオカミ―――
ネコ目イヌ科イヌ属の哺乳動物。肉食で有蹄類や齧歯類の動物を主な捕食対象とし、群れで行動する姿が多く見られた。
それがつい20年程前まで使われていた、データベースに登録されていた情報だった。
まず、オオカミは人が住む土地にはあまり現れない。とは言っても、狩りが長期間成功しないときには人間の生活圏に現れ、家畜や残飯を食べることもあった様だ。
そのオオカミが突然変異を起こすことに、果たして当時の人間に想像ができただろうか。
初めてその姿を確認されたのは25~30年程前、何処かの深い森の中らしい。
人間が出した一般・産業・感染性etc……様々な廃棄物が混じった残飯を食べたことが原因、という説が最も有力なこの異変は、しかし時が流れた現代において、今更原因を解明しようとするような者は居ない。データベースの更新に5年以上の差が出てしまったことから、異変に対する人間の動揺する様が想像できよう。それだけ衝撃的で、且つ緊急事態であったのだ。データベースを更新することすら忘れてしまう程の、緊急事態だった。
人間の目下すべき行動は唯一つ、原因究明でも情報更新でもない。
突然変異の末に爆発的繁殖を繰り返すこのオオカミ―――通称『狼ろう』を、全力で始末していくことだった。
一匹狼―――
『狼』狩りを職とする私を、そう呼ぶ人間は数多く存在する。
対『狼』討伐コミュニティなるギルド的組織が作られる前から、そして作られた後も、私はソロでこの職に従事してきた。
突然変異を起こして以来、『狼』は群れを成す特性を失い、それを代償にヒトに近い知性を獲得している。そのため、『狼』を狩る際には数で巣を総叩きにする方法が最も安全、且つ楽に狩ることができるのだ。
考える知性とオオカミならではの野生的勘、その闘争本能を兼ね備えた『狼』を狩るには打って付けの戦略と言えよう。
しかし、『狼』狩りを職とする者全てが、必ずしもこのコミュニティに参加しているわけではない。
職と称している限り、勿論カネが動く。依頼を受け、狩人が赴き仕事を熟す、この行程が不動のものであるからこそ、職として成立するのだ。
コミュニティに参加すると、まず単独狩りには絶対に行くことができない。安全重視のためだ。必ず2人以上のチームで行動する。
そして複数で仕事をする以上、報酬もそれだけ分配されてしまう。
命を賭して報酬が減らされることを嫌う者は数多く存在していた。それでも半強制的にコミュニティの入会をさせられる狩人が多くいる中で、コミュニティの目を盗んで未入会のままソロ活動を続ける者もいる。私もそのうちの一人だ。
しかし、その中でも私は特殊だった。
コミュニティ設立前から狩りを生業とし、決して他者と手を組んで行動しようとはしない。設立後も同様で、むしろ更に人を遠ざける様に狩りに没頭する姿は、おそらく近寄りがたい何かを滲ませていただろう。
そうしているうちに私に対して、いつの間にか呼ばれていた記号『一匹狼』。
「『狼』を狩る狼」というこの呼称は、甚だ不愉快なものを感じるが、結局は自分の行動が招いた結果であることには変わらない、と割り切るしかなかった。
呼び方などというものは意味を持たない。名は体を表す、とは言っても、無数の言葉群の中から選出される記号に、果たして私全てを表すことなど不可能だと分かっているから。
そんな達観した考えを若年者である私が抱いているせいか、同じ職に就く者達からだけでなく、広く名前が通ってしまった私を、畏怖する一般人もいることを知っている。
しかし、助けてもらう側である一般人達からは、決して一匹狼などという呼び方はされない。そんな皮肉めいた呼び方をすれば何をされるか分かったものではない、と恐れているのかどうかは知らないが、私としてはそちらの呼び方の方が気に入っている。
いや、正確にはこちらも果てしなく皮肉めいてはいるのだが、片側に比べればまだ人間味がある。
フード付きマントで体全体を覆っている私の普段からの出立ちから付けられた呼称。
『狼』を狩る度に浴びる返り血で赤く染められていく私の様相を指して、彼らは呼ぶのだ。
―――『赤頭巾』と。
フリーで依頼を受けている私の下には、かなりの頻度で依頼が来る。
その理由はコミュニティを通す依頼よりも遥かに安く依頼を受けていることが大きな要因だろうが、仕事の成功率の高さもあるだろうと自負している。
そんな私の下に毎度の如く依頼が舞い込んできたのは、夏の残滓が漂う、そんなある日のことだった。
いつも通り、依頼主との事務的な依頼内容の確認、契約金等々の話をしに行った。
依頼主は特に特徴も無い普通の男性で、3日程前に近くの森近辺に『狼』らしき影を見付けたことで、私を頼ったと言う。状況説明の聞く限り、影はほぼ『狼』に違いはなかった。
『狼』は基本、深い森の奥に巣を作り、夕方から行動を開始する夜行性だ。捕食対象は変異前と特に変わらないが、考える力を得たからか、人間を捕食対象とするようにもなっている。
とは言え、『狼』が跋扈するこのご時世に森付近を住処としようとする人間がいるとするならば、それは相当の精神の持ち主か、もしくはただの死にたがり屋か、だ。
そのはずだが。
「おい」
依頼を受け、昼間に下見に来る私の習慣を熟すために来た目的の森の入り口に、まさに天然性と豪語出来る程の、木材・人工苔で飾られた小さな小屋の様な一軒家が、関所の様にぽつんと建っていた。
依頼主はこの森から南に2km程離れた街の住人だったが、その依頼主からの情報ではこのような家が建っているというものは無かったはずだ。
『狼』が現れたという時期はほんの3日前かららしいが、生活の気配を感じる辺り、『狼』に襲われていないことは確認できる。そして、かなりの幸運の下に建っている家なのだと認めることもできる。
呆れ半分に眺めていると、不意に家の入口らしき小さな扉が開いた。
しかしいつまで経っても中から出てくる気配はない。
別にこの家の安否を確認することは依頼の中に含まれてはいないが、何か頭の片隅に引っ掛かるものを感じ、私は履いている厚底ブーツの踵を鳴らしながら近付いた。
「あらあら、お客さんですかぁ」
不意に、なんともまったりとした少女の声が家中から響いた。
次いで、いつまでも出てこなかった家主がゆっくりと、覗くように家の中から体を突き出してきた。
「『狼』討伐依頼を受けた者だ。この森につい最近『狼』が出現した様なので、即避難してもらいたい」
「あらあら、そうなのですか、大変ですねぇ」
言葉とまったく正反対な、なんとも脱力した声で、家主は微笑んだ。
こちらまで脱力する感覚を覚えながら、目深に被ったフードの隙間から、ちらりと家主の姿を確認する。
小さな少女だった。と言うよりも幼い。15も生きていないだろう。腰下まで伸ばしたくりくりとした栗色の髪は、手入れが行き届いていることが窺える程に、微風が通る度にふわりと遊んでいる。飾らない、質素ながらも気品を感じさせるワンピースを纏う少女の顔は綺麗に整っており、他人の目を全く気にして来なかった私でも羨ましくなる程の美少女だった。
そんな彼女の目は閉じられており、まさか立ったまま寝ているのかと一瞬疑ってしまう。
しかし彼女の手に握られている、木を削って作られたであろう手作り感のある杖があることを確認すると、彼女が盲目であることが窺えた。
「すみません、わたくしは見ての通りこの様ですので、あまり遠出は出来ませんの」
「(わ、わたくし……)その様、だな。
仕事予定は今晩だから、一晩だけ近くの街に避難してもらえれば、明日の朝方には戻って来られるが」
「あらあら、だったら同居人さんにもお話ししておかないといけませんねぇ」
「まだ誰かいるのか?」
「今はいませんよ。そうですねぇ、夕方には戻ると思いますけど」
夕方まで帰ってこないということは、街で働いている可能性が高い。この付近で働く先となりそうな場所は近くの街中だけで、だとするとそれが問題でもある。
「悪いが、『狼』の活動する時間帯も夕方辺りからなんだ。その同居人が帰ってくるのを待っていると、運が悪いと『狼』と遭遇してしまうかもしれないぞ」
「ですが、彼に何も言わず、というのも……」
ほんわりした少女の表情に、微かに陰が差した、気がした。
「その同居人とは父親か何かか?」
「いえ、他人ですよ、血の繋がりもありません。
3ヶ月程前にフラッとやって来たお客様だったのですが、それから何だかんだと身の回りのことをお手伝いして下さるようになりまして」
「よくもまぁ、いきなり現れた赤の他人に身の回りのことを頼めるものだな」
「ふふ、可笑しいですか?」
微笑む少女に、何故か私の背筋に冷たいものが流れる感覚を覚えた。
「そうですねぇ、わたくしは壊れてしまっていますから、ホカと違う思考をしてしまうのかも、しれないですねぇ」
「……」
盲目であることを、壊れているのだと言っているのだろうか。
表情からは読み取れない、彼女の心の内に響く嘲笑が聞こえた気がして、私は急に居心地の悪さを感じた。
「とにかく、忠告はしたからな。
これから森の中に下見に行ってくる。その後またここに立ち寄るから、そのときにどうするかを教えてくれ」
「分かりました。お気を付けて」
私の逃げる様な態度を、彼女は感じただろうか。
そんな似合わぬ一種の恐れを抱き、私は真っ直ぐに森の入り口へと呑み込まれるように足を動かした。
森、といっても、それ程広大なものでもなく、散策には1時間程度しか要さなかった。
結果として、『狼』の巣は見つかった。木の洞を掘り、その周りを巧妙に木の葉や叢で覆い隠すというものが『狼』の典型的な巣だが、中には天然の洞窟を巣に使うときもある。
今回は後者で、洞窟の深さ故か気配までは確実に知ることはできなかったが、この森を根城にしているという依頼主の言葉は確かなようだった。
巣の場所を確認すれば、昼間のミッション(自分で習慣付けているだけだが)は終了。
森を抜け、最初の盲目の少女の家まで戻ってくる頃には、太陽の勢いは多少静かになっていた。
別れてからそれ程時間が経っていない上、陽が傾き出していると言っても夕方と呼ぶにはまだ時間は大分余っているが、一応の意見だけは聞かなくてはいけない。
私は小さな木の扉の前へ立つと、軽く3回ノックをする。空洞感のある音が響いたが、しかしその後の物音は一切しなかった。
「留守、なわけはないよな」
誰に言うでもなく、自然と言葉がこぼれていた。
盲目の彼女が一人で出掛けるとは考えられないし、何より後でまた来ると言っておいたのに、勝手に立ち去る様なマネをする様には、少なくとも彼女の、幼い見た目には似つかわしくない程に躾けられた気品からは想像も出来ない。
訝しむ想いを胸に、失礼とは思いつつも、確認のためと言い訳を浮かべながら、木の扉に備え付けられた銀色のノブを握る。
不意に、武者震いが背中を駆け抜けた。
ヤツがいる、と考える頃には、私は扉を引き千切らんばかりの勢いで開け放っていた。
体勢を低くし、どんな状況にも対応出来る様に臨戦態勢を取りつつ、転がる様に家中へと飛び込む。
中は外側とは違い、とても簡素な様相だった。
調度品と呼べるようなものは置いてない。最低限生活ができる程度の家具類と隅に備え付けられた小さなキッチン、その反対に置かれたこれまた小さなベッド。それだけでこの家のほとんどの面積を埋めている。
そして、唯一空いている家の中央部分に、ヤツは立っていた。
発達した二足で2mの巨体を支え、太く盛り上がる両腕、体中を覆うダークブラウンの剛毛、出っ張った鼻と空を突き刺す尖った耳、その耳まで届くのではと思えてしまう程に裂けた口、そこから覗く刃物の様な牙。
愚かな人間の業が産み出した突然変異被害者―――『狼』だった。
私は無言のままに体を覆うマントを跳ね上げ、その内側に仕込んであるショットガンを片手で握ると、『狼』の眉間に向けて銃口を突き付けた。
狩猟用のものを多少改造してあるこのショットガンは、分厚い皮膚を持つ『狼』でさえあっさりと吹き飛ばす程の威力を内包している。
フードの端から覗くかなり冷たくなっているであろう私の視線を受け、しかし、『狼』は闖入者である私の存在を確認しても、構える様な素振りは見せなった。
知性を付けたことにより、『狼』は人間の作り出す技術を理解するまでに至っている。つまり、私が今自分に向けている黒光りする不恰好の代物が、命を刈り取る兵器であることも理解しているはずである。
それにも関わらず、『狼』はどんな感情の変化もその表情に浮かべず、終いには私に背を向けキッチンへ歩み寄り、置いてあった桶の中から清潔そうな布を取り出し、水で濡らしだした。
知性はあると言っても、『狼』はそれまでの闘争本能等は無くなっていないはずである。
しかし今私の前にいる『狼』からはそんな覇気は見られず、むしろ纏う雰囲気は穏やかな人間のそれと同等だった。
唖然とする私だったが、先程確認したベッドの上に、『狼』とは違う存在が横たわっていることに気が付く。
くりくりとした髪の上に眠る様に倒れているのは、まさしく私がここに訪れた理由である盲目の少女、その人だった。しかしほんの1時間程前に出会ったときとは大きく違うのは、その表情が恐ろしく蒼白になっていることと、額に浮かぶ汗、そして幾度も繰り返される浅い呼吸。
『狼』の仕業ではないと、咄嗟に悟った。
盲目の彼女は、持病を患っていたのだ。もしかすると、盲目であることはその過程での弊害なのかもしれない。
医療関係には殆んど精通していない私には、彼女の幼い体を蝕んでいる病魔を突き止める手段は擁していない。
ただ、彼女の命は既に長くない、という厳然たる現実が存在していることだけは、その申し訳程度に上下する胸と、独特の「死の香り」を感じたことから容易に判断できた。
想像していなかった状況に私が動けずにいる間に、『狼』は濡らした布を少女の額に丁寧に掛けた。そして、入り口付近で未だ銃を構え続ける私をちらりと一瞥すると、少女の傍にあった、家中唯一の椅子を私に向けて突き付けてきたのだった。
座れ、という意味なのだろう。そして、落ち着け、とも言われている気がした。
狩るべき対象に勧められるまま、というものは嫌な気分になったが、苦しく横たわる少女を見下ろす、『狼』の瞳に映る激しい憂いの感情を目の当たりにすると、私は知らず知らずのうちに腰を落ち着かせていた。
「―――3ヶ月程前の話だ。オレがここに来たのは」
少しイントネーションのずれた言葉が、『狼』の尖った口から漏れた。
私はここで、更なる驚愕に打ちのめされた。
知性があっても、言葉を話す『狼』はほとんどいない。言葉という無限に近い単語群を操る、という行為は、その実はかなり高等技術なのだ。
それを突然変異したとはいえ野生上がりの、しかも人間と大差なく感情を込めた声を出す目の前の『狼』は、過去に例を見ない程に発達した存在だった。
「人間はオレ達を排除しようと躍起になっていることは知っていた。幼い頃から、親に教えられてきていたからな。だから、オレを含めたオレの家族は、人間の目に触れぬよう、そして気配を悟られぬよう、ずっと森の奥で暮らしてきた。
しかし人間はどうやら、『狼』という個体が存在することすら許さないみたいだ」
そこで一旦、『狼』は言葉を噤んだ。
荒探しにあったのだと、私は察した。「本当の正義感」に駆られているコミュミティの一部の人間は、依頼が無くとも森に潜り、『狼』がいないかをチェックするのだ。被害を出す前に芽を摘み取るために行われるが、噂で聞く限りでは相当荒っぽい探し方、誘い方をするらしい。
『狼』の家族は恐らく、その荒探しに遭い、殲滅されたのだろう。そして運良くこの『狼』だけは逃げ出せた、と。
『狼』は毛に覆われた、通常の獣よりも少し長い指を有する大きな手で、少女の頬に伝っている汗を拭った。
「コイツに会ったのは偶然だったが、オレにとっては幸運だった。匿う、という意味ではな。
出会ったときには、既に病に目をやられていた。治す方法なんて、分かるはずも無い。しかし人間を頼りに街に行くことも勿論できなかった」
「それで、せめて長く隠れることができるように看病を、か」
「そう、思うか?」
嫌味を込めた私の言葉に、『狼』は真っ直ぐに私を見詰めてきた。睨み、とは違う。とても人間らしい、むしろ人間よりも人間味を帯びた瞳だった。
やり辛さを感じ、私は誤魔化す様にフードの上から頭を掻いた。
「コイツは、オレが『狼』であることをすぐに見抜いたさ。それでも、コイツはオレに何も言わなかった。それどころか、多くのことを話してくれた。自分は亡国の者だとか、裏切ってしまっただとか。
正直、オレにはよく解らない話だったが、それでも、話をする相手がいてくれて嬉しいと言った言葉だけは、オレにも理解できた」
私は、自らを壊れていると称した、あの時の少女の顔を思い出した。あの、のほほんとした表情の裏に隠された少女の本当の気持ち。
話を聞いた今尚、その真意は判然としない、というのが正直な話だった。
ただ、それでも分かることが1つだけある。
「……彼女は、お前を随分と信頼していた様だな。夕方までに逃げろ、と言う私の言葉に、自分よりもお前を心配していた」
気が付いたときには、言葉が口からこぼれていた。
討伐対象に、何を激励を送っているのか、と。
「…………オレは、ただコイツが、楽しんでいてさえくれれば良かった、のかもしれない。それだけで……良かったんだ」
震えてはいなかった。涙も浮かべてはいなかった。感情が込められているわけでもない表情も声も、何の変化も浮かべることもなく。
だが私には、目の前にいるとても「人間な『狼』」が、心の底から慟哭する声を、胸の内に聞いた気がした。
人間は本当に脆い生き物だ。丈夫に見えて、とても儚い。
盲目の少女は、結局その後、1度も声を発することなく息を引き取った。日も暮れ、世間では子どもが眠る、そんな時間帯だった。
最期まで苦痛の中で悶え続けるしかなかった盲目の、亡国の彼女。自分を「壊れている」と称した彼女は、その幼い体に想像もできない程の荷を背負っていたのだろう。
だが、息を引き取る瞬間、微かに微笑んだ、そんな気がした。
声は出せずとも、もしかしたら私と『狼』の話は聞いていたのかもしれない。
荷は、現世に置いて逝けただろうか。
「依頼は良いのか」
「追い掛けたいなら、今すぐ送ってやれるが」
亡き少女を森の洞穴、『狼』の巣の最奥に埋葬すると、『狼』は鋭い目で私に問い掛けてきた。
私は、すっかり気を削がれている自分の心に呆れ半分な嘲笑を浮かべ、その気も無いことをアピールする。
「これっきりだけどな」
「……風の報せ程度にしか知らなかったが、オマエが例の『赤頭巾』だな。
なるほど、人間にしてはおかしなやつだ」
「お前が言うな。人間臭い感情を持ちやがって」
「当たり前だ。
オレは、『狼』と人間のハーフだから、な」
「……は?」
何度目かの、驚愕が私を襲った。
「オレは今まで人間を食ったことが無くてな、人間と話すのも、母親とアイツとオマエとしか無い」
「それはまた……面妖だな」
「ふっ」
こぼれた様に、『狼』は笑う。そしてそれ以上話すことはないとばかりに、踵を返して森の出口へと歩き始めた。
これから何処に行くのか。いや、何処に行ったとしても、今の世の中には『狼』の居場所など存在しない。
それでも生きるという意思が、『狼』―――彼の歩みから如実に窺うことができた。
「……1つ。
私は『狼』が嫌いだ。大嫌いだ。仇だ。
それだけ、覚えとけ」
歩む背中に投げかけると、彼は振り返り、これまた人間らしい笑みを浮かべた。
「そうか、ならもう出会うこともないだろうな」
―――精々頑張れ、同胞
風が吹いた。それに乗った彼の声が私の耳に届く頃には、彼は再び背を向けて、2度と振り返ることはなかった。
そして、私は自分の口元が引き攣る感覚を覚えていた。
―――気付いてやがったのか。
そんな意味を込めて。
「…………はぁ、何て言い訳しようか」
依頼は失敗。これで私の下に届く依頼の数に、多少なりとも影響を及ぼすだろう。
面倒だ、と思う気持ちを抑えつつ依頼主の下に向かうべく、私も歩を進めるのだった。
彼の言葉を聞いた途端疼き出した、隠れた耳を沈める様に、私はフードを深く被り直した。
Red coif ニコ @nico-youzinkyo
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