第18話 作戦
マヤは、東京の隠れ家に美咲を訪れていた。美咲は、あれから2ヶ月熱心に洗脳対策について熱心に研究を続けていた。本人は、全身か全霊を掛けて事件の解決にあたろうとしている。
しかし事件の中心にいながら黒幕やマヤの正体も含めほんの一部を知るに
過ぎないことを思うとマヤは、美咲にだけは事実を伝えてあげたいという強い欲求にかられた。
しかし半兵衛は、そんなマヤの気持ちを予め予測していたかのごとく、自分達の正体は、明かしてはならない。
もし明かせばアラハバキの存在も明らかにしなくてはならなくなる。
そうなれば、命が危険にさらされると警告した。
マヤは、いつか全てが解決したら皆にすべてを話せる日がくるかもしれないと自分に言い聞かせた。
美咲の隠れ家は、都内高級住宅街のマンションの一室にある。周辺は、人通りが少なく住民もあまり変わらないため、警備しやすいというのがその理由だ。警察は山野と和田含め総勢5名程度で常時周辺を固めた。
かくして半兵衛から連絡があった。ついに四葉が動き出したようだ。
今朝、山王邸に明らかにアラハバキの手の者と思われる若者10名ほどがあらわれたとのことだ。
彼らの容貌や体つきは明らかに戦士のそれとわかるもので異様な殺気を
伴っていたという。
「襲撃に備えよ。自分も含め、探索に向かっていた小太郎もマヤのもとに向かう。」と云って来た。
緊張が走る。
アラハバキから襲撃されれば、並みの人間が何人いたとしても防ぎきれるものではない。
警備する山野らへの感謝の気持ちとは裏腹に警察の力は、敵の攻撃には全く無力に等しいことをマヤは痛感していた。
今は、半兵衛と小太郎が頼りだ。
マヤは、彼らに指示された通り治療院を休み美咲のそばに着いていることにした。
藍色の空を幾すじもの紫と赤が入り交じった雲がその日の始まりを告げるように流れている。都会のど真ん中だ。
しかし美咲の隠れ家の周囲は、凛とした静寂が満ちていた。
警備態勢に抜かりはない。
ただし相手がただの人間であれば―。
突然、マヤの携帯が鳴った。
「どうですか。そちらの様子特に変わりませんか。美咲さんの方も問題ありませんか。」
山野からのいつもの定時連絡だ。
「ええ、大丈夫です。昨夜は、夜遅くまで研究していたので未だ眠っているようですが。」
「ちょっと言って見てきてもらえますか。先ほどから美咲さんに連絡しているんですが、つながらないんですよ。」
まさかとは思ったが美咲の部屋に行ってみた。すぐとなりに自分がいるのだ。
何かあれば、少なくても異常に気づかぬはずがない。
慌てて扉を開けるといつもの通りの室内だ。書類やメモの置かれた研究机がある。
隣のベッドを見ると、美咲の寝顔が見える。マヤは、ほっとした。
窓も内側からしまっている。暫くそっとしておこう。疲れているのだ。
マヤは、そっとその場を後にしようと毛布から少し肌けたようになっている美咲の胸元を直そうとした。
その瞬間、マヤは、はっと息をのんだ。
マヤの手は、美咲に触れることはなかった。手を触れようとした瞬間、マヤの手は美咲を通り抜けたように見えた。
そして彼女の姿は、その場から煙のようにスーっと消えた。
まるで今まで見ていたものが、映画の駒送りでもしたかのように消滅したとでも言ったほうが正確だろう。
変わりに彼女の寝ていたはずの場所が毛布のかたまりがあってそのままヒト形を作っている。室内に争った跡もない。美咲が敵の手におちたのか―。
マヤは、絶望的な気分になった。
所詮警察に伝えても無駄とは、知りながら、山野に異常を伝えた。
「全く信じられない。マヤさん物音はしなかったですが。」
山野は、信じられない面持ちで興奮している。
当然だろう。周囲をかためる部下たちも全く異常に気がつかなかったのだから。
「ええ、全くわかりません。どうしていなくなってしまったのか。」
「そうでしょう。誘拐された線はうすいと思うんですよ。無理矢理拉致されたのであれば、隣の部屋にいたあなたが気がつかぬはずがない。以前にも美咲は、我々の目の前から姿を消したことがあったでしょう。何らかの理由で自身出ていった可能性は捨てきれない。」
山野の言っていることは、一見間違っていないように聞こえるが、それは、所詮、楽観論と常識論に基づいた推量でしかないことを言っている本人も気がついていた。
山野にとってもこれまでの事件の展開は、過去の捜査経験を越えている。
「そうですよ。他に考えられません。」
マヤが山野を慰めるように答えた。その声を聞くと山野は、少しだけ救われた気になった。
「そうだ。ユウト君たちにも連絡して手掛かりを洗おう―。」
突然、山野の動きが止まった。
全てが止まった感じがした。空気がゼリーのように水気を帯びた感じになって重い。粘度を増したようだ。
マヤがふと後ろを振り向くと精悍で逞しい二人のサムライがそこに佇ずんでいた。
「マヤさん、美咲さんがアラハバキに誘拐されましたな。でも問題ありません。これは、我らが奴らに仕掛けた罠です。」
半兵衛が言った。
「罠―。」
予想もしなかった言葉にマヤは驚いた。
「どうして-。」
と言いかけたマヤの言葉を制すように、小太郎が言った。
「半兵衛さん。やはりこれは空蝉の術だな。」
「やはり、甲賀も今回の件に関わっていたのか。」
半兵衛の眼が光った。
風魔一族の小太郎にとっては、かつて壮絶な死闘を繰り広げた甲賀忍者の術が手に取るようにわかるらしい。
突然の展開にマヤは、当惑して思わず呟いた。
「空蝉の術って木の枝か何かを身代わりにして敵の目をくらますこと。一体どういうことですか。私美咲の姿ははっきり見えていたんですけど。」
「今の世が忍術をどう理解しているかわかりませんが、そんな子供だましのようなことで敵の目を欺けるものではありません。空蝉の術とは、単なる目くらましのようなものではなく敵に全く気付かれないものです。
近くに居ればそのものの呼吸さえ感じさせることができます。」
小太郎によれば空蝉とは、空蝉の対象となる者の気を極限まで己に取り込み、
その場に気配を残すことらしい。もともと人には、相手の殺気や人の気配などを感じることが出来る。
空蝉の術は、それを逆手にとって敵を幻惑させることにその極意があるらしい。
マヤは、小太郎の話しを聞いても信じられない。大体忍者のおそろしさなど想像もしていなかった。
それに甲賀忍者が現代にしかもアラハバキ側にいるとは。
美咲のことが心配でパニックになりそうになった。
マヤの動揺はよそに二人は、全く冷静だった。
「それでは、早速敵の後を追うか。小太郎よ。
美咲さんはどうしているか分るか。」
半兵衛が小太郎に不思議なことを云った。
「あの子は、今アラハバキの隠れ家に掴まっているところですよ。ちょうど今意識が戻ったところだね。」
小太郎が両目をつぶって、さも美咲の眼前で起こっているように伝えた。どういうことなのだろうマヤは、その異様さに驚いた。
アマテラス @kikimimi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。アマテラスの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます