第17話 信長 

こうしてマヤにより3人の英傑ないし怪物が現代に蘇った。しかしその時代では、

超一流の人材と言えども、知識は現代に追いついてもらわねばならない。マヤは、半兵衛と小太郎にまず最低知識として小学校から高校までの教科書を渡した。さすが一流の人間たちだけあって、彼らはその必要な部分について彼らの時間で3ヶ月で修得した。すなわち50倍程度時を進めたので3日弱しか経っていない。そして基本的な知識を身につけると彼らは2週間ほど街に出て現代を見聞した。彼らの時間で言えば、やはり50倍の速さなので2年弱にあたる。こうして2人は目覚めて2週間経つとすっかり現代に馴染んでいた。

いよいよマヤは信長とアラハバキとの戦いのことを二人に相談した。

二人は、漸く待てといった面持ちでマヤを見ると低く響く声で半兵衛が口を

開いた。

「マヤさん、まずはあなたにも我々と同じ時間に入ってもらいたい。今は、一刻をあらそう時につき、我等と同じ50倍にまで時間を速めてもらわぬと勿体ない。」

「わかりました。でも私自身アラハバキの技は、よく知らないんです。ヒミコとしての修行をしていただけなので。それで皆さんはどうやってそのやり方を習得したんですか。」

マヤが尋ねると、小太郎が苦笑した。やはり常人とは頭の出来が違うらしく馬鹿なことを聞いてしまったようだ。マヤは、そんなにおかしいことを聞いたかしらと自問自答しながらも赤面した。

「まあ、マヤさん笑うつもりはなかったのだが、八神の巫女であるあなたであれば時間の術についても、分っていると勘違いをしておったのだ。失礼した。

実は、我ら時間を止めた後目覚める時に時間を進める体験をしていて、自然に身についておるのだ。時間を止められるマヤさんであればおそらく自身の時間を進めることは容易なはずじゃ。それでは、早速時間を進めるやり方をご教示申す。よいかな自らの時間が進むとどういう風になると思われますかな。」

小太郎が云った。

「うーん、難しいですね。時間がゆっくり流れる感じですか。」

「その通りです。時間がゆっくり流れる感じが強ければ強いほど自らの時間は進んでいることになります。それでは、我ら全員で時間を進めますぞ。マヤさんよろしいか。周りの時を遅めるように、進むのを抑えるような気持ちを持つのです。」

小太郎が声をかけた。

マヤは、自分の周りに流れている空気の流れを止めるようなイメージを

頭に浮かべた。

なかなかうまくいかない。と言うよりも信じられない。全く泳げない人間が

イキナリ水の中の深みに入り込んでいるような焦りすら感じる。

しかし今はそんなことを言っている余裕はないのだ。

マヤは、兎に角じっと瞑想した。額に汗が滲む。

30分も瞑想しただろうか。空気がだんだん重たく感じ始めたのだ。ふと周りを見るとそこには、今まであまり馴染みがない景色があった。蜂が飛んでいるのに、羽ばたきがまるでアゲハ蝶のようだ。マヤは思い出した。この景色はテレビで見たことがある。ハイビジョンでみた高速度カメラによる映像によく似ている。

そして景色が少し赤みがかって見える。

動こうとすると空気がやけに思い。まるでゼリーのように腕や身体にまとわりついてくる。

「どうですか。マヤさん、高速の世界は。」

ふと瞑想に無我夢中になって忘れていた半兵衛から声を掛けられた。

「なんだか、水の中にいるような感覚ですね。でも思ったより普通です。」

マヤが高速になると、セピア色の空気が全員を包み始めた。

彼らは、今後の作戦を練った。小太郎がさらわれたトキの行方を捜す一方、半兵衛は、藤堂家と四葉グループ山王家の動静を探りマヤは、美咲の身辺の護衛にまわる方針が決まった。


東京の山王邸では、善次郎がいや今や信長というべきかもしれないが、藤堂家からの使者からの報告を受けていた。

「山王様、例の女の周辺を洗っていたところ、とんでもない事実が判明しました。」

「修羅よ、まさか八神家がもう動き出しているというのではあるまいな。」

信長が修羅と呼ぶその使者は、年齢10代にみえる長身のすらっとした彫の深い顔した若者だ。

「いやそのまさかです。ただ驚いたのは、例の女の周辺にヒミコをみつけたのです。」

「何、ヒミコ・・・。ヒミコは、お前たちの手で東京の隠れ家にとらわれているはずだろう。それが何で女の周辺にいるんだ。」

信長は、狐につままれたような顔をして答えた。

「いやそれは、正確に言えばもう一人のヒミコです。私にもよくわかりませんが、私の攻撃を全てかわした上、一時、時を進める力も封じれられましたからまちがいなくヒミコの力をもつものです。」

使者が青い顔で答えると、信長は、即座に云った。

「まず、八神家の話であれば、アラハバキ宗主の一郎殿に、報告して一族で一丸となって、攻撃を防いでもらいたい。ヒミコの正体も一郎殿であれば知っているのではないか。私は、一刻も早く洗脳研究を進める必要がある。例の女を一刻も早く奪還するのだ。」

「御意。」

使者は、信長の前からかき消すように姿が消えた。

代わりに秘書の森、いや信長の近習である蘭丸がすっと空中から突然信長の前に現れた。

「蘭丸よ。むずかしいことになりそうだ。八神が新たなヒミコを伴って全面に出てきたとなればただでは済むまい。一族の力の源泉とも言うべきヒミコのトキという女を拉致してきたから、力をそがれ、当分の間は反撃する力を失っていたと思っていたが、これからは用心してかかる必要がある。」

信長の話に不安を滲ませながら蘭丸が答えた。

「それにしても八神一族の血統においても一時代にヒミコの素質を持つ者は、一人でるか出ないかとアラハバキは申していたはず。信じられません。しかし修羅だけに任せておいて大丈夫でしょうか。」

「四朗のことか。いや、あの者であればまず間違いはあるまい。何しろ徳川によって何万という無実ともいうべき天草の同胞を無残に処刑され、世に深い恨みをもつものだ。余程肝が据わっておるだろう。」

「確かに。しかしまさかの時のために別の手を打っておいた方がよいと存じます。」

「手とは、なんじゃ。」

「アラハバキ自体を殿のものとするのです。藤堂一郎殿は、確かに非常に優れた異能者と聞いております。しかし、現代のような変化の激しい時代、八神との戦いも含め、まさに乱世と心得ます。今の世こそ、再び殿のお力にふさわしい時代と心得ますが如何でございましょうや。」

それを聞くと信長が声を殺して蘭丸を叱りつけた。

「まずは、滅多なことを口にするでないぞ、蘭丸。周りはアラハバキの者だらけということに気をつけろ。一郎が四葉を乗っ取るため、我らを利用してきたのは知っての通りじゃ。しかしわしとても今のままアラハバキとの関係を続けておくつもりなぞ毛頭ないわ。今回あいつらが、八神との対決する可能性が出てきたことで、八神と相討ち、少なくても態勢をくずすことにでもなれば、その時こそ機会がある。

ただ、本当に恐ろしいのは八神一族の方であろう。別のヒミコが現れたとなれば、我ら同様、過去からどんな連中を引っ張りこんでくるか想像もできん。まずは、一郎には全力で八神一族と戦わせることが肝要じゃ。それまでは、操り人形の振りをしていればよい。」

「御意。それでは、せめても修羅を陰で支援することを御了解いただけませんでしょうか。」

「どうした蘭丸。なぜそれほど四朗にこだわる。」

蘭丸は、思わず本音を言い当てられたのか返答に窮したような表情をしたが、真剣な顔になって心情を吐露した。

「信長さま。あのものとは、生きていた時代は全く違いますが、偶然にも現世で出会うことになりました。しかし、四朗とは、不思議とそりがあうと申しますかとても他人とは思えません。」

信長は、目を閉じた。二人の容貌は、他人のそら似というのであろうが、不思議とよく似ていた。長身で端正な顔だち、時空を超えているが兄弟のような雰囲気を持っていた。蘭丸が、年のうえでは少し上になるだろうから弟を思いやるような兄の気持ちなのか。しかし信長には、蘭丸の気持ちがよくは理解できなかった。

何をくだらない思いに耽っているのだとしかりつけたい気持ちになった。ただ彼にして、気まぐれな面はあった。敵には驚くほどの冷酷さを発揮してきた信長も心許す近習のためには時に寛大さを見せることもある。

「であるか。ならば陰で支えてやるがよい。」

信長は、あっさり了承した。

「御意。」

蘭丸は、喜びながらその場を消え去った。


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