第16話 蘇り
「マヤ、お前にも出来ればわしらとともに戦ってもらいたい。お前の父もこのような戦いにお前を巻き込みたくないと思い我ら一族とは、絶縁してこの地を後にした。しかし一度奴らの目に止まったと言うことであれば、もはや無事では済まぬであろう。」
コウの言うことも尤もだ。確かに自分の存在が知られてしまった今では、八神一族としてのアラハバキとの戦いを避けることは出来ないであろう。なにより美咲のこともある。だたしここは慎重に答える必要がある。マヤはコウに尋ねた。
「一つ聞きたいんですが、もし戦うとしても、私に何が出来るんでしょうか。
戦うなんてことこれまで考えたこともありませんでしたし。ましてやそんな高速 で動く敵を相手にしてどうしたらいいんですか。」
老婆は、息をすーっと吐くとマヤの大きな目を覗き込むような表情で見返した。
「そうじゃな。アラハバキ一族は、手強い。今のお前では力不足じゃ。
しかし修行をすれば、万に一つトキと同じような力を持つかもしれん。
我ら一族でもヒミコの素質をもつものは、女子の極一部じゃ。
しかしお前にはあった時から気の強さを感じさせるものがある。
実のところ今の老いさらばえた私ではヒミコとしてトキの代りを努めこと
など出来ん。
もしトキと同じ力を持つことが出来たら、アラハバキの時を進める力をお前の時 を止める力で奪うことが出来る。
どうじゃやってみるか。」
マヤは頷いた。
その日よりマヤの異能力者の修行が始まった。
そして3ケ月が過ぎたある日、コウがマヤを呼んだ。
「短い期間であったが、お前には今必要となる力の全てを授けた。おまえの成長は 目を見張るものだった。
後は実践を通じて自分の力を練磨するのじゃ。
そしてお前に伝えたいことがある。
トキは、四葉グループに捉えられていることが分かった。
行って助け出してくるのじゃ。
しかし必要なことはそれだけではない。
織田信長、森蘭丸、天草四朗時貞の3名も連れてくるのじゃ。
再びお前の力でそやつらの時を止めて連れて来てほしい。」
ムチャだ。
話しを聞いていると自分が万能で百戦錬馬の闘士のように扱われているように聞こえる。いくら訓練されたと言っても未だ戦いなどしたことのない自分にそれをさせようと言うのか。マヤは思わず尻ごみして言った。
「私一人でそれをやるのはとても無理ですよ。八神一族の人にも手伝ってもらわないと早く呼んで来てください。」
コウは、頬笑みを浮かべながら遠くみるようななぜかマヤを通りこして遥か空を見つめて答えた。
「まあ、お前の答えは、当然じゃろうな。お前がただの能力の高い異能者であればこんな無茶は言わない。しかしお前はたったこれだけの鍛連でトキと同じくらいの力をもつまでになったのじゃ。このようなものは、後にも先にもお前だけじゃ。今ここにお前がいるのは、お前の宿命だとわしは感じるのだ。
そしてお前には何がある。それを使えばお前は一人ではない。」
コウが片目をつぶって囁いた。
「時のゆりかご。」
マヤがポツンと呟いた。
「そうじゃ、お前にはそのゆりかごある。今から出かけるぞ。そしてお前の力で強力な味方となる歴戦の英雄、天才たちを目覚めしてこい。」
それから数時間後、マヤとコウは、八神山の中腹『時のゆりかご』に居た。
「相手は、アラハバキ一族、四葉財閥、織田信長たちじゃ。一筋なわではいかんじゃろう。まずは何といっても軍師が必要じゃ。優れた軍略をたて作戦を指揮できる高い智謀を持った者そして信長をよく知る人物をこの中から選ぶとしたら誰がよいじゃろう。よし、まずはこの者としよう。」
そう言うとコウは例の巻き物に印を付けた。マヤがそれを見ると竹中半兵衛重治とある。確か羽柴秀吉の右腕と言われた傑物だ。織田信長に直参の家臣になるよう命を受けたが、その残忍な人柄を見抜きわざわざ信長の家臣である秀吉の配下になった高潔な人物だ。戦場で病没したと歴史では教えているが、まさかこんなところにいたとは。
「確かこの人、若くして結核で亡くなったはずですよね。」
マヤが尋ねた。
「死の間際に直してやったのじゃ。そして後世に自分の力を役立てられるのであればと喜んでわしらの活動に賛同してもらったのじゃ。」
全くこんなにも八神一族が暗躍しているとは、歴史の真相は案外めちゃくちゃなものである。
「それでは、早速蘇らせるぞ。それ、その奥の35列目の15段目の石棺じゃよ。」
マヤがおそるおそる石棺を開けようとしたところびくともしない。
「当たり前じゃ。時間が止まっているのじゃからな。まずは時間を解くのじゃ。さあ、教えた通りやってみろ。」
マヤは、石棺に向かって両手で母の形見の勾玉を握って手を合わせた。だんだん右肩の星形のあざのあたりがかっかと燃えるように熱を持ってきたようだ。それがやがて全身に広がってきた。瞬間、バリバリという破裂音とともに赤い稲妻のような光が周囲を照らした。
あたりがまた漆黒の闇に包まれた。シーンとしている。何の変化もなさそうだ。
「何もかわりません。失敗したんじゃないでしょうか。」
マヤが不安になってコウに尋ねた。
「待て、耳を澄ませ。」
コウが小声でマヤを制した。するとコソコソといった感じで石棺の中で何か動く気配がする。マヤは、思わず外から声をかけた。
「大丈夫でございますか。生きていらしゃいますよね。今開けますからしばらくお待ちください。」
歴史上の人物だと聞いていて、マヤは無意識で敬語を使っていた。
「生きていて当たり前じゃ。マヤ、何を怖がっておる。半兵衛殿、今開けるから、気がついていたら中から声を出してくれ。」
コウが今度は大きな声で石棺に呼びかけた。
「半兵衛でござる。何だ。横になってくれと言うから横になったら、もう出るのでござるかか。一寸も経っていないでござる。何か間違いではござらぬか。」
中から力強い力強い声が反ってきた。そして石棺を開けると中から三十代半ばとおぼしき武将が出来てきた。最初は暗くてよくわからなかったが、どうやら若草色の生地に丸い雀にような紺色文様のある肩衣と袴という出で立ちだ。そして凛とした気品を醸し出し涼やかな瞳を湛えたその姿は、血なまぐさい戦国の世から出現した人間とはとても思えない。
そんなマヤの視線を他所にコウは、テキパキと半兵衛に手短に現在の状況や目覚めさせた理由を伝えた。まるでいつものことのように慣れた様子だ。当の半兵衛も、最初だけびっくりした顔をしたが、すぐに冷静になって考えこんだ顔をしている。
一息つくと半衛は、マヤとコウに告げた。
「およそ500年後の世とは驚き申したが、今の世がどういう時代になったかは、のちほど学ばさせて頂くとさすれば、相手があの信長公であれば簡単には参りませぬ。もう少し味方が必要と心得えまする。」
「それは、分かっておる。おぬし同様、わしらが各時代から眠らせたきたものを目覚めさせる必要があるのだろう。それは誰が良いかのう。
何か良い知恵でもあるのか。」
コウは、早速、半兵衛の力を借りるというのであろうか、天才軍師に
質問していた。そんな二人の様子を見て突然登場した半兵衛にマヤは無から有が生じるような不思議な感慨を抱いた。そしてその発せられる言葉に注目した。
半兵衛は、例の巻物を興味深げに見ながらコウに告げる。
「ならばこの者が良いかと思われまする。風魔小太郎、百地丹波の両名です。理由は、簡単です。彼らはいわずと知れた風魔一族、伊賀忍者の棟梁です。その情報収集能力、戦闘能力はずば抜けています。そして何よりも同時代に生きていたことで信長を深く知る者たち。特に百地丹波は、伊賀の一族を信長に全滅寸前まで攻めたてられました。その恨み闘争心は、決してあきらめるということを知らないでしょう。」
コウが頷き、マヤに例の巻物を見ながら目覚めさせる石棺を二つ示した。それらは隣り合って置かれている。どうやら二人一度に目覚めさせよということらしい。
マヤは、目標の石棺を見た。一つの石棺は、他の石棺よりも二まわりは大きい。蓋の重さも相当なものだ。優に100キロはありそうだ。
マヤは、コウに言われるまま思考を一端停止し、二つの石棺に向かって、半兵衛のとき同様に母の形見の勾玉を握って手を合わせた。
二人同時に目覚めさせることができるだろうか。しかし力は確かに増幅しているようだ。体がすぐに燃えるように熱くなった。そしてたちたちまち時を解凍する臨界点に達した。
バリバリというような轟音とともに赤い閃光が走った。
成功したのか。周囲はまた、漆黒の闇に包まれた。コウが、先ほど左手に持っていたかがり火もマヤの発した爆風でかき消され周囲を照らすものは、もはやない。
マヤは、耳を澄ました。何か大きい方の石棺から聞こえる。がりがり。
内側から爪で引っかいているような音だ。
その瞬間突然、石棺の蓋が内部からけられるようにはじけ飛んだ。そして同時に人影が飛び出してきた。
コウがかがり火をたくとその人物が浮かびあがってきた。ゆらりと10代の若い男のシルエットが見える。しかし良く見るとマヤは、その姿に息を呑んだ。
石棺の通り、大きな身長だ。しかしそれだけではない。一言で言って異様としか言いようがないのだ。
まず目立ったのは、盛り上がった胸筋だ。テレビで見るプロレスラーなど比較にならないほど発達している。加えて足の筋肉もまるで重労働で鍛えられた
農耕馬のようだ。これで蹴られては、普通の人間などひとたまりもない。本当に過去の人間なのだろうか。絶対的な筋肉の質量に圧倒される。現代の格闘技選手としても十分すぎるほどだ。加えてマヤが、現代人と確実に違うと思ったのは、その瞳と髪だ。人の瞳が金色に光るのをマヤは初めてみた。そして瞳を囲むように長い髪があった。
髪の色は銀色に輝いている。白髪ではない。染めているのでもない銀色なのだ。そして爪は長く研ぎ澄まされているように尖っている。
一言で言えば、おとぎ話に出てくる鬼だ。
人とは思えぬほどの圧倒的な威圧感を誇っている。そしてその鬼が口を訊いた。
「お主らは、一体何ものじゃ。ここはどこじゃ。我ら北条家の御ため、あと少しのところで天下人を狙う秀吉の首を取るところであった。」
「そうか。秀吉さまが天下人となったのじゃな。」
半兵衛が呟いた。そうか、半兵衛は知らないのだ。半兵衛が八神に出会って眠ったのは、、本能寺の変の前だ。つまり歴史に名高い小田原攻めも知るよしもない。マヤは、一瞬不思議な感慨に耽った。
しかしその空白感を破るように小太郎の眼が半兵衛を射すくめている。
「何、おぬし秀吉の手の者か、活かして返さぬ。」
そう、そして小太郎とは、北条忍者の総大将との敬称だ。豊臣方は敵と認識しているはずだ。今にも飛び掛らぬといった勢いで動き出している。
「まぁ待て。」
気色罵む小太郎をコウが制した。
「よいか小太郎。おぬしが我ら八神と約したこともはや忘れては
おらんだろうな。」
「それは、現世のことは、全て忘れ後の世に己を捧げるということか。」
「その通り、それを忘れてはお主が今ここに居ること自体が無駄になる。」
「うむ、忘れてはおらん。しかし忘れては、おらんが、思うよりも早く
身体が動く。」
「よいかな。未だ伝えてはおらんじゃったが、今は、500年後の世じゃ。北条も豊臣もとっくになき世なのじゃ。過去の恨みは、忘れることが肝要じゃ。そしておぬしの話した相手は、かつては、確かに秀吉公の知恵袋であった竹中半兵衛じゃ。お主がこれから戦わねばならぬ相手は、秀吉ではない。その主人の信長じゃ。」
コウが決定的な事実を告げた。
「信長-。」
あまりの展開に小太郎は絶句している。そうだろう。500年後もさることながら秀吉の小田原攻めの頃には信長は死んだことになっている。
「そうか。信長公とは恐れ入ったわ。そしておよそ500年間の世か。くっくっ。」
先ほどの前の怒りから解き放たれ、小太郎は、突然笑いだした。どうやら豪放磊落な性格らしい。
その時、マヤは突然背中に視線を感じた。誰だ。思わず振り返るとそこには、40前半くらいの鋭い目をした黒い影の男が立っていた。もう一つの石棺を見ると少し蓋がズレている。こんなわずかな隙間から出たというのだろうか。
男は、どうやらひどく痩せているようだ。手足は長いが骨ばかりという印象でまるで骨格標本みたいに見える。
表情は冷たい感じで唇が薄く頬骨が突き出ているような感じがする。細い目が二つ遠くを見るように光っている。
その男がゆっくりとした、しかしかすれたような声で囁いた。
「我は、百地丹波。伊賀の棟梁。あの信長が生きておるとは真か。奴は人間ではない。あの魔王に我が妻子を殺され、一族は、ほぼ全滅の憂き目にあった。500年後の世であろうがなんであろうが、決着をつけねばならぬ。」
「それは、信長を亡き者にするということか。」コウが続けた。
「当然のこと。」
「それでは、我ら八神との約束はどうなる。」
コウは、小太郎にしたのと同じ質問をした。
「邪魔立てすればお主らを殺して信長を殺すまでのことじゃ。」
瞬間、コウ、半兵衛、小太郎、百地丹波の間に緊張が走った。
冗談ではない。ここで殺し会いが始まるというのか。しかもこの百地丹波という男、コウはともかく半兵衛、小太郎を同時に相手にして勝算はあるのか。
いくら伊賀忍者の棟梁と言え、勢力に違いがあり過ぎるのではないだろうか。
マヤは、事態の成り行きを見守るしかない自分にイライラした。
しかし、その緊張を破るかのようにコウが答えた。
「そうか。信長を殺すか。よかろうならば、行くがよい。止めはせぬ。しかしここでの話は他言無用じゃぞ。」
「それでは、おさらば。」
その瞬間百地丹波は、コウの答えを聞くやその場から消えた。走り去ったと言うのでもない。一瞬にして姿が消えていた。
丹波は、敵にはならなかったにしろ、味方にもならなかった。コウは、あの場での戦闘を避けるために咄嗟に言ったのかもしれないが、問題が複雑になったのは間違いない。戦国時代の殺し屋が一人現代に蘇ったのだから。
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