第15話  時のゆりかご

「それは長い話だ。因縁は、この国の成り立ちにも関係がある。」

と言うとコウは、話し始めた。

「マヤ、この国の始まりは何だと思う。女王卑弥呼のことはお前も知っていよう。」

卑弥呼と聞いたとき、数日前に自分を襲ってきたあの男の言ったことを思い出しマヤは少なからず驚いた。

学校で日本史の最初に出てくる話だ、マヤは軽く頷いた。

「卑弥呼は、太古の時代、この国を自分の持てる力で統治しておった。それは決して自分で望んだものではなく、多くの国々が互いに戦乱をさけるため自ら進んで卑弥呼を自分たちの王と戴いたのじゃ。」

コウの話によると卑弥呼は、その優れた予知能力と病を癒す力などのために周囲の人々から崇敬を集めていた。ただ自ら国を治めようという意思はなく市井にあってひたすらに人々のために役立ちながら静かな日々を過ごすことを望んでいたという。

しかし国々の戦乱は収まらず、卑弥呼の周りには、彼女の起こす奇跡に導かれた人々が集まり、彼女こそ神から選ばれた救世主でありこの国の王にふさわしいという声が大きくなっていった。そして遂に卑弥呼をこの国の王とすることがそれまで争っていた国々の王、全員の一致を持って決められたのだ。さらにその後卑弥呼の支配する邪馬台国は、大和朝廷の源流にまでなったと言う。

「その話と私の身の上とどういう関係があるんでしょうか。」

話が長くなりなかなか核心に近づかない。マヤはちょっと焦って聞いた。

「つまりじゃな、マヤ。八神のものはおまえも含めて卑弥呼の血を引いている。お前はよく知らないだろうが、私は直系の巫女じゃ。卑弥呼とは、日の巫女、もともとこの八神神社が祀る天照大神のことじゃ。そして日の巫女、ヒミコとは尊称なのじゃ。我々八神という姓もヤマトノカミ、ヤガミときておるのじゃ。そして我らは、この国が安定し卑弥呼様が王座を退かれたあとも、陰からこの国の安定を見守ってきた。」

気の遠くなるような不思議な話だ。それでもまだ話が見えてこない。

マヤは催促した。

「それで一体どうなるんですか。母がいなくなったことも自分の周りで起きていることもよくつながらないんですけど。」

「お前は、せっかちじゃな。よいかヒミコすなわち我々には祖先以来授かった力があるのじゃ。その力とはお前も経験している通り、人の病を癒す力、未来を予知する力、そしてこれが一番大事な力じゃが、物の時間の経過を遅くする力じゃ。わしらは、己の気の力を込めることによって、物これは人間を含めてじゃが、時間の経過を周りよりも遅くすることができる。その力を使って、わしらはこの国のため、秘密裏にあることを行ってきた。これからその場所へお前を連れて行く。しかし決して他言無用じゃぞ。」

コウはそう言うと、周囲に人がいるかのように大きな声で呼びかけた。

「これから八神山にこの者と向かうぞ。誰も付いて来てはならぬ。但し、周囲の警戒は固めるのじゃぞ。」

神殿内にコウの声だけが大きく響いた。

「誰かいるんですか。どう見ても私たちしかいませんけど。」

おそるおそるマヤが尋ねた。

「まあよい。じきにわかる。それより近くの泉から組んだ水じゃ。飲んだら早速出かけるぞ。」

そう言えば、山道を歩いてきたせいでのどがからからだ。マヤは、差し出された杯の冷たい水をごくごくと飲み干した。コウとマヤの二人は、3キロほど歩いて神社の西側に位置する八神山に向かった。途中やっと人一人が通れる切り立ったがけの上を歩いていく。かなり上ったところで山が見えてきた。ピラミッド型をした左右対称な小山だ。その山の中腹に達したところに岩穴があった。

「あそこから入るぞ。ここは、ヒミコとヒミコに許されたものしか足を踏み入れてはならぬ聖地じゃ。」

コウとマヤは岩穴に入って行った。中は、次第に暗くなって行くがところどころから外光が漏れてきていて全くの暗闇というのではない。どこからかウグイスだろうか山の空気に染み透る澄んだ鳴き声が響いている。やがて、石扉が見えてきた。扉には、あのマヤの勾玉にある例の星型が刻まれている。

コウは、自分の胸元からマヤの持っているものとよく似た黄色の勾玉を取り出して手に握ると扉の前で気を込めた。するとコウの手がかすかに黄色に輝くや扉がゆっくりと開いた。コウの手招きに応じ、マヤはその中に入っていった。中には暗闇に包まれたとてつもなく大きな空洞が広がっていた。マヤは持ってきたライトで足元を照らした。驚いたことに端が見えそうもないほどの空洞の大きさだ。

「一体何ですかここは。」

思わずマヤがコウに尋ねた。

「時のゆりかごじゃよ。ほうら足元を見てごらん。」

コウは、何か知られていない古墳のようなもののことを言っているのかもしれない。

マヤは、足元をライトで照らすと驚いた。手前は、ちょっとした広さの平な石畳の空間が広がっているのだが、その先に階段があった。そしてその先がどこまでも続く白見影石で造られたような大広間がある。その大広間には、やはり無数の石棺が置かれていた。

「何ですか。ここは地下墓地ですか。」

マヤは、思わず尋ねた。

「いいやここに死んでいる者は一人もいない。皆生きて眠っておる。良いかここにいるものは、この国の過去に現れた英雄、英傑、知恵者、偉大な芸術家そうした天才達が時間を止められてその時代のままの状態で眠っておる。わしらがその時代時代から優れた者たちを拾ってきたのじゃ。世間では神隠しと呼ばれておる。もっともその者からみたら眠っている感覚などはないじゃろうな。ただ時が止まっているだけの話しじゃからな。」

「どうしてそんなことをしているんですか。」

マヤは思わず尋ねた。そんなことをすれば歴史に干渉することになるではないか。

「当然の質問じゃ。この国を守るためじゃと言っておこう。長い年月の間にはさまざまな才能ある人間が出現する。しかし時には、その類稀なる才能を開花させず、たとえ開花したとしても無残に殺されてしまう。そしてそう言った人材が本当に必要なときには、国には人材はいないのじゃ。マヤ、この国は、なぜ第二次大戦まで一度も他国から侵略されたことがないか知っておるか。国難が起こったときなぜ在野から素晴らしい人材が湧いてくるか知っておるか。元寇のときの北条時宗もそうじゃったし、明治の志士達もそうじゃ。それらは、偶然ではない皆わしらが仕組んだものじゃ。わしらは、この国を常に背後から守護してきたのじゃよ。」

コウの話は、にわかには到底信じられない。たとえ自分が時間を遅らせるという体験を実際にしていたにせよとても現実の話とは思えなかった。コウの話は続いた。

「驚いたようじゃな。しかしまだ話せねばならぬことがある。

これを見てごらん。」

コウは、一巻の古い巻物を紐解いた。ところどころに年号とともに印がしてある。そして数年前の年が記載されているところが3つほどあった。その記載されているところに番地のような数字が振られている。その番地に従い、二人は地下墓地に似た時のゆりかごの中を進んだ。

「まずはここじゃ。」

石棺がある。棺が空いている。おそるおそるマヤが中を覗きこんだ。しかし中は空っぽだ。

「誰が入っていたんですか。」

マヤが思わず聞いた。

「この巻物を見てごらん。ほろここじゃよ。この年は中に入っていたものの目覚めた日時を指している。」

コウが指し示す。日付は10年前だ。おそるおそるその者の名前を見た。織田上総介信長とある。そして残る2名の者の名前を確かめた。森蘭丸、天草四朗時貞とある信じられなかった。マヤは、思わず尋ねた。

「彼らは、歴史上の人物じゃないですか。本能寺の変、島原の乱、死んだんじゃないですか。現代に蘇ってきたんですか。どうして現代に蘇らせたんですか。」

「まず言っておきたいのじゃが、あの者達は、わしらの意思で蘇らせたものではない。私の孫の一人があるものたちにさらわれ、無理矢理蘇らされたのじゃ。そして今そのものたちは、現世に暗躍しておる。お前ももしかしたら名前くらいは知っておるかも知れないが、あの巨大企業の四葉グループを総帥として率いている人物が信長だという情報がある。」

その話を聞いてマヤは鳥肌がたった。

今偶然にも対決しているかもしれない相手がそんな歴史上の人物だったとは。そのあとのコウの話を要約すると次のようなことだった。八神一族は、初代卑弥呼より時代の英雄、天才をピックアップしてきた。それは、後世で活躍してもらうためであり、原則本人の意思を尊重していると言う。信長のときもそうだった。本能寺の変が起きたとき、信長は、近習を連れて自決の準備に入った。その時だった。八神家によって後世に生きたいものは、その意思により、時間を止めることが出来るという申し出を受けた。記録によると信長は喜んで後の世に生きることを選択したのだった。それが明智光秀が最後まで遺体を発見できなかった真相だった。そして他の2名も含めて現代まで眠り続けた3名は、何者かによてさらわれたコウの孫でヒミコとなっていた者によって蘇ったのだ。

「誰がヒミコをさらったんですか。」

マヤにとっては、未だ全体がわからない。

コウは、目瞑ると暫く沈黙した。そして呻くようにつぶやいた。

「連れ去られたヒミコは、孫娘のトキさ。ちょうどお前と同じくらいの年だ。そしてヒミコをさらったのは、おそらく、わしらの長年の真の敵であろう。」

またまた分からなくなってきた。コウが話を続けた。

「お前が理解できぬのものも無理ないことじゃ。話は、太古に戻る。ちと長いが我慢して聞いてくれ。」

コウは語り続けた。ヒミコの統治する国、邪馬台国は、やがて大和朝廷を形成するのだが、その際、近畿地方で激突した一族があった。古事記にも書かれるその戦いは、天照大神の直系である神倭伊波礼毘古命のちの神武天皇が国の中心を日向の高千穂から東方へ移したことによって起きた。いわゆる神武東征である。

一族の長である先住の豪族長髄彦(ながすねひこ)に率いられた軍団の力は強大だった。朝廷との戦いは熾烈を極めた。瀬戸内海を水軍を率いて神武天皇が東に進んだ大阪での上陸戦では、兄の五瀬命は矢に当たりその怪我がもとで死亡する。止むを得ず紀伊半島を迂回し熊野に上陸するが、上陸の際さらに二人の兄も死亡、やがて激しい戦闘の中で絶対絶命の危機にまで陥る。ところが奇跡的に逆展し、神武天皇は大和の樫原で即位したのだった。

一方の長髄彦(ながすねひこ)は、その戦いの後何度も抵抗を続けるも敗退を繰り返し、結局は、朝廷との戦いに敗れ滅び去った。しかし実際は、一部の一族は現在の津軽半島まで逃れたのだった。

一族の名をアラハバキといった。そしてアラハバキ族はいつの時代になっても彼らの平和に暮らしていた故郷、まほろばの地『大和』を追い出された無念を忘れなかった。それどころか、歴史の裏で暗躍しところどころで天下を狙ってきた。古くは、平将門公などによる『承平天慶の乱』もそうであり、信長の武力による天下統一への企てもその一環だった。

しかし、何れの場合もその野望に立ちはだかったのか大和朝廷を陰で支える八神一族だったのである。平将門が率いる承平天慶の乱の鎮圧は、言うに及ばず、本能寺の変を引き起こし、信長の天下布武の野望を打ち砕いたのも八神一族であった。

1582年7月1日信長は、豪商たちを集めた茶会の後、京都に出向き朝廷を廃止し成り替わる予定だった。そのため、八神一族は、明智光秀を操ってクーデターに導いた。しかしその信長本人の天才的な頭脳については、自刃の土壇場で救って、後世に残したのだ。

以上は、あくまで一例でしかなく、現代におけるまで両族は、朝廷を間に挟んで常に暗闘してきたのだ。

そしてアラハバキ一族も八神一族同様、超能力を持つ一族だ。

ただしその能力とは八神一族とは逆の力である。

それは、一瞬の間だが時を進める力だ。アラハバキ一族の者は、その能力により数秒自分の時間を進めることができた。これは外から見れば彼らが素早く動いているのと同じことだ。能力の大きさにもよるが、通常の能力をもつ者であれば、5倍から10倍、極めて稀であるが能力の高い者の中には100倍近くまで時間を進めることが出来るものがいると言う。

「この能力は戦場においては、極めて大きな力を発揮することとなる。少数の強敵者は、言うに及ばす、多数の敵であろうがスローモーションで動いている相手を倒すことなど赤子の手を捻るよりもたやすい。これによりアラハバキ一族は、さまざまな工作を可能とし八神一族と時々に対立しながら、日本の闇に君臨してきた。

さらに彼らは、一族の力をより強固なものとするため各地に散らばる様々な種類の異能者と呼ばれる超能力者たちを集め、血縁関係を通じてその超能力を一族に積極的に取り込んできた。テレパシーやテレキネシスといった世間では絵空事のように思われている能力者が彼らの間に多数存在するのもそういった歴史の中で形成されてきたという。

「マヤよ、分かったか。自分の本当の姿が。おそらくお前の育ての母を襲ったのもアラハバキのものであろう。アラハバキは、敵である八神の血を引くものは常に狙っておる。」

コウは、そう言うと言葉を切った。

「トキさんはいつ頃さらわれたんですか。」

「5年前じゃ、わしらも八方手を尽くして捜しておるのじゃが、もしかするともう殺されているかもしれん。やつらは、異能者だけでなく、ヒミコの力によって古今東西の天才たちを蘇らせ我がものとするため、わしらの時のゆりかごを前から狙っておった。」

しかし、コウの話によるとアラハバキ一族が時のゆりかごを狙う理由は、才能の優れたものを自陣に取り込みたいという望みだけではない。時のゆりかごから目覚めたものは、アラハバキ一族でも稀にしかいない高いレベルまで時間を進められる異能力者になるという。それは、時を止められた状態から再度目を覚める際に通常時間に戻るために時間的な急加速を経験するためらしい。

そういう意味では、アラハバキ一族がゆりかごから蘇ったもの手に入れたいというのは、ある意味当然なことだろう。


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