第14話 八神神社

「一条マヤさんですね。奈良県警です。大変申し上げにくいのですが、昨日ご実家が全焼しました。キミエさんの行方がわからなくなっています。ただ焼け跡から遺体がひとつ発見されましたので、身元確認の必要があります。大変申し訳ありませんが、早急に御出で頂けませんでしょうか。」

突然の電話にマヤはショックで頭の中が真っ白になった。マヤは父が幼い頃亡くなり、気丈な母に女手一つで育てられた。キミエとはその母の名である。信じられない思いだった。

治療院の堂本に事情を話してその日のうちに奈良県警警察本部に駆け付けた。まず警察から事情を聞く。事件は強盗目的か事故なのか全くわからない。

ただ深夜に複数の人の争う声が聞こえた後一斉に火の手があがり、木造の実家は、全焼したとのことだ。

「今のところ、全く原因は不明です。大変恐縮ですが、ご遺体を検分頂きたいと思います。損傷が激しく分からないかもしれませんが、事件解決のために御協力ください。」

刑事は重々しく話した。マヤは刑事の声をどこか深い井戸の底にいて聞いているような気がした。一言で言って東京でのことも含めて最近起きているあらゆることが信じられなくなっていた。周囲の全てが混乱して見える。

遺体対面を済ませた。マヤには母かどうかの判別は全くつかなかった。DNA鑑定に持ち込まれるとのことだった。近所の人々や幼馴染も大勢慰めに来たが、一人で地元に予約したホテルに戻ると涙があふれてきた。母は女手一つでクリーニング屋を経営しながら自分を育てた。厳しくて優しい母だった。

父は大阪で合気道と古武道の道場主をしていたらしいのだが、マヤが幼い頃なくなった。それ以来愛情を一身に注がれながら、優しく時には父の代わりとなって武道の指南をするなど厳しく育てられた。

再婚の話もあったようだが父を愛していたのだろう経済的な苦しさを厭わず、独身を続けた。

東京に上京するとき新幹線の駅のホームで見送ってくれた母の姿が思いだされた。

「マヤ思いもかけず人生いろいろなことがあるけどそれは皆チャンスなんだよ。これから東京に行くのだって、マヤにとってきっと成長する良い機会になると思うから、頑張って行っておいで。」

車中で昼飯を買って食べるというのをどうしても聞かずお手製の稲荷寿司を弁当に詰めて無理やり渡された。

あの時、手を振って別れた姿が最後になるとはとても信じられない。

そして数日鑑定の結果を待つうちに地元の銀行から電話が掛ってきた。

母が貸金庫を借りていたとの連絡である。

何か手掛かりでもあるのだろうかマヤは直ぐに銀行に向かった。

通常本人以外公開しないところ、非常事態なので事件を知った銀行が知らせてきたのだ。

金庫を開けると中から古い木製の筆箱と思われるものが一つだけ入っていた。

一体何だろうか。マヤは、中身を開けた。

封筒が一つと古紙に包まれた塊が入っていた。封筒の中には手紙が入っている。手紙を見ると驚いたことにそれはマヤ宛だった。

「マヤへこの手紙をお前が見ているということは、もしかすると私はすでにこの世の者ではないかもしれない。

これから私は、お前に重要なことを伝えなくてはならない。時期がくれば私の口から話すつもりでいたが、図らずも難しいことが起きたのだろう。

まさかの時のためにこの手紙に書いておいたのだ。

マヤ、私はお前の生みの母親ではない。

私は、乳飲子を抱えて途方に暮れていたお父さんと知り合ったのだよ。

お前のお母さんはお前を生むとすぐに亡くなったそうだ。

私は、不幸にも子供が出来ない身体だったのでお前という子供を授かったときは、本当に嬉しく思った。私は、お前を実の子として誠心誠意全力で育ててきたんだ。

お前のお父さんの出身は、奈良県の山奥の村だと聞いている。その村に八神神社という神社がある。

そこがお前の本当の実家だ。お父さんは、よく私達夫婦に何かあったらマヤにはそこに行って欲しいと私に言っていた。

それから金庫の中に包みがあるだろう。それは、お前の母の形見だそうだ。

今起きていることに負けないで欲しい。私はお前のことをいつも思っているよ。

挫けないで頑張っておくれ。キミエ」

手紙を読んだあと包みを開くと赤みを帯びたメノウでできた勾玉が出てきた。中心に三角形を上下に組み合わせたダビデの星のような印が小さく彫ってある。

かなり古いものらしい。

マヤは興味深く手にとって眺めた。首に掛けて見た。すると今まで混乱していた気持ちが水面のように穏やかになってきた。

まるで今まで混乱していた気持ちが整理され頭もすっきりとしてきた。

気のせいだろうか手の先から気もほとばしるように勢いを増してくるような

感じがある。

マヤは冷静になっていた。母の言う通りいたずらに悲しんでいるときではない。

手紙によれば、父は、今の事態をずっと前からある程度予測していたようである。今は手紙の指示通り八神神社に行くことが何よりも優先する。すぐに行動を起こさなければならない。

八神神社は笠置山地のふもとにある奈良県の山奥の村にあった。

弥生時代にまで遡る古い土地で隣村との交流もあまりない日本でも秘境とも言えるような場所だ。

マヤは近鉄大阪線の駅で下車すると村までタクシーを拾いあとは徒歩で向かった。途中、茶臼山が見られ高山植物やキンポウゲなどの山野草の花々が咲き乱れる非常に美しい場所である。

マヤはいつも見るあの夢でみた巫女が背景にしていた山に似ていると思った。

そしてたまらない懐かしさを覚えた。

目的の村につくと駐在を訪ね八神神社のことを尋ねた。駐在の警官はよそものと思ったのかもの珍しそうな表情をしてマヤのことを見た。

「あんたどこから来なすった。八神さんのところに用があるなんて珍しい。

 あそこは、よそ者とは付き合わないからな。

 村祭り以外は、あまりつきあいないものなあ。場所だったらほら地図の

 ここだけど、さらに奥山を通っていくから、私が道案内してやろうか。」

マヤは、親切な申し出を受けることにした。村の畑を抜け木立を分け入っていく。八神神社は、山の中腹にあるらしい。道は整備されているのだが途中石段がいくつもあって、なかなか厳しい道のりだ。

「ここだわ。あの社の向こうに社務所があるだろう。あそこが八神さんのとこだ。」

なかなか立派な神社だ。八神家では代々植林業と農業を行いながらこの神社を守ってきたらしい。周囲の木々は、相当な年輪を刻んでいる。御神木と見られる木々が何本も生えている。警官が社務所の扉をたたくと中から老婆が出てきた。

「八神さん、お客さんだよ。」

「いや駐在さんこれは珍しい。はて、お客さんとは何の御用でございましょうか。」

そう老婆が言いかけてマヤの姿をチラッと見たとき、老婆の表情が驚きに変わった。そして駐在にこう言った。

「ありがとう。よくここまで連れて来てくれたね。後のことはこちらで大丈夫。」

「お名前は何といいましたっけ。」

「一条マヤです。」

「そうかそうか。よく来なすった。今夜は泊っていきなさい。」

そういう二人のやりとりを見て駐在は、安心したのか引き上げて行った。

老婆は、さらに奥に分け入った社殿の方へマヤを案内し中央の間で対座した。

美しく磨き上げられたヒノキ作り廊下の清廉な木の匂いがマヤの嗅覚を刺激する。やや近くに澤でもあるのだろうか。かすかに水の音がする。今までの喧騒から解き離され、一瞬マヤは、我を忘れてその安らぎと空間に溶け込んでいた。

「静かなところですね。あなた一人でこんな山奥に住んでいるんですか。」

マヤは、思わず聞いてみた。

そんなマヤの言葉が聞こえたのか聞こえなったのか老婆は、関係なく静かに

語り出した。

「名前は、マヤだったね。ここに来たということは、もうあいつらとは出会ったということかい。ここのことはどうして知ったんだい。」

マヤは、老婆の言っていることが殆ど理解できない。

「なんのことを言っているんでしょうか。私は、両親の手紙でこちらの出身者らしいということを知りました。実は、その両親も父は亡くなり母も家が火事になって行方もわかっていません。お話になっていることはよくわかりませんが、ここに来れば自分のことや周りで起きていることの手掛かりがつかめるかも知れないと思ってここまで来ました。」

老婆は、両目を閉じて少し沈黙し、悟ったような表情で話し始めた。

「そうかいそうかい。それは大変だったね。でもこれからはもっと大変になるかもしれないよ。」

「意味がわかりません。何の話ですか。」

マヤは、今さらにわからなくなってきた。無駄足だったのか。この老婆はもしかするとボケてしまっているかもしれないという最悪の不安が胸をよぎった

そんな思いとは裏腹に老婆は、マヤの胸元に光る勾玉に目を止めると話を続けた。

「そうか。それを持ってきたのかい。お前は、これを何だと思う。」

老婆は、勾玉に触れるとそれをマヤの手に握らせた。

「いいかい。これは単なる飾りものじゃないんだよ。これは、我ら一族の証だ。長い長い時を経てお前の手にわたってきたのさ。」

「そしてこれはこう使うんだよ。」

そう言うと老婆はマヤの手を掴むと大きな円を描いた。信じられないことにその円は、青い光跡で空中に浮かびあがった。夢でも見ているのではないか。何だろうまるでプラスチックの蛍光トリオか何かで光らせているかのような光沢をもった曲線が浮かびあがっている。

老婆は続けた。

「初めてみるだろう。これは、気の塊だ。我々一族のうちごく一部のものがこの気を使うことができる。そしてこの勾玉は、気の力を大きくすることが出来るのさ。」

マヤは、マジックでも見るようにその輪を見つめた。

「気をどうやって使うかお前は知らないだろう。でも今までに不思議な体験くらいはしてるんじゃないかい。なにしろわしの孫じゃからな。」

マヤは、目の前に座っている老婆が自分の肉親にあたる者だと知って不思議な感慨に浸っていた。それとともに、今まで全く交流がなかったことに寂しさからくる怒りも感じ始めていた。

「どうして今まで何の連絡もくれなかったんでしょうか。父が亡くなったあと私と母はたった二人で今まで暮らしてきたんです。幼い私を抱えてどんなにか父や母は大変だったことか。」

マヤは、涙を浮かべながら老婆を問い詰めた。

それを聞くと老婆は、憂いを含んだ表情をして答えた。

「お前の父は、そのことは納得済みじゃった。お前のことを守るため。自らわしらから連絡を断ったのじゃ。お前たちのことは、長い間わしらもずっと捜していたのじゃから。でももう大丈夫じゃ。今まで疑問に思っていたことも話そう。わしの名はコウこの八神神社の酋を努めておる。マヤ、良く来たな。」

マヤは、自分の周りの状況を全て知っているかのような口ぶりに不思議な気がしたが、まずは、このコウという老婆、初めて会う自分の祖母の話を一刻も早く聞きたくなっていた。

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