第13話 美咲

一体あの連中は何者なのか。あれだけの人数の暴徒がなぜ自分を目標に向かってきたのか。あの男の言葉の意味は何なのだ。恐ろしさで身体に震えがくる。そう言えば、美咲はどうなっているのだろうか。

すると一台のタクシータイミングよく路地に入ってきた。

マヤは、タクシーに飛び乗って云った。

「すいません。駅の中央口の方に向かって頂けませんか。」

マヤは、タクシーの後部座席に身を隠し、運転手に頼んだ。そう言えば先ほど、襲ってきた連中は、どうしているだろう。そっと窓越しに先ほどの事件のあった方向を見る。すると何かしら人だかりがある。警官が数人マヤの傍を走っていった。窓を開けて通行人に尋ねた。

「何かあったんですか。」

「いやー、十数人の人が一斉に気を失って倒れたんだって。熱中症かね。」

どういうことだろう。襲ってきた連中のことかも知れない。ただ今は、美咲のことが気になる。まもなく車が美咲のいた横断歩道のあたりに差し掛かってきた。しかしそこに姿はない。マヤは、美咲の身にまた何か取り返しのつかないことでも起こったのではないだろうかという不安に襲われた。すぐに美咲の携帯に電話する。しかし電源が切られているらしくつながらない。

すぐに婚約者のユウトと刑事の山野に連絡を取った。その後、美咲は家にも帰宅し

ていないことが分かった。拉致された可能性があるようだ。マヤは、最後に見た状況を二人に詳しく話した。

「美咲さんは、何らかの事件に巻き込まれた可能性が高いね。あれからあの交差点で集団で失神した連中の身元を洗ったんだけど、周辺に勤務するサラリーマンとOLで犯罪歴もなかった。当然のことながらマヤさんを襲ったことも記憶していない。共通点があるのは、たまたまあの交差点に居合せたことだけだ。」

山野は、深刻な表情で事実だけを伝えた。

「美咲は、また四葉リサーチに掴まったんでしょうか。あの件は、解決していなかったんですか。以前は、8人もの男に殺されかけたんですよ。一体どうなっているんだ。まるで戦場じゃないかこの国は。」

ユウトが興奮して声を荒げている。

「わからない。ただ美咲さんが例の研究にとっては、極めて重要な位置を占めていたことだけは、事実だ。いずれにしても捜査態勢を敷いて全力で探すしかない。」

山野は、ユウトをなだめようとしていたが、だいぶ取り乱していて、今後の相談もできない状況のようだ。

しかし、事件は5日後に意外な展開を迎えた。美咲からユウトとマヤにメールがきたのである。文面にはこうあった。

「ユウト、マヤ心配させてごめんね。でもわけあって、今は居場所は、話せない。ただ例の四葉の研究について知らせたいことがあります。今まで全く思いだせなかったけど、実は、もうひとつの人格になっていた時の記憶が戻ってきた。今の事態を放置すると大変なことになると思う。明日、Tホテル一階の有明というティールームに山野刑事と3人で3:00に来て。美咲。」

Tホテル約束の時間、美咲は深め目に帽子をかぶり、かつらをして喫茶室一番奥のコーナーに座った。ここからだと店内全てが見渡せる場所だ。特に不審な点や違和感を感じさせる雰囲気はない。平日午後の閑散とした雰囲気が茶色の絨毯に覆われた店内を包むでいるだけだ。暫くして周囲を見渡すように、しかしさりげない感じでマヤ、ユウト、山野の3人が表のドアを開けて入ってきた。すぐに気が付いたのかおもむろに近づいて同じテーブルに座った。客はまばらで密談には向いていると美咲は安堵した。

まず、山野が口火を切った。

「いろいろ聞きたいことはあるんだが、まずは、美咲さんの話したい-ことを聞かせてもらえますか。」

美咲は、軽く額に手を当てて考え込むしぐさをしたあと小さな声で話し始めた。

「これからお話すことは、にわかには信じてはもらえないようなことしれません。ただ紛れもない事実ですし、少なくても私にとっては疑う余地はありません。」

一昨日、彼女は、いつもの通りマヤのところに向かって駅を降りた。その時、彼女の心に直接呼びかける声を聞いた。それは、明確なメッセージであり、次のように語ったという。

「僕は、同僚のリュウだ。君と今まで共同研究をしていたことを覚えているかい。君に研究を抜けられたあと大変困っている。やはり君の力がどうしても必要だ。早く復帰して欲しい。助けてくれ。」

美咲は、突然のことに驚いた。最初は、自分の精神状態がおかしくなったのではないかと思った。しかし、その声を聞いたとき例のxブースでの研究内容を思い出したのだという。

それは、今まで判明した事実以上のものだった。映像、音楽による洗脳実験を越えたテレパシーによるヒト支配技術まで進化していた。テレパシーそれ自体世間的には、SFのように思われている未知の能力だが四葉内部では実用レベルに達した能力者が存在しているのだった。この支配技術は、もう少しのところで完成に近づいており、現在は能力者の100メートルの範囲であれば、テレパシーで数十人の人間を一片に操ることができるレベルに達しているという。マヤを襲った暴漢たちもその技術を使って操作されたものだったらしい。

そして、リュウは、今度は、その技術を使って美咲自身の人格を例の実験の時の別人格に変えようとして来たという。

しかし今度は、その人格が現れることはなかった。洗脳技術を仕掛けると脳裏に強い怒りの感情が湧く。それは、洗脳に誘い込む罠だ。怒りによって理性を失わせ人の心を乗っ取る。美咲は、術にかけられようとした時、貧困や世の不公正などあらゆる世の中に対する怒りの感情が湧いてきたという。しかし、美咲は、

それが偽物の感情であることを見抜いていた。今語りかけてきている声こそが自分を支配しようとしている絶対悪なのだと自分に言い聞かせることで心を平静に保つことが出来たのだった。

「もう一刻の猶予もありません。敵が全力で攻撃してきたんです。このままだとこの技術を使って、彼らの思い通りに世の中が動いていくかも知れません。四葉リサーチは、単なる出先機関にすぎません。本当の敵は四葉グループ全体かもっと大きなものです。おそらく背後からこの国さえ操れるだけの力を持っています。山野さん警察にも手が回っているかも知れません。マヤ、ユウトこれからは身辺に一層気をつけてね。私は、洗脳技術開発者の一人としてこの技術を無効に出来る手段がないか研究を始めることにするよ。一人でやるから、当分みんなの前からも姿を隠すよ。」

美咲は、今まで悪の手先となって図らずも研究の中心にいた自分を強く責めているようだ。そしてその責めを一人で背負おうとしているように見える。

「私だって、世の中を救おうと思っている。今回の件は、美咲さんのせいじゃない。警察にも親しい仲間はたくさんいる。心配しないでほしい。あなたの身辺は僕ら警察が守る。もし警察が守れなくても警察外にも個人的に仲間はたくさんいるから大丈夫だ。」

山野は、美咲の言葉に強く打たれたようすだ。任務を超えて美咲を守ろうとする意思がその言葉には表れていることからもそれが伺える。他の皆も同じ気持ちだった。皆、一丸となってこの強大な敵に立ち向かう決意を固めていた。

結局、山野の保護のもと美咲はユウトとともに、二人で身を隠すことになった。山野と和田は事件捜査を進める一方、旧四葉リサーチに所属していた研究員から聞き込みを行うことにした。しかし思った通り、上層部からは技術の危険性に鑑み捜査中止の指示が出ていたため、あくまでも表立っては動けない。いつ譴責を受けるかもしれない状況下での二人のスタンドプレーになる。テレパシーという世間的には絵空事と思われていることが前提の事件だけにまるで雲を掴むような話である。

マヤは治療院で仕事を続けることにした。しかしその3日後にまたとんでもない

知らせがマヤを襲った。

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