SOMNIUM - Botanical

主人と従者

私の名前はラズ・ベリー。

紅色のその髪はツーサイドアップで、その髪飾りのような位置に苺とその葉っぱが育っていて、そこからは苺を繁殖するためのランナーと呼ばれるツタが伸びている。

背が低く、少女のような体系だ。

私は幻の苺から生まれた。その昔、あるインキュバスが相手を虜にする為に作った幻の苺で、媚薬効果もある。

それを売りにしたストロベリーティーやストロベリージャムを販売してひっそりと生計を立てていた。

基本は植物だから飲食は雨さえ降ればいいけれど、インキュバスの縁が由来か欲求不満気味だ。


この世界には様々な人種が存在していて、理解がないわけではない。

だが、リスクがないわけでもない。

苺の加工作業や販売先も、そういったワケアリを理解してくれているお得意様だけに絞っている。


「お嬢様、お客様がご到着しましたよ」

落ち着いたトーンの声が響く。

暗いさらさらの茶髪のショートカット、茶色の左目、右目に眼帯をしている彼女は私の唯一のメイドのアイだ。

ずっと昔、育てている苺の様子を見ていたら、突然彼女はやってきた。

お金はいらない、衣食住と引き換えにメイドにしてほしいと頼み込まれた。

誰にも教えてないこの場所にどうやってきたのか尋ねても、たまたまとしか答えてくれない。

突き返してこの場所を言いふらされるよりも、家で囲ってしまった方がいいかと思い承諾した。

もしかして命でも狙われてるのかと思ったけれど、そんな心配も杞憂で、完璧にメイドの仕事をこなしてくれている。

……ついでに答えてくれないことといえば、眼帯の下がどうなっているのかも答えてくれない。

あわよくば欲求不満の捌け口にしてやろうという下心付きだったが、それは叶っていない。


「客間にお通ししてちょうだい」


なんと最近お得意様の宝石の女性が、従者を迎えたらしい。

宝石の化身と主従を結ぶというのは、普通の主従と異なり永遠の主従関係を意味する。

宝石の核に口付けをして永遠の主従を約束する――この世界ではシンデレラと並ぶ憧れのストーリーで、作り話だと思っていた。

正直、宝石の化身という存在すら幻想だと思っていた。

だからこの目で確かめたくて、普段なら絶対に誰も招かないこの家にその二人を招待したのだ。


「はじめまして。ラズです。こちらはメイドのアイ。この度はおめでとうございます」

「はじめまして。ミラ・ベルデライトです。実際にお会いできるなんて光栄ですわ」

一言で例えるなら温和で優雅なお姫様……本当に絵本の中にいるようなその女性は、美しい金髪と翡翠の左目と宝石が突き出した右目を持っていた。

「こちらは従者のパーシュと、その使い魔のトワです。以後をお見知りおきを」

白髪に黄身のオレンジがかったリボンを一つの三つ編みに絡めた少女は綺麗にお辞儀をした。

使い魔はうさぎのぬいぐるみのようで、パーシュという少女と同じ紫色の瞳をしていた。

しばらく談笑を楽しんで、宝石の主従とは幻想ではなかったと確かめることができた。


「では、またいらしてください。アイ、お見送りを」

「はい」

「今日はありがとうございました。でもアイさん、どうして……。いえ、無粋でしたわね。今度は是非うちにいらしてください」

ミラの最後の言葉の意味はわからなかったけど、今日はとても楽しかった。


「アイ、今日は助かったわ」

「いえ、メイドとして当然のことをしたまでですから」

今日の二人……完璧な主人と従者のように見えた。

アイとは十分に信頼関係を築けていると思っていたけれど、永遠の主従というのに少し憧れた。


「ねえ、アイは宝石の主従に憧れたりはしないの?」

「ええ、しますよ。絵本で読んでからずっと憧れていました」

ズキッと心が痛む。やはり私では至らないのだわ。


「ごめんなさいね、私が宝石じゃないから自慢の主人になれなくて」

「いえ、どちらかというと、誓いの儀式に憧れているんです。それに……」

クールなアイにそんな願望があったとは思わなかった。


「お嬢様みたいなかわいい従者を従えてみたいものです」

「え?! 私が従う側なの?!」

「ふふ」

いじわるに笑うアイにドキドキしつつも、何かできることはないかと考えてみた。


「でも私家事できないし……」

「お嬢様の主人になって、いじわるな命令を出していじめたいだけですよ」

「なっ……」

既に意地悪だ、と思ったけれど悪い気はしなかった。


「ねえアイ、あなたは宝石じゃないけれど誓いの儀式の真似事でもしましょうか?」

「えっ、いいんですか」

「もうすぐ誕生日でしょう。私は家から出れないから宝石選びに着いていけないけれど、お金は用意するわ。誓いの儀式をして、一日くらいなら……まあ……いうことを聞いてあげないこともないわ」

アイは今まで見たこともない笑顔で、でもどこか迷いながら、お願いします、でもお金はいらないですと言った。


「誕生日おめでとう、アイ」

「ありがとうございます」

アイが作った少し豪勢な食事をして、アイは恥ずかしがりながらこう切り出した。

「宝石、ご用意しました」

「き、緊張するわね……」

宝石には詳しくないから、なんの宝石かはわからなかった。

でもこの世のものと思えないほど透き通った飴色で、まるで蜜のようだ。

こんなものどこで手に入れたのだろう。


「じゃ、じゃあ……アイ、私はあなたに永遠の忠誠を約束するわ」

「はい、お嬢様」

静かに口付けをした。私の苺より甘い蜜の味がして、宝石は溶けてアイの眼帯の下へ吸い込まれていった。


「え」

「お嬢様、ありがとうございます」

「え、宝石は」

「ここにありますよ」

はらりと解いた眼帯の下は、さっきの宝石と同じ色をした綺麗な瞳だった。

「え、まさか」

「ずっとずっとこのチャンスを待っていました。まさか誓いの儀式をお嬢様から言い出してくれるなんて……」

はらはらしているとこう続けた。

「私は太古の樹液からできた琥珀……アンバーの宝石です。お嬢様、一日と言わずこれからずーっとご奉仕してくださいね」


それからアイはここにたどり着いた秘密を教えてくれた。

誓いの儀式に憧れているといったのは私にそうさせるための嘘で、いじわるをしたいというのは本当だったといこと。

口付けをした宝石は、アイの宝石の核であること。

アイの本名はアイ・アンバーであること。

琥珀というのは生物や植物を生きたまま絡め取り、やがてもろとも化石となって小さなタイムカプセルの役割を果たすのだけど、アイの中には何もなかったから自分が化石にしたいと思うものを探して旅していたこと。

その中でストロベリーティーに出会って、自分の蜜より価値のあると思った苺を絶対に自分のものにすると決めたこと。

製造元も表記されていない幻のストロベリーティーからここへたどり着けたのは、元々木という植物から生まれた宝石であったから植物の気配が探れたこと。

それでもここまで来るのは大変であったこと。


「騙してごめんなさい、お嬢様」

「えっ、私これから樹液で固められるの?」

「そんなことしません。永遠にずっと一緒にいるだけです。でも僕の元から逃げるならどうするかわかりませんね」

「……」

「もちろん、メイドの仕事は続けます」


主人が従者で、従者が主人でという奇妙な関係が成立してしまった。

この強引なメイドが、この既成事実をひっくり返すことを許してくれるわけがない。


「お嬢様のこと、主人としても従者としても永遠にお守りします。だから、お傍にいることをお許しください」

そう言うと、跪いて私の手の甲にキスをした。


幻想だと思っていたシンデレラストーリーはすごく強引だったけどすぐ傍にあった。

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SOMNIUM ユイノ @yui_noe

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