黄色

 シダは空の奏でる水音に心地よくうたた寝をしていた。かくり、かくりと揺れる頭はしかし、一瞬も冷たい窓に触れることはなく、ただ元の位置へ戻り、三センチほど首を傾げ、また戻ることを続けていた。器用なその動きに女性は声をかける勇気はしばらくなかったが、南動物園前に着く一分前となって女性は慌ててシダを呼んだ。

「シダさん、動物園ですよ。起きてください」

 彼は目をつむったまま浅く返事をし、崩れかけの帽子を頭に配置し直した。バスが止まり、やっとシダは膝の上に目をやったが、膝に来る重みは彼の黒い鞄だけだった。

「何ぼっとしってるんですか、降りましょう」

 慌ててシダは女性――バスの中でヒルと名乗った女性――のハイヒールの音を追いかけた。シダが想定、いや期待さえしていた湿度はそこにはなく、シダの町とも都市部とも違う世界に見えた。視界はまだ黄色く、バスの外の景色は見慣れない黄色と白で囲まれていた。バス停の名前からして、その黄色と白の空間には「南動物園」といったタイトルが付けられていてもおかしくないとシダは思ったが、特にタイトルもサブタイトルも、扉も人も動物もなかった。ヒルはすたすたと知り尽くした迷路を進むように歩くため、シダはふらふらと女性の後ろ姿を追った。

「大丈夫です? 少し今日は暑いので、あの日陰にでも少し休みますか?」

 そういいながらヒルは振り返りもせず、むしろバスの中の日陰で座っていたシダを嘲笑しているようにさえ見えた。なぜあんなにぐっすり眠っていて、今元気がないのですか? またハゲてきたんです?

 迷路の終点には動物園があった。なるほど、黄色と白は動物園の外壁であった。鞄をかけていた右肩が、ふと痛くなった。歩く旅は、そんなに続けたくはないものだな。シダとヒルは、一般用入り口ではなく関係者用の扉の前で立っていた。慣れた手つきでヒルは扉を開け、中の係員に挨拶をした。ふと不安になりシダは背後を確認した。子供たちははしゃぎながら一般入り口の前にとどまっていた。

「あの、僕は一般から入りますね」

 ひとことヒルに告げると、シダは子供たちが待っていた入り口のところへ向かった。よく見ると、子供たちは黄色い帽子をかぶっていた。

「そうか、虎が見たいかあ……」

 シダは入園料金を払い、動物園へ入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

シダの旅 坂町 小竹 @kotake_s

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ