一章 シンデレラ 後編

 開き直ってやる気になったはいいが。

(あれ、瑞宮(様)はともかく、萌や鬼火ってこの世界にいるのか?)

 そういえば、姿を見ていない。


――――バァン!!


 突如、扉が勢い良く開いた。

「見ぃつけた……后、君のせいで崇高なる鬼の総大将のこの僕までもがこんな薄汚いところに飛ばされてしまったんだよ? 責任取って――――死ね后!!」

「わあああああああ!? いつものパターン毎度お疲れ様です――っ!! って言うか、オレのせいなんですか――わっ!?」

 勢いよく飛び込んできた瑞宮が、そのままスライディングをかましてくる。

 后は生まれ持つ反射神経で避けた。

「ちっ、外したか……」

 ずれたメガネをブリッジ──鼻のところ──を中指で押さえて直し、こちらを睨み付ける瑞宮が、いつもより怖い。

「きゃぴきゃぴるんるーん♪ 萌たんもぉ、我が皇子ご主人様の首チョンッ☆ ってしたいですぅ☆」

「うわっ、アラフォーメイ……もとい、萌もいるー!?」

 開け放たれた扉からひょっこりと顔を出したのは、死神の異名を持つ自称16歳のメイドだった。

 続いて、鬼火が駆け込んでくる。

「貴様っ、水終はどこにいる!? 知っているのであろう!!」

「知りませーんっ!! って言うか鬼火さんっ、銃剣こちらに向けるのやめてくださいっ!!」

 一気に、継母・義姉二人役がなだれ込んできた。

(ま、まず、事情を話せる人に話して……)

 協力者を得よう。

 そう考え、『ストーップ!』と、大声を出そうとする――のだが。

(あ、あれぇ……? この中に、オレの話を聞いてくれるようなヤツいたっ……け)

 改めて、三人をよく見てみる。

「后――――――――――――――――!!」

「我が皇子ご主人様ぁ~っ☆」

「おい!! 脆弱皇子!! 水終はどこにいると訊いているんだ!!」

「……」

 いない。

「こ、とい……」

 后は己が持てるプライド全てを捨てて、言に助けを求めた。


   □■□


「そういうことでしたか……」

 瑞宮が、言の説明を聞き終えて言う。

「では、始めましょう──萌も鬼火も、いいですね?」

 自分ではなく言に頼ったことが不満だったのか、甘酒をやけ飲みしていた晴明がムスッとしたままの口調で二柱に問う。

「まず、自分の役にあった衣装を想像してください」

 后は、自分の考える、お姫様の服装を想像した。

 ──すると。

「!?」

 ポンッとかわいらしい音と共に、身体が煙に包まれる。その下に現れたのは、ドレス。

「后、そんなかわいいの着たかったのかー? 文化祭の衣装係の子に頼んどいてやr」

「断っじて違う!! これは昔近所の桃香姉ちゃんに無理やり着せられた……ドレスの……」

 言っていて虚しくなる。

「そういやーあったなー、后のプチファッションショー。桃香さんが遊びに来て」

「甘雨……」

 闇にほうむり去った黒歴史を掘り返すな。

 えーみたかったー、と残念がる弟よ、やめてくれマジで。どんな方向に進化しようとしているんだ。

「いいいや、昔読み聞かせてもらった絵本とか……!」

「どんだけ女々しいんですか、あんた」

「……」

 なにも言い返せない。

 男だって絵本くらい読むだろ──とは言い返せたが、正直シンデレラや白雪姫を読み聞かせてもらっていたのはどうかと思う。

「よーし、俺も準備完了!」

「私もです」

「こんな感じ?」

 いつの間にか着替えて(?)いたらしい。

(あ、言のことだから読んでいたのかシンデレラ)

 幼少時代を闇皇宮で過ごしていたのだから、てっきり洋風の物語にはうといと思っていた。

「それは、オモテの書店でシンデレラの絵本を見つけてね、シンデレラが兄さんに似て可愛かったから読んでみたんだ」

(シンクロ……)

 思考が伝わっていたらしい。

(それにしても可愛いって)

 可愛いのはシンデレラだが、彼女に似ているとは后としては複雑な心境だ。

「あっ、もちろん兄さんのほうが可愛くてかっこよくて男らしいから! 安心して!」

「見事に矛盾していますねぇ」

「そうだけど……っ」

 泣かない。

(なにも安心できる要素がない……)

「后ー、始めていいかー?」

「あ、うん」

 気付けば脱線していたようだ。甘雨が仕切っている──さすが、リーダー。

「あー、王子役は俺がするから」

「「「は?」」」

 晴明と言、后の三人は同時に声をあげた。

「兄さん、青龍──殺して、いい?」

「だめー! 待ってー!!」

 能力が使えないからといってあなどってはいけない──それが言なのだ。

「あんた、なに抱きついてるんですか? 悪魔にばかり抱きつくなんて不公平です。ので、どうぞ」

「両手を広げて待ってても抱きつかないぞ。大変なときにふざけるなよ」

 あぁもう。まともな人間がいない。

「王子役は、シーンごとに交代する! ってことでどうだ?」

「えー」

 ブーイングは言のものだ。

「いいの! これで決定!」

 なかば強引に決め方だが、無理やり納得させた。


   □■□


「えっと、最初のシーンってどこだっけ」

「確か、シンデレラが継母や義姉にいじめられてたところじゃない?」

 すかさず言が教えてくれる。

「じゃあ……」

 屋敷内を見渡せば、収納部屋(?)からバケツや雑巾そうきんなどの掃除セットが一式がはみ出しているのが見えた。

「これ使って床とか磨けばいいんだよな?」

 第一、すみずみまで磨かれた大理石っぽい床に、手を加えるところなんてない、が。

 ゴシゴシ。

「……」

「「「……」」」

「なんっでオレだけ動いてるんだよ!! 継母や義姉も演じてくれ!!」

「ちっ」

(瑞宮……服変えてねぇじゃねーか)

 いいのかそれは。

「『シンデレラー? 掃除は済んだかしら?』」

(瑞宮様思いのほかノリノリ──!?)

「ほら、早く」

 華が急かす。ちなみにネズミ役の華はネズミ耳や着ぐるみの手足の部分をつけている。やっぱり華はなにを着ても似合う。

「『まだですお義母様』……こんなんだっけ」

 セリフを一言一句覚えているわけではなく大体の話にそって考えているので、自信がない。ゆえに、棒読みになってしまった。

「『萌たんはーぁ、お母様とお城へダンスパーティーに行くのですぅ~』」

 ドレスはボリュームたっぷりのフリフリレース付きだが、特に違和感ないのは日頃のメイド服に慣れているからだろう。メイド服見慣れてるって……どんなだ。

 というか名前はそのままでいいのか。よくよく考えたら継母や義姉の名前は知らない。

「『お母様……やはり私もドレスを着ないといけないのでしょうか……』」

「ちょっ、鬼火、その服──!?」

 鬼火が着ているのは、紛れもなく軍人の着るそれだった。

「城に着ていく服と考えたら、これしか思い浮かばなかった」

「えええええ」

「『だめよ。王子に見初みそめられなくてはいけないもの』」

 ナイスフォロー瑞宮。

「『そうですよぉ鬼火ちゃぁん。狙うは玉の輿こしですぅ~。萌たんがんばるんば☆ですぅ☆』」

「『しかし……』」

「正しく物語を進めるには、衣装も必要じゃないのか?」

 こそっと言ってやる。

 鬼火はしぶしぶドレス姿に変身した。

「『そこまできらびやかなものである必要はないだろう?』」

「まぁ……」

「『ということで私達は舞踏会ダンスパーティーへ行ってくるわ。あなたは家で留守番よ、しっかり掃除をしていなさい』」

「『わかりましたー』」

 瑞宮のオネエ口調の命令が、地味に板についていて、名演技である。

「はいカットー」

 気の抜けた言葉は甘雨の発したものだ。

「早く次いこーぜー」

「お前……自分の出番以外どーでもいいと思ってるだろ……」

「そりゃあ」

 即答である。

「はいっ次! 次いこう!」

 気を取り直して。

「『はぁ……私も舞踏会に行きたいな……』」

「さっきより上手いですよー后様」

 晴明、そういう感想いらない。

「確かここで魔法使いが来るんだよな……」

 ふと気付いた。

「あれ──魔法使いは?」

「道満だよね」

 今この場にいない霧砂に意識が向いたのを不服に思ったのか、言がつまらなさそうに答える。

「あいつ、まだ公務終わってないとかー?」

「そんなことはありません。確かに、とても一日で終わるような量ではない仕事を押し付けてきましたが」

 甘雨の予想に、悪びれもなくさも当然のように言い切る晴明。

「おい賢玉位の仕事しろよ天才陰陽師」

「さーて、どうしましょうかー」

(逃げたな)

「我が皇子がお呼びになられていると思い、参上いたしました」

「おわっ霧砂!?」

 バサリと黒いローブを翻して后の目の前に降り立ったのは霧砂。どうやら二階の吹き抜けから飛び降りてきたらしい。怪我でもしたらどうするんだユウメイジン。

「もはや変態の域ですね」

「人のこと言えないぞ、晴明」

(そーだそーだ)

 后は霧砂の意見に賛同する――もちろん胸中で。バレたら、面倒くさい側近が十二式神入れ替えようとか非行に走るだろう。

「お待たせしました。『シンデレラ、舞踏会へ行きたいのかい?』」

(うわ、すげー)

 さすが俳優。迫真の演技すぎて一瞬魔法使いのおばあさんが見えた。

「『え、えぇ、行きたい……わ』」

 完璧に役に入り込んだ霧砂に感化されてか、后も棒読みは止めようと思った。が、やはりみずから~わ、などと女言葉で喋るのは精神的にツラい。

「『では──』」

 霧砂が手のひらサイズのステッキを后めがけて一振りすると。

「おわっ!?」

 后の衣装が、白色のものに。

「って、おいこれウェディングドレスじゃねーか!! フツーの白いドレス出せよ!」

「あ、魔法使いは魔法使えるんだ……」

 後ろで華がなにか納得したようだが、いまはそれどころではない。

「『あぁ……やはりよくお似合いになる。このまま王子のもとに行かせるのは勿体もったい無いので、どうか私と共に──』」

「ちょちょちょ霧す……じゃない魔法使いさん!! 手の甲に口を寄せないで……」

 いつものことだが、これを見て黙ってはいない者がいる──いっぱい。

「『おい道ま……魔法使い。それ以上の行為は次期闇皇もとい兄さんもといシンデレラへの無礼と見なす。すぐさまその手をどけろ』」

「『よくやりました霧す……魔法使い。しかし、後半のセリフは感心しませんねぇ。──燃やしますよ?』」

 何をとは言わないスタンスである。


 結局、后はウェディングドレスで妥協し、晴明も霧砂や言と(一時的な)停戦協定を結んだようだった。


   □■□


「『シンデレラ、カボチャの馬車でお行きなさい』」

「『ありがとう……』あ、華、馬車ひける?」

「うん、何故か軽く押せるよ」

 その後も、場面は順調に切り替わっていった。


 そして、問題のシーン。

「『もう12時だわ。早く帰らなきゃ!』」

 そう言って后はガラスの靴を──置く。磨かれた石造りの階段にガラスがぶつかり、コトンと音を立てる。それはそうだ、普通ガラス製の靴なんて履いていたら足が痛くなる。しかもその靴を落としたとなると衝撃で割れてしまう可能性だってあるのだ。到底后のお小遣いで弁償できる金額ではないので(この世界の物を壊したらどうなるのか)、丁重に扱うに越したことはない。

(あー足が解放された)

 もともとハイヒールなんて履き慣れていない男子高校生がこの違和感に速攻で順応できるわけがない。

 もう片足も脱ぎたいなと思いつつ、后はカボチャの馬車に乗り込んだ。

 残ったのは、王子三人。

「「「僕が/私が/俺が」」」

 被った。

(どうする────!?)

 一歩も譲る気がない三人に、

「あのぉ~、お取り込み中申し訳ないんですけどぉ~」

「萌? どうした?」

「もぅ次の物語へ行かないとぉ消えちゃいますぅ~」

 えいっと萌が指差した先では、

「なっなんだありゃー!?」

 世界が崩壊していた。空が、木々が、何もかもが、音をたてて崩れている。

 あり得ない状況に、俺は馬車を降りてまじまじと見つめた。

「強行突破☆もえもえーいっ!」

 萌が晴明の後ろに素早く回り込み──崩壊に気をとられていたのか晴明の反応が遅れた──どんっと背中を突き飛ばした。

「なっ!?」


 ──ゴンッ


 鈍い音が響き、

「ありゃりゃ~キスさせようとしたのに失敗しちゃったぁてへっ☆」

 なんとも許し難い萌の声が聞こえた。

「きっと晴明様が脳内でキスを成功させたからクリアできたんですねー」

 という甘雨の不可解極まりないセリフも。


 なんだかんだあって、クリア……らしい。

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后、おとぎの国にトリップする。 だんご @Dango0819

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