一章 シンデレラ 前編

「あだっ」

 顔面で着地した。

瞬間移動時のぐにゃりとした感覚が未だに苦手なこうは、したたかに打ち付けた鼻をさすりながら、瞑っていた目を恐る恐る開ける。

 目の前に広がるのは、大きな階段。幅は伝統的な京町家の間口と同じくらい。ワックスで磨いてあるのか、手すりがつやつやしているのがわかる。

 反対側を見れば頑丈そうな扉があったので、ここは、セレブのうちの玄関ではないかと推測する。

 天上を見上げれば、これまた大きなシャンデリアが一つ。細かなところまで装飾がなされていて、職人の腕が光っている。

(とにかくすごいところなのは見てわかるけど……)

 ここが、どこなのかが、わからない。

「我が皇子、大丈夫?」

 すぐに保冷剤を差し出したのははなやぎだ。

「ありがとう、華」

 礼を言い――気付く。

「あれ、ことい晴明せいめい甘雨かんうも――みんないるじゃねぇか」

「よっ、后」

「そうだよ、兄さん」

「そうですよー后様。およそ20行、320字もあったのに」

「なに言ってんだ……って、あれ?」

 ということは、后が落ちるのを全員が黙って見ていたというのか。

(いつもだったら、言が瞬間移動させるかするかしてくれるのに……。なにもしないっておかしくね?)

 こうも義弟おとうとに頼りきりなのも申し訳ないが。

(かといって甘雨はノリノリでお姫様抱っこして降ろしてくれなさそうだし)

 何より、守護式神とはいえ幼馴染みに助けてもらうのは……申し訳なさでいっぱいになる。

 ――ということで。

「晴明……ちゃんとオレを受け止めろよな。側近なんだし」

「すーみまーせんー、能力が、使えなかったので」

 ずずずー。

「……は?」

 甘酒を飲みつつの、反省の色がまったく見えない陰陽師の返答に、苛立ちを隠せない后だったが、

「能力が、使えない?」

 さすがに驚いた。

「そうなんだ。――なぜか、この世界では、僕も晴明も晴明の式神も、能力が使えない。兄さんは?」

 だから、瞬間移動ができず、后を助けられなかったらしい。

「まだ思い通りに発動できないから、わからない――ところで、ここ、どこだ?」

 ずっと気になっていたことを、口に出す。もしかしたら、誰か――特に晴明――が答えてくれるのではないか?

「わたしにはわかりませんねぇ。何せ、たーだーの、一公務員ですから」

嫌味いやみか?」

 闇世界で懸命に働く者への。

「晴明様――……ここは、『シンデレラ』に出てくるお屋敷だと思うよ。シンデレラと継母ままはは、二人の義姉あねが住んでいるところ」

 だんまりを決め込む晴明にため息をきながら、華が丁寧に教えてくれる。優しい。

「でも、それって物語だろ? なんでそんなところにオレたちがいるんだ?」

「それが……」

「この腹黒陰陽師が仕組んだんだよ、兄さんを困らせるために」

「言……」

 華が言いにくそうにしている横から、言が口を尖らせて言う。

「心外だな主神言。これは后様の幸せを思ってやったこと──悪魔の自己中心的な独占欲とは違う」

「いえ、晴明様の幸せですねー」

 途中、横やりを入れた甘雨を睨み付ける晴明。

 言がいかにも不愉快だというように顔を歪めた──ので。

「そうやってすぐ決めつけるのは良くないぞ、言。──晴明も、言の売ったケンカをいちいち買うなよ」

 間に割って入る。

(后様の幸せを思って──の下りは全然意味わかんねーけど)

 今は気にしない方が懸命だと判断する。

「とにかく、オモテに戻ろう──あれ?」

 能力が、使えない。后も、覚醒できない。

「オモテに、帰れないってことか!?」


   □■□


「さて、どうしましょうかねぇ」

 どうやって帰るのか、とあわてふためく后を冷ややかな目で見下し、もとい見下ろしながら、晴明は当初の予定を思い出していた。

 ――完全、計算違いだ。

 もともとは、后だけをこの世界に飛ばしてもらう手はずだったのに。

 ――いつも継母や義姉にいじめられていたシンデレラ──后──の前に魔法使い(魔女?)が現れ、彼女に魔法をかけ、美しいドレスとカボチャの馬車を用意する。舞踏会で出会った晴明と言う王子が、シンデレラを見初め、迎えに行く……という文字通りシンデレラストーリーを体験してもらい、素知らぬフリで、帰ってきた后を手厚く迎え、現実世界の晴明の優秀さを再認識してもらうための計画だったのだ。そのために、閻魔大王には後で華を貸し出す(本人には許可を取っていないが)ことにして協力を得ていたし。

(閻魔大王の能力をあなどってはいけなかった)

 閻魔大王の弱点=強すぎることとか、もうなんでもありである。

 はぁ、と大きく一つため息をいて。

「后様」

 最愛のあるじを呼び止める。

「この世界から抜け出すには、決められた物語に沿って役を演じきらなくてはいけません」


   □■□


「それって……」

「兄さん、ホールの端に、小さな紙切れが落ちてたよ」

「その紙に書かれている役です」

(晴明……いろいろ知っているっぽい)

 つまり、結局のところ、主犯核しゅはんかく(?)は晴明ということか。

「──っ!」

 隣で、言が小さく息を飲む音がした。

「? どうした言?」

 言は口元に手を当て、わなわなと震えながら。

「兄さんが、兄さんが──シンデレラ役──!!!」

「はあああああああああああ!?!?!?」

「ほらっ」

 言が文字の書いてある面をこちらに見えるように持ち変えた。

 ──そこには。


・シンデレラ……后

・王子……………晴明

        言

        甘雨

・魔法使い………霧砂きりすな

継母ままはは……………瑞宮

・義姉1…………もえ

・義姉2…………鬼火きよか

・ネズミ…………はなやぎ

※物語通りにストーリーを進めていきましょう!


 ワープロで打ったらしい整った文字が。

「おおおオレ、女の役なんてやだ!」

「まぁ、そういうとは思ってましたけど」

 想定していたなら、どうにかしろ──とは、后の心の声である。

「──しかし、困りましたねぇ。王子が、三人もいる」

「王子は一人で充分だ。だから今ここで死ね──晴明、青龍」

「ストーップ! 殺し合いはダメー!」

 再び間に割って入る。もう何度目だ。

「あ、でも、オレ達は能力を使えないから……」

 凄惨な殺し合いは起こらない、と踏んだのだが。

「私は、素手でも戦えますよ」

「そうだよ兄さん。僕は体術も心得こころえている」

「俺はもともと多節棍棒使いだからー」

「えええええ」

 修行時には后に全力疾走で下鴨神社と家を往復させといて自分タクシーで帰る晴明も。

 背は高く見た目大学生でも意外に細い言も。

 甘雨は体育会系で納得できるが。

 三人とも当然のように答える。

「后様、なにか失礼なことを考えていました?」

「あづづづづづづ」

 熱々の甘酒缶で頬を挟まれて、涙目になる。

「ああもう! 早く! 帰るぞ!」

「え? ってことは兄さん……」

 言が、驚きを隠せないように目を見開く。


「ああ! 姫役なんて死ぬほどイヤだけど、やってやる──!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る