后、おとぎの国にトリップする。

だんご

序章 

こう様、私、とーってもいいこと、思い付きました」

「それが何かは全然わかんねーけど、実行はするなよ」

 身の危険を感じ取った后は、すぐさま晴明せいめいから離れる。しかし晴明は、正座のまま(器用に)こちらに寄って来た。

(怖い怖い怖い怖い――――! どんな修行するんだよ――っ!)

 ――ここは、后の家――伝統的な京家屋――の一室。

 昼食を食べ終えた后は母の家事を手伝うため、食卓の上に残った皿を下げようと、おくどさんから茶の間に上がってきた。ちなみに、こといはすでに比紗ひさの隣で皿洗いをしている。

「后ー!? はよう皿持ってきぃ!」

「はい――――! 只今――――!」

 待ちくたびれた母(不機嫌MAX)に急かされ、后はいそいそと皿を回収する――が。

(うわー……)

 しまった、最後一枚の皿があるのは、晴明の目の前だ。

 今は、できるだけ晴明に近寄りたくない。何か、えげつない修行をさせられそうで――――考えた《いいこと》がどういう修行なのか知らないが、でも。

 ここは意を決して。

「晴明、ちょっとそこの皿取ってくれねー……?」

 危険人物本人に頼み込んでみた。

「イヤですよ――后様が、ご自分で、取りに来てください」

「ええ……」

 晴明は、そう言いながらも皿に手を伸ばしている──口ではそう言うが、后に対する忠義は篤いので、取ってくれるのかも――――

「って、おい晴明! 何さりげなく皿抱き抱えてんだよ⁉」

「だって、こうしていれば、后様が皿を取りに自ら私の胸に飛び込んできてくれるじゃないですか」

「妄言吐いてねーで! 皿返せよー……!」

 脱力してしまう。

「大体なあ……オレを抱いて何かいいことでもあんのか……?」

「ええ。ありますよ――……幸せになれます」

「――――」

 最後の一言が、怖い――意味がわからない。もしやこれが晴明の言っていた《いいこと》なのか?

(とにかく……どうにかして皿を取り返さないと……)

 母が怖い。晴明とは違うジャンルで。

「ほら! 皿返せって言ってるだろーっ!」

 必死に手を差し出してみるが、変人陰陽師は一向に皿を返してくれない。

「兄さん、あんな兄さんに迷惑かけるゴミ、さっさと殺しちゃおう?」

 背後おくどさんからメシアが現れた。

「こ、言ー……」

「? ……ああ大丈夫、兄さんはもちろん、お茶の間を血で汚したりなんかしない――一瞬で灰にするから」

「根本的に間違ってるぞー弟よ」

 言のこの晴明惨殺願望(?)はどうにかならないものか。頭を抱えてしまう。

「今さらですよ、悪魔の問題思考なんて」

「でっでも……地道に道徳を学んでいるし……」

「后様に好かれたい一心で、学んでいるをしているだけです」

「……」

 反論できない。確かに、言は何度も晴明を殺そうとした。しかし――言だって、少しは成長しているんじゃないか?

 后が無言でうつむいていると、晴明が急に立ち上がった。

「?」

 そしてそのまま甘酒を飲んでいた湯飲みを比紗へ手渡すと、表戸おもてどを引き──

「おい!? 晴明!? どこいくんだ――――」

「甘酒が切れたので、買ってきます」

 家を、後にした。


   □■□


家を出てすぐ瞬間移動で獄界――十王庁に行った晴明は、そこで、とある人物と待ち合わせをしていた。

(ったく、后様はいつでも主神言の味方をして――)

 こっちの気持ちに、気付いてもくれない。

(どれほど悪い所業をしたって――最終的には確実に我が主の許しを得ている)

 主神言あの悪魔はどれだけ幸福を求めれば気が済むのか。

「本当――――に、死ねばいいのに……」

「あぁら晴明、自覚してるの?」

 晴明の胸中を読んだらしい人物――

「随分遅かったですね、閻魔大王。それより、勝手に胸中を読まないでください」

「なによ、全部口に出ていたじゃない。あと、さすがの私でも、晴明の変人思考は読み取れないわ」

 閻魔大王は、一颯ちゃんと遊んでたのよー、と付け加えながら、ふところからうまいん棒――一颯皇子にもらったらしい――を取りだし食べ始めた。自覚してるとかとは、一体何の話だ。

「――それで、了承してもらえますか?」

 逸れた話を無理矢理戻す。

「ええ。私も、見てみたいしね」

「はあ……」

 閻魔大王と気が合うとは。全っ然嬉しくない。

「――では明日、十王庁こちらに連れて来ます」

「待っているわ。――ああ、晴明は来なくていいわよ」

「――いえ。ので」

 すれ違いざま《連れて来る》を強調すると、

「相変わらず生意気なガキね」

 と苛立った声が背後から聞こえた。


   □■□


(晴明、怒ってたかな……)

 晴明が出掛けてから、后はずっと心配していた。

「兄さん、何をそんなに悩む必要があるの?」

 皿洗いをする后の隣では、后が洗った皿を布巾で拭きながら弟が顔を覗き込んでくる。

「ん、何でもない……」

「何でもないとは思えないよ、隠し事はよそう? 兄さんのほうから心を閉ざしているから、わかるんだ」

 そう、今は、己の思考が大切な弟へ流れないようにしている。后が晴明の事で悩んでいると、言が晴明を殺しかねない。

「おーい后ー。晴明様から呼び出しだぞー。あ、比紗さんこんにちはー」

「なんでこの僕が后を迎えに……っ! 比紗さんこんにちは。お世話になってます」

「あら甘雨くん、瑞宮くん。いつもお疲れ様ー」

「いやいや、これが俺の役目なんでー」

「今回は、甘雨に引っ張ってこられただけですが」

 表戸ががらがら、と開いて、幼馴染みが顔を覗かせた。

「甘雨……晴明が?」

「おー。それにしても、めずらしーよなー。晴明様が自分から連れていかないなんてー」

「……だよな……」

 悲しい日常だ。

「わっかんねーけど、とにかく行ってみよーぜー」

「……どこに?」

「んー……」

「? 下鴨神社?」

「いや、獄界」

「やだ」

 即答だ。

「まあ、行こーぜー」

 甘雨は后の首に腕をかける。一緒に移動してくれるのか、と(覚醒しないと)一人で瞬間移動できない后は親友に深く感謝した。

(晴明……今度はどんな修行繰り出すんだろ……)

 心配になる。

(あ、言……と瑞宮様も来るんだ……)

 后は、その場から消える直前に、言と瑞宮(様)が瞬間移動をするのを知った。


   □■□


「あれ、ここ……」

「そう、十王庁」

 瞬間移動した先は、十王庁だった。まあ、獄界には案内人(提灯とか提灯とか提灯とか)なしに入ると一生戻ってこられなくなるところもあるので、十王庁ここでよかったのだが。

「獄界で修行? 晴明のヤツ、何考えてんだか……」

「別に私は、獄界ここで修行するなんて一言も言ってませんよ。まあ、十王庁で職業体験してきてもいいんですが――――獄卒の代わりとか人頭杖の話し相手とか」

「晴明……! 体験学習は嫌だ! ……けど」

 后の呟きに答えたのは、晴明だった。

 しかし――――

「修行じゃないってどういうことだ?」

「誰もそんなこと言ってません。私はただ、甘雨に『十王庁に来なさい、と伝えろ』と命じただけです」

「そ、そうだったんだ……」

 ほっとした。

「あ、じゃあ何しに?」

「それは――」

「后ちゃーん! ず――――――――――――っと待ってたのよぉっ!もう離さないっ」

「あぎゃあああああああああああああああああああああっ」

 突然、が抱き締めてきた。

(く、苦しっ)

「閻魔大王に聞いてください」

 晴明は他人事ひとごとのように告げる。

「何よ晴明っ。それにあんた、結局自分で連れて来なかったじゃないっ」

 閻魔大王は、キーッと怒ると、よりいっそう后を抱き締めた。

「ねえ晴明。えて説明せずに飛ばしたら、怒る?」

「……いえ」

(……?)

 一体何の話だろうか。

「じゃあ、いってらっしゃーいっ――――あ」

「⁉」

 急に、体が透け始めた。

(えっ……どういうことだ⁉)

 閻魔大王は何をしたんだ――――と、考えていると、ふと不安がよぎる。

「最後の《あ》って何だったんだ⁉」

「ごめーん、力、出しすぎちゃった☆」

 テヘペロ、と言わんばかりの閻魔大王の調子に、苛つきより脱力してしまう。

「「「「なっ⁉」」」」

「⁉」

 だから何なんだ、と問いただす前に、背後で声があがる――――見ると、そこにいたのは晴明・言・甘雨・瑞宮の四人(正確には二人と二柱なのだが、后はこの呼び方が好きではない)。全員、体が透けてきていた。

「っ⁉」

 后は何も知らないまま、視界が暗転した――。

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