ある朔月のできごと

月波結

「雪原にて」

 それは寒い、寒い冬の日のできごと。


 真っ白に塗り替えられた地面は、もうカチカチになるほど凍てついていた。地面が白くなるまで、そこにはたくさんの「いのち」がひしめき合っていたことなど遠いむかしのできごとのようだ。


 カチカチに凍った雪原の中に、なぜかひとりの男の子がぽつんとたたずんでいた。

 母親らしき人の姿は近くにない。


 少年はたっぷりと温かそうな上着を着込み、長い毛糸のマフラーを顔が埋もれてしまいそうなほど、ぐるぐるぐるぐると巻きつけていた。

 同じくカラフルな毛糸の帽子には耳あてと、先にはかわいらしいポンポンがついており、ミトンが小さな手をすっぽりと覆っていた。


 ここには今はいっしょにいないけれど、少年には帰るべき暖かい家があるらしい。


 氷板のようなざらざらした雪原の上に彼は腰を下ろし、小さな手で口をおおうようにして白い息を吐いた。

 もちろん彼も寒かったのだ。


 ここは寒い。

 寒い上にお空は真っ暗で、いつもは見慣れた森がぼくを怖い顔で捕まえようとして、「おいで、おいで」と手を伸ばしている。


「ぐるりの森」は、少年の家と雪原を隔てる馴染みの遊び場だ。けれども今は、彼を脅かす恐ろしい怪物のように思えた。


 折しも今日は新月。

 すべてが澄み渡り、息をひそめている。


「うわぁ!」


 彼は驚きに満ちた目で空を見上げた。真っ黒な闇の中に、一筋の滑らかな輝く弧をみつけたからだ。

 そのまま見上げていると、次から次へと空に新しい弧が現れては消え、また現れては消えていった。


 少年は雪原に勢いよく背中から倒れ込んだ。

 そうして、彼が届く精いっぱい遠くまで、高々と両手を差し出した。小さな手のひらを、夜空に向けて。大きな瞳を大きく見開いて。


「まるで金平糖みたい」

と声に出してつぶやいた。

 ――父親の言葉を思い出す。

「それは、空からたくさんたくさん雨のように降ってきて、たいそう綺麗なんだよ」


 流星雨が今夜見られることを小さなその子に教えたのは父親だった。


 少年はたどたどしい文字で、

「お星様をつかまえてきます」

とだけ書き残して、家をひとり、抜け出してきたのだった。

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ある朔月のできごと 月波結 @musubi-me

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