みっつめ

魔王。

道を踏み外し、悪の道を進む魔物。

悪魔の王。

人間の書く物語には、よく倒すべき敵として書かれている。

そしてその中の多くは、世界征服を企んでいる。

悪者として。


俺は、代々魔王が暮らしてきたお城の天辺の部屋から、かなり遠くの街を見ていた。人間では、ここから街を確認することすらできないであろう距離だ。街では人間が賑やかに暮らしている。


今回の勇者はあの街にもう着いているようだ。そいつがここにたどり着くまで、少なくとも後1ヶ月はあるだろう。


俺は眉間の皺を緩めることなく、ふっと息を吐く。息が白く広がる。

コンコンと扉を叩く音が聞こえ、入るように促すと顔なじみの部下が入ってくる。そして、跪き口を開く。


「魔王さま、勇者が一番近い街に…」


そこまで行って、部下は俺が先程見ていた場所を見る。そこにある窓から、冷たい風が入ってきていた。


「魔王さま、もうご存知だったようですね。」


俺は頷いた。


「もうすぐですね。あの勇者を倒せば、今度こそ人間共は希望を失い、我々にひれ伏し、魔王様は世界を征服する事が出来る。」


部下の目が、心なしか潤んでいるように見える。


「90年か…」


「はい、貴方様が魔王になられて90年が経ちました。」


魔王は、100年ごとに変わる。魔王になったやつは、100年間魔王として世界征服を試みる。

そして次の魔王は、新しい魔王を決める年の武闘会で勝った奴がなる。毎回、魔物の三分の二が武闘会に参加している。


世界征服がなし得られなかった場合は、普通の魔物に戻る。しかし多くのものは、勇者の手により殺される。


「魔王様…」


「なんだ?」


部下の元気がない声に、俺は心配の色を含めつつ応答した。

部下は、地面を見つめていた目を、意を決したようにばっと俺に向けた。


「魔王様!魔王様は、私が護ります!絶対殺させたりはしません!この命に代えても!」


俺は少し目を見開き、いつもどおり眉間にシワを寄せたまま部下の頭に優しく手を置いた。



人間は知らない。

何故俺達が世界征服をしようとするのか。

何故勇者を倒そうと躍起になるのか。

何故人間の食べるものを奪い、吐き気のするほど不味い人間をフラフラになりながら食うものまで現れるのか。襲いたくないのに、狂気じみた目で、我を失い、ヨダレを垂らしながら人間を襲わなくてはいけないのか。


人間は知らない。


裕福に暮らしている人間は、知らない。


我々の生活を


我々の気持ちを



この世界を、今誰が征服しているのかを。



誰も知らない。

自分の身を案ずるのではなく、部下のために、民のために、魔王が流した涙を。





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