しろいろん♪

健野屋文乃(たけのやふみの)

【しろいろん】

紅茶味のクッキーがあった。


でもそれは水墨画で描かれた紅茶味のクッキーだった。


それでも紅茶の強い香りがした。



僕は今、ここに出現した。


それが最も正確な言葉だと思う。



僕は多分、【しろいろん】の心の中にいる僕。


【しろいろん】が思い描く僕だ。



【しろいろん】と言うのは彼女のあだ名だ。


高校のデザイン科に通う彼女の本名は、山城。


親しい人はみんな、「しろちゃん」もしくは「しろいろん」と呼ぶ。


誰が「しろいろん」と言い始めたのか、誰も覚えていない。


彼女もその名前を気に入っていて、水墨画のサインは【しろいろん】


と署名している。




僕の目の前には、水墨画の世界が広がっていた。



水墨画で描かれた


紅茶味のクッキー、マグカップ、


古い熊のぬいぐるみ、親友たちと写った修学旅行の写真、


溺愛する妹とのプリクラ写真、


お気に入りの服の数々、原付のバイク、


まだ存在しないアトリエの風景。



僕の前に存在する世界が何を意味するか?


間違いなくここは、彼女が好きなものだけが存在を許される世界。



そして!僕がここにいると言う事は!


【しろいろん】が僕のことを、大好きだって事実だー!


ふふふ、にやけるぜ。




なんだろう、水墨画の風景の雲行きが怪しくなってきた。


雷雲があちこちで光りだした。



【しろいろん】が好きなものだけが存在を許される世界なのに!



なんだよ?



渦巻きが・・・危険な匂いがする渦巻きが近づいてくる。


僕の色彩が、渦に吸い込まれて行く。


僕が消えてしまう!この世界から僕が消えてしまう!



リアルの世界で、何かが起こったんだ!


消えたくない!絶対に消えたくない!



リアルな【しろいろん】には、聞こえるはずはないけど、僕は叫んだ!


「しろいろんの事、大好きだから、絶対に消えたくない、


しろいろんの事めっちゃ愛してるー、ずっと君と一緒にいたいんだ!


だから消さないで!」



リアルな僕が絶対に言わないであろう愛を、僕は叫んだ。


しかし、そうだよね。


所詮僕は、【しろいろん】の描く幻想に過ぎない。



僕は、薄れゆく色彩を感じながら思った。





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花火が夜空を彩る夏祭りの夜。



僕はクラスでは【しろいろん】と呼ばれている山城さんと会った。


綺麗な浴衣を着ていた彼女は、私服の僕を見て言った。


「意外・・・」


そう言えば、彼女と私服で会うのは初めてだ。



花火がドーンとあがり【しろいろん】は花火を見上げ、僕は【しろいろん】の横顔を見つめた。





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【しろいろん】が好きなものだけが存在を許される世界。


その水墨画の風景に、花火が上がった。



そして【しろいろん】が思い描く僕は、描き換えられ更新された。


そう僕は大人になって行くんだ。

【しろいろん】と一緒に。




          

            完

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しろいろん♪ 健野屋文乃(たけのやふみの) @ituki-siso

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