第6話 ターミネー子、手を握る
「やはり、特技長所はそうなりますよねぇ。ターミネ〇ターですもんねぇー……」
珍しく快瑠が頭を抱え込んで本気で悩んでいる。
普通の人にとっては大変な悩みでも、軽く解いてしまうこの男がだ。悩みなどという言葉とは無縁の快瑠がだ。
もしかしたらコイツの苦悩を目の当たりにするのは初めてかも。
「何悩んでんだ?」
「いや、どの部門で働かせたらいいか、そもそもこの人に普通の仕事ができるのかと思ってさ」
「たしかにな……」
残念ながらウチの会社は軍隊でも諜報組織でもないので、殺人アンドロイドさんに任せられそうなお仕事はない。
「ミスター佐良浜、質問があります」
「はい、なんでしょう」
「この会社、斉波屋ではどういった種類の労働がなされているのでしょうか?」
「ここではお客様のお求めに応じて様々な雑事の代行・手伝いをしています。いわゆる『便利屋』ってヤツですよ」
そう、ウチは便利屋である。
掃除や子守りなどの家事はもちろん、夏休みの宿題の手伝いから行方不明の猫探し、さらには害虫駆除まで。
社員ができることなら何でもやって、お客様の笑顔とお金を頂く。
それが便利屋。
「破壊工作部門は存在しま」
「「ありません」」
俺も快瑠も殺人アンドロイドの言いそうな事を予想してたらしく、揃って食い気味に答えた。
当然合法なお仕事しか受け付けていない。泥水や埃で汚れる仕事はするが、血に塗れた汚れ仕事はしていない。
だから悩んでいるのだ。
そして快瑠は数分考え込んだのち、俺に向けて一つ提案をしてきた。
「もういっそ、暗殺や破壊工作の依頼を受ける裏部門でも作っちまう?」
「ダメに決まってんだろ!」
「冗談だって」
「お前が言うと冗談に聞こえないんだよ」
快瑠ならマジでやりかねない。
刺激やスリルが大好物のサイコ野郎であり、どこでどうやって手にしたのか無駄に豊富な人脈を持っているのだ。
俺が押さえないと、この殺人アンドロイドを駆使して世界征服に乗り出すなんてことも十分ありえる。
「とりあえず、TA-2000さんをどこに置くかは今決めることでもないだろ。次に進んでくれ――」
♦♦♦
「それでは、これが最後の質問です」
「はい!」
ツッコみ所に溢れた問答が続いたせいで俺の喉は乾きっぱなしだったのだが、やっと終わってくれるようだ。
一体最後に何を聞くのだろう。
「――君の名は?」
……ここにきて何を言い出すんだコイツ?
一昨日にでも入れ替わり系大ヒットアニメーション映画を見たのだろうか。
「私の正式名称はTerminate Android Type-2000、日本語では特し」
「いえ、そういうんじゃなくてですね」
快瑠はアンドロイド特有の長ったらしい正式名称を最後まで言わせずに遮った。
そういうんじゃないならどういうことだ。
「あなたの呼び方についてですが、このままTA-2000さんと呼ぶわけにもいかないでしょう?」
なるほど。
言われてみればたしかにそうだ。
社会でそんな呼び方をしていた場合、事情を知らない人からは痛い人としか見られないし、そもそも長いし呼びづらい。
「それで何か人間らしい偽名があった方がいいかと思いまして。何かよさげな偽名、持ってます?」
「そういうことでしたら少々お待ちください。一般的な日本人名をいくつか探します」
そして少しの間彼女は目を閉じた。
ピロピロ音はしないが、どうやら脳内のチップか何かに盛り込まれた情報を検索しているみたいだ。
「約2000件ほど該当しました」
「ではとりあえず、三つ言ってください。その中から譲治に選んでもらいますんで」
「了解しました。佐藤
あれ? 耳でも腐ったのかな? それとも脳内で誤変換されてる?
「これら三つが最も一般的な女性名となっております」
一般の概念が壊れる。
「羽鳥譲治、選んでください」
「……うん、全部却下」
「なぜ?」
いつからそこまでのキラキラネームが一般的になった?
「その一般的ってのは、いつの時代の一般的なの?」
「これらは2263年の最新の統計です」
もしかしたらこの時代にも美射奈栖なら一人はいるかもしれないけど、真慈華瑠(以下略)はこの時代には絶対にいないから。
日本だけじゃなく、世界中どこを探しても存在しないと断言できる。
というか何がどうあってそんな頭のおかしい名前が流行ってしまったのか、すごく気になるのは俺だけだろうか。
「いやぁ、どれも素晴らしい名前ですねぇ」
マジで美射奈栖程度なら通してしまいそうに笑っている快瑠を軽く小突く。
「おい快瑠、真面目に考えろ」
「へいへい。ター〇ネーター、女ターミネー〇ー、ターミネー子……田嶺、寧子、はちょっと語呂が悪いな」
〇ーミネーターから即座に連想して、それらしい名前を思いついている。
その頭の回転はさすがだが、やはりムカつく。
「一子、もババ臭えしなァ……。よし、譲治。名はお前がつけろ」
「俺がか?」
「責任者だろ」
「羽鳥譲治、よろしくお願いします」
「うーん……」
特に断る理由もないので考えてみるが、これが中々思いつかない。
どれもこれもこの女性には似合わない、つまらないものに思えてしまう。
「なんならお前が片思いしてた女の名前でもいいんだぜ? 三人全部言ってやろうか? たしか紗枝ちゃんに」
「それ以上言ったら殺す。TA-2000に命令してお前を殺す」
今度はかなり強めに脇腹を殴ってから口うるさいサイコ野郎を黙らせた。
これ以上ふざけたことを言ったら、この殺人アンドロイドに本来の仕事をさせてやるつもりだ。
「それにしても中々、思いつかないもんだなぁ……。それならもう、この方法しかないな。TA-2000さん、あなたに積まれた人工知能の型っていくつでしたっけ?」
「私にはType-193、通称『寂しがり屋の新卒ダメっ子OL』が搭載されています」
「…………よしっ! 193から取ってイクミ、郁美はどうだ!?」
快瑠の目が「譲治のくせにやるじゃねえか」といった驚き混じりの目に変わった。
我ながらいい名前を思いつけたと思う。
「郁美……
「嫌、だったら別のに変えても」
「いえ、その必要はありません。私にはこの名前が適しています。この名前を希望します」
「お、おう……」
表情を一つ変えずに、けれども少し強めの語気でこれがいいと申された。
しかしながら、少しばかり嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。
「……それでは! 名前も決まったことですし、これで入社面接を終了いたします。お疲れさまでした」
「ありがとうございました。……あの!」
「はい?」
「結果はいつ通達されるのでしょうか? 私のデータベースによると、内定かお祈りメールのどちらかが後日届き、後者を受け取った場合は多大なダメージを受けて最悪死ぬ可能性もあると……」
おぉこわ。
一体どこにそんな闇深い世界があるんでしょうね。
「結果ならもう決まってますよ」
「え……」
「あなたには早速今日から働いてもらいます」
不意に合格の知らせを受け、高性能な殺人アンドロイドが硬直する。
そこに快瑠がとびきりのイケメンスマイルを見せ、握手をしようと右手を差し出した。
「田嶺郁美さん、これからよろし……いや、待てよ」
しかしなぜか、握手をする直前にその手をひっこめた。
「おい譲治、ここはお前が先にやるべきだ」
「おう?」
そしてぐいっと俺の手を取りTA-2000、いや、田嶺さんの前に差し出した。
どうしてあそこまで手を出して先にやらないのか一瞬疑問に思ったが、特に深く考えずにされるがままにやってしまった。
それが間違いだった。
「ほら、早く」
「……えーと。田嶺さん、今日からよろしくお願いします」
「はい! こちらこそよろしくお願いします!」
俺の差し出した手を華奢な女性の手が握る。
「一緒にがんばりま……いぎゃアァアアアアアアアアアアアーッ!!!」
軽く100kgを超える握力が俺のか弱い右手に襲い掛かった。
ターミネー子は役立ちたい GODIGII @GODIGII
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