第2話

「んん…」


 ねむい。

 寝起きが悪いのはいつものことだけど、今日はいつもに増して悪いように感じる。学校へ行く時間が迫る一方で動こうとしない私の身体。その理由が先週クラスメイトの……水瀬?とか言う男子と交わした約束なのは明白だ。今日は金曜日。そう、約束の日になってしまった。

 結局ぎりぎりまで朝の情報番組を見て家を出る。通勤ラッシュで満員の電車内では人に揉まれながら、放課後どうやったら中庭に行かずに済むかを考えた。考えたが何も思い浮かばないまま目的の駅についてしまったけど。


 校門から教室までの道で、すれ違う生徒とや先生と挨拶を交わす。周りと距離をとり孤立したいわけではないから、こういった挨拶は行う。それに顔見知りの相手なら問題はない。初対面の人と会話をするのが苦手なだけ。

 

 いつもなら遅く感じる授業が今日はなぜか早く感じて、先生にあてられるかどうかでびくびくする時間もなかった。楽しみなことが待っていると、そこまでの時間が遅く感じるという話をよく聞く。逆のこともきっと言えるんだろう。だけど別に嫌なわけではなくて、ただめんどくさいだけ。異性だったらなおめんどくさい。その訳は中学生時代にある。


 中学生の頃、1人付き合っていた男の子がいた。付き合ってることを周りに知られたとき、男子には「お前ら一緒に帰んの(笑)」などとからかわれ、女子のあるグループからはいじめられた。私をいじめていたグループの誰かがその男の子を好きだったんだろう。いじめが始まった日から卒業式までその行為が終わることはなかったし、最初の頃からエスカレートすることもなかった。まあ所詮子供のやることだからそこまでひどいものはなかった。

 でも、それから私は人と関わるのを辞めた。ひょんなことから関係が崩れるほど小さなつながりなら作る必要なんてないし、それだけのために自分の気持ちを押し殺すなんて嫌だっだから。


「ありさ?部活行こー」

「え、待って準備する」


 そんな昔の記憶を掘り起こしていたら昼休みも午後の授業も終わっていた。正確には授業内容とかが全く頭に入らなかった。放課後との壁は残り1つ、部活だけ。なんてこった。

 教室で見た限り水瀬くんは女子から人気のあるほうだった。関わったら絶対めんどくさい未来がついてくる、私の中の何かが関わったらいけないって合図を出した。

 

 部活は予定よりも早く終わってしまい、空き時間が出来た。人と関わりたくない人が、なんでバスケ部なんていう関わりの多い部活に入るんだって思う人もいると思うが、話が長くなるからまあそれぞれ考えてほしい。

 たとえめんどうでも約束は守る。中庭のベンチに座ってなんとなく周りの観察でもするか。今日は風が強くて部活で火照った身体にはちょうどいい。風には申し分無いけど、日差しが肌に突き刺さる。さすが夏!って褒めてあげたいほど日差しも強い。校舎からは吹奏楽部の演奏の音が響いている。またグラウンドからはサッカー部や野球部のかけ声などが聞こえてくる。


 そういえば水瀬くんは何部なんだろう。


 彼がなぜ私の所属している部活を知っていたのかはわからないけど、私は彼に興味がないから彼のことは何も知らない。何もではないか、写真が好きらしい。ということは写真部か?

 結構待ったけど来る気配がない。一週間も経って忘れてしまったのだろうか。私としてはありがたいのだが、約束しておいて忘れるのは非常識な人だな。来なかったということで、私は帰らせてもらおう。


「泉さん!来てくれたんだ」


 なんていう考えは早々に打ち砕かれたけど。来てしまったものは仕方がない。声のした方へ顔を向ける。


「どうも」

「来てくれて嬉しい!」

「約束したらしいからね」


 前回と同様1つのベンチに2人で座っている状況。用務員さん長めのベンチ作ってくれないかな。


「話す話題いろいろ考えてきたんだ。毎週金曜日に1つの話題について話そうと思って。今日は好きな動物!」

「動物…」


 好きな動物って小学生くらいの会話じゃん。心の中でつっこんだ。


「俺はね犬が好き、家でも飼ってるんだけどすげー可愛いの!」

「犬、」

「泉さんもしかして犬好き?」

「え、うん。好き。」


 なんでバレたの。あてられた通り私は犬が好き。好きどころか大好きレベル。私の家にも昔犬がいて、めちゃんこ可愛がってた。お母さんが春に家に来たからハルって名付けた、センスがあるのかどうかわからないけど。


「泉さん思ってること顔に出てるよ」

「うそっ」

「ふふ、ほんと。泉さん意外と表情豊かなんだね」


 表情豊かなんて久しぶりに言われた。

 あの日を境に感情を表に出さなくなったから。


「そんなことないけど」

「でも教室で見る泉さんより表情が明るい気がする」

「…そんなことないけど」

「さっきといってること一緒じゃん(笑)」


 いつの間にか水瀬くんのペースに持ってかれてる。こんなに長く人と喋り続けることが、高校に入ってからはなくてどう対応したらいいのかわからない。

 水瀬くん私の教室での雰囲気まで把握してるの?クラスメイトの特徴とか把握するのって普通なのかな。他人に興味のない私には関係のない話だけど、普通ではないと思う。


「こほっこほっ」

「大丈夫?」

「平気、少ししたら治まるから」

「今日はもう解散にしよう」

「ごめん、ありがとう」


 喘息持ちかな。最近天気が安定してないから症状が出ているのだろうか。原因はわからないけど本人が言ってる以上に辛そうに見える。

 

 水瀬くんは徒歩で帰る方向も逆だったから校門で別れた。朝はあんなにめんどくさく思っていたのに、いざ話してみると案外楽しかった。人と話すのも悪くないかも知れない。けど油断はしちゃだめ、中学のときみたいに男の子と仲良くしたら女の子たちに目の敵にされる。


 でも来週からは今日よりは気軽に金曜日を迎えられそう(?)

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