No.8『聞き込み開始』

「んにゃろー……ラインのメッセージちゃんと見ろっての……」


 昼休み、私は会社の食堂には行かず自分のデスクでコンビニ弁当を食べていた。私が今朝穢谷に送ったメッセージ、未だに既読の文字は表示されない。こんなことでイライラするなんて我ながら器が小さいなぁと思うがしかし、短気極めてる私からすれば全然ブチ切れ案件なわけでして。

 だいたい自分からLINE ID提示しといてこっちが追加してメッセージ送ったら返信も何もしてこないって、マジでどういう了見なの。アイツはアレでも女の子とのLINEに一々何送ろうかと打ち込んでは消し打ち込んでは消しを繰り返すような童貞高校生とは違う。むしろ相手が女の子だろうと何だろうと御構い無しのテキトーメッセージを送ってくるタイプだ。


春夏秋冬ひととせさんまーたコンビニ弁当ー?」

「うわっ……。あ、阿左見あざみさん、お帰りなさい」

「どうも。いやー思ったよりも打ち合わせ早く終わってさー、今日は会社戻らず直帰するつもりだったんだけどねー」

「いえ、こっち帰ってきてもらって正解です。昨日東日下に任せてた分が終わりそうにないのでサポートお願いします」

「あ、了解……」


 どうやら今日はのんびり自分の仕事を片付けるつもりだったらしいがそうはいかせない。この課のスケジュール管理は阿左見課長から私が全て任されているのだ、この人に手伝ってもらわなくてはマジで納期間に合わない。


「弁当買うにしてももう少しヘルシーメニューにしたら?」

「その発言、私もよく知らないですけど多分何かしらのハラスメント引っかかりますよ」

「えー、だってマジで毎日肉系じゃない? タバコも吸うしお酒も飲むでしょ春夏秋冬さん。……健康診断また怒られちゃうかもよ?」

「…………覚悟の上です」


 阿左見あざみ竹雄たけお課長(部長代理)、来期には部長に昇進する予定。50手前のれっきとしたおじさんではあるけれど、優しくて仕事も出来る話しやすい上司だ。何かしらのハラスメントに触れちゃうことがよくあるが、人柄の良さもあり、悪気や悪意があって言っているのではないと私含め東日下上土も理解している。その辺りはどこの会社だってそうだろう。


「眉間、シワ寄ってるよいつも以上に。昼休みなんだからスマホと睨めっこはやめてのんびりしなよ」

「いや別に睨めっこしてるつもりはないんですけど……。てかそんなシワ寄ってるかな……」

「はっ! さては昨日東日下さんの言ってた元カレか! 難しい顔してるのはそれが原因でしょ!」

「だからその追及してくる感じも下手すりゃなんかのハラスメントですからね! 人事とか総務だったら一発で告発されてますよ」


 あの辺の女性社員たちと絡んだことそんなに無いけど、若い子もいれば性格悪そーな顔した(ブーメラン)ヤツも多い。まず第一にウチの会社の人事総務は女性が部長を務めている。完全な女性社会なわけだ。

 ていうか東日下あのアマ、昨日仕事せずに何話してんだよ。雑談する余裕あるんだったら少しでも仕事片付けろっての。


「ふむ、プライベートなことは聞いちゃいけないってわけだ」

「まあこの部署に限っては、今のメンバーは気にしてないと思うんでいいと思いますけどね。新人には気を付けてください」

「アドバイスありがとうございまーす」


 軽いノリで私の忠告を受け流す阿左見課長。今現在課長職で次期部長、ここまでのキャリアがあって今さら部署移動なんてことはこの人に限ってないだろう。だから実際、小賢しいことに本当に気にする必要なんてないわけだ。

 私は長めのため息を吐いてから、改めてスマホに向き直る。確かに阿左見課長の言う通り、ずっと睨めっこしていたってデフォでLINE見ないヤツがいつ既読付けて返信してくるか分かったもんじゃない。時間はかかるかもしれないが、大人しく待っていることにしよう。

 残り少ないコンビニ弁当をかき込み、出たゴミを室外のゴミ箱へ捨てに行く。ついでにトイレも済ませておき、これで午後からの仕事もバッチリだ。

 システム開発管理室に戻ると、阿左見課長が椅子にふんぞり返り、デスクに足を乗っけてスマホをぽちぽちいじっている。東西南北せんせーとおんなじような格好だ。緊張感ないなー、この人。課のトップとは言え自由が過ぎる。


「……元カノとヨリを戻したことってあります?」

「こりゃまた急だねぇ。……これは聞かれたわけだからハラスメントにはならないよね?」

「そうですね。ご自由にお答えください」

「元カノと復縁かー、そうねー、何回かあるよ。別れては付き合い別れては付き合いみたいな。と言っても私、人生で付き合った女性は三人だけだからねー」

「ちなみに今の奥さんって……」

「その何度も復縁してた彼女だねぇ。なんでそんなこと聞くの?」

「あーいや、なんとなく、深い意味はないですけど」


 上司と二人っきりが気まずいって感覚、上司サイドになると記憶から消されてしまうんだろうか。空気美味しくない感じ出てきてたからこっちから話題振ったんですけども。


「春夏秋冬さんの元カレはどうなの、未練タラタラ? それともきっぱりタイプ?」

「どうですかね。でも付き合ってる時より別れてからのほうが仲良くなった気はします」

「へー、いいじゃん。元カノ元カレとは気まずいって人もいるみたいだけど、春夏秋冬さんみたいに仲良くするべきだよねー」

「まあ、私人生で一人しかいたことないんですけどね」

「その元カレと最近再会したわけだ」

「……はあ。その通りです」


 私は生返事一つ、阿左見課長の出した答えに正解という意味を込めてコクリと頷く。

 昨日東日下あのバカがどこまで話したのか定かではないけれど、五年間音信不通で生きてるのかも死んでるのかも分からないと私が言ったことは口にしているだろう。余計なことまでベラベラ喋るおしゃべり大好きオンナなので、そういったトークネタがあったら話したくて仕方ないに決まってる。

 であるならば、阿左見課長に隠そうとするのもバカバカしい。私が隠そうとしていることを阿左見課長は察するだろうし、別に知られて困るような話でもない。


「久方ぶりでも前と変わらず話せてるのなら、そのままいい関係でいられるとイイね。あそうだ、男性としての意見を言うならば、もしその元カレくんが少し緊張してるようだったら未練あるかもね」

「緊張、ですか……。会ったばっかりは緊張してるっぽかったですけど、飲みに行ったら今まで通りって感じでした」

「へー。緊張してないフリしてたりしてね!」

「なんでそんな意地でも未練ある感じにしたいんですか……」


 ていうか私はなんだって会社の上司と恋バナ的なことしてるんだ。する相手絶対間違えてる、するとしても年齢近い後輩二人だろう。50歳目前のおっさんと恋バナする20代女性とか世界初説濃厚過ぎる。

 私はそんな自分の状況に笑いが込み上げてきて、声は出さず静かにひっそり俯き微笑んだ。社内で笑顔になるのなんて入社後配属されたばっかりの頃の愛想笑いめちゃくちゃしてた時以来かもしれない。まさか、この人から引き出されるとは思わなんだ……。




 △▼△▼△




 そして時刻は定時17時半となり、東日下と上土の二人はそそくさと帰る準備を始める。阿左見課長の助けもあって東日下の分もある程度終わった。納期には何とか間に合いそうだ。

 上土に任せていた部分は、私がチェックして細かな修正を入れてほぼ完成している。ただそのチェック修正で自分の仕事が予定より進められていない。キリのいいところまでやるとして、今日はもう30分ほど仕事して帰ることになりそうだ。

 阿左見課長も東日下のサポートに回ってもらったことで自分の仕事が終わっていないらしい。私と共に「お先に失礼します」と帰っていく部下二人を見送った。

 それから18時になるまでひたすらキーボードを叩き続け、私はようやく帰り支度を始める。チラと阿左見課長を見てみると、終わりそうな気配はゼロ。私も東日下と上土と同じように一声かけてからタイムカードを押した。


「よっ」

「え、ウソ……」


 ビルから出た途端、目の前に現れ、そして軽く片手を上げる青年。昨日会った時とは違って髭が綺麗に剃られているも、過去のようにコンタクトレンズを入れるのではなくメガネをかけているのは、ここ五年間のうちに変化していった部分なのだろう。


「なんで? マボロシ……?」

「いや現実です」


 私から向けられた謎の疑いの目に対して、穢谷けがれやは露骨に嫌そうな顔を見せる。二歩、私の方に歩み寄り、ぽりぽりと後頭部を掻く。どう話を切り出すか迷っているといった感じだ。

 何を今更話の切り出し方に迷うことがあるのかと若干苛立ってきたが、ふと、私に昨晩の記憶がフラッシュバック。まあ、穢谷がこんな感じになるのも仕方ない……のか? いやいや穢谷的には別に何ら恥ずかしいことはしてないはず、ただ私の介抱をしてくれていただけ。

 それなのに、コイツは何をこんな頰を赤らめている……? もしかして私、記憶ないところで何かした?

 いや、覚えてないことを振り返ろうとしたって無駄極まり無い。不毛な時間を過ごすのは私が人生で何より一番嫌うことだ。だから私は私から、何も気にしてませんよみたいな態度で口を開くことにした。


「何しに来たの?」

「えーと……返信見た。んで作戦会議したかったから名刺の住所見てここ来た」

「で私が来るまで待ってたわけ?」

「そういうこった」

「なるほど、キモいわ、なんか」

「俺も待ちながら思ってた」


 私から話すと、すらすら言葉が出てきた。私が何も気にしていない風を装ったからなのか、穢谷も気にするだけ無意味に思ったようだ。例え記憶のない部分で何かしていようと、私にその何かしていた記憶が蘇ることはないわけで。恥ずかしいなんて気持ちあるわけない、あるとすれば心配と不安だけだ。


「一応東西南北さんには話通しといたから。俺も春夏秋冬もあんたのお願い事引き受けるって」

「あ、そう。それじゃ、作戦会議とやらします?」

「おう。ファミるか?」

「了解」


 あーもぉ……ホントにヤダなぁ。居心地良過ぎて逆にしんどい、これ以上一緒にいたらどうにかなっちゃいそう。五年前までは普通だったんだけどなぁ、五年ぶりっていうのがこれまたスパイスになっちゃってるんだろうなぁ。

 あー、もうホントにダメ……好きすぎる。あ、やっちゃった。自覚しちゃまずいって思ってたのに、胸中とは言えども穢谷のことが改めて好きだと認識してしまった。もうこれは止められそうにない。はぁ……、困ったなぁ。


「……いらっしゃーせー」

「おっ、連日お疲れ様ですっ!」

「今日からまた何度かお世話になるんでよろしく」

「あーもうウチはいつでも大歓迎ですよ! 穢谷さんはウチの常連も常連、太客中の太客ですから!」

「割とマジでね。六、七年前はお客さんらがいてくれなかったらここ潰れてましたよー」


 私の会社から電車にゆらゆら揺られること十数分、ファミると言えばココ、高校在学中幾度となく利用した人気にんき人気ひとけもないファミリーレストランに辿り着いた。店員スタッフの顔ぶれも昔と変わらず、やる気無さげな接客テキトー女と……、アレは万年研修中だった芋系ウェイトレスで間違いないはずなのだが、えらく垢抜けたな。

 いやいやそんなことよりも。


「え、穢谷いつあの二人と仲良くなったの……?」

「昨日」

「仲良くなるスピード異常じゃんキモ……」


 穢谷がやけに二人と仲良さげな雰囲気をバンバンに醸し出してきたので、当然ながら不思議に思う私はそのことについて問うてみるも即答。穢谷葬哉という男は昨日今日でここまでの距離感になれるタイプじゃなかったはず。

 もう私の知る穢谷はいないのかな。いや、でも垣間見えることは多々ある。言い直すならば、私の知る穢谷葬哉という存在は小さくなってしまったのだろう。この五年間のうちに多くの経験を積み重ねていく上で、不必要な過去の穢谷葬哉を捨てていき、新しい自分を構成していったのだろう。それを穢谷の成長と呼ぶべきことは重々承知の上で私は言いたい。


「ヤダ、なんか寂しい」

「あ? え、マジで何言ってんの……?」

「なんでもない!!」

「お、怒んなよごめんって……」


 何に対して不機嫌になっているのかさっぱりという顔の穢谷は、ぺこりと軽ーく頭を下げる。なんだかとりあえず謝っとけみたいな感じがしてこれまたヤダ。んー、なんともまぁ我がことながら自分本位な性格だこと。


「ま、作戦会議っつってもやることは簡単だ。とにかく平戸さんのことについて聞き込みしまくる。これに尽きるな」

「うん。まあ、そんなところでしょうね、私たちがやれることって言ったら」

「昼間東西南北さんに平戸さんが入ってた児童自立支援施設を聞いてきた。こっから電車で1時間くらいのとこにあるっぽいな」


 穢谷は東西南北せんせーからもらってきたであろうプリント用紙を私に見せて言う。平戸先輩の入っていた施設のホームページをプリントしたものだった。住所を打ち込んでルート検索しながら穢谷は呟く。


「つーわけでだ。俺はとりあえず明日その施設に聞き込みに行ってみる。春夏秋冬仕事あんだろ?」

「あ、うん……。ごめん、一緒に行けなくて」

「気にすんな。ハイパーニートぶっかましてる俺が普通じゃねぇんだよ」

「貯金切り崩してんの?」

「まあ、今は。この平戸さんの一件が片付いたらまた何かしら仕事見つけるつもり」

「親不孝ねぇ。もっとママに尽くしてあげれば?」

「うん……。まぁ、そうだな」


 と穢谷は生返事。意外なことにも思えるが、穢谷の家族仲は結構良好な方だと認知している。何か思うところがあるのかもしれない、そう感じさせる曖昧で含みのある返事だ。


「ま、とりあえずそういうことで。春夏秋冬には進展があり次第連絡入れるわ」

「ごめんね。私も余裕がある時は手伝うから」

「おう。頼んだ」

「うん」

「よし……。んじゃ俺は飯食って帰るけど」

「じゃ私も。先決めて」

「うぃ」


 流れる沈黙。店内に流れる聞いたこともない曲の多分オルゴールバージョンであろうBGMにだけ鼓膜が震わされる時間は、不思議と心地よい。目の前でじーっとメニュー表と睨めっこする穢谷、そしてそんな彼をじーっと見つめる私。

 顎髭一丁前に整えやがって〜、でもかなり似合ってるんだよなぁ。髭生やした男の人そんなに好きじゃなかったんだけど、あー、悔しい。恋は盲目なんて自分から言いたくないのにそれ以外の言葉が見つからない。


「……なに、俺、なんかゴミでもついてる?」

「んーん。髭、似合ってるなーって思って」

「ん、あぁ……。だろ?」


 指摘され、恥ずかしそうに顎髭をじょりじょりすりすり人差し指と親指で撫でる穢谷。

 なんだよこんにゃろー、可愛いかよ。

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俺たちは青春を殺し隊……! 易松弥生/えきまつやよい @ekimatuyayoi

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