No.7『実家安心感パネェ』

 春夏秋冬の本音を聞いて、猛烈な罪悪感に苛まされた俺は、とぼとぼ実家に向けて足を運んでいた。春の夜風は相変わらずぬるく、居心地の良さに心が安らいでしまう。遣る瀬無い気持ちと心地良さのギャップが違和感を生み、頭の中がぐちゃぐちゃに掻き乱されている感じがする。

 この街に帰って来たのは久方ぶりだ。実に五年ぶり、久々なのでその変貌っぷりを見てやろうと思い、俺は実家直帰を辞めて夜の地元をのんびり散歩することにした。

 いやはやしかし、五年帰ってこないだけでここまで変わっているとは思わなんだ……的なことをドヤ顔で言ってみたかったのだが、これが何ともまあ、笑っちゃうほどぜーんぜん変化がない。最後に見たのは五年前の成人式の四、五日前だったけど、悲しくなるくらい何も変わってない。笑っちゃうのか悲しいのかどっちなんだよ。

 いや、でも考え方を変えればむしろいいことじゃないか。変化していることを良しと捉えるのではなく、変わらないことが良いということもある。人も一緒だ、変わるべき部分もあるし現状維持が大切なこともある。

 なんて本当に何でもないどーでもいいことを考えていると、ふと思い立った。この町で一番思い出深い、あの懐かしの場所に行ってみることに。

 今もあるかどうか非常に怪しいところだ。昔っから人気ひとけもなく人気にんきもなかったスポットで、俺たちは秘密の会合の際に利用していたし、受験期には春夏秋冬とよく勉強会として訪れていた。俺の高校時代を語る上でその名を出さずにはいられない超ノスタルジックプレイスなのだ。


「……あると信じてましたよ俺は」


 母校、劉浦高校近くの商店街、その中に深夜ながら煌々と光り輝くファミリーレストランが一軒ある。何を隠そうこのファミレスが俺の思い出の場所だ。

 外から見た感じ高校時代同様にやっぱり人は全くいない。深夜だからとかそういう理由は関係ない、このファミレスはいつ来たってこうなのだ。人混み、混雑による喧騒を好まない俺にとっては非常に有り難い店である。

 入り口ドアを押し開けて、店舗内に入ると同時にピンポーンと来客を知らせるセンサー式のベルが鳴った。ふむ、五年前までは無かったからここ数年で取り付けたのか。


「……ん、いらっしゃせー。一名様ですかー?」

「あ、はい」

「どぞー」


 手で席の方を示す店員さん。ご自由な席にどうぞということらしい。この接客テキトーさんまだここで働いてたんだな。別に大して仲良くも話したこともないけれど、高2の時から変わらずのテキトーっぷりに感動すら覚える。

 懐かしいなぁ、改正健康増進法の施工で喫煙席が無くなった時は『すんませんねー、喫煙席消えちゃったんですよー』とわざわざ声をかけてくれたこともあった。と言うのも、ここに来たら必ずこのテキトーさんに席に案内されており、俺や春夏秋冬は念の為秘密の会合がバレないように磨りガラスのある喫煙席にいつも座るようにしていた。それを覚えてくれていたようで、テキトーさんが謝ることでは絶対ないのにぺこっと頭を下げてくれたのだ。

 テキトーさんてばテキトーなクセにお客さんの顔ちゃんと覚えとくなんて、ちょっとギャップ萌えなんですけどぉ。まあ、俺らが来店し過ぎなのか、はたまた客がほとんど来ないから自ずと覚えざるを得なかったのかのどちらかだとは思いますけど。

 外から見た様子はなんら変化はなかったが、中は改装工事がなされていて俺の覚えている席の配置と異なっている。いっつもガラ空きなのに、いやはや工事する金はどこから湧いて出るのやら。


 兎にも角にも、懐かしいことに変わりはない。俺は壁際の前まで喫煙席だった場所に腰掛けた。うん、中から見える外の景色も相変わらず大したことはない。なんのことはないただの商店街が見えるだけだ。深夜ということもあって人も全く通らないし、より一層つまらない。でもこれがイイのよ、地元の思い出の場所ってのはつまらないくらいがちょうどええんよ。

 感傷に浸りながらメニューを開いて何を頼むか悩んでいると、ウェイトレスさんがお冷やを持ってきた。


「ご注文お決まりになりましたらボタンの方でお呼びください」

「はーい」

「……」

「……? なにか?」

「あ……あの、人違いだったらごめんなさい。もしかして、以前よく来られてた方ですか? 女の子と一緒に、劉浦高の」

「……あ、まあ。最後に来たのは五年くらい前になりますけど」

「やっぱりそうですよね! あっちゃんほら! やっぱりあのお客さんですよ! 劉浦の!」

「あー? うん、だから私さっきからそうじゃないって言ってるよね? 信じてなかったの彼方かなたの方っしょー?」


 レジ前のお客さんを待たせる椅子にどっから腰を下ろして、大きなあくびをかましているテキトーさんはぶっきらぼうにそう答える。おっと、テキトーさんまで俺のこと覚えててくれたのか。店側の人に顔覚えられてるのって常連客として鼻が高い。まあ、この店の売り上げ半分は俺たちが出していたと言っても過言ではないからな(過言)。

 いや、そんなことよりも……。


「もしかして、ずーっと研修中って名札に書かれてたウェイトレスさん?」

「そうです! あ、嬉しい覚えててくれたんですねぇ!」

「まあ、よく来てたんで……。……なんか、えらく垢抜けましたね。前はもっと生真面目委員長みたいな雰囲気じゃなかったっけ?」

「あはは! もー、いつの話してるんですかぁ! そんなの大昔の話ですよっ!」

「キレーな大学デビューだよなぁー。吹っ切れすぎだろー」


 ポンポン優しく肩を叩いてくる元万年研修中ウェイトレスさんに対して、接客テキトーウェイトレスさんはいつまでも変わらずやる気ゼロなツッコミを見せる。あぁ、これぞ変わらなくて良いものだ。テキトーさんはテキトーでいいのよ。

 なるほど大学デビューですか。さり気ないボディタッチや可愛らしい満面の笑み、そして五年ぶりに現れた客に対して気さくに話しかけてくるこの感じ……、相当あざとい大学生活送っているのであろうことが容易に察せられる。


「それ名前、彼方かなた はるかさん、でいいんですか?」

「はい! 名札の“研修中”がやっと取れたのでようやく名前初出しです!」

「……そう言えば、そっちの店員さんは前から名札してないですよね」

「だって知らない人に名前バレすんのヤじゃないですかー」

獅嗣しし 胡座あぐらです! いつもテキトーでごめんなさい。ちょっと捻くれてるだけなので」

「口かっるー、即名バレしたんだけど」


 とは言いつつも、別段気にしてなさそうなテキトーさんもとい獅嗣胡座さん。お二方ともすっげぇお名前だぁ、俺の周りマジで捻りまくった名前のヤツ多くね?

 万年研修中ウェイトレスさんもとい彼方遙さんはお冷やを乗せていたおぼんを胸に抱いて、膝を曲げてしゃがみ込んだ。そして俺の顔を覗き込むようにして首を傾げる。自然な上目遣いとチラ見えしそうで悔しいことに見えない胸元が素晴らしい。うーん、実にあざとイイ。


「うさぎさんが心配してましたよ? 穢谷と一切連絡が取れないー、って」

「あれ、月見つきみさんってここ辞めたんじゃないんでしたっけ?」

「ウチら今でもたまーにランチする仲なんですよねー。よっこらせっ、と……!」


 テキトーさんもとい獅嗣さんはてくてくこちらに歩いてきたかと思うと、俺の座るテーブル席の一つ隣のソファに腰を下ろした。完全な仕事放棄だ、いや深夜の人が来ないファミレスとかコンビニならこれくらいダラけてても誰も咎めはしないでしょうけどね。

 すると彼方かなたさんは『もぉー!』と怒った感じでぷっくり頬を膨らませて立ち上がる。可愛らしい牛さんの登場に僕の心は射止められそうでさぁねー。


「ちょっとあっちゃん! 流石に席座るのはダメでしょ!」

「いーっていーって、絶対人来ないって。こんな時間にこの店来る物好き、お客さんくらいなんだぜー?」

「よく潰れないですね、ここ」

「オーナーがクッソ成金暇人ヤローなんでね」

「あっちゃんそれ今度オーナー来た時絶対言ってやるからね」

「……ごめんやん、冗談ですやん、わてここクビになったら他に雇ってくれるとこないですやん?」


 自覚あったんですね、と言いたい気持ちを唾を飲み込むことで堪え、俺は二人に問う。


「あの、ドリンクバーだけ注文しても良いですか?」

「かしこまりました!」

「お飲み物自由にどうぞ〜」

「あ、はい」


 ふむ、どうやらこの席から離れるつもりはさらさら無いらしい。一人のんびり酔い覚まししようと思ったが、厄介な二人に捕まってしまった。

 おわー、すげぇデジャヴきた。高校ん時の三度の飯より恋バナ大好きバレー部マネジ二人組にダル絡みされてる感じだ。あの二人も今じゃ離れ離れだもんなぁ。

 絶対変わらないと思っていたものも、年月が経つことでやっぱりどこか変化していく。人も物も景色も関係も、悲しいかなその大小は問わず変化は避けられない。

 変化を恐れ、それを嫌がるか。はたまた受け入れ、そして喜ぶか。どちらが良いか、人それぞれ時と場合によるだろう。

 でもこの場合この状況、是非とも変化していただきたい。今も獅嗣さんと彼方さん二人してベラベラくっちゃべっていらっしゃる。このままだと俺、二人の会話ラジオ感覚で寝落ちしちまいそうだ……。




 △▼△▼△




 で、結局酔いもあってウトウトしながら寝落ちぶっかましてしまいました俺はAM8時、二人のシフト終わりのタイミングで起こされた。何故もっと早く起こしてくれなかったんだ、シンプルに腰が痛い。これならまだ公園のベンチのがまだマシだ。道路工事のバイトしながら毎日ベンチ暮らしだったあの日が懐かしいぜ……。

 兎にも角にも酔いが覚めて、完全に覚醒した俺はファミレスを後にした。今度こそ実家に帰ろう、無駄な寄り道とウィンドウショッピングはしないに限る。余計な時間使うし別に必要じゃない余計なものまで買っちゃったりするからな。

 歩いて帰る選択肢もあったが、疲労の方が勝ってしまい、俺の足は流れるように駅へと吸い込まれていった。現状俺は職のないニートアラサー、お金はなるだけ使いたくないがしかし、ここから歩いて帰るのと電車で実家の最寄駅まで行くのではこれからの疲労度が格段に違う。

 平戸さん捜索のお願いを引き受けたわけだし、余計な疲れは得たくない。だって絶対ダルいしメンドいもん人探しとか、いや引き受けることにしたのは俺の意思なんですけどもね。春夏秋冬との関係修復の手段として使えるかもとかホント、一切思ってないからねマジで。

 電車に思い思われ揺り揺られること15分ほど。歩いたらその倍以上時間のかかる実家の最寄駅に到着した。ここまでくれば後はもう2、3分の距離。五年ぶりの実家ですが、果たして素直に入れてもらえるかどうか……。


「ただいまー」


 鍵は閉まっていたので、ダイヤル式ポストの中から合鍵を取り出して開錠。良かったー、パスコード自信無かったんだけど曖昧な記憶で何とかなった。


「お袋は……まあ普通にまだ仕事の時間か」

 

 リビングは綺麗にされていると言うよりも、生活感のある乱れ具合がある。昨日きっとソファの上で寝たのだろう、毛布が畳まれず乱雑に置かれている。俺はそれを丁寧に畳み、クローゼットの中に戻しておいた。五年前とは違うソファに腰掛けると、昔と違ってお尻がよく沈む。なかなかいいお値段のしそうなソファだ。

 俺はテーブルの上のテレビのリモコンを手に取り、電源を入れる。まだ朝のニュースがあってる時間だ。アナウンサーの聴きやすい声を耳にしながら、小腹が空いた俺は一度立ち上がる。

 冷蔵庫を開けてみるが、昨日の残り物もなければ何か空腹を満たせるようなものも見当たらない。続けて冷凍庫を開けると、そこに冷凍チャーハンを発見。有り難や有り難や、親父が好きで冷凍庫の中にはいつも常備されていた。五年経った今も相変わらずらしい、これ俺も好きなんだよねー。小栗がホント美味そうに食うのよ、CM効果多分だけど絶大ですよアレ。

 皿に移してレンジ1000Wで3分半、待っている間はキッチンからテレビを眺めて暇潰し。三年くらい前だったかなぁ、テレビ局で警備のバイトしてたけど、ガチで芸能人ってオーラすげぇんだよなぁ。結局ガッキーと吉岡里帆には会えなかったなぁ。


 うーん……にしても実家の安心感パネェ。

 自分の部屋もあって、一人じゃないし、飯も洗濯も掃除もしなくていいし、家賃光熱費食費も最悪出さなくても切り抜けられる。五年前は実家出たくて出たくて仕方なかったけど、帰ってきてようやくその素晴らしさを痛感する。実家暮らしニートがなかなか独り立ち出来ない理由も分かるぜ。

 そうこう考え事しているうちにレンジがチンと鳴る。アツアツの皿を服の袖を伸ばして持ち、ダイニングを素通りしてソファの前のテーブルにまで持ってきた。ソファでテレビ見ながら食べようとするとお袋にバチ切れられるんだけど、こぼさなきゃセーフだろう。

 さて、東西南北さんからの平戸さん捜索のお願いを引き受けることは了承したものの、重要なのはどうやって見つけるか。警察が捜索して見つからない人間を素人が見つけられるとは思えない。その上失踪してから一年経っているときた。そう簡単には見つからないだろう。

 どうしたもんかなぁ。雲隠れ期間五年の間に探偵事務所でバイトした経験から言えば、もうひたすら聞き込みしていく他ない。が、そんなたかだかバイトで探偵していたヤツが思い付くものを警察がしていないわけがない。

 平戸さんってホント、何者だったんだろうか。


『昨日夜23時頃、〇〇県◇◇町の路地裏で男性ひとりが首を刃物で切られて死亡しているのが発見されました。被害者の男性の身元はまだわかっておらず、警察はこの事件の犯人を最近全国的に多発している通り魔事件の犯人と同一人物ではないかとみて、捜査を進めています』


 ふーん、通り魔ねぇ。動機も何もなく目に付いた人殺してるんだとしたら、たまったもんじゃねぇな。てか通り魔全国で多発て、日本にして治安悪いよなぁ。

 自分には遠い出来事だと、俺はその時勝手に結論付け、一先ず東西南北さんに引き受けると伝えるべく今日もあの事務所へ行くことを決めた。

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