第60話 8日目~9日目
「おいしい。」御紋さんの喜ぶ声だ。今回の賞賛の対象は主にマルネイさんだが、何より、御紋さんが楽しそうなのがうれしい。
「すごい、おいしいです。」と椎名さんも言う。
「そうだろう、マルネイの料理はおいしいし、バラエティも豊かで栄養もある。」と魔王も誇らしげだ。
「そうなんですか。魔王さんは幸せですね。」と三谷さん。
「恐縮です。でも、うれしいです。」と答える、マルネイさん。
こんな感じで、奇妙な、けれども和気藹々とした晩餐は幕を閉じた。
「ではよく眠るんだよ。私たちの『或る部屋』は移動するけど心配しなくてよい。あすの朝には戻るから。見送りたいからな。あと、そこに家をつくらせようかと思うが。」その魔王のうれしい申し出、家の件には、四段ベッドがあるのでと断った。
「では、また明日。」と魔王。
「いつの間にかたくましくなったな。」とマルネイ。そんなことを言って、二人は立方体へ消え、その立方体もまた消えた。
そこにはまたしても、広大な森が広がっている。その広大さは暗闇でもわかるほどだ。
「なんか、ドタバタだったね。」と御紋さん。
「うん。目まぐるしいってこういうことだね。」と三谷さん。
「結局、あすの朝にはあっちに戻るってこと?」と椎名さん。
「そうなりますね。」と僕が言うと、
「じゃあ、魔界で寝るのも最後か。」と御紋さん。
「織屋くんに起こしてもらうのも明日で最後か。」と三谷さん。もう、起こしてもらう気なのか。
「まっ、寝よっか。」と椎名さん。
「うん。」と三谷さん。
「ベッドは、、、あっちか。」そう言って、走り出す御紋さん。
いつでも会話の雰囲気は変わらない。当たり前であって、不思議でもある。
とはいえ、寝ようとは言っても、すぐ寝れるわけもない。言うなれば私たちの知っている魔界の物語が急速に進んだのだ。パラパラと数ページをめくったような感じだ。
「でさあ、なんだったんだろうね」と椎名さん。
「何が?」と御紋さん。
「この魔王討伐を魔王に、まあ、後に魔王でないとわかるんだけど、に頼まれて最後の城まで行った後、本当の魔王が出てきて、おしゃべりするっていう一連の流れでしょ。」と三谷さんがまとめる。
「なるほど。」と御紋さん。
「そっか。そんな簡単にまとまっちゃうんですね。ここ何日間かの出来事は。」と僕が言うと、
「あっ別にそんなつもりは。」と三谷さん。
「でも、そうだよね。色々あったよね。」と御紋さん。
「うん。双葉ちゃんが吊り橋怖がったりね。」と椎名さん。
「初ちゃんが鐘鳴らしたり。」と三谷さん。
「京華ちゃんが魔王に黒魔術放ったりね。」と御紋さん。
「それ、ちょっと前のことですね。」と僕が言うと、
「そういえば織屋は何したっけ。」と御紋さん。
「えっと。」と三谷さん。あとに言葉は続かない。
「えっとね。」と椎名さん。こちらも同じく。まあ大したことしてませんから、と言おうとしたとき、
「壊れかけの教会から跳んだよね。クッションもないところで。」と御紋さんが言う。
「ああ。あれは高かったよね。」と椎名さん。
「なんか、懐かしい。」と三谷さん。その懐かしいにみんなのうん、が重なる。こんな風に、振り返ったりしてると、本当に帰るんだなと思えて来る。
「じゃっ、おやすみ。」郷愁にそんなに長くは浸からせてくれない御紋さんの声で、一日は終わった。
太陽の光がまぶしい。起きて、朝ごはんの準備、そう思うといつものキッチンの場所には白い立方体があった。まあ、とりあえずご飯をつくろう。
そう思って、ご飯を作った。四人で食べた。特筆すべき会話なんてなかった。もしかしたら、いかにも最後なんていう会話をしなければ、まだ帰らなくてもいいかもしれない、という気持ちが心のどこかにあったのかもしれない。あくまでも普通に、僕たちは朝ごはんを終え、片付けを終えた。
いつもなら、このあと、作戦会議だ。この後の方針を決める。しかし今日は、方針を与えられた。
「じゃあ、達者でな。」田舎に住む、祖父母の様な見送りを僕たちは、魔王にされた。
「勝手に呼んでごめん。まあ、夏休みに塾があってどこにも行けないなんて、人でもある程度楽しめたんじゃないのかな。」そう言いながら、マルネイが呪文を唱えている。僕たちはこんな風に呼ばれたんだろうか。
「ある程度じゃなくて、とっても楽しかったです。」御紋さんのこの声が二人に聞こえてるかはわからない。
ガラガラガラ。グリムさんの家の戸より、教室の戸は滑りがよいのか。
こんなちっぽけな思い付きも、先生のホームルームの声でかき消された。
僕たちはいつの間にか、席についていた。
女子3人と魔王のために魔王討伐 頭野 融 @toru-kashirano
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